「こんなところじゃないかしら」
「はぁーー終わったぁぁぁぁ!」
「及第点よ。ほら寝っ転がらない」
天津風が時津風との演奏練習に及第点を出した。二人の練習は基本的に天津風が仕切るかたちを取っていた。天津風の方が飲み込みが早かった、というのも多少はあるが、やはり二人の間の力関係というか、普段の関係がそのまま練習に反映されたと言った方がいいかもしれない。
時計の針は既に七時十分前、時津風はピッコロをケースに素早く片付け、天津風にも片付けるように急かした。犬のように一挙手一投足に意志が見えるその様子を羨ましく思いながら、天津風もフルートをしまった。
「はやくはやくー」
時津風に急かされ、部屋を出ると隣の部屋から野太い音色が響いていた。
そっと扉を開き中を覗くと、照月と初月が大嵐からレクチャーを受けている様子が見えた。
二人の演奏はまだ上手とは言えないものだったが、昼から比べれば各段に上手くなっていた。きっと二人とも飲み込みがいいのだろう。
明後日には雪風達と一緒に練習できると思わせる演奏だ。
扉から覗いていた天津風達に気づいた大嵐は、時計を見て驚く。
「今日はここまでにしましょう。もうすぐ食事の時間です」
照月と初月は疲れた顔で、しかし確かな充足感を感じた様子で楽器を片付け始めた。
「ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ楽しかったよ。君たちはとてもセンスがいい。扱いが難しい楽器なのに、一日でここまで吹けるとは思わなかった」
「大嵐さんの教え方が上手だからですよ」
初月はこの半日で、大嵐の手際の良さに半ば感動に近い何かを感じていた。それほどに、無駄のなく、かつ丁寧で分かりやすい指導だった。
はっきりと言えば、手慣れているように思えた。
指導すること、も勿論だが、『人の上に立つこと』と言うべきなのか、とにかく人の扱いが上手かった。
ニコニコと満足げに笑顔を浮かべていた大嵐だが、照月をジッと見たかと思うと、ふと険しい表情を浮かべた。
「どうかしましたか」
「い、いやなんでもない。じゃあ僕は用事があるからここで」
焦って去る大嵐は額に大粒の汗を浮かべていた。その後ろ姿に、照月が声をかける。
「大嵐さん、ありがとうございました。また明日、よろしくお願いします」
「う、うん」
狼狽えた様子で足早に去っていく大嵐を見ていた天津風は、その眼が恐怖に染まっているのを見た。まるで初めて深海凄艦を見た時の自分のような、トラウマの一端を感じ逃げ去る自分のような、とにかく自分と重なった何かを感じ、その姿を目で追ってしまっていた。
チラリと目が合うと、ぎこちない様子で会釈して駆け足に似た様子で去っていく。それは本当に、逃げていくようだった。
「大嵐さん、何かあったのかしら」
「僕たちにかまいすぎて大事な仕事をやり残していたんじゃないかな。すごい集中力だったし。時計を見て慌てていただろ?」
初月の推測はどうにも的外れな気がして、とにかく天津風には嫌な予感がしていた。
しかし勘の域を出ないそれを誰かに告げるのもおかしいと思い、自分の胸の内に秘めておくことにした。
「照月―ご飯いこー」
時津風の呼びかけに、照月と初月も部屋を出る。
三人が歩く少し後ろを、天津風は眉間に小さな皺を作って歩いた。
今日も11時にもう一本追加するよん。