『さあ、始まりましたバトリングinボコミュージアム! 今回は新顔を交えての戦いだ。さぁ誰が一番稼がせてくれるのか! どいつもこいつもはった、はった!』
MCがマイクで大声でがなりたてれば、試合を前にしてそれなりに集まってきた観衆達が、熱っぽい声を張り上げる。地方の野良バトリングとは言え、そこで賭けが行われるとあれば自然と観客は熱を帯びるものだ。
そんな無数のカリギュラ達のギラつく欲望にさらされて、コロッセオに引き出されるのは、ボコの園の剣闘士達だ。
『おおっと! 青コーナー、初戦で登場はいきなりの新顔チームだ! 3対3のブロウバトル! 青コーナーチームは、「ボコ・ザ・ダーク」! 「ウラヌス」! そして「クルセイダー」の三機だ!』
呼び声に従って即席の鉄柵で囲われたアリーナのなかに、みほ、絹代、そしてローズヒップの三人はATを進ませる。みな、月のアリーナのときとは違って、ブロウバトル用の装備へと切り替え済みだった。みほは機体の右手に小型のシールドを装備し、絹代はやはり機体の右手にリニア式のパイルバンカーを備え、予備の鉄杭を後腰と左右の脛部にマウントしている。ローズヒップの愛機は特に追加の武器は持ってきていないが、彼女のクルセイダーにはもともザイルスパイドと、打突用のナックルガードが左右の拳に装備されている。そのままでも充分にブロウバトルには対応できた。
観客の反応は歓声と野次がちょうど各々半々といった所だろうか。地方の野良バトリングは良くも悪くも参加メンバーが固定しがちだ。だからこそ新入りを歓迎する一方で、余所者を嫌う風潮もある。しかしどちらにしても大事なのは自分の賭けたチームが勝利し、稼がせてもらえることだ。まずは両者ともに、新入りのお手並みを拝見、とった様子だった。
『赤コーナー! こちらはみなさんお馴染みの面子だ! 「鋼鉄の密猟者」! そして「アイアンマン1」「アイアンマン2」の「アイアン・ウォリアーズ」の姉妹の三機!』
続いてMCに呼び出されリングへと乗り込んできたのは、どうやら地元の有力チームらしい三人組だった。
『鋼鉄の密猟者』と呼ばれたATは機体はタイプ20、つまりスコープドッグ・ターボカスタムをベースにカスタマイズされており、その右肩にはブロウバトルにも関わらずミサイルランチャーが乗っかり、両手で三叉の槍を抱えている。
『アイアンマン1』『アイアンマン2』はそれぞれダイビングビートルとスタンディングトータスの改造機で、共に赤と黒をベースとしたカラーで塗装されている。アイアンマン1のほうは右手を巨大なクローアームに換装し、アイアンマン2のほうは両肩部に何やら火砲のようなものを背負って、携えた長い鎖分銅をじゃらじゃらとさせていた。トゲ付きの鉄球が一方の端についた、凶悪な得物だった。
観客は即座に口笛や指笛、そして歓迎の叫びをあげた。どうやら人気の選手たちのようだ。実際、その機体の制動からみほはそれなりの腕前の持ち主達であるということを見抜いていた。
「相手はベテランのようです。気を引き締めてかかりましょう」
『ですね。しかし臆することなく突貫するもまた肝要かと!』
『ステゴロは最初の一撃が肝心ですわ。相手が誰だろうと先制のパンチでノックアウトしてみせますわ!』
みほが言うまでもなく、絹代もローズヒップも相手の力を理解していたようだ。
それでいて、二人共怖気づくようなことは全く無く、戦意と自信に満ち溢れている。
みほも彼女らの気持ちに共感していた。相手が誰だろうと、負けるつもりはない!
『それでは……試合開始だ! ゴングを鳴らせ!』
レフリー役のスコープドッグがAT用の巨大なゴングをやはり巨大なハンマーで殴れば、赤青に別れた六機のAT達は、自らに敵へと目掛けて真っ直ぐにグライディングホイール走らせるのだった。
――stage11
『コンフリクト』
鋼の脚でアスファルトの地面に火花を上げながら、みほは、絹代は、ローズヒップは即席のコロシアムの上に愛機を駆けさせる。
それは相手もまた同様――狭い試合場だ、間合いはすぐに消え去った。
みほ達は『ボコ・ザ・ダーク』を最前に置くエシュロン隊形をとっていた。斜線を描きなら絹代、そしてローズヒップと続く。
一方、相手方は『鋼鉄の密猟者』と『アイアンマン2』を前面に出し、『アイアンマン1』を後方に据える逆デルタ隊形をとってうた。。飛び道具持ち二機を前面に出していることから、こちらの間合いの外から仕掛けるつもりだとみほは判断する。
――果たして、その通りになった。
ぱぱぱ、とモニターの向こうでマズルフラッシュが輝けば、スピーカーが喧しくアラートをかき鳴らす。
まず仕掛けて来たのはアイアンマン2。その両方に担いだ砲が、交互に火を吹けば、弾幕がみほへと向けて襲いかかる。
バトリングのレギュラーゲームやブロウバトルでは原則飛び道具は禁止だが、実は例外が無いわけでもない。
装薬量を減らし、撃破判定が出ない程度に火力を抑えたものであれば、使用を許されているのだ。
つまりは、見た目は大層でも実際は虚仮威しにしか使えない豆鉄砲な訳だが、みほの直感は警戒を告げる。機体を左右に振って弾幕を凌ぐと同時に、避け得ない弾道へとシールドを滑りこませる。
「やっぱり!」
予感的中。シールドに当たった弾丸はまるで水風船のようにベシャリと弾け、シールドの表面に内容物をぶち撒ける。見ずとも解る。目潰しのペイント弾だ。野良試合のバトリングらしく、情け無用、ルール無用、牙を持たぬ者は生き抜くことも能わない!
みほがペイント弾を防ぐことに意識を向けた一瞬を逃さずに、アイアンマン2は右手の内で小さく回していた棘付き鉄球を、アームパンチに乗せてみほ目掛けて投げ放って来た。
みほから見て左斜め下方から、逆袈裟懸けの軌道で弧を描く鉄球が、まさしくボコ・ザ・ダークへと叩きつけられんとする。
「ローズヒップさん!」
『ガッテンですわ!』
ギリギリのタイミングでのターンピック。
右足の鉄杭をアスファルトに打ち込み、左のホイールを逆回転させて鉄球を躱す。
回避の隙を相手が狙うのを予期し、ローズヒップへと援護を頼む。
ダージリン、そして聖グロリアーナ随一の参謀アッサムの秘蔵っ子だけはあって、その名を呼ぶだけでみほの意図は伝わった。避けられた鉄球と鎖を頭上で一回転させ、もう一発とばかり振りかぶったアイアンマン2目掛けて、クルセイダーのザイルスパイドが走る。
攻撃に意識を囚われていたのだろう。避けることも出来ずにハプーネは胸部装甲へと電磁マグネットで張り付き、そのままローズヒップ駆るエルドスピーネは改造スタンディングトータスを巻き上げ引っ張り寄せた。
つんのめるようにフォーメーションから抜け出るアイアンマン2。その相手はローズヒップにまかせて、みほ達は残りの二機と相対する。今や、互いに相手は目と鼻の先。すなわち接近戦だ。
みほと向かい合ったのは、鋼鉄の密猟者を名乗るスコープドッグ・ターボカスタム。
三叉の槍をローラダッシュの勢いそのままボコ・ザ・ダークへと突き出せば、みほは右手の盾でその穂先をいなし、二機のドッグタイプは交差する。
立て続けにみほへと巨大なクローアームで襲いかかったアイアンマン1をターンピックでやり過ごし、振り返って相手が追撃しようとするのは――。
「絹代さん!」
『かしこまりました!』
ウラヌスへと任せ、みほは鋼鉄の密猟者と再度対峙した。
鋼鉄の密猟者は右肩に負ったミサイルランチャーをみほへと向けていた。
ブロウバトルのレギュレーションでは、ミサイルは火砲同様に本来虚仮威しにしかならない。ならばそれを装備する意味は何だ? みほの頭脳が、コンピューターのように高速回転する。
(――そうか!)
みほは感づいた。感づいたと同時にミッションディスクに打ち込まれたコンバットプログラムを起動する。
グライディングホイールの回転数が急速上昇し、そのあまりに若干の空転をきたし、足裏が僅かに宙に浮いた。すかさず、ターンピックが地面に対しやや斜めに突き立てれば、アスファルトの表面を削りながら機体が地面を滑った。ボコ・ザ・ダークは敢えて背中から地面へと倒れ、勢いそのまま路面を機体が滑る。
みほの視界は空へと向けられた。視界を、黒い何物かが過ぎった。ミサイルポッドから撃ち出された代物は、空中で弾け飛んで鉄の網を広げる。鋼鉄の投網――とでも評すべきか。鋼鉄の網が広がって、標的の残像を絡め取らんとしていた。みほは相手の切り札をやりすごしたのを見つめながら、鋼鉄の密猟者の脚部へと、ちょうどスライディングの要領でATを突っ込ませた。
鋼鉄の塊が地面を滑れば、自然とそこに勢いが備わる。ボコ・ザ・ダークは重量に速度の二乗を掛けた力で、鋼鉄の密猟者の脚を刈りとった。
ATの滑走を無理やり止めれば、みほは即座に愛機を立ち上がらせる。
バイザーモニターの中央、縦横二本のグリッド線の交差点に備わった、白い菱形の向こうで、鋼鉄の密猟者もみほに遅れて立ち上がろうとしていた。一刻も早く体勢を立て直し反撃せんと、乗り手の注意は完全に機体の制動に向けられている。
この好機を逃さず、みほは愛機の『秘密兵器』を起動する。
ボコ・ザ・ダークの左手には補強が施され、丸く太くなり白く塗られた見た目はまるでギプスのようになっている。
ギプスのように見えた白い外装がパカリと割れて中身が露わになれば、登場したのは奇妙な得物だった。
一見するとU字型の磁石を思わせるそれは、U字の窪みの部分に縦三連に並んだ鋼杭とその射出装置を備えている。伸びたケーブルが、得物と背部ミッションパックとを繋げていた。
――『痛い聴診器(ペインフル・ステソスコープ)』。それがこの武器の名前だった。
本来であれば要塞や陣地の硬い外壁などを破砕するために用いる特殊装備を、バトリング用に改造した代物であり、特にブロウバトルやレギュラーゲームで効力を発揮する。
みほが機体の左手を真っ直ぐに標的へとかざせば、ロックオンでモニターのグリッド線が赤く点灯する。
鋼鉄の密猟者のターレットレンズがみほへと向けられ、相手が狙われている自分に気づいたことがレンズ越しに伝わってくる。だが、もう遅い。みほは赤いトリッガーボタンを親指で押し込んだ。
リニアパイルの機能を応用し、『痛い聴診器』を射出する。
伸びたケーブルはエルドスピーネのようなワイヤーではなく電線だ。ミッションパック内部の発電機が稼働し、電磁石が起動、鋼鉄の密猟者の胸元にバチンと音を立てて張り付いた。
みほは再度トリッガーを弾く。
先の平たい鉄杭が次々と火薬の力で撃ち出され、装甲を越えてATの内部機構を揺さぶり叩きのめす。
真鍮色の薬莢が機関銃でも連射したようにばらまかれる。
『痛い聴診器』とは要するに『電磁吸着式パイルガン』だ。
電磁石で相手のATと密着したパイルガンにより、ゼロ距離から鋼鉄の鎚で叩きのめされれば、例え装甲はカーボンで守られていようとも、内部への衝撃で機体を行動不能に出来る。
横から『痛い聴診器』へと差し込まれた弾倉が空になった時、鋼鉄の密猟者は膝をつき、白旗を揚げた。
みほが相手を降したのと殆ど同時に、絹代のスパイクグローブはアイアンマン1の顔面を殴りぬき、ローズヒップのナックルガード付きのアームパンチはアイアンマン2の横っ面にフックを決めていた。
電光掲示板には、みほ達のチームの勝利を示す文字列が浮かんでいた。
あまりにも早い決着に、MCは一瞬驚きに沈黙するも、プロらしくすぐさま平静を取り戻してマイクへと叫んだ。
『こ、こいつは凄い番狂わせだ! まさかあの鋼鉄の密猟者たちがこうもあっさりやられてしまうとは! 予期せぬニューフェイスの出現だ!』
観客も続いてどよめきを上げ、屑になった賭け札を投げ捨てたり、あるいは新顔の賭け札を求めて今更ながらチケット売り場へと殺到している。
どうやら、相手チームはこの野良アリーナではそこそこに名のしれたボトムズ乗り達であったらしい。
しかし、既に月面のアリーナで幾つもの激戦を制してきた、みほ達の敵ではなかった。
――◆Girls und Armored trooper◆
もともとそうだったのか、あるいは予期せぬ新人の勝利に台本を換えたのか。
気づけばバトリングは勝ち抜き戦形式となり、さらに二つのチームがみほたちへと挑みかかってきた。だがどちらもみほ達の敵ではない。愛機達にダメージを負わせることもなく、早々に試合を片付ける。
このころには、観客たちにも携帯情報端末などを通じてみほ達の正体が知れ渡っていた。月のアリーナ帰りのボトムズ乗り。ならば強いのも当然だと、観衆は盛り上がるが、ボトムズ乗り達は物怖じし始めたのか次の対戦相手は中々姿をあらわさない。
「……今日はここまで、かな?」
『そのようですわね』
『もう一戦くらいしたい所でしたが……致し方ありません』
これ以上派手に暴れてアリーナ荒らし扱いされるのも面白くはない。
もう切り上げて、勝ち分を貰い受けよう……そんなことをみほ達が考えていた時だった。
『おおっと! ここで新たな挑戦者が登場だ! こちらも新顔! その上なんと、言ってくれるじゃないですか!』
MCは何やら興奮した様子で次なる対戦相手のことを告げる。
『なんと彼女は1対3での勝負を申し出ているぞ! さぁ、連戦連勝の「ボコ・ザ・ダーク」チームを止めることが出来るのか! こいつは見ものだ! 「パーシング」入場!』
「パーシング」を名乗るそのATがアリーナへと現れた時、観客はおおっと驚いていた。
『……? あれ? なんでしたっけ、あのAT?』
『トータス系ベースの改造機と見えるが……西住さんはご存知ですか?』
「ううん。私もあのAT、見たこと無いかも」
みほは改めて現れたATの姿を詳細に観察した。
絹代の言うとおり、トータス系をベースにした改造機と見える。
バトリング用のATには珍しい、地味な緑一色の機体はH級の大型で、全体的なシルエットはほぼスタンディングトータスそのものだが、両肩にショルダーアーマーが装備され、さらに機体と一体化していた頭部が独立し、新たに人間の首に当たる接続部が設けられている。原型機よりも人形に近づき、スマートになった印象だ。
得物はない。全くの素手のみ。つまりはアームパンチのみだった。ローズヒップのエルドスピーネのように、ザイルスパイドも装備していない。
『上等ですわ! タイマン張るならわたくしがお相手でしてよ!』
『侮るなローズヒップ! どんな隠し武器を用意しているかわからん。油断大敵、大胆かつ慎重に突撃だ!』
ローズヒップは無手勝流には同じ流儀で立ち向かうつもりらしい。
独り歩み出る彼女の背に、絹代がアドバイスを送る。その内容にみほは頷いた。
バトリングは、装甲騎兵道と異なってスポーツではあっても武道ではない。金が絡むことも多く、それだけに勝つためにはどの選手も手段を選ばない。ATに隠し武器を仕込む程度は日常茶飯事だ。
『どうやら「ボコ・ザ・ダーク」チームも、最初は一対一で応じるつもりだ! まず最初の相手は「クルセイダー」、ともに素手同士の対決だ!』
ローズヒップと「パーシング」が10メートル程の距離を空けて向かい合う。
クルセイダーの鋼の背中に、彼女らしい剥き出しの闘気が浮かび上がる。
みほと絹代が見守る中、レフリー役のスコープドッグが開始のゴングを叩く。
『ちぇぃさぁぁぁ!』
クルセイダーは初撃で決めると言わんばかりに、ローラダッシュに乗せての真っ向ストレートのアームパンチ。
対するパーシングは棒立ちのまま、鋼の拳を避けるも能わず直撃し――たかとみほが思った時だった。
パーシングの姿が、ぶれたようにみほには見えた。
『へあ!?』
『何と!?』
「えっ!?」
気づけば、轟音を上げてアスファルトの上へと転がっていたのはローズヒップのクルセイダーのほうだった。
みほと絹代が唖然とする間に、起き上がろうとしたクルセイダーの頭部を、パーシングの太い鋼の脚が蹴り上げる。強烈な一撃に、クルセイダーの頭部から白旗が揚がる。
『――吶喊!』
「絹代さん!?」
これまでの相手とはその技量において天と地ほどの差を開いて一線を画するパーシングに対し、絹代は敢えて速攻で挑んだ。下手に考えれば相手の勢いに呑まれる、ならばここは突撃を敢行し、ローズヒップを撃破した直後で、まだ次の標的に照準を合わせ終えていない、相手の心の隙を突くまで!
知波単ならではの突撃精神と、ぎりぎりまで重量を削ったライトスコープドッグの俊足。その合わせ技で、パーシングへと絹代はしかけた。
だが、相手の即応力は絹代の、そしてみほの予測を遥かに上回っていた。
並のATを置き去りにする速度で迫る絹代のウラヌスへと、パーシングは超信地旋回で向き直り、真っ向応じた。
絹代はパーシングとの間合いをギリギリまで詰め、このままでは相手と正面衝突する直前で右足のターンピックをアスファルトへと打ち込んだ。機体が時計回りに半回転した瞬間、右のターンピックを引き抜くと同時に左のターンピックを地面に突き立てる。右足裏のグライディングホイールが逆回転し、さっきとは逆向きの半回転。それが住ん済んだ所で鉄杭を引き抜けば、機体はスピンを描きながらパーシングの背後へと回っていた。
剥き出しの背中目掛け、スパイクグローブを叩きつけんとウラヌスが構え、振りかぶる。
『どぉぉぉっ!?』
またも、パーシングの姿がぶれたかと思えば、地面に伏しているのは絹代のほうだった。
だが今度はみほにもパーシングが何をしたのかを理解することが出来た。そして戦慄いた。
(バランシングリリース!)
恐ろしく高度なテクニックだ。
いわばAT版の柔術とでも言うべき技で、相手の攻撃の勢いをそのまま受け流して転倒させ、そこに追い打ちをかけるのだが、言うのは容易いが並の技術ではない。MDのサポートがあったとしても、実戦で使うことが出来るボトムズ乗りは果たして何人いることだろうか――。
絹代に追撃のアームパンチを打ち込み、白旗を揚げさせたパーシングは、カメラをみほのほうへと向けた。
みほは右腕のシールドを前に突き出すような構えでそれに応じる。
まさか地方の野良バトリングでこれほどのボトムズ乗りとぶつかるとは想定外だが、しかし一旦勝負が始まった以上は全力を尽くし、勝たねばならない。
相手が受け技を得意とするならば、真っ直ぐに仕掛けてもいなされてしまうだろう。ならば相手の出方を待つ。
「――」
『……』
構えたまま動きを止めたみほに、相手はバトリング選手らしく口撃を仕掛けるでもなく、ただ数秒間視線を向けたのみだった。
暫時睨み合い試合は膠着するも、飽くまで数度瞬く間でのこと。
だしぬけに、相手はローラダッシュでみほへと真っ直ぐに仕掛けてきた。
(速い!)
H級のトータス然とした姿であるにも関わらず、パーシングの動きは異様なほどに素早かった。その速度は、殆ど絹代のライトスコープドッグと変わらない程。一体どんなカスタムを施せばそうなるのか――そして相手はそんなモンスターマシンを使いこなしている!
蛇行しフェイントを入れながらパーシングは迫る。
右か、左か。相手は右膝を若干曲げ、その爪先を地面へとこすれるぐらい下げる。
「っ!」
みほは察知した。相手がどこから仕掛けてくるのか。だから敢えてATを前進させる。
巨体が、H級の巨体が宙を舞う。ATが跳躍するのは、難しいが不可能ではない。そして相手は、それを可能にする腕前を持っている。
ローラダッシュしながらの降着。頭上を巨体が通り切るのを感じながら、みほは相手のジャンプの下をくぐり抜けた。
アスファルトが、鋼の塊の降下を受けて表面を爆ぜさせる音を聞きつつ、みほは機体を起こしながらの反転。
着地の硬直を狙わんとするも、相手はすでにみほの方へ向き直っていたばかりか、右拳の拳を振りかぶっている。
迫るアームパンチを、みほは右手のシールドで受け止める。
鋼の拳と鋼の盾が接触するタイミングに合わせて、みほも迎撃のアームパンチ!
シールドにアームパンチの力が加わり、完全に相手の打撃を弾き返した。
だが一撃凌いだ程度で止まる相手ではない。みほは連撃に備えて意識を研ぎ澄ます。
「?」
だが相手はなぜか、本来ならば繰り出せる次の一撃を出すこともなく、たたら踏むように後退している。
誘いの技にしては、あまりにもあからさま過ぎて相手の力量にあまりにそぐわない。
みほはそのことに大いなる違和感を覚えながらも、無防備な相手目掛けて、痛い聴診器を打ち出した。
――◆Girls und Armored trooper◆
試合には勝ったが、相棒二人が撃破されてしまったことを口実に、みほ達は試合から降りた。
勝ち分の報酬を受け取りながらも、みほの顔色は冴えなかった。
パーシングの操縦者、あの圧倒的な技量を持ったボトムズ乗りの見せた、最後の奇妙な動き。
その意図が理解できず、違和感が脳裏に引っかかり続けている。
絹代もローズヒップも、見ていて同じことを感じたらしいが、しかしどんな形であれ勝ちは勝ちだ。
取るものは取った。あとは大洗の皆のほうへと歩みを再開するのみだ。
ミカ達の燃料補給もそろそろ終わった頃合いだろうと、みほは愛機へと乗り込もうとする。
ふと、背後に視線を感じた。
「?」
振り返ってみれば、一人の少女がそこにいた。
やや銀の輝きを帯びた灰色の髪をした、まるでお人形のように可憐な少女だった。
ボコのぬいぐるみを抱え持つその姿に、みほは見覚えがあった。会場の入口で、ボコのきぐるみから風船を貰っていた女の子だった。
「……」
その少女が、じっとみほのことを見つめている。
みほは戸惑った。その瞳にはあからさまな、そして極めて強い敵意の火が灯っている。
「……えと」
みほは自分を睨みつける少女へと、困り顔で訳を問うことにした。
「どうか、したかな?」
少女は、不意に右手を上げてみほを指差すと。静かな、しかしハッキリとよく通る声で言い放った。
「ボコじゃない」
指先が移動する。
みほはそれを追うように振り返れば、そこには愛機『ボコ・ザ・ダーク』の姿がある。
少女は重ねて言い放つのだった。
「あなたのボコは、ボコじゃない!」
――予告
「少女、島田愛里寿の放った言葉の刃が、みほの胸へと突き刺さる。どうやら、あの娘の放った言葉は、みほにとって研ぎ澄まされたナイフだったようだね。瞳から光をなくし、みほは崩れ落ちる。でも忘れないで欲しいなみほ、打ちひしがれる君へと手を差し伸べてくれる、そんな友たちが君には、大勢いるってことを」
次回『ブレイクダウン 』
【痛い聴診器】
:『鉄騎兵堕ちる』より。主人公フィローが自作したバトリング用装備。
:ただし原作にはリニア式の射出装置はなく。直接殴って電磁石をくっつける必要がある
【鋼鉄の密猟者】
:『鉄騎兵堕ちる』より。フィローがゴルテナの街でのバトリング二戦目で戦った相手
:装備は原作通り。やはり痛い聴診器の直撃を受けて撃破される。
【アイアンマン1&アイアンマン2】
:『青の騎士ベルゼルガ物語』に登場したバトリング用AT
:本編では殆ど碌に描写もなく撃破された。外見描写はボークスのガレージキット準拠
ガルパン最終章第1話見ました
良い意味でいつものガルパンで大満足でした