ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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stage19 『ランナウェイ』

 

 

 

 

 

 

『……敵部隊はデライダ高地上に集結中。こちらを追撃する様子は見られません』

「了解です。偵察を切り上げて合流してください」

『聞こえたノンナ! がら空きの背中を見つけても、妙な欲は出さないで帰ってきなさいよ!』

『……はい、カチューシャ』

 

 若干気になる間を空けて、しかしノンナは素直に頷いて通信を切った。

 みほはブラッディセッターの足先は進行方向へと向けたまま、上半身のみを背中の方へと回転させる。

 聳え立つデライダ高地の上には、無数の蠢く人影が見えるが、それら全てが大学選抜側のATなのだ。

 まほ達、『バイマン中隊』が撃破したのは20機余り。いや、実際にはかなりの損傷を与えて継戦不能にしたATもあるため、大学選抜の実質的残機数は120前後といったところだろうか。

 

「……」

 

 みほは操縦をミッションディスクに任せながら、ハッチを開いて仁王立ちになる。

 自分自身の瞳で彼方の敵を見つめながら、思いを馳せるのは一足先に試合から自由になった選手達のこと。

 赤星小梅、アリサ、そしてアンチョビ達、アンツィオ高校の面々……。

 撃破されたのはAT四機に、戦車が一両。大洗連合の残存戦力は、AT五五機。

 スコアボードの数字だけ見れば大洗連合の大戦果だが、しかし実際にはそうでないことは誰もが理解している。

 特に、アンチョビ達の脱落が痛い。大洗連合は最大の火力を、バイマン中隊の撤退に必要だったとはいえ失ってしまったのだから。

 ヘルメットの下のみほの顔は険しく、拳は強く握り締められている。

 地上戦艦の登場といった想定外の事態が続いたとはいえ、そんなものは言い訳にはならない。

 要するに、相手のほうが一枚上手だったというだけのことなのだ。

 

 ――あなたのボコは、ボコじゃない!

 

 みほの脳裏を過るのは、ボコミュージアムでの一幕。

 島田愛里寿に突きつけられた、ナイフのように鋭い糾弾の言葉。それは確かにみほの心臓を抉った。だが、その痛みはもう乗り越えた。乗り越えたはずだ。乗り越えたはずなのに、まるで古傷のように胸元が痛みだす。

 まだ緒戦に過ぎないにも関わらず、愛里寿に先手を取られたという事実そのものが、みほの心を毒のように苛み、癒えたはずの傷すらをもほじくり返そうとする。

 

「ここからが本当の試合……というわけだな」

「お姉ちゃん」

 

 そんなみほを現実の世界へと引き戻したのは、誰の声よりも聞き慣れた声。

 呼ばれて傍らを見れば、同じようにハッチを開いたまほの姿が見える。

 不意に、忌まわしい記憶を上書きするように脳裏を過ぎったのは、共に鋼の騎兵に跨って幾つもの試合場を駆け抜けた想い出。こうして肩を並べて一緒に戦うのは、何だかひどく久しぶりにみほには思える。まほのブラッドサッカーは片腕が吹き飛ばされ、装甲の各所に激戦の爪痕を残しているにも関わらず、その姿は頼もしく見えた。

 

「『終わりよければ全てよし』……でも、その終わりを良くするのは、ここからの頑張り次第ということかしら」

「チョビ子達のガッツを、ムダにするわけにはいかないものね」

 

 まほと反対側に機体を寄せてきたのは、ダージリンとケイの二人だった。

 やはりハッチを開き、ヘルメットこそ脱がないが我が身を外にさらし、バイザーを上げてみほを見つめている。

 

「ミホーシャともあろう者が、いいようにやられてるじゃない! なんなら、私が知恵を貸してあげても良いんだから!」

「わたくし、色々と今後の作戦について考えてみましたが、ここは相手が再集合を完了する前に突撃するしかないかと」

 

 その向こうにはカチューシャと絹代の姿も見える。

 高校装甲騎兵道を代表する隊長陣がみほを見つめる眼には、一点の曇とてない。

 彼女らは表に見せた態度こそ異なっても、その内側の想いは共有している。

 

 ――みほへの信頼。

 

 幾つもの激戦を乗り越え、逆境を踏破してここまで辿り着いたのだ。

 今更一手二手、相手に制されたからといって、百戦錬磨の装甲騎兵乙女、西住みほへの信頼は揺るがない。

 

「……」

 

 大洗の戦友たちだけではない。

 今や自分は、より多くの人々の想いを背負ってここにいる。

 

 とっ散らかった思いは、いくら考えてもまとまらないが、だからといって止めるわけにはいかない。

 いまは過ぎたことの正否はとわない。

 いえることは一つ。勝つまでは闘い続けなければならないということ。

 敗北には意味がない。それがどんな葬列に彩られようとも。

 勝たねば、未来は閉ざされる。

 

「……作戦を変更します」

 

 みほは回線を開き、言い放つ。

 

「今から送る座標へと向けて全速力で向かいます。そこで態勢を立て直し、相手を迎え撃ちます!」

 

 その声は力強く、最早迷いはない。

 どこかでミカが、その決意を後押しするようにカンテレを爪弾いた、その調べがATの駆動音に混じって響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage19

 『ランナウェイ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カメラの倍率を上げて、その詳細を彼方から見る。

 群れるように並び立つ建造物の連なりに、いかにカメラの倍率をあげようとも、その全てを視界に収めることは能わない。

 

「カエサルさん、どうですか?」

『こちらのセンサーには反応はない。相手の伏兵はいないようだ』

 

 みほの問に答えたのは、親友ひなちゃん、もといカルパッチョの仇討ちに燃える「たかちゃん」ならぬカエサルだ。

 中古品とは言え、カエサルの駆るベルゼルガ・プレトリオに搭載されたクエント製のレーダーは大洗の危機を何度も救ってきた。その実績故に、みほは今度こそ相手に先手を取れたと確信を深める。

 

「わかりました。早速、あの廃コロシアムに向かい、迎撃体制の構築にかかります。全機、追随してください!」

 

 みほ機を先頭に、速度に優れる一列縦隊で進む大洗連合の向かう先にあるのは、高さ十数メートルはあろうかという、高くそびえる円壁に囲まれた巨大な施設だった。

 その円い壁の内側の様相はまさにカオスの権化。

 砂漠があったかと思えば密林があり、それらに隣り合って一粒の砂もない程に地面を埋め尽くす鋼の地面と、そこに生え広がる高層ビル群が控えている。

 古の趣をたたえた寺院があったかと思えば、幾つもの戦闘機や宇宙艇を擁する戦闘基地があり、その間には赤い荒野が境界線を成している。

 まるでアストラギウス銀河に煌めく惑星の数々から、その一部一部を切り取って無理やり一箇所に押し込んだような、そんな不自然極まる空間。それも当然で、これは自然に出来上がった街ではなく、ある一定の意図をもって作られた人工の円都なのだから。

 

 ――総合遊戯施設アストラギウス・パーク。

 

 それがこの原野のただなかに広がる奇怪成る街のかつての名前だった。

 遊園地のようなその肩書に反して、その実態は巨大なバトリングコロシアム。様々なシチュエーションでのコンバットを売り物とし、その巨大な城壁の内側に数多の戦場を備えている。その内容物のモチーフは、揃ってメルキアの名所か百年戦争の古戦場であり、時に数十対数十の大規模チームデスマッチを興行したりと、かつてはバトリングファンの間ではちょっとした聖地扱いされていた場所だった。

 何故に遊戯施設を名乗ったかと言えば、どうも当局によるバトリング・コロシアムに求められる法の規制の穴をくぐり抜けるためだったという。だからこそ、かつては万の観客を迎え盛り上がっていたこの闘技場も、今では廃業に追い込まれ、冷たい亡骸を大地の上に晒している。

 ここは聖地などではない。ただの瓦礫の山だ。

 

 だが、その瓦礫の山も、今のみほには拠って立つべき城塞なのだ。

 

「聖グロリアーナの皆さんに、ヒバリさん分隊は壁の上から偵察を行ってください」

『かしこまりましたわ、みほさん』

『任せておきなさい! 見張るのは得意なんだから!』

 

 ザイルスパイドを有するダージリン達にそど子達のATが次々と頭上へと消える中、みほが真っ先に目指したのはこの巨大施設の北端に位置する、中央管制室だった。中央なのに何故北端にあるかと言えば、この廃墟の中央部はバトリング用の設備や観戦用の座席に占められていて、スタッフのスペースなど置く余裕もないからだ。

 砂漠を越え、密林を潜り、ビルの森に呑まれ、イミテーションの神の家を覗き、並び立つ無可動のATオブジェの列を抜けて、一同は手分けして目的の施設を探る。

 

『あったよみぽりん!』

 

 会場内に残され朽ちかけた案内板を頼りに、探し始めた一同のなかで、目当てのものを見つけたのは沙織だ。彼女の駆るデスメッセンジャーの有する、優れたセンサー能力の面目躍如。巨大な廃墟の片隅にあったのは、施設の大半を占めるド派手なイミテーションの大伽藍とは対照的な、何の変哲もない方形のビルだ。だが、これこそがみほの求めたもの。みほはATを降りるや扉へと駆けより、下ろされた錠もアーマーマグナムで撃ち抜いて、易易と入り込み、目当てのものを探す。

 

「……あった」

 

 この施設は当局の手入れがあって潰れた。故にこの手の書類は持ち去られていた可能性もあったが、それだけに事務所らしき部屋に残されたものは少なく、却って目的のものをすぐに見つけることができた。

 探し出した図面を手にし、外へと出て地面の上に広げる。

 城壁上での偵察に徹しているダージリンを除き、各分隊の隊長達が図面を中心に集まる。

 

「デライダ高地との位置関係から、相手は東側から攻撃をしかけることが通常では予想できますが、相手は島田流、どんな手を使ってくるか解りません」

 

 みほは手にした枝切れを指揮杖代わりに、図面を指し示しながら次々と指示を飛ばす。

 

「ですので、東側の入り口に防備を固めつつも、残りの北、西、南の門にも防衛部隊を配置、主力を施設中央部に置いて、どこからの攻撃にも即応できるよう備えます」

 

 アストラギウス・パークは主に五つのエリアから成り立っている。

 北部に広がるのがクエントを模した砂漠エリア。

 東部に広がるのはメルキアを模した軍事基地エリア。

 南部に広がるのはクメンを模した密林エリア。

 西部に広がるのはウドを模した市街地エリア。

 中央部に広がるのはマーティアルの聖地アレギウムを模した寺院エリアだ。

 他にも所々にサンサを模した赤い砂漠や、今は電力供給がないため人工雪が無く何のエリアか解らないガレアデ極北エリアなどがある。

 みほは中央部の寺院を司令部とし、東西南北に部隊を分け、あらゆる攻撃に備えるつもりなのだ。

 

「北の入り口はサンダースチームとウサギさん分隊に」

「OK! 任せて!」

「了解しました!」

 

「東側は黒森峰チームとウワバミさん分隊に」

「了解した」

「任せときなさい」

「解った。任されたよ」

 

「南側は継続高校チームとカメさん分隊に」

ポロロン――とミカはカンテレで答える。

「ほいほーい」

 

「西側は、知波単チームとカエルさん分隊に」

「かしこまりました!」

「了解です! 相手は全部ブロックしてみせます!」

 

「それ以外の分隊は中央部で待機し、必要に応じて動きます。敵戦力の位置や数の把握が何よりも重要です。連携を密にして、チームワークで闘います」

 

 みほの最後の言葉には、茶々を入れる者もなく、一様に頷きを返す。

 既に、相手の巧みな用兵を見た以上、こちらもそれに負けない部隊機動を見せない限り、勝利はないと解っているから。

 

「それじゃあ……『ごっつん作戦』開始します!」

 

 みほは、高らかに作戦の開始を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 愛里寿はハッチを開いてATから身を乗り出し、電子双眼鏡で眼下の廃墟を探る。

 朽ち果てた夢の跡を囲む灰色の壁の上には、何機もの相手ATの動く姿が見える。

 恐らくは、こちらの接近は既に気づかれているだろう。だがそれが、いったい何だと言うのか。

 

「……」

 

 愛里寿がその左手を掲げ、ゆっくりと前へと下ろせば、彼女の背後から、彼女の左右を通って次々とスタンディングトータスの大部隊が、大洗の立てこもった廃墟を目掛けて前進を開始する。

 

「……」

 

 こちらがゲリラ戦を得意とすることを既に西住みほは知った筈だ。

 ならば、ゲリラ戦に格好の入り組んだ廃墟地点に決戦の場を据えた意味とは……愛里寿は考えるのを止めた。必要がないからだ。最早、相手がどんな手を打ってこようとも、自分たちが負けることは決してない。

 

「ねぇ、そうでしょ」

 

 耐圧服のポーチの中から、取り出したのはボコの小さなぬいぐるみ。

 そのつぶらなプラスティックの瞳を見つめながら、人形のごとき少女は確信を深める。

 真にボコを愛すものと、そうでないニセモノ。

 どちらが勝つかなど、戦う前から明らかなことなのだから。

 

 

 

 






  ――予告

「追い風を受けて、勢いそのままに攻め込んでくるのは百機を超える大軍団。四方手を回し、相手を惑わす策を振るい、相手を殲滅せんと包囲の輪を狭める。しかしそれに動きを封じられるようなみほじゃあない。今や、彼女自身が風となって、この試合の趨勢をかき乱す時だ。さぁ奏でよう、反撃の調べを。勝利の歌を、風に乗せて相手へと飛ばすのさ」

 次回『カウンター』




短めの更新
次回の更新には、若干時間が長くかかる見込みです
そのかわり、次話は長めになる予定です


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