見渡す限り、草原と山岳と湖水だけが広がる大原野。
いかに高校生最強と大学選抜の対決が見られるとは言え、会場が余りにも悪すぎる。
普通であれば集客は見込めそうもない立地であるが、にもかかかわらず朝から満員御礼の有様だった。
学園艦の存亡がかかっている大洗サイドの観客はともかく、大学選抜側の観客も大いに熱を帯びている。いや、あからさまに試合の裏事情を知らぬ普通の観客も凄まじい数が集まってきているではないか。
西住流と島田流、二大流派激突――のキャッチコピーで密かに宣伝工作を繰り広げたのは、双方の陣営の裏で糸をひく超銀河規模の軍事大国ふたつ。より厳密に言えば、そんな国々から派遣されてきた情報将校達の仕事である。
血の流さないバトリング。装甲に身を包んだ麗しき乙女たちの決闘。
全く新しい娯楽として、アストラギウス銀河での装甲騎兵道大興業を目論む男たちは、監視衛星までもを動員して、試合の様子をくまなく中継している。
いや、単に中継するにはとどまらず、お空の彼方の国からやって来た男たちはわざわざ用意させた特等席に足を運び、自らの眼で直に試合の様子を見守っていた。自らが描いたシナリオ通りに、正しく事が運ぶのかを。
「もうすぐですわね」
紅の瀟洒な淑女、島田千代が右手の裏側の腕時計を見ながら言った。
「双方配置についてあとは号令を待つまで。ここまでは予定通りだ」
それに応えたのが、『今は』バララント情報将校の制服を身にまとったジャン=ポール=ロッチナであった。日傘をさして上品に座る千代の右側で、膝の上に肘をのせ両掌を組んで、その上に顎を乗っけて怪しげに微笑んでいる。
「……そしてこれからも、ですか?」
「フフフ。そんな所だ」
千代が微笑みと共に問えば、ロッチナもチェシャ猫のような顔で答えた。
今回のスペシャルマッチでは、文科省を通して手を組むことになった両者だが、関係は思いの外良好だった。
千代からすれば西住流に対する島田流の格好のデモンストレーションを演出出来る上に、愛する娘の念願、ボコミュージアムの再建も達成できる。ロッチナからすれば装甲騎兵道をプロデュースする上で欠かすことのできない格好の偶像――愛里寿――と、確かなコネクション――千代――を同時に手に入れた形になる。
まさしくWIN-WINの関係であり、理想的なビジネスパートナーと言えた。唯一の問題点を挙げるとすれば、間に入った文科省の干渉が小うるさい程度だが、ロッチナからすれば些末なことだった。
「……全てはシナリオ通り、と。はてさて、そう上手く事が運びますかね?」
そう紫煙を吐き出しながら呟くように、しかしあからさまにロッチナに聞かせるように言葉を漏らしたのはキーク=キャラダインだった。千代の左側、間に一人の女性を挟んで、特等席ならではの背もたれに身を預けながら、紙巻煙草を再び口に咥える。
「……勝敗を決めるのは、実際に戦う選手たち同士。外野がいかに筋書きを書き並べ小細工を弄しようとも、常に真実はひとつ」
キークと千代の間に、戦国武将のようにどっかりと堂々と腕組み座るのは西住しほその人であった。いつも通りの黒い背広に纏い、無骨そのものの格好であるが、研ぎ澄まされた刃のような、凛然とした有様である。
「より強いものが勝利する。ただそれだけ」
しほは静かに、されど強く言い放った。
千代は扇子で口元を隠しながら笑み、ロッチナは相変わらず内心の読めない微笑を返す。
西住流と島田流。
ギルガメスとバララント。
宿敵ともいえる者たちが一堂に会し、肩を並べている様は余人が見れば胃が痛くなる光景だった。
空気は張り詰め、緊迫感が覆うなか、四人の視線は正面の大型モニターへと注がれる。
大型スピーカーを通して、連盟の派遣した審判が、号令を告げた。
――試合、開始!
――stage16
『ウィルダネス』
試合会場、中央部付近は南北に長く伸びた高地が控え、その東側には森林地帯が、西側には湿地帯が広がっている。
大洗側は会場南部から、大学選抜側は北部からそれぞれ相手を目指して前進を開始したので、自然と『デライダ高地』と名付けられた中央部の高地を両者ともに目指す形になる。
みほは眼前へと映し出された地形図を一旦閉じると、ATのセンサーとバイザーゴーグルを同期させる。
視界いっぱいに広がるのは、延々と続く草原に彼方に聳える高地、そして綺麗に澄み渡った青空だった。
まだ、大学選抜側の機影はどこにも見えない。
『間もなく分岐点だ。偵察隊を先行させる』
『わたくし達もそろそろ別れますわ』
呼び声にみほが自身の右側を向けば、同調した頭部のカメラアイが機外の様子を捉え投影する。
まほの駆るブラッドサッカーが、ダージリンの駆るオーデルバックラーの姿が、そして彼女らの後ろに連なった戦列が映し出される。
眼には直接見えはしないけれど、みほの背後にも同じようにATが一列をなして追従しているのが、モニターの脇のミニマップには表示されていた。
草原に二条の筋を描きながら、鋼の列車のように走る3つの戦列。
大洗連合チームは総勢六〇機。みほはこの大部隊――大学選抜と比べると少数だが――を3つの中隊に分割して運用していた。
一五〇機を擁する大学選抜に正面から挑めば数的優位で押し切られるのが目に見えている。故に敢えて数は劣っていることを承知で部隊を分割し、連携重視の機動戦を仕掛ける。みほらしい思い切りの良い作戦だった。まぁ、エリカに横から「急造チームでチームワークぅ~」などと茶化されもしたが、隊長一同の同意も得られて、結局みほのプランで行くことが決まった。
――『それで、作戦名はどうするのかしら?』
続くダージリンのこの発言で、その後も一悶着あった訳だが、これも再びみほが決めることで決着した。
――『作戦名は「ぼこぼこ作戦」です。3つの中隊で相手を包囲し、四方からボコボコにします』
掻い摘んで説明するとこうなる。
まず一隊が高地を先に奪取して高所より砲撃、敵をおびき寄せる。
次いで高地の東西のそれぞれから二個中隊が北上し、敵の両側面をとる。
最後に高地の部隊が逆落としをしかけ、三個中隊連携して敵を一挙に殲滅する。
――『まさしくカンナエの戦いのハンニバルだな!』
そう後から聞いたカエサルが評したように、お手本通りのような包囲殲滅戦のプランである。
みほはその定石に自分なりのアレンジを加え、定まったコンセプトにもとづいて部隊の配置を決める。
みほ率いる『グレゴルー中隊』。あんこう分隊に、ニワトリ、ヒバリ、アリクイと大洗中心の編制に、プラウダチームを加えての二〇機。
まほ率いる『バイマン中隊』。大洗からのカメさん、ウサギさん、ウワバミの三分隊に、アンツィオチーム、サンダースチーム、そして黒森峰チームの計二二機。
そしてダージリン率いる『ムーザ中隊』。大洗からはカエルさん分隊が参加し、そこに知波単、継続、聖グロリアーナのチームが加わって計一八機。
この三中隊で作戦は実施される。
『……カメさん分隊を先行させつつ、我々は高地奪取に向かう。各隊、健闘を祈る』
『かしこまりましてよ、まほさん』
「了解です。こちらも高地西側面より北上を開始します」
三つの中隊のうち、最大火力を持つのはまほ率いる『バイマン中隊』である。
カメさんのバーグラリードッグを始め、砲撃戦に優れた装備のATで固められ、その上大洗連合では最大火力を誇る、アンチョビ達駆るアストラッド戦車が加わっている。大学選抜をおびき寄せ、釘付けにする重要な役割だけに、火力も装甲も最も充実した編制になっていた。
『それではみほさん、
『イギリスの古い民謡ですね。軍歌としても用いられました』
ダージリン率いる『ムーザ中隊』は対照的に、スピードと格闘戦能力を重視した構成になっている。
彼女らの部隊はみほたちに先行して森を突破し、大学選抜に側面から奇襲を仕掛ける算段になっていた。
「私達は高地左側の湿地帯を突破します。速力を重視し、このまま一列縦隊で前進!」
『突き進むわよミホーシャ! いっそダージリン達よりも先に着いたって良いぐらいよ! 私達だけで相手をボコボコにしちゃうんだから!』
『『『『ypaaaaaaaaaaaaaaaaaa!』』』』
カチューシャが威勢よく答えるのに、プラウダチームの残りの四人が――さり気なくノンナを含めて――が鬨の声を挙げた。大所帯に定評のあるプラウダが、いつもと違って少数での参戦であるにも関わらず、その戦意の高さはいつもと変わりないらしい。みほはそれを頼もしく覚えた。
みほ直属の『グレゴルー中隊』は、砲撃戦能力と格闘戦能力を併せ持ったバランスの良い編制になっていた。部隊の速力では『ムーザ中隊』に劣るものの、火力は華のスコープドッグGGGやノンナの狙撃用チャビィーを擁する『グレゴルー中隊』のほうが勝っている。
『ムーザ中隊』の速攻で大学選抜側の注意を東側と高地に集中させた所を、『グレゴルー分隊』の火力で相手の隙を突く、部隊の移動速度の違いを活かした時間差攻撃。これがみほの作戦だった。
三条の戦列はそれぞれの務めのために別れ、それぞれの道を走り始める。
そのさきに何が待つかも知らずに――。
――◆Girls und Armored trooper◆
『こちらカメさん~頂上に到達。敵の姿はなーんもなし』
「了解。カメさん分隊はそのまま山頂部を確保、周囲を警戒してくれ」
『ほいほ~い』
杏の緊張感のない通信にも、いつものように凛とした声を返しながら、まほは『バイマン中隊』に前進のハンドシグナルを送った。
カメさん分隊の三機はバーグラリードッグであり、元々山岳戦を意識して設計されたATだ。その特色とも言える不整地用のトランプルリガーは、まさにこういった戦局で効力を発揮する。だからこそまほは杏たちに偵察役を任せたのだ。
「よーし行くぞ~! エンジン吹かせ~!」
独り車外に身を乗り出したアンチョビの号令に応じて、アストラッドの排気口から環境に悪そうな黒い煙が吐き出され、無限軌道が大地を踏みしめ始める。その重みに大地に轍を刻みながら戦車が進めば、それに続いてまほの駆るブラッドサッカーが、ツヴァークが、ベルゼルガDTが、ストライクドッグがとAT部隊が続いて斜面を登り始めた。
デライダ高地は南北に細長く伸びた高地であるが、北側は緩やかだが長い斜面で、逆に南側は短く急な勾配になっている。急勾配といっても断崖絶壁というわけでもないので、ATでも登るのは難しくはないが、しかし作戦は一刻を争う。デライダ高地を大学選抜側よりも先に確保できなければ、ボコボコ作戦は根底から破綻するからだ。距離の短さを活かして、なんとか一気に登りきらねばならないのだ。
そこでまほが考え出したのがアストラッド戦車を先頭にしての踏破登頂作戦だった。アストラッドのパワーと重みを用いて無理やり道を作り、ショートカットする。
「往くぞ火の山へ! 戦車は火砕流の中だって進む! 我らの進む場所、すなわち道となる! 」
指揮杖を振るいテンションも高くそう断言するアンチョビの言葉通り、アストラッド戦車は淀みなく前進し、バイマン中隊一同もおかげで問題なく斜面を登ることが出来る。
実際、余りに順調すぎて予想よりも遥かに早く登頂に成功したぐらいだった。
丘の上の空気は澄み切っていて、恐らくは耐圧服のヘルメットを外せばさぞ気持ち良いことだろう。
杏機が鋼の掌をひらひらと振る様も、それにアンチョビが手を振り返す様もハッキリと見える。
「登頂に成功した。敵影なし。このまま待機する」
みほへとそう通信しながらも、まほは自分の胸中に膨れ上がる違和感に苛まれていた。
余りにも、余りにも順調に物事が進みすぎている。
高所を敵に奪われることの不利は、当然大学選抜チーム隊長、島田愛里寿も承知の筈のこと。
では、敢えてこの高地を獲らせてしまう、その意図は何か――。
「散開し、北を正面に半円の防御隊形をとる。アストラッド戦車は正面だ」
しかし、今はそれを探る時ではない。
まほはテキパキとデライダ高地確保のための指示を飛ばし、北から来るであろう大学選抜に備える。
アストラッドを中心に、その右側にはペパロニのツヴァークとカルパッチョのベルゼルガDT、カメさん分隊の三機に、小梅、エリカの順で等間隔に配置につきに、最右翼はまほが占める。
左翼にはウサギさん分隊の六機に、サンダースの三機、そしてウワバミ分隊四機の順に配置についた。最左翼を務めるのはツチヤだった。
「各機、自身の持ち場の前方を警戒。相手はあの島田流だ。予想外の方向からの奇襲も在り得る」
言いつつ、自身も一旦機体センサーとのリンクを切り、ハッチを開いて双眼鏡を覗く。
ATはどうしても視界の広さに制限を受けてしまうため、場合によっては肉眼のほうが偵察には向いているからだ。
「……ねぇ、やっぱり貴女も気にしてる?」
「何をだ?」
不意に話しかけてきたのはケイだった。
強豪サンダースの隊長だけあって、まほと同じ違和感に勘付いていたらしい。
「なぜ、大学選抜が私達にこの高地をとらせたのか、だろう?」
そしてアンチョビも同じ想いを抱いていたようだった。
双眼鏡を覗きながら、皆へと回線を開きながら言う。
「どういうことスかドゥーチェ。目当ての場所を先に獲れたんだからラッキーじゃないっスか」
ペパロニが問うのに、アンチョビは腕を組み、頭を振りながら答える。
「普段ならそう思う。でも今度の相手はあの島田流だ。高所に陣取られることの怖さは解っている筈……なのになんで我らに易々とここをとらせた? 是が非でも防がなくちゃいけなくはないか?」
「そういや、そうっすね……」
考え込むペパロニに、苛立たしげに吐き捨てたのは桃だった。
「相手の初動が遅れた。それだけのことだ! 何も案ずることはない!」
だが声に隠しきれない震えがあるのは、彼女自身も不安でたまらないからだろう。
「んまぁ、確かに妙ではあるけどね。いくら向こうの方がここまで距離があるったって、影も形も見えないのはオカシイし」
杏は軽い調子で、だがその裏側に緊張感を滲ませながらまほやケイ、アンチョビの懸念を肯定する。
「何か、策があるってことですか?」
バイマン中隊では唯一の一年生チーム、ウサギさん分隊からは代表して梓が声を発した。他の五人も、不安げにそわそわして、梓の問への答えに聞き入っている。
「……向こうがどんな手で来るか知れないけれど、やることは一つ。真っ向から受け止めて叩き潰す。それだけよ」
学校は違えど後輩を前にして、エリカは力強く断言した。
この言葉には、まほも強く頷き、ナカジマも飄々とした調子で同意する。
「まぁ、結局の所、ここで相手を待つしか無いんだし、のんびり構えるしか無いかなぁって」
「ジタバタしたって始まらないから、気楽にいくしかないんじゃないですかねぇ~」
ツチヤが眼を細めながら明るく言う。
しかし一同から緊張感が去ることはなく、皆一様に自分の持ち場で、大学選抜の姿を探していた。
「……あら」
――最初に「それ」に気がついたのは、カルパッチョであった。
「どうした、カルパッチョ」
車上から問うアンチョビに、カルパッチョは双眼鏡から目を離さず、見るべき方を人差し指で指し示す。
「2時の方角に砂煙。それもかなり大きいです
「……!? 確認したぞ! みんな2時の方を見ろ!」
アンチョビの呼び声に四十四の瞳が一斉に2時の方角へと向けられる。
確かに尋常ではない砂埃が立ち上り、着実に高地へと向けて近づいてきている。
「……全員、戦闘配置」
まほの号令に、皆即座に愛機へと潜り込み、ハッチを閉じる。
自機のセンサーをカメラを、迫り来る砂埃へと向ける。
『……先制するぞ。弾種は榴弾で良いかな?』
「それで良い。先に仕掛けてくれ」
旅費等々の都合もあり、アストラッド戦車は乗員を独り減らして四人で動かしている。
車長のアンチョビが砲撃手を兼ねて、この試合最初の砲火を放つべく、照準器を覗き込んだ。
スコープドッグを連想させるターレットレンズが回転し、望遠レンズで砂埃の向こうを狙う。
杏に、桃に、柚子も、ドロッパーズ・フォールディング・ガンを展開し、追撃のために備えた。
『……なぁ、ちょっと良いか?』
アンチョビが、何やらもって回った調子で言った。
まほは嫌な予感がした。同じ三年生選手だけに、互いに知らぬ仲でもない。アンチョビは真っ直ぐな性格であり、基本的に遠回しな言い方は好まない。そんな彼女が、こんな話し方をするということは、何か良くないことが起きつつある証だった。
『悪いニュースともっと悪いニュースがあるんだけど、どっちから先に聞きたい?』
いよいよもって嫌な予感がしてきた。
まほが、より悪いニュースから頼むと言う前に、先に答えたのは杏だった。
『マシな方から頼むよ、チョビ子』
チョビ子という呼び名には特に反応も示さず――そんな精神的余裕もなく――アンチョビは言った。
『あの砂埃の正体だが……バララントの地上戦艦だ』
「!?」
まほですらもが思わず驚きに眼を丸くする。
言葉の意味を飲み込んで、まほが問を発するよりも先に、アンチョビがさらに悪いニュースを告げる。
『そしてなお悪いことに、砲門が全部こっちを向いてるぞ!』
次いでアンチョビが警告を発するよりも素早く、まほは愛機を地へと伏せさせていた。
『みんな伏せろ! こっち見てるぞぉぉぉぉぉーっ!?』
一瞬の後、空から雨のように、無数の銃弾が降り立ち、地面へと次々と突き刺さった。
――予告
「時代遅れの過去の遺物……陸上戦艦という兵器は、はっきり言ってしまえばそんな代物さ。でもそんな代物でも、装甲騎兵道の試合に使うとなれば話が違ってくる。圧倒的な装甲に、圧倒的な踏破力。まるで動く要塞、くろがねの城。おまけにその中には、数えきれないぐらいのATを隠しているときてる。さてまほ、この怪物にどう立ち向かう?」
次回『フラッド』