「アキーツ、ティンパニに重要なのはリズム力よ。踊るような気持ちで叩きなさい」
「むぅぅぅ」
秋津洲は楽譜の読み方、ティンパニの演奏の仕方について軽く教わった。最初見たときはただの大きな和太鼓だと思っていたが、その足についているペダルの種類や、四つの太鼓の扱いを知り、頭がパンクしそうになる。
「疲れたかもー!」
意味もなく天井に向かって叫ぶ秋津洲をアイオワがクスクスと笑う。母親のような優しさをこの数時間で見せつけられ、秋津洲は素直ではないとはいえ、アイオワにある程度の信頼を持つようになっていた。
「少しCool downしましょう。確か一階に休憩用の部屋があったと思うわ」
ぱぁっと顔を輝かせ、練習部屋を出たアイオワについていく。
部屋を出た瞬間、隣の部屋から微かに漏れる音色が秋津洲の耳をくすぐった。
「この音は……」
秋津洲が隣の部屋の扉をこっそりと開き、中を覗くとそこには大和たち弦楽器組がもう音を合わせていた。
「さすがBattle ship。もう個人練習を終わらせたようね」
アイオワも秋津洲の後ろから覗き、感嘆の声を上げる。
「あたしにはあのレベルは無理かも……」
扉をゆっくりと閉め、トボトボと休憩室に向かって歩く秋津洲に、アイオワはわざとらしいほど明るい声をかける。
「No problemよ。AmericaのBattle shipであるこのIowaがついてるんだから、アキーツもすぐにあのLevelになれるわ」
休憩室にはやたらと種類の多いドリンクバーが置かれていた。リンゴジュースが濃度別に数種類に分けられていたり、カルピスにいたっては水割りの割合で分けられている。
アイオワはコーラを、秋津洲は濃度80%のリンゴジュースをコップにとった。
「んー、美味しいかもー」
「良かったわね。あら、Chocolateもあるじゃない」
色々なお菓子がバスケットから溢れんばかりに盛り上がっている。
「そういえば……善吉とオーケストラとピアノがどうとかってさっき言ってたかも。あれって」
急に先ほどの会話を思い出したのか、秋津洲がアイオワに尋ねた。アイオワは一瞬表情を固まらせ、そのあと苦笑した。
秋津洲は、訊いてはいけないようなことを訊いた気がして、俯く。
しかし一度出てしまった質問は答えを求め宙ぶらりんに休憩室を浮かんでいる。
アイオワは観念した様子でその質問に答えた。
「Pianoという楽器は、幅広い音程と、その表現力からPerfectな楽器と言われてるの」
「それはすごいかも。オーケストラでも大活躍かも!」
「ふふ、アキーツは優しいわね」
隣に座る秋津洲の髪を優しく撫でる。気持ちよさそうに目を細める秋津洲は、猫のようだ。
「でもね、Perfectということは、他の楽器が必要ないっていうことなのよ。Orchestraは多くの楽器がそれぞれの表現、個性を活かして演奏をする。その中では、Pianoという楽器は、Pianoが出す音というのは消えても誰も分からない、没個性な楽器になってしまう。だからOrchestraでPianoが使われることはあまりない。今回も、仮にMeがいなくなっても、演奏には問題がない」
秋津洲は、平気そうに振舞うアイオワの横顔が、明らかに堅くなっていることに気づいていた。
「アイオワさんはオーケストラに必要だもん!」
堅くなった表情を見て、苦しい気持ちになった秋津洲が立ち上がる。
「さっきも、あたしが叩いてるときに、それに合わせてピアノ弾いてくれたの、すごく助かったかも! それに教えるの上手いし……」
徐々に声が小さくなる秋津洲をアイオワは愛おしそうに撫でる。
「Thank you。アキーツ。そう言ってもらえると嬉しいわ」
残ったコーラを飲み干し、チョコレートをいくつかポケットに入れ立ち上がる。
「じゃあ部屋に戻るわよ。四日目までには全体練習に混じっても問題ないようしないとね」
アイオワが秋津洲に手を伸ばし、秋津洲がその手を握る。
ひとりぼっちだった二人は互いに並び、秋津洲は普段より大股で歩き、アイオワは普段より歩幅を小さくして歩く。ぎこちないが、二人の間に信頼関係が生まれた瞬間だった。