朝食をバイキングで陸奥と共に済ました長門は、チェロを抱きしめながら陸奥と向かい合っていた。陸奥はヴィオラを肩に乗せ、低い音色を響かせる。二人の距離は遠くもなく、近くもなく、互いに響かせる音色が丁度良く打ち解けあう距離と言える。
朝食の途中、陸奥が今日の練習は別れてやると提案してきた時、少しぎこちない雰囲気になったが、それもお茶漬けをかき込み誤魔化し、今となっては普段通りの空気を持つことができていた。
その後から今に至るまで、二人は昨日とは違う部屋で練習をしていた。昨日使っていた部屋は大和型の二人に譲るつもりだったのだが、その考えは無為に帰したことを二人は知らなかった。
「二人だとここまでかしらね」
陸奥のヴィオラとは音がかなり合ってきた。姉妹艦だからか、昼過ぎにはこれ以上やることが見当たらない状態になっていた。その時点で本日の練習は終了となった。
昼食も各自一階のレストランで済ませる予定で、時間も丁度良かったので二人はレストランに向かった。
レストランには陸奥以外にも、秋月と天津風、時津風が昼食を取っていた。
視線が合うと、こくりと会釈をされたので、長門と陸奥も会釈し返す。3人はどこかぎこちなく、さっさと食事を済ませ、レストランを出て行ってしまった。
(長門が原因かしら)
陸奥はメニュー表から目を離さない長門を尻目に、窓の外を眺めていた。
窓からは熱い西日が陸奥の脚に強く刺さり、席についてから既に何度も脚を組み替える破目に合っていた。しかし窓から見える景色は、普段海抜と共に過ごすと言っても過言ではない陸奥からすれば珍しいもので、中々飽きることなかった。
そんな心持の陸奥ではあったが、内心ではレストランにアイオワや武蔵がいなかったことに安堵していた。長門に追及されても困るので表情には出さない様に務めていたが。
「焼きサバ定食にしよう」
「なら私はナポリタンで」
「なぽっ……?」
「すいませーん」
一人だけのウェイターに声をかけ、さらさらと注文を済ませる。長門は陸奥の文言に頷くのみで何も言葉を発することはなかった。
「……陸奥はこういう店によく来るのか?」
「提督に付いて行ってね。最近は間宮のメニューにも洋食出てきたじゃない。まぁ長門のことだから食べてないんでしょうけど」
陸奥は秘書艦として鎮守府外に行くことも多いので、外食には慣れていた。一方の長門は鎮守府から出ることは稀で、間宮でも和食しか食べたことがない。唯一食べたことがある洋食と言えば駆逐艦たちに勧められたアイスのみだった。
「洋食は――舌に合わない」
「あらそう」
食べたこともないくせに、という言葉を飲み込み、陸奥は面白いことを考えニヤリと笑った。
しばらくすると、焼きサバ定食とナポリタンが運ばれてきた。長門は焼きサバの身をほぐすことに集中するように見せかけて、初めて見るナポリタンから目を離せずにいた。
それを見てクスクスと笑いを噛み殺す陸奥は、見せつけるようにパスタをフォークに絡ませてクルクルと回す。長門はその動作に首を傾げていたが、陸奥は気にする素振りを見せず、満足できる大きさに纏まったので、それを口に運ぶ。
「うん、美味しい」
陸奥はわざとらしい程美味な顔を作り、目をトロンとさせる。陸奥自身、ここまであからさまだと怪しまれると思ったが、長門は気づくことなく好奇の眼差しを一層強めた。
「……そんなに美味しいのか?」
「えぇ、とっても美味しいわよ」
長門の箸は完全に止まっていた。それを見た陸奥は、待ってましたと言わんばかりに誘惑の言葉を投げかけた。
「長門も少し食べる?」
「むっ……」
陸奥の言葉に長門は頷きかけたが、先ほど舌が合わないと宣言してしまったことを思い出し、簡単に頷くことができなくなっていた。
「ちなみに、このナポリタンは洋食が日本に伝わってできた料理だから、洋風和食くらいの料理よ」
「そうか、洋風和食か! ならいただこう」
ナポリタンを食する大義名分を得た長門は目を輝かせる。
(まぁこのナポリタンはどっちかというと本場風だと思うけど)
厨房のコックがこちらにちらと顔を見せたが、それを視線で制する。
「どれいただこう――しかし、このふぉーくというものは苦手だ。箸ではだめか?」
フォークを一度は握るものの、すぐにそれを戻し箸を構える。その様子に陸奥は呆れ、パスタを再びフォークに絡ませる。
「ほら、あーん」
フォークを長門の口に運び、長門は餌をもらうひな鳥のように素直にそれを口に含んだ。
長門はそれをしばらく味わい、徐々に先ほどの陸奥と似たような顔になる。違う部分は陸奥のは作り物で、長門は天然だということぐらいだ。
「美味いなこれは」
「でしょ」
陸奥は満足そうに頷く。姉である長門は勇ましいところもあるが、このように抜けている部分もたまにあるので、陸奥はそれを観察して長門の与り知らぬところでからかうのが好きだった。
(長門って意外と子供舌だし、実は和食より洋食の方が舌に合ってるのよね)
口に出せば烈火のように否定するので、陸奥はやんわりとそれを自覚させるつもりだった。長い時間がかかりそうだが、これも大切な姉妹艦のため、決意は堅かった。
「アイオワのこともこんな感じに扱えればいいんだけど」
「アイオワがどうかしたのか」
ゆるゆるな顔は一瞬で消え、厳しい顔になる。
これは陸奥が口を滑らしたのではなく、単純に、ほんの少しでも良いのでアイオワについて話したかったのだ。
「ううん、なんでもない」
「なんでもないことはないだろう」
「――長門がアイオワを嫌うのも分かるんだけど、あんまりにもはっきりしすぎてるかな、と思って」
「――自分でも、周りに迷惑をかけて悪いと思っている。しかし、日本艦としてアメリカ艦と仲良くするのは考えられん。武蔵には、それを否定されたがな」
自嘲気味に笑う姿は痛々しいものだった。
「武蔵の言い分も分からなくもないわ」
「そうか? 私にはさっぱりだ。私達を日本艦足らしめている軍艦の頃の記憶、それに背いて、敵艦と仲良くするなど論外だ」
「――そう」
陸奥は再びナポリタンを口に運びはじめた。長門も焼きサバ定食を無言で食す。
これ以上会話を続け
味はあまりしなかった。