ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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stage08  『アナウンス』

 

 赤い砂に覆われた荒野が、どこまで続く。

 遮るものなど何一つとしてなく、風はひとたび吹けば留まることを知らない。

 大小無数の砂嵐が旋風に巻き上げられ生まれ、空を赤く染める。

 視界は最悪で、こんな状況でこの荒野を通り抜けようなどと思う者は、普通に考えれば居ない。

 ――普通に考えれば、だが。

 果たして砂塵の向こうから、鳴り響くのはバイクのエンジン音。

 それも旧式の、しかし力強く頼もしい爆音を鳴り響かせながら、赤い帳をくぐり抜けて一台のバイクが走る。

 ヘッドライトの輝く先に覗く、僅かに残された視界を見据えながら、ライダーは鉄の馬を駆けさせる。

 ギルガメス軍で用いられているのと同型の、サイドカー付きの軍用バイクだった。

 サイドカーには動力のついていない、ギルガメス軍の装備の中では最も旧式と言っていい生きた化石だ。

 しかし、質実剛健なその作りゆえに愛用する兵士は多く、遠く離れたこの地球の地においても全く問題なくエンジンは轟音を響かせている。

 

「……」

 

 ライダーはハンドル部に無理やり外付けにした、携帯情報端末の画面へと視線をおろした。

 電子ネットより送られてきた地図には、いかなる建造物も記されず全くの空白になっている。

 しかしライダーは知っていた。地図には記されずとも、衛星写真にははっきりと建造物が写っていることを。

 ライダーは衛星写真と地図を重ね合わせ、地図のほうに赤いマーカーを設定した。

 それを、それだけを目印にライダーは砂嵐の荒野を駆けているのだ。

 一見、無謀とも思える行動だが、だがライダーの進む姿には一切の迷いはない。

 この先に、必ずや自分の目指すものがあると、確信している運転であった。

 

「……」

 

 ライダーは黒い耐圧服に身を包み、その上から軍用のポンチョを纏っている。

 ポンチョには頭をすっぽり覆うケープが付いているが、風で飛ばないように紐で固定した状態で被っていた。

 防砂ゴーグルに防塵マスクで、その顔は全く解らない。男か女かすら、傍目にははっきりとしなかった。

 騎乗でも抜きやすいように腹部に拳銃用のホルスターを下げている。

 それはずっしと重そうな、相当なデカブツであった。

 

「……!」

 

 不意に砂塵が晴れて、曇り空と赤砂原がライダーの視界を覆った。

 今にも酸の雨が降り出しそうな黒雲が彼方に見える。

 砂嵐こそ抜けたが、急いだほうが良さそうだった。

 

「……来たわね」

 

 タイヤからハンドルへと伝わる振動が、微かに変化したことをライダーは感じ取っていた。

 何かが、自分へと近づいてくる。この沙漠を震わせる何かが、恐らくは地の底から。

 ライダーは左手で腹に抱えるように吊るしたホルスターのカバーの留め金を外した。

 地面からの振動が強さを増し、サドル部からも体へと伝わるようになった。

 相手は近づいてきている。それも急速に!

 

「!」

 

 間欠泉のように、吹き上がる砂の柱!

 続けて姿を現したのは、モンゴリアンデスワームめいた異形の巨大蚯蚓だった。

 スナモグラだ。それも三匹同時。サイドカーバイクの進路を塞ぐように出現している。

 酸の雨に侵された赤い砂漠だ、スナモグラも飢えているのだ。本来ならば餌とみなさぬ筈の人間へと襲い掛かってくる。

 

「ハッ!」

 

 ライダーの左手がハンドルから離れたかたと思えば、次の瞬間には大型の自動拳銃がその掌に収まっている。

 まるで手品のような早業で抜き放たれたのは、箒の柄《ブルームハンドル》を思わせる独特の銃把を持った、変わった見た目の自動拳銃だった。トリガー前方に二十発は入りそうな大型の弾倉を備えた拳銃には、側面にセレクターがついていた。セレクターは既に「フルオート」に合わせられている。

 トリッガーを弾けば、自動拳銃は野良猫のように手の中で暴れまわった。

 ライダーは拳銃を横倒しにし、恐ろしい反動に跳ね上がる銃口を横薙ぎの銃撃に転ずる。

 あっという間に弾倉は空となったが、問題はない。

 込められていたのは試合用の弾丸だ。当たっても死にはしないが、痛いことには変わりない。

 野生動物のスナモグラにはそれで充分で、痛みに身を捩らせている隙にアクセルを全開にして、サイドカーバイクは化物と化物の間をすり抜けた。

 サイドミラーを見ても、スナモグラは追ってくる様子はなかった。

 野生動物はリスクを何よりも嫌う。餌食にするには危ういとさえ思わせればいい。

 ライダーは拳銃をホルスターに戻すと、目的地へと向けてさらにスピードを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage08

 『アナウンス』

 

 

 

 

 

 

 サイドカーバイクを止めれば、道と街とを隔てる、半ば朽ちた門がそこにはあった。

 傍らにはかろうじて文字がまだ読める看板が斜めに垂れ下がり、ここがかつて学校として使われていた事実を告げていた。

 ――間違いない。ここが大洗の生徒たちが連れ去られた場所に違いない。

 念のために自動拳銃に弾倉を取り替えると、セレクターを単射に戻し、ホルスターに戻した。

 いつでも抜けるように留め金はかけず、ゆっくりとサイドカーバイクのエンジンを吹かす。

 門を潜り、僅かに進む。――その時であった。

 

「!?」

 

 スナモグラの奇襲にすら気づいた彼女の不意を突くように、背後から砂を掻き分け飛び出す人影。

 忍者のように地中に潜んだ襲撃者は二名。それぞれ手には鉄パイプのようなものを握っている。

 サイドミラーでそれに気づいたライダーは車体を反転させ、背後に向き直った時には既に自動拳銃が抜き放たれていた。

 

「うご――」

 

 動くな、と警告を発するつもりだった。

 だが、耐圧服に身を包んだ襲撃者達の、スコープ越しの視線でその真意に気づいた。

 気づいた時には、既に手遅れ。

 ライダーの背後、かつての進行方向に隠れていた別の襲撃者が砂中より姿を現す。

 しかも数は五人。うち二人は自動小銃を持ち、真ん中の一人はリボルバーを携えている。

 

「武器を捨てて両手をあげて!」

「両手をあげろー!」

「あげろー!」

 

 黒っぽい耐圧服のヘルメットの向こうから聞こえてくるのは、見た目に反した幼さを感じさせる声。

 ちょうど、高校一年生ぐらいの女子高生めいた声だった。

 五人組の側の真ん中の、リーダー格らしい耐圧服が続けて言った。

 

「何者ですか、ここにやって来るなんて。もし文科省の手のものならたたじゃぁ……」

 

 ライダーには、真ん中のリーダー格が手にしたリボルバーに見覚えがあった。

 銃身部のみステンレスの銀色で、弾倉やメインフレームはガンメタルブルーという若干変わった見た目のリボルバーは、傭兵部隊などで士官用に良く使われる代物である。その使い手に一人、心当たりがある。

 リーダー格が発した声はまさしく、その心当たりの人物のものであった。

 

「……何やってるのよ、優花里」

「え!? まさかその声は!」

 

 バイクを再反転させ、エンジンを切る。

 降りて防塵マスクを取り、ゴーグルを外し、ケープを取れば、銀髪をした少女の顔が顕になった。

 リーダー格の少女も耐圧服のヘルメットを外した。特徴的な癖っ毛が溢れるように広がった。

 

「やっぱり逸見殿!」

「ひさしぶりね、優花里。色々と大変だったみたいだけど」

 

 黒森峰女学園装甲騎兵道チーム副隊長、逸見エリカ。

 単身、大洗女子学園の皆が連れてこられた廃棄都市にたどり着いたライダーは、彼女であったのだった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「どうぞ」

「悪いわね」

「いえいえ」

 

 差し出されたインスタントコーヒーを、エリカは口で冷ましながら飲んだ。

 目の前には薪が燃え、その上では古びた薬缶が湯気を吐いている。

 いよいよ振り始めた酸の雨がトタンの屋根を叩くが、見た目よりもずっと精巧に造ってあるらしく雨漏りひとつない。大した仕事だとエリカは内心感心していた。

 

「はふ! はふ!」

「甘いもの食べるの超久しぶり!」

「チョコレートってこんな美味しかったんだ!」

「口の中でとろける~」

「……」

「ありがとうございます、本当に美味しいです」

「……別に、大したことはしてないわよ」

 

 エリカがサイドカーに積んできた差し入れ用の食品や菓子の類を、一年生チームの皆は満面の笑みで頬張っている。梓の感謝に対し、エリカはそっけなく返した。だがそれが照れ隠しなのが優花里には傍目にも解った。頬がかすかに赤くなっていた。

 

「……ちょっと見ない間に随分とたくましくなったわね、貴女たち」

「そうでないとやっていけませんでしたから」

 

 優花里がしみじみと言った。その言葉には、万感の想いがこもっているのがエリカには解った。

 顔にフェイスペイントを施した優花里や、ウサギさん分隊の面々の纏った空気は山賊さながらで、良く言えば野性味に溢れ、悪く言えば無頼感丸出しだった。

 エリカも正直、身ぐるみ剥がれて荒野に放り出されるかと思ったぐらいだ。

 

「スナモグラ以外にも得体の知れない生き物が住み着いてましたので、そいつらを追い払うのも一苦労で」

「誰も寄り付かないように見える所ですけど、実は鉄屑泥棒も大勢居るんです、この辺り。使えそうなパーツは取り合いになります」

「まぁ、とっちめてやったけどねぇ」

「ねぇー!」

「ねぇ~」

 

 鉄屑泥棒というのは、いわゆる『再生武器商人』のことだろう。早い話がジャンク屋だが、商売の性質的に胡散臭い連中も多い。そんな輩共とやりあっていれば、気配が剣呑になるのも頷けるというやつだ。

 

「それにしても、ここがどこか良くわかりましたね」

「住んでる私らですらここが何処か知らないもんね」

 

 優花里の言葉に、あゆみが相槌を打った。

 鉄屑を漁り、再生武器商人の中でも話の通じそうな連中とは物々交換などもしているのだが、肝心の情報は全く手に入らないままだ。

 にも関わらず、エリカは単身ここへとやって来た。その絡繰が、皆一様に疑問だった。

 

「……私がここに来れたのは隊長の、いえ、家元のお陰なのよ」

「家元? 西住殿のお母様の? 西住しほ殿のことですか?」

 

 エリカは頷いた。

 

「島田流と並んで装甲騎兵道を二分する西住流……その門下生はあらゆる界隈に散らばってるけど、特に多いのが自衛隊や警察、それに官公庁。当然、文科省直属の装甲騎兵部隊にも」

「なるほど! その門下生の方々が、こっそり教えてくれたんですね!」

 

 あの蝶野亜美一尉も、西住流の門下生であったことを思い出しながら、優花里はポンと手を叩いた。

 

「人の口に戸は立てられないわね。ましてや横車を押すようなことをしてるんだから、なおさらね」

 

 エリカは彼女らしい皮肉っぽい表情で冷笑的に言った。

 優花里は心底同意とばかりに力強く首肯を返した。

 

「まぁ、ここを探すのを志願したのは私自身だけどね。結構大変だったわよ。文科省の監視があるだろうから航空機は使えないし。砂嵐に紛れてオートバイで近づく以外に方法はなかったわ」

「……」

「なによ優花里」

 

 何やら意味深な視線で自分を見つめてくる優花里を、エリカは眼を細めて視線を向けた。

 

「いえ……そこまでして、何故私達のことを探してくれたのかと……」

 

 優花里が伏し目がちに問えば、エリカは「何を今更言ってるんだ」といった顔で答えた。

 

「アイツや、貴女がひどい目にあってるのに、放おっておけるわけないじゃないの」

 

 そう言い終えて、慌てて「来年倒すべき相手がいなくなるのは不本意だ」とエリカは付け加えたが、それはどう考えても照れ隠しなのが、彼女の表情から明らかであった。

 

「逸見殿ぉ!」

「うわ!?」

 

 優花里は思わずエリカの胸元に飛び込んで抱きついていた。

 癖っ毛をエリカの胸元に押し付ける優花里の肩は震えていた。

 エリカはため息をひとつ吐くと、その肩を抱きながら、癖っ毛頭を撫でるのだった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 酸の雨が止めば、バラックに避難していた皆がエリカのもとへと集まってくる。

 沙織が、麻子が、華が、桃が、柚子が、大洗の皆がエリカのもとへと集まってくる。

 居ないのは、杏会長だけで、それ以外の皆が集まってくる。

 

「――」

 

 エリカが語るの外界の情報を、一言も聞き漏らすまいと耳をそばだて、一字一句真剣に耳を傾ける。

 みほが知波単学園に身を寄せているという知らせには、皆が隊長の身の安全を喜び、ホッと安堵のため息を漏らす。西住みほが無事ならば、きっと何とかなる――そんな確信が、大洗の皆にはある。

 

「家元は既に動かれていて――」

 

 エリカの語りが、しほの動きについて差し掛かりそうになった時だった。

 エリカの携帯情報端末が、新情報を受信したことを告げるアラームを鳴らしたのだ。

 その中身を見て、エリカは言った。

 

「あなた達のことが、ニュースに出てるわよ」

 

 大洗の皆が、そのニュースを見るべく、エリカへと殺到する。

 

 

 

 

 

 

 

 みほは、そのニュースを知波単学園にて聞いていた。

 そのニュースが齎されたのはちょうど、みほが自身の立てた文科省襲撃計画を絹代らに説明している所だった。

 

 一人廃墟より脱出し、外界へとたどり着いていた杏は、訪ねた先、蝶野亜美一尉と共にそのニュースを聞いていた。

 

 ダージリンは午後のティータイムの最中に、アンチョビはパスタを茹でながら、ケイは特別メニューの訓練の途中で、カチューシャは昼寝明けの寝ぼけまなこで、ミカ達は聖グロリアーナ連絡艇の機上でニュースを聞いていた。

 

 しほは自宅のテレビからそのニュースを聞いていた。傍らにはまほがいて、さらにその傍らには紫煙を燻らせるメルキアの情報将校の姿があった。

 

 ロッチナは文科省から借り受けたオフィスでニュースを聞いていた。来客用のソファーの上には、扇子で口元を隠す島田流家元の姿があり、その隣にはフランス人形のような一人娘の姿があった。

 

 テレビのニュースは告げていた。

 大洗女子学園と、大学選抜チームのスペシャルマッチが近日開催されるという特報を。

 ニュースを読み上げているのは、役人然とした眼鏡姿の文科省の役人であった。

 

 

 






  ――予告

「いよいよ舞台は整った。あとは役者を揃えて、幕を開くまでさ。西住流が、島田流が、装甲騎兵乙女達が、文科省が、ギルガメスが、バララントが、それぞれの役を演じ、物語を紡ぎ始める。さて、今度の場面の主役は杏、大洗女子学園生徒会会長だ。みほ達の陰で、彼女は彼女の戦いを戦っていたというわけさ」

 次回『ムーブメント』
  

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