ダージリンはカメラの倍率をあげて、今はまだ彼方に姿を見せた濃灰色の戦列を窺った。
『多いですね』
『最低でも120機……対するこちらは55機。数字の上でも劣勢に加え、相手には自由に攻撃点を設定し、自由に戦力を集中できる利がある』
右からはオレンジペコが呟き、左からはアッサムが評する。
ルクリリはダージリンたちの背後でみほへと回線をつなぎ、敵発見の緊急連絡を飛ばす。ローズヒップはその傍らで、落ち着き無く機体を小刻みに動かしていた。
『相手は強大よ……少なくとも、城壁を盾にしたからといって、スコーンを割るように容易く迎撃できる相手ではないわ』
「『悲観主義者はあらゆる機会の中に問題を見出す。楽観主義者はあらゆる問題の中に機会を見出す』」
『チャーチルですね』
戦局が明るくはないことをデータ主義者らしく冷徹に告げるアッサムに対し、ダージリンは鋼の鎧の下で相変わらずの胡散臭さ漂う笑みを添えて引用し、オレンジペコは素早くその出典を告げる。
「さらにこう続くわ。『私は楽観主義者だ。それ以外のものであることは、あまり役に立たないようだ』と……いくら島田流が強敵だからといって、過度な恐れは幻影を生み、却って真実を覆い隠すことになるわよ、アッサム」
『……生憎だけど、戦場の霧に呑まれるつもりはないわ』
「ええ、知ってるわ。でも念の為にね」
聖グロリアーナらしい優雅な軽口を交わしながらも、ダージリンは一瞬たりとも大学選抜の動きから眼を離さない。それはペコもアッサムも同様で、相手の一挙手一投足を見逃すまいと、細心の注意を払っていた。
「……来るわね、まっすぐ」
『ええ』
『清々しいぐらいに直進ね』
だが実際には、ダージリン達は6つの瞳を忙しなく動かす必要はなかった。
90機余りのトータスにドッグのAT部隊が、廃墟東部の通用門目掛けて、整然と隊列を組み、突き進んでくるのだ。
「戦力分散は愚の骨頂……とはいえ、これは却ってやりすぎじゃないかしら」
『そうでもないわダージリン。この施設はバトリングのために造られたもの。通用門はATの大部隊を通るのにも充分な大きさがあったわ』
パーク東部に広がるのはメルキアを模した軍事基地エリア。
そこを守るのは大洗ウワバミさん分隊と、まほ率いる黒森峰チーム。
「……」
ダージリンは大軍から眼を離し、その向こう側に密かに控える、恐らくは島田愛里寿とその直属部隊らしい影を見つめた。余りに距離が遠く、オーデルバックラーの優れたセンサーでも、その乗機の詳細を捉えることはできない。
しかし、それでも解ることはある。
「みほさん、聞こえる?」
ダージリンは回線を開き、敬愛する我らが指揮官へと自身の考えを告げた。
――stage20
『カウンター』
背の低い倉庫に、ダミーの砲塔やミサイルポッド。見せかけの管制塔に、無可動のハリボテATの列。
メルキアの軍事基地を模して造られたその訳は、障害物を活かした、トリッキーなコンバットを観せんがため。アストラギウス・パークの東部エリアはこんなふうになっていた。
「……」
『……』
そこに息を潜めて来るべき敵を待ち構えているのは、まほにエリカの黒森峰の二人。
『……聞こえてきた。ずっしりと重い音』
『相手のATはトータス系がメインだから、地面を踏みしめてるぶん、そうなるよね』
『数も多いからなおさらかな。コンクリート床のこっちまで来たらもっとすごくなるかも』
『いやぁ! そりゃ楽しみですなぁ~!』
一方、同じように身を潜めてはいても、無線でわいわいと楽しげに、ATのローラーダッシュ音談義で盛り上がる自動車部ことウワバミ分隊は、実に黒森峰の二人とは対称的だった。
しかし、まほはそれを咎めない。むしろ、頼もしいとすら思う。
大学選抜の大部隊が一挙、このエリアに押し寄せていると聞かされてからのあの様子だ。大洗の少女たち全般に言えることではあるが、彼女たちは際立って肝が据わっている。
「……」
『……』
まほ以下6名の任務は、中央部からみほらの援軍が駆けつけるまで、敵を足止めすること。
状況としてはデライダ高地でのものと似ているが、しかし現状はなお悪い。
味方はより少数で、相手はより多数。唯一のこちらの利点は、身を隠すのには充分な障害物があるという点だけ。加えてまほのブラッドサッカーは、その片腕をもぎ取られている。戦闘中のマガジンチェンジすら危ういために、みほのはからいで麻子と得物の交換を行って、ダイヤルマガジン式のヘビィマシンガン・ショートバレル420連発を装備しているが、これの弾が尽きたらその時は撃破される時だ。
「……緊張しているのか?」
『――へ? いや、そんなことは!?』
不意にまほが訊くので、虚を突かれたエリカは上ずった声で慌てて返事をする。
恐らくは図星だったのだろう。モニターもないのに、稀に見せる彼女の慌て顔がまほの眼には浮かび、何となく可笑しい。
「心配するな、私もだ」
『……え?』
飢えたる者は常に問う。
ならばこそ、問うことは己が答えに飢えていることのなによりもの証だ。
まほは我ながら珍しいことに、自分が緊張しているのを感じる。
黒森峰の隊長になって以来、久しくなかった感覚だ。
――だが、今のまほにはそれは闘志を燃え上がらせる油のようなもの。
隊長という枠を離れて、一人の選手として戦う。それも、最愛の妹の為に、最大の宿敵を相手取って。
この緊張は、武者震いそのもの。
『隊長、それは――』
「来たぞ」
高鳴る金属音は、グランディングホイールがアスファルトを駆ける音。
それが反響しあい、重なり合い、協奏曲となるのは、大学選抜の部隊が、通用門を越え、園内に侵入した証だ。
二人の黒森峰娘は、途端に言葉をしまい込み、猟犬のような目つきに変じ、来る“餌食”を待ち受ける。
――◆Girls und Armored trooper◆
取っ組み合うドッグとトータスの様子が、かつてはけばけばしい色によって彩られていたであろう客引き用の看板も、今は色があせて、惨憺たる荒廃を一層強調する。
今、新たにこの廃都を訪れた者達はしかし、そんな虚栄の跡に目をくれることもなく、巨大な通用門を通って進軍する。彼女らが目指すのは、今を戦う大洗連合の乙女たちであって、過去の亡霊などではない。
ATが通ることを前提に設計された通路は広く、大部隊でも容易く通ることができる。
高く造られた観客席の間を抜ければ、メルキアの軍事基地めいた佇まいが一同の眼に入った。
(面倒ね)
そう胸中で漏らしたのは、大学選抜きっての精鋭三羽烏、通称『バミューダの三姉妹』が一角のアズミだ。
三姉妹といっても、実際に血がつながっているわけではないのだが、その息のあった連携故に、対峙する者に血の繋がりすら感じさせるということで、いつしかそう呼ばれるようになっていた。
今、件の三人娘は揃って、アストラギウス・パーク東通用門からの侵攻部隊に潜むように同行している。
これは三人が揃って敬愛する愛里寿隊長の指示である。
――『拙い味方を目くらましに、その陰から相手の急所を突け』
それが三人娘にくだされた指示。
忠実極まる三姉妹は、僚機を伴って大軍に身を隠す。
数を以て敵を引きつけ、囮の陰より飛び出し、相手の側面を突く。
島田流お得意の忍者戦法の典型であり、故にアズミ・メグミ・ルミ、揃って得意とする戦術に他ならない。
(でもこの地形だと、相手はゲリラ戦をしかけてくるはず)
見渡せば身を隠すのに適した障害物だらけの場所だ。
そのどこに相手が潜んでいるのか、自然疑心暗鬼となって歩みは滞る。特に、数合わせで入れた大学選抜に本来満たざる選手たちは、一層恐れ、歩みを遅くする。それを盾に、陰にとするアズミ達も、合わせて足踏みせざるを得ない。
(何処? 何処から来るのかしら?)
アズミは神経を研ぎ澄まし、四方にカメラを向け、警戒網を張る。
メグミもルミも同じようにしているだろうから、大部隊内の三箇所で相手へと注意の網を貼っていることになる。
どこから来ようと、見逃すつもりはない。
「!」
銃声! その直後に、ダミーの列のなかに動く影!
アズミは即座にトリッガーを弾き、動いた影目掛けて銃弾を叩き込む。
それに応じて他の選手たちも一斉に、手近なダミーAT目掛けてトリッガーを弾いた。
「待て! 撃ち方止め!」
そして違和感に最初に気づいたのもアズミだった。
『攻撃中止! 攻撃中止!』
『攻撃止め! これは罠だ!』
彼女の言葉の意図を即座に理解したのは、やはりメグミとルミの両名。その僚機たちも、一斉に射撃を中断する。
辺りに散らばるのは、ダミーの破片ばかり。見れば最初に倒れたと思しきATも、中身がないハリボテの一体。だがその足首は不自然な形に壊れ、折れている。最初に聞こえた銃声、それはこれを倒してこちらの攻撃を誘発するためのもの!
しかし彼女らとその僚機を除く面々は、やはり指示への反応が遅かった。
その隙を、逃す西住まほではない。
「右!」
アズミが叫ぶのと、倉庫の影より姿を現したまほが、トリッガーを弾くのはほぼ同時だった。
――◆Girls und Armored trooper◆
集弾性の悪いショートバレルも、こういう戦況では好都合そのもの。
まほは横倒しにしたヘビィマシンガンを、反動の向きに合わせて右から左へと振るう。
次々と直撃弾に倒れる相手のスタンディングトータスを尻目に、反動の勢いで機体を回転させ、その勢いで敵部隊の只中へと跳ぶ。
「バルカンセレクター!」
着地と同時に、右足のグランディングホイールを回転させ、左足のグランディングホイールはその一瞬に逆回転を開始する。独楽のようにくるくると回るブラッドサッカーは、420連発の弾倉も尽きよとばかりに弾を履き続ける。
『喰らいなさい!』
エリカが吼えれば、ソリッドシューターの砲弾が釣瓶撃ちに叩き込まれ、次々とスタンディングトータスが白旗上げて地に沈む。
「ダージリン! 今だ!」
最初の混乱から相手が立ち直るであろう、そのタイミングを読み取り、まほは叫ぶ。
『大きな声を出さずとも、聞こえていましてよ』
静かな声でダージリンが答えれば、円壁からの銃撃が、態勢を立て直そうとする大学選抜部隊へと、頭上より新たに襲いかかる。
エルドスピーネ系の得物、シュトゥルムゲベールはヘビィマシンガンに比べ新しい武器というだけあって、威力・射程と、様々な面でより優れた性能を持つ。遠く離れた円壁の上からでも、見下ろし射撃ならば、威力を減衰させずに狙い撃つことも可能だ。
『ぶちかましますわよー!』
オレンジペコ、アッサム、ルクリリも続き、ローズヒップなどは二丁拳銃の要領で、二丁のシュトゥルムゲベールを乱れ撃つ。
『そらそら!』
『行くよ!』
『もう一発おまけに!』
『どっせーい!』
ウワバミ分隊の四機も飛び出せば、ロケットランチャーをぶっ放し、爆炎と混乱を相手へと撒き散らす。
「みほ!」
グランディングホイールを両足とも逆回転させ、急速後退をしながら叫ぶ。
呼び声に応じ、中央部から駆けつけてきたみほ率いる援軍が、建物の陰から姿を表す。
先頭は、みほの駆るブラッディ・セッター。
その手には、キークより贈られたコンテナの中身、とっておきの隠し玉がマウントされている。
まほとエリカが射線から逃れると同時に、みほはその得物のトリッガーを弾いた。