夕食は昼の喧騒とは打って変わって、静かな食事となった。
特に弦楽器組がギクシャクとした雰囲気でステーキを食べて、いや喉に詰めている。
武蔵と長門など、ほとんど丸のみで胃袋に詰め、食事をすぐさま終わらせようとしている。
善吉は嫌な予感をビンビンと感じ、その原因を尋ねようとしたが、その前に長門が席を立った。
「先に失礼する」
ぼそりと呟くように言った言葉は重い場の雰囲気をさらに重くした。時津風が善吉に向けて何かしらのエールを送っていたが、善吉はそれを無視した。
「私もだ。善吉よ、明日は朝の八時から同じように練習で良いのだな」
「ん、あぁ。明日は俺もそれぞれのパートを周って見るからそのつもりで頼む」
「了解した」
長門の後を追うように、武蔵が席を立ち、その後ろ姿が見えなくなると、皆が揃ったように溜息を零した。
「どうしたんですかね、長門さんと武蔵さん」
「なんとなく察しはつくが――まぁ俺や秋月が何か言うのもおかしいし、とりあえずは傍観するしかないかな」
雪風はようやく美味しくご飯が食べれると言わんばかりにガツガツとステーキにかぶりつく。どうやらこの雰囲気がどうにかなるまで食事を我慢していたようで、皿の上の食材は触った後がまったくなかった。食事に対しての意識の高さのようなものが垣間見えて面白い。
確かに、あの雰囲気では美味い食事も不味く感じるのも無理はなかった。その点では雪風の判断は実に正しい。
善吉がちらりと大和と陸奥に目をやる。二人もまた疲れた顔で野菜をつついていた。同じ席につくアイオワも、ぎこちない表情で固まっていた。食事の手は随分前から止まっていた。
「……アイオワさんは悪くないかも」
「アキーツ……」
アイオワの隣の席に座る秋津洲がアイオワにだけ聞こえるように呟いた。それを聞いたアイオワは固まっていた表情をゆっくりと溶かし、柔らかい笑みを秋津洲に返した。
「明日も忙しくなる。飯食ってゆっくり休んでくれ。明日から秋月も天津風たちと混ざって練習するぞ」
「えぇ! そんな、まだ少ししか吹けませんよ!」
「大丈夫だ。俺が見る限りもう楽譜通りに吹く程度なら問題ない。あとは合わせていったほうが上達は早い」
「そんなぁ……」
肩を落とす秋月の頭を照月が撫でる。どちらが姉か分からなくなりそうだ。
「大嵐さんの方はどうですか?」
部屋の脇で立っていた大嵐に善吉が問いかけると、少し間を置いて答えた。
「二人とも飲み込みがとても早いです。おそらく、今のペースを維持できれば、明日の昼には雪風さんたちと一緒に練習できるかと」
「えっ! まだじっくり初心者同士で初月と練習したかったのに」
「志は高く持ちましょう」
「そんなあぁ……」
今度は秋月が肩を落とす照月と初月の頭を撫でる。姉らしく見える。
「詰められる予定は詰めていった方が良いに決まってる。この分なら全体練習にもう少し時間割けるかもな」
「そうですね。今回練習期間は相当短いですし、皆さんの飲み込みの早さははっきりいって驚きです。箱庭学園なら迷うことなく12組、もしくは10組に配属されることでしょうね」
箱庭学園の12組、10組等の組別けは特別な意味を持つ。
箱庭学園では1組から9組までを『普通』、10組から12組を『特別』、13組を『異常』という呼称が使われている。簡単に言えば、万能の如き才能の持ち主が『特別』となり、人間離れした生徒を『異常』として、特別な待遇が許されているのだ。
艦娘達と接してまだ1日も経っていないが、少なくとも彼女達の演奏に対する才能と呼べるものは十二分に見えた。
実際、今日も少しずつ各パートを周ったが、どこも見事な演奏だった。とても練習して半日とは思えない上達ぶりだ。
しかし、それを最終的に合わせるのが困難だということを、善吉はよく理解していた。
人間と同じだ。それぞれ素晴らしい人間を集合させても、素晴らしい集団ができるとは限らない。オーケストラはその集団を完成させるのが合格ライン。
こう述べると実に難しいものに聞こえるが、実際に難しいのだ。
善吉は数日後の合同練習をイメージし、より一層気を引き締める。
善吉はそこまで思考を巡らせて、あの課題に行き着き、再び溜息を漏らすことになった。
とりあえず今は明日に向け、目の前のステーキを口に運ぶことにした。
明日は明日の風が吹く。あまり好きな言葉ではなかったが、今はそれが真実であることを願った。