ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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stage13 『ソルジャー・ブルー』partB

 

 

「私にはもう、戦いしかないから」

 

 か細い声でそう絞り出すように言いながら、みほは僅かに視線をエリカへと向けた。

 二人の視線が重なり、みほの瞳がエリカの眼に映る。

 敢えて煽るようなセリフを吐いて、みほから言葉を引き出そうと考えていたエリカだが、みほの眼を見て思わず言葉を飲み込み、バツ悪そうに視線をそらした。

 みほの瞳に渦巻く絶望の色に、エリカは見覚えがあった。

 去年の決勝戦に敗れた後のみほの眼。どうしてもそれを思い出して、エリカは何とも居心地が悪かった。

 

「ちょっとみぽりん! いったいどうしちゃったのよもー!」

 

 黙ってしまったエリカに代わって、強引にみほの顔を起こして向き合ったのは沙織だった。

 毎朝布団に貝のように閉じこもった麻子を相手にしているだけはあって、こういう事態には手慣れている。

 

「何があったか、ちゃんと言ってくれないとわかんないじゃない!」

 

 みほの肩を持つとぐわんぐわん揺さぶりながら、沙織は強い声で言う。

 その目尻には僅かに涙が浮かんでいて、これを見たみほは、きまり悪げに顔を俯かせる。

 

「「!」」

 

 固く閉ざされていたみほの心が、僅かながら開いたのを、華も優花里も見逃さなかった。

 

「みほさん、何があったのか私達に話してください」

 

 華は飽くまで冷静に、しかし確かな強さの込められた声で言った。

 

「そうですよ西住殿! わたくし、どんなことでもご相談におのりますぅ!」

 

 優花里も、沙織のが移ったのか涙ぐみながらみほに詰め寄り手を握って上下に振りつつ叫ぶ。

 

「……やせ我慢よせ。度が過ぎるのは、見ていて辛い」

 

 麻子は飽くまでいつもどおりの抑揚のない声だったが、しかし聞く人が聞けば、確かな気遣いの色があるのが解る。

 

「……て、言ってるわよ。貴女も意地はってないで話したら?」

 

 エリカも眼をそらしながらも最後に付け加えた。

 

「……うん」

 

 みほは俯きながらも、ぽつりとぽつりと話し始めた。

 島田愛里寿、そしてジャン・ポール・ロッチナとの出会いが自分に何を引き起こしたのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 みほの語りを皆一様に聞き終えた。

 誰一人言葉を発する者もなく、沈黙だけが部屋の中を満たしていた。

 たかがマスコットキャラクターのことで何をバカなことを、くだらない――などと言うような輩はここにはいない。

 みほを少しでも知っている人間であれば、みほにとってボコがいかに大きな存在か知らない筈もない。

 そのボコを否定されることは、みほにとって人間としての根底を覆されることなのだ。

 皆それを知っている。皆それを解っている。

 だからこそ――。

 

「はっ!」

 

 エリカは敢えて鼻で笑った。

 そしてみほを見下ろしながら告げた。

 

「くだらないわね、貴女のボコ道とやらも」

「……!」

 

 みほが顔を上げて、初めてエリカを真っ向から見返してきた。

 それを見て、エリカは敢えて一層の煽りを加えた。

 

「だってそうでしょ? どこの誰かも知らない相手に、ちょっと言われたぐらいで折れてしまうんだから。つまりもともと大したものじゃなかったんじゃない?」

「……ッ」

 

 無表情だったみほの顔が僅かに動く。

 

「ちょっと! そこまで言わなくたって!」

「事実じゃない。事実じゃないならこんなザマになってないわ」

 

 沙織の抗議を切って捨てて、エリカは尚も煽り続けた。

 

「何よ? もし違って言うならば、反論してみなさいよ。貴女のボコ道が下らないものじゃないってことを、証明してみなさいよ」

「……」

 

 みほは、エリカに反論したくて口を開こうとした。

 しかし言葉が出てこない。もやもやした想いが頭のなかをグルグルまわるばかりで、どんな単語も紡ぎ出せない。

 

「……西住殿!」

 

 そんなみほの姿に、意を決したらしいのは優花里だった。

 

「人には、人それぞれの道があります!」

 

 みほの手を握り、力強く説く。

 

「私には私のAT道があります。私の装甲騎兵道があります。時には、それが人に受け入れられない時もありました。でもだからどうだって言うんですか」

 

 それは秋山優花里という少女の心底から出た言葉だった。

 だからこそ、それはみほの心を強く打つ。

 

「極寒の宇宙へも、燃え盛る火砕流の中へも、凍てつく雪原へも、果て知れぬ密林でもATは進むんです。西住殿だって、これまでどんな戦いでも、自分を信じて突き進んできたじゃないですか! なのに、どうして自らのボコ道を信じてあげないんですか!」

「優花里さん……」

「そうだよ! ゆかりんの言う通りじゃん! 私だって、私だって……えーと、私のモテ道をどんなに馬鹿にされても絶対に諦めないもん!」

「沙織さん……」

 

 優花里につづいて沙織も叫ぶ。

 拙い言葉だが、むしろそれゆえにみほには届く。

 

「なぁ西住さん。根本的な質問なんだが、本当にボコっていうやつは勝っちゃだめなものなのか?」

 

 麻子のこの問には、華が横から頷いた。

 

「ボコさんにだって負けられない時があるのではないのですか? わたくしたちがそうであるように」

「そんなこと……」

 

 あるわけがないよ――と、みほは返そうとして言い淀んだ。

 何かが、頭に引っかかっている。古い記憶だ。とても古い記憶だ。それが、何かをみほに告げようとしている。

 

「あ――」

 

 不意にそれが何かが理解できた。

 みほにとってはもう大昔の話で、すっかり忘れてしまっていたこと。

 そう、あれは確か、八年ぐらい前のこと――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 その日、突然ボコが我が家にやってきた。

 みほがまほと二人で、家で遊んでいた時に、ボコはやってきた。

 みほはそれが嬉しくて嬉しくて、みほが自ら描いた絵を渡したり、まほも一緒に写真を撮ったりもした。

 だが、それ以上に印象に残ったのが、ボコのライバルで、町の不良の黒猫までやって来たことだ。

 

 みほの家にやって来たボコはいつものように黒猫と対決した。

 だが、その後の展開はいつもと違っていた。

 黒猫がどんな攻撃を繰り出そうとも、ボコはその全てを避けてしまって、まるで当たらない。

 いつもとは違いすぎる展開に、みほは困惑し困惑し困惑した。

 

 ――今日のボコ、いつもと違う。

 

 思わずみほは口に出してそう言っていた。

 ボコじゃない……こんなのはボコじゃない……絶望と失望で、胸が覆われそうになった時だった。

 

 まほが言ったのだ。

 

 ――そうだねみほ……ボコはいつもと違う。だって……。

 

 まほは、こう言ったのだ。

 

 ――今日のボコは私達を守るために戦っているんだ。

 

 まほは、さらに言ったのだ。

 

 ――いつものようにボコられてしまったら、あいつに私達が酷い目に遭わされるかもしれないじゃないか。

 

 絶望と失望を、理解と喜びの光が吹き飛ばす。

 ボコが、私達の為に戦ってくれている! その事実が、みほの瞳を輝かせる。

 そして姉妹の見守る前で、ボコ――中身は西住しほ――の一撃が、黒猫――中身は西住常夫氏――を殴り倒したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「そうか……そうなんだ」

 

 みほの様子が見る間に変わるのを、沙織は、華は、優花里は、麻子は、そしてエリカは感じた。

 声には力が戻り、瞳には再び煌めきが灯る。

 

「戦って良いんだ……みんなのために!」

 

 余人には解らぬ何かがみほのなかで起こったことに、皆は気づいた。

 沙織などは泣き笑い顔でみほへと飛びつき抱きしめる。

 あんこうの皆が駆け寄る中、エリカだけは少し寂しそうな顔で踵を返すと、独り部屋から立ち去った。

 その背中に気づいた優花里は、やはりその姿を寂しそうに見つめながらも、小さく敬礼を送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 部屋より再び出てきたみほの姿は、明らかに元気な姿を取り戻していた。

 大洗女子一同に絹代にローズヒップはこれに喜び、揃いも揃ってみほのもとへと馳せ参じる。

 継続三人娘達はそんな姿を見守りながら、ミッコとアキはハイタッチし、ミカは相変わらずカンテレを奏でていた。

 

「……」

 

 キャットウォークの上から様子を窺っていたキークの表情は一見静かなものだが、内心では少々面白くなかった。

 頼みの大黒柱が不安定であってくれたほうが、より一層、大洗はメルキア頼りとなって彼には仕事がやりやすかったからだ。

 紫煙燻らせるキークの横顔からは、そんな想いを余人は読み取れない。

 彼は諜報員だ。顔には感情など滅多に現れない。

 

「ねぇ」

 

 しかし杏は違う。杏には今はっきりと、キークの内心の微妙な揺らぎを、初めて読み取ることが出来たのだ。

 だからその背に不意打ちで声をかけると――。

 

「じゃーんけん!」

「!?」

 

 唐突に繰り出されたのは小さな拳。

 この小さな星の小さな遊戯のことも知悉していたキークは、反射的に自身の拳も返していた。

 

「ぽん!」

 

 キークの出したのはグーだった。

 対して、杏が出したのはパーだった。

 

「これでようやく一勝」

 

 杏はいたずらっぽく笑った。

 キークは苦笑いする他なかった。

 

 






「いよいよ決戦の時が迫る。鋼の騎兵が足並みを揃え、相対し激突するまであと僅か。残された時間のなかで、少女たちは刃を磨き、矢玉を揃え、鎧を拵える。そしてみほは出会う。新たなる愛機、新たなる鉄騎兵。未知なる装甲騎兵に跨り、みほは、そして大洗の乙女たちは疾駆する。次回『ブラッディ・セッター』、劇的なるものが牙をむく。


 ……所で、今回の話のみほの回想だが、あれについて詳しく知りたいと思うのならば『ガールズ&パンツァー もっとらぶらぶ作戦です!』の第七巻を見ると良い。フフフ……何もスピンオフが作られ続けるのはガ○ダムだけではないと言うことだ。さて、また別の回でお目にかかるとしよう」

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