「『艦隊楽戦』? 我々艦娘が楽器を弾いてオーケストラを組むということか? 提督よ」
触覚のような二本の突起が付いたヘッドギアを身に着ける少女が、額に青筋を立てて首を傾げる。その様子からあからさまな怒りの感情が見えた。
「そうだ。他の鎮守府とも合同で行う。代表の艦娘が集まって演奏を行う。目的は、一般人に艦娘に親しみを持ってもらうためだ」
少女、長門は舞鶴鎮守府の提督であり、上官の毛利武蔵に食い掛かる。
「なぜこの長門がそのような余興に参加せねばならないのだ。くだらん」
毛利は厳しい顔で手元の資料と、それに付随されていた小さいメモ用紙を睨み、小さく一息つくと、メモを朗読した。
「……日本の戦艦の代名詞、長門、子供にも大人気なその戦艦の魂を受け継ぐ少女が楽器を演奏する様は、きっと多くの子供に、さらには駆逐艦娘に人気が出るだろう」
長門は頬をピクリと動かす。武蔵はそれを見逃さず、追撃を行う。
「メンバーには姉妹艦の陸奥、そして雪風、島風たちが出るらしい」
メモを読み終えるころには、長門は無表情を装いながら、口角がつりあがるのを必死に抑えていた。
「て、提督よ。期間はどれほどなのだ?」
「練習が一週間、それから本番だから、八日だな」
「それぐらいなら、まぁ少し羽を伸ばしに行くぐらいの気持ちで行ってみようかな」
「――出発は明日だ。今日はもう荷物の準備をしてこい」
長門は肩を揺らして執務室を出て行った。武蔵の口から溜息が湧き水のように溢れてきた。小さなメモは大湊鎮守府で秘書艦を務め、長門の姉妹艦でもある陸奥からの贈り物だった。長門を説得するのに使え、という意味だったのだろうが、長門をストイックな娘だと思っていた武蔵は呆れを隠せない。
「提督、大丈夫ですか?」
「あぁ。長門はもっとしっかりとしているやつだと思っていた」
かなりオブラートに秘書艦である神通に言葉を返した。長門の言う通り、武蔵もまた今回のイベントへの参加に疑問を持っていたが、大本営からの通達であり、変に拒否をしても後が面倒だった。胸中に渦巻く暗い感情を腹に収め、手元の書類に手早くサインを済ませ、それを神通に手渡した。
「長門さんだけですか?」
「あぁ、うちの鎮守府からはな。他からは、陸奥、大和、武蔵、島風、雪風、時津風、天津風、秋月、照月、初月、秋津洲……アイオワだ」
アイオワという言葉に。神通は眉を顰める。
「それ長門さんに伝えといたほうが良いんじゃないですか?」
「伝えたら行かないだろう。向こうで箱庭学園の誰かさんに任せるさ。俺だってこんなちゃらけた行事には内心反対なんだよ。ま、好き勝手やってくれって感じだ」
神通に書類を事務課に届けるように指示を出し、懐から煙草を取り出す。
「提督、吸うなら窓の外にお願いします」
神通の厳しい口調に曖昧に返事をし、武蔵は窓の外に煙を吐き出した。その中にはニコチンよりも濃度の高いストレスが含まれていた。
武蔵はこの企画が十中八九失敗すると睨んでいた。
その大きな要因の一つがアイオワだった。
彼女を苦手とする艦娘は多く、長門は特にその傾向が強かった。それも長門の来歴を考慮すれば当然とように思える。
片や敗戦国の戦艦であり、なんとか生きながらえたが、核実験により沈没。
片や勝利国の戦艦であり、姉妹艦共々生きながらえ、博物館まで建てられる。
アメリカの艦娘がなぜ生まれたか、上層部はさぞ混乱したことだろう。
かつて生死を賭けて殺しあった国の戦艦が、何食わぬ顔で眼前に現れたのだから。
「誰だか知らねェが、この仕事の担当になった人間は可哀想だぜ」
武蔵は今頃部屋でいそいそと旅支度を進めている長門を想い、乾いた笑いが出た。
「この仕事、大変なんてもんじゃねぇぞ」
煙草の吸殻が窓枠に落ち、煙は淀んだ空気に混じり消えていった。