「いいのかしら、勝手に外に出てしまって」
「大和は心配性だな。大丈夫さ、気分転換だと言えば問題ない」
不安そうに周りを見渡す大和と反対に、武蔵は意気揚々と山道を進む。山道の先に、海が一望できる岬にたどり着いた。天気も快晴で、海は宝石箱のようにいくつもの輝きの粒に溢れている。
「ここでいいだろう。ほら、ブルーシートも持ってきた。座れ」
手慣れた様子でブルーシートに重しを乗せ、どっかりと座る。大和は静かに腰を降ろし、小さく溜息をついた。
「ふぅ」
「どうした。喉が渇いたのか?」
武蔵は大きなリュックから弁当、水筒を取りだし大和に渡す。ありがとう大和が言い、その喉を潤す。大和の持つ小さな傘も相まって、大和の周囲だけ野点のような雰囲気が漂っていた。
「このお弁当はどうしたの?」
「朝食を食べる時に厨房にいた料理人に頼んでおいた。快く承諾してくれたよ」
大和の持つ2段重の弁当の上段には豊富な種類のおかずが散りばめられ、下段にはフワフワの白米が敷き詰められている。
「かわいいわね」
「大和には可愛いものを、と頼んだからな」
「武蔵は?」
「体力が付くもの、という風に頼んだ」
大和と同サイズの弁当箱のはずだが、蓋を開ける前からずっしりとした雰囲気が伝わる。ゆっくりと蓋を取ると、武蔵は大声で笑いはじめる。
「はははは、これはいい」
大和が弁当を覗くと、中は1枚のしきりで分けられ、片方には豚の生姜焼き、もう片方には牛肉の大和煮が輝いている。2段目は大和と同様だが、明らかに量が多い。
「大和煮だぞ、大和」
「うるさいです」
武蔵の悪戯っぽい笑顔が晴天によく映え、大和はそれに拗ねたような表情を返す。しかし大和はこの空気が好きだった。大和型というレッテルを取り除いた、ありのままの大和を見せられるのは武蔵の他数名だけだった。
一方の武蔵も普段から豪気な性格を周囲に見せつけているが、大和と過ごす時間は特別に感じていた。お嬢様のような上品なふるまいをする大和を見ているとどうにも落ち着かないからだ。それに大和同様、自分の弱気を見せれる数少ない相手でもあった。
「バランスが悪いったら。私の野菜少しあげるから」
「よし、お返しに大和煮をやろう。好きだろ」
「好きだけどっ!」
二人は食事を摂る間何かを話すことはなかった。ただ黙々と箸を進め、時折示し合わせたように海を眺め、フッと笑いまた箸を進めるのだ。
二人の姿は一枚の絵のように静かで、それでいて美しいものだった。
「――ごちそうさまでした」
「うまかったな」
同時に食事を終えた二人は、お茶をすすりながら水平線の先を見つめた。
「少しやりすぎただろうか」
「長門さんのこと?」
武蔵は言葉にせず、ただ頷く。武蔵は、自分が長門に少ししつこくし過ぎたのではないかと、モヤモヤとした想いを抱えていた。
「――少し、ね」
「やっぱりか……」
「でも」
「でも?」
大和は栗色の瞳に海の輝きを映し、視線をそらさずに言葉を続けた。
「武蔵が言ってくれてよかった。長門さんをあのままにしてたら結局誰かに言われただろうし、その役目を他の艦種の子に任せることも、善吉さんたちに任せることもできなかった。これでよかったのよ」
「そう言ってもらえるとありがたい。私のせいでこうやってあいつらと別れて練習する羽目になっただろ? これが本番に影響しなければいいんだが」
「気にしすぎよ」
大きなため息をつく武蔵の肩を、優しく大和が撫でる。
「昨日長門に、『貴様を日本艦足らしめているものはその記憶だけなのか』と言ったんだ。冷静になって考えると、なかなか酷いことを言ったんじゃないかと」
「ふふ、武蔵らしいわ。確かに長門さんは記憶に強く影響を受けている。それも間違いではない、というより私たちの存在に是非があるわけじゃないから、なんとも言えないわよね。でも、仲間であるアイオワさんに敵意をぶつけるのは良くないもの」
「――このままだと、艦隊、このオーケストラにあいつの居場所がなくなる気がする」
武蔵は重い言葉を地面に零す。それは確信めいた直感が生んだ言葉だった。
「……そうね。私もそう思う。だけど」
「だけど……?」
すくりと立ち上がり、大きく伸びをして晴天に両手をかざす。
「最後にはうまくまとまるわ」
大和のその言葉も、武蔵と同じく直感から生まれた言葉であった。それは大空に投げかけられ、そのまま風に舞い去った。
「――ははは! 大和がそう言うとそんな気がしてくるな。ハッピーエンド、というやつか」
「そうそう、今は戦争中じゃないんですもの」
二人は荷物を片付け、元来た道を戻る。
「『勝ち負け』じゃない、みんなが幸せになる終わりがある」
大和の言葉が武蔵を励まし、武蔵はそれに目を輝かして応えた。
そっと連投しました。