ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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stage09 『ムーブメント』

 

 その日、東京市ヶ谷にある日本装甲騎兵道連盟本部正門前に、奇怪なATが一機、姿を現した。

 通行人は思わず立ち止まってその姿を見つめ、中には携帯情報端末で撮影しているものもいる。

 受付係が表の騒ぎを聞きつけ、飛び出してきた。

 ――狙い通りである。杏はコックピットのなかでほくそ笑んだ。

 頭部には工事用の黄色地に安全第一の緑の文字ペイント。

 胴体は使用していた運送会社のイメージカラーに企業ロゴ。

 右腕部は通常の緑色に、左腕部は軍用カラーの紫。

 右脚部は警察用の白地に黒のライン、左脚部には何やら可愛らしいキャラクターがプリントされていた。

 ありあわせのジャンクパーツで構成されたフランケンシュタインの怪物のごときATは、その表面のどこを見ても傷がついていない所はなく、塗装が禿げていない所もなく、錆が浮いていない所もない。

 まるでゴミ捨て場のジャンクの奥底から這い出てきた、ATの亡霊とでも評すべき姿だった。正直、ここまで辿り着けたこと自体、半ば奇跡だったように杏には思えた。

 

(……)

 

 杏は首を左右に振って、奇跡、という脳裏に浮かんだ単語を掻き消した。

 奇跡などである筈もない。

 このスコープドッグ一機仕上げるのにも、皆がどれほどの努力をしたのかを、杏は知っている。

 全ては、自分を外へと送り出すためだ。これは皆の想いの形なのだ。断じて奇跡などではない。

 

「たのもー!」

 

 外部スピーカーをオンにして、音割れだらけの声を響かせる。

 そして一歩、正門の方へと踏み出した。

 まずこの継ぎ接ぎだらけのATが動いたという事実に野次馬達は驚いた

 慌てて受付と守衛が杏の駆るスコープドッグの前へと立ちはだかり、両手を広げて止まれとジャスチャーした。

 ノイズだらけのカメラを通じて、ATの異様な姿に驚く人々の顔が杏にも見えた。

 見た目の悪さは承知の上。むしろ話題になってくれて大いに結構。今大事なのは、大洗の惨状を世に知らしめ異議の声を引き起こすこと。

 杏はATのハッチを開くと、小さな体を宙に踊らせ、危なげなく着地してみせた。

 やや草臥れた見た目になってしまった大洗の耐圧服のヘルメットを外し、一転、会長らしい丁寧な口調で受付へと告げた。

 

「大洗女子学園生徒会長、角谷杏です。理事長にお取り次ぎをお願いします。アポイントメントはとってあります」

 

 呆気にとられた受付係に代わって、応えたのは杏にも聞き覚えのある声であった。

 

「よく来たわね。待ってたわ」

 

 陸上自衛隊の制服に身を包んだ凛としたその女性は、大洗に最初に装甲騎兵道を手ほどきした教官、蝶野亜美一尉に他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――stage09

 『ムーブメント』

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、そうは言われてもね……今度のことばかりはこちらにとって寝耳に水でね」

 

 言いつつハンカチで額を拭うのは、禿げ上がった頭部をした、和服姿の男性だ。

 厳つい顔立ちに浮かんでいるのは、うら若い装甲騎兵乙女の強い視線に押されての困り顔だった。

 日本装甲騎兵道連盟理事長、児玉七郎である。

 装甲騎兵道という健全かつ安全ながらも荒々しいこの競技を、全国的に総括する連盟の総帥であるわけだが、それに相応しい威厳に溢れる人物……には残念ながら見えない。

 顔立ちそのものはいかにも大人物といった造作なのだが、自分の孫ほどの娘二人の視線を受けてたじろいでいる様子は、上司と部下との間で板挟み状態の中間管理職めいていた。

 

「つまり、文科省は連盟には特に通達等もなく、一方的に廃校を断行したということですか?」

「そうとも言えるし……そうでないとも言える……」

「私たちは優勝すれば廃校が撤回されるとの約束を信じて戦ったんです。その約束を文科省は一方的に破棄したばかりか、一切の事前通告もなく、権力を振りかざし強引に学園艦を占拠しています」

「このような非道を放置するのは、連盟の、いえ装甲騎兵道の精神にも大きく反していると言えます。それに優勝する実力のある高校が、力づくで廃校にされようとしているこの状況は、連盟のメンツにも関わります」

「……」

 

 亜美がすかさず杏への後方支援の言葉を放ってくれるが、理事長の顔色は冴えない。

 杏はいささか不審に想った。公衆電話からアポを入れての強引な来訪だ。煙に巻かれて何の答えも得られずに帰る可能性も、最悪覚悟していた。

 しかし目の前の理事長の表情は、最大限にこちらのために何かしてあげたいと想っている一方で、何らかの事情からそう動くわけにもいかない、その事情を言いたくても話せない――そんな印象を杏に与えるものだった。

 杏は自身の洞察力への自負がある。自分の見立は、おおよそ間違ってはいまい。

 

「……理事長がはっきり仰らないのなら、私が代わりに言います」

「ちょ、蝶野君。それはちょっと……」

 

 痺れを切らしたのか、亜美が苛立たしげに言うのを、理事長は制しようとした。

 しかし亜美は意に介さずに杏へと話し出す。

 

「今度の文科省の行動は、どうにも文科省の独断ではないみたいなのよ」

「……外部からの圧力があったということですか?」

 

 亜美は頷いた。

 

「文科省直属の装甲騎兵部隊には自衛隊からの出向員も所属してるし、そこから内々に今度の出撃は色々と様子がオカシイという話が回ってきてるのよ。でも相手の正体が解らない。一官庁を動かしうる存在なんて、そうそうありはしないのに……」

 

 亜美は理事長の方へと視線を移した。そして眼で問うた。貴方ならば事情を知っているでしょう、と。

 杏も亜美に合わせて理事長を見た。

 

「……ううむ」

 

 理事長は視線をそらして咳払いした。

 そして僅かに目線を動かして杏達のほうを窺った。

 亜美の自衛官らしい、強い視線が突き刺さり、杏の女子高生らしい強い怒りの感情の篭った熱い視線が注がれる。理事長はハンカチで額の汗を拭って、ため息を一つ挟み、観念したと話し始めた。

 

「……実は文科省がああも強引に動いたのは、バララントからの圧力があったかららしいんだ」

 

 唐突に飛び出してきたその名前に、亜美と杏は思わず顔を見合わせていた。

 バララント? あのバララントか? 銀河を二つに分かつ巨大陣営の一方のほうの?

 

「君たちが驚くのも無理はないよ。私も最初聞かされた時は意味がよく飲み込めなくてなぁ……」

「いや、その飲み込めないもなにも」

 

 豪胆さに定評のある亜美だが、このあまりに予想外な大国の登場には、彼女らしくもなく戸惑っている様子だった。

 

「正直、意味が不明です。なぜバララントに大洗を廃校にしなくてはならない理由があるんですか?」

 

 逆に思いの外、冷静な様子だったのは杏だった。

 既に充分に理不尽な目にあってきた。今更一つ増えた所で何だと言うのだ。

 

「それはだね……」

 

 理事長が、なにがしか言おうとした、その時だった。

 

「理事長……」

 

 連盟の職員の一人が、不意にドアを開けて言った。

 

「文科省から、何か発表があるようです。テレビをつけないと――」

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文部科学省が開いた緊急記者会見の席で、文部科学省学園艦教育局局長、辻連太は以下のように述べた。

 

『――しかるに、装甲騎兵道のさらなる発展を祈念し、大学選抜チームと、本年度高校生全国大会で優勝した大洗女子学園との取り組みで、ここに高大連携エキシビションマッチを開催することを、決定致しました。本エキシビションマッチにいたしましては、より自由度の高い装甲騎兵道を目指し、敢えてバトリングリアルゲームルールを採用する予定であります――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 杏は上手く寝付くことが出来なかった。

 亜美が眠る寝袋の傍ら、ベッドの上で何度も体勢を変える。

 杏が今いるのは亜美の住居と言うか寝床だった。多忙な彼女は家には寝るためだけに帰っているようなものであり、物も少ない質素な部屋だった。だが寝床の当てもなかった杏には、高級ホテル以上に亜美に誘ってもらったのが有難かった。

 

「……」

 

 寝返りを打ちながらの杏の脳裏をグルグル回るのは、あの文科省の眼鏡役人が宣った勝負の条件の数々だ。

 特に杏の脳裏に焼き付いて離れないのが、二つの事柄。

 相手は大学選抜。

 ルールはバトリングリアルバトル方式。

 大学選抜チームと言えば、島田流の秘蔵っ娘、島田愛里寿率いる最精鋭チームであり、社会人選抜を打ち破った今、事実上日本最強の装甲騎兵道チームと言っていい。優秀な選手が揃っているばかりか、ATも特殊なカスタム機ばかりで、まともにやりあえばまず太刀打ちはできない相手だ。そのことには、理事長も亜美も共に厳しい表情をしていたことから明白だった。

 そして試合方式として伝えられた、リアルバトル方式。

 早い話が、ノールールの実戦形式であるということだ。弾薬と機体の安全面の規格さえ満たしてしまえば、その他は一切自由。装甲騎兵道では認められていない装備やカスタマイズも思いのまま。そしてフラッグ戦が基本の高校装甲騎兵道と異なり、バトリングのチーム戦は原則「殲滅戦」……すなわちどちらかが全滅するまでの勝負となる。

 ATを奪われた現状での、相手には一切ハンデ無しの正面衝突、ガチンコ一発勝負。

 これは試合ではない。公開された私刑に過ぎない。

 絶望など通り越して、最早怒りしか無い。杏は胸を突き破らんばかりの憤りに、目が冴えて全く寝付けなかった。彼女は今夜何度めか解らない寝返りを打った――その時であった。

 不意に、杏の携帯情報端末が着信音を鳴らし始めたのだ。

 

「はい」

 

 杏は殆どを間を置かずに端末を手に取り、電話に出た。

 マイクロフォンの向こうから、聞き覚えのない男の声が、聞こえてくる。

 

『バララントが何故大洗を潰そうとするか、知りたくはないか?』

 

 この問いかけに、杏は敢えて問いかけで返した。

 

「ギルガメス……特にメルキアのかたですか?」

 

 この質問返しには、相手は暫時言葉を無くしてしまっていた。

 数秒後、ため息を一つ挟んでから、口調を軽いものに変えて、メルキア男は再び話し始める。

 

『どうやら地球の女性は勘の鋭いしっかり者揃いのようですな。こちらとしては仕事がやりにくくてしょうがない』

「何が目的ですか?」

 

 杏は軽口に応じず、手短かつ厳しい口調で返す。

 端末の向こうで、相手が苦笑いした。何故か杏には、相手が向こうで肩をすくめているのが見ずとも解った。

 

『バララントの目的を潰すのが私の仕事でしてね。その為におたくらを手助けしたい……まぁそんな所ですかな』

「なぜ、バララントが大洗女子学園を潰す必要があるんですか?」

 

 電話の向こうの男――メルキアの情報将校が告げた理由は、杏にはまったくもって理解不能のものだった。

 

『苦境に追い込んだ大洗に大学選抜相手に散々足掻かせてから敗北させる。それこそが連中の目的でね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キーク=キャラダインと角谷杏が電話越しの会話を交わしていたのと、ちょうど同じ頃。

 遠い国からやってきたかつての「神の目」もまた、今の上司を相手に星間通信を交わしていた。こちらのほうは音声のみならず、映像付きであったが。

 恒星間を跨いだ超技術による超高速通信により、ロッチナは遥か彼方の上官と今後の成り行きを話し合っていた。上官側の声は小さく、暗い部屋の中で響くのはロッチナの声ばかりだった。

 

「ええ……計画は順調に進んでおります。文科省は内心はともかく、表面上は協力的です。閣下のお名前を出したのが効いたのでしょう。辺境惑星の小役人には口答えできる相手ではありません」

 

 画面の向こうの上官に、相変わらず何を考えているか解らない曖昧な笑みと共にロッチナは話し続ける。

 

「大洗女子学園は予定通りに追い込みました。ここで少し手を緩めて、彼女らに愛機を返すように手配します。無論、我々の仕業とはさとられないように。万が一の細工は済ませた上で」

 

 ロッチナは膝の上にのせたモノをその右手で撫でながら話し続ける。

 

「圧倒的な相手を前に、足掻いて藻掻いて、そして敗北する。それでもなお、戦おうとする姿……これこそが、戦争に疲れたバララント市民、いやギルガメス市民すらをも魅了するのは間違いありません」

 

 アストラギウス銀河の住民たちは「描かれた勝利」に慣れきっている。

 戦時中、両陣営ともに自国の勝利を謳うプロパガンダ作品を垂れ流し続けたから。

 

「戦争は終わりましたが、戦いは続きます。直接銃火は交えずとも、武器を用いない形で」

 

 すなわち情報戦であり、広告戦だ。

 今やギルガメスとバララントの星間戦争は、娯楽という分野でのメディア戦争へと転じつつある。

 生の殺し合いに見飽きたアストラギウスの住民たちには、血を流さない乙女たちのコンバットは実に真新しい娯楽だ。この乙女たちの麗しき闘争を、全銀河に発信する権利は、なんとしてもバララントが得ねばならない。そして今、バララントは文科省、そして島田流と結びつくことで、ギルガメスの一歩先を行っている。

 後は、最初のプロデュースをどうするかだ。

 

「島田流は勝利を得ます。文科省は望みの廃艦を得ます。そして我らがバララントは装甲騎兵道の全銀河への格好の初舞台を得るのです。戦って戦って、そして最後には美しく破れるその姿を。まさに――」

 

 ロッチナは、その顔に似合わぬ可愛らしいぬいぐるみを撫でながら、陰謀を愛でる笑みで言った。

 

「ボコられくまのボコのように。閣下には必ずや良い知らせをお伝えできるでしょう。我らが『ビッグボコル計画』の成就の知らせを――」

 

 ロッチナの膝の上にあるのは、みほが愛してやまない、ボコのぬいぐるみ、それも限定生産のレア物に他ならなかった。 

 

 

 

 

 

 

 






  ――予告

「いよいよ風が吹き始めた。運命の風車を回す旋風に誘われて、ついに二人の少女が相まみえる。みほ、気をつけたほうが良い。相手は超一流の装甲騎兵道選手、そして君に匹敵するボコマニアさ。二人の少女の、意地と愛とがぶつかり合い、華々しい火花が散りそうだ。そんな予感がするね」

 次回『エンカウンター 』

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