善吉は夕食の重苦しい雰囲気に首を傾げていた。昨日雰囲気を重くしていた原因である弦楽器組は既に食事を終え、部屋に戻っていた。
しかし雰囲気は変わらず重苦しい。
その中心はどんよりとした表情で餃子をつつく照月だった。
「おい、何があったんだよ」
「よく分からないんですけど、大嵐さんが関係してるみたいです」
雪風は照月の出す重苦しい空気を意に介せず食事をもりもりと続けながら答えた。
今日の雰囲気は昨日の周囲に威圧を与えるタイプの雰囲気と違い、照月一人が落ち込んでいて、それが周囲に暗い雰囲気を撒き散らしているだけなので、食事には影響がないという考えなのだろう。
昨日とは正反対の反応に戸惑い善吉は頭をかく。ここまで反応がはっきりしているというのは、ある意味で精神が完成されていると言えるのだろうか。
雪風の隣で秋月は心配そうに照月を眺めていた。普段から喜怒哀楽がはっきりとしている照月だが、秋月がここまで落ち込んでいるのは初めてだ。初月にも視線で尋ねるが、返答はなかった。
「いったい何が……」
「さぁな。ライさんに直接訊いたほうが早そうだ」
「お願いします」
落ち込む秋月の髪をくしゃりと撫で、二カッと白い歯を見せつける。
「お前まで落ち込んでどうすんだって。なんとかするから安心しろ」
「――はいっ!」
秋月は暗い顔を抑え、食事を進める。それが空元気でも、善吉に安心を与えてくれた。
「みんな二日目お疲れ様。個人練習はみんなだいたい終わったように感じた。もうパート練習に入ってる組も多いだろう。この無茶な練習日程によくついてきてくれてる。ありがとう」
善吉は皆に頭を下げた。艦娘たちはそれを大げさなことだと捉えていたが、実際善吉は驚いていた。
彼女たちの上達スピードは過去の記憶?があるにしても特別速い。
今回の任務において、彼女達のこの一種の能力とも言えるそれがなければ、成功の確率はかなり低くなったことだろう。
「そんで、明日からの練習日程の確認だが、予定通り四日目まではパート練習を行ってもらう。五日目から三日間でオーケストラを仕上げる。お前たちなら可能だ。頑張るぞ!」
「おー!」
時津風のみがその掛け声に応えていた。善吉は唇を噛み締め涙を堪えた。まだ出逢って二日目、しょうがないことだと自分に言い聞かせる。
「それじゃ、明日、明後日は今日と同じように頼む。また俺が回って見るからな」
善吉はそれだけ伝えると、席を離れた。艦娘たちは再び静かに食事をすすめる。初日のBBQが嘘のように空虚な空間だ。
(弦楽器は演奏レベルだけなら十分、ただ協調性に難ありって感じだな。金管はレベルもまだまだ、協調性というか照月があれじゃなぁ。木管はだいぶ纏まってきた気がする。平均的な纏まりが取れているのはここだけか。あとはアイオワ達……秋津洲だけが心配だな)
善吉は大嵐の部屋に歩を進めながら、今日各パートを周った感想を頭で纏めていた。問題が明確化されているものにはある程度の対処が浮かんだが、曖昧なものには答えが出ない。
「とりあえずは、照月の問題かな」
先ほど露わになった問題を明確化するために、善吉は大嵐の部屋の扉をノックする。 善吉はてっきり大嵐は従業員専用の部屋にでも住んでいるのかと思えば、意外にも善吉の二つ隣の部屋に住んでいた。
驚きのあまり受付で聞いた時は思わず聞き返してしまったほどだ。さらに聞けば、やはり他の従業員は専用の部屋が別の小さな棟に用意されているらしい。
大嵐だけ特別な待遇というのはどうにも腑に落ちない。それについても、善吉は尋ねるつもりだった。
「はい、どちら様ですか」
「善吉です。少し話があってきました」
善吉の言葉に、大嵐が扉の奥で震えたように感じた。
それから、扉越しの善吉にも聞こえるほどの溜息を零した。
それはおそらく、呆れや落胆からくるものではなく緊張を解すためのものだと思われた。
予想は当たったのだろう、疲れた顔の大嵐が扉の影からひょこりと現れる。最初に会った時と比べてやつれているように感じた。
「こんばんは、善吉君」
口調だけは変わらず年上の余裕を感じさせるが、やはり無理が見えた。
「実は」
「照月さんのことですか?」
「――はい」
「……どうぞ、入ってください」
大嵐に促され善吉は部屋に入る。中は薄暗く、月明かりだけが部屋を照らしていた。壁には新聞の記事が数枚張られているだけで、他には何も私物らしい私物はない。
「彼女には申し訳ないことをしました。いえ、『申し訳ないことをした』と思わせてしまった」
「それってどういう」
「実は彼女に、数年前に死んでしまった妹の話をしたんです。それも、彼女たちのまだ出逢っていない妹の話の引き合いに出してしまって。彼女達を見ているとつい思い出してしまって」
大嵐はうなだれ、後悔と自責の念に駆られていた。
しかし、善吉にはいまいち理解できない。人の死というものは確かに話していて気分が良い物ではない。だが照月も大嵐も、あそこまで落ち込むものだろうか。
「それにしても、大嵐さんも照月達も、落ち込み方がひどくありませんか?」
「それは――艦娘は艦の記憶を持って生まれます。彼女達にとって多くの『死』は、過去に自分たちに乗艦していた海兵や、轟沈する仲間の艦たちです。それらを、僕や善吉君の想像を絶するほどの数を、経験し見てきたでしょう。しかし今の彼女達は我々同様、いやそれ以上に人の死に敏感なはずです。それを――失念していました」
「……すいません。俺、艦娘について全然知らなくて、なんで敏感なのか、分からないです。教えてください」
「彼女たちの立場を考えればすぐに分かります! 彼女たちは子供から大人まで、様々な容姿、性格をしています。しかし、その実ほとんどの艦娘は生まれてから、艦娘になってから数年です。例え軍艦の記憶があるとしても、人の身体を得たばかりの赤ん坊なんです。それでいて我々人間を護るために日々戦っている。人の生死に敏感じゃないわけがない!」
誰に怒鳴っているのか、それはたぶん自分自身なのだろう。善吉はそれを察し口を閉ざそうとした。しかし新たな疑問が湧き上がり、それを抑えることができなかった。
「ライさん……『艦娘についてやたら詳しい』んですね。それにこの場所の管理人という話もどうにも怪しい。何か俺に隠してることがあるんじゃないですか?」
善吉は腕を組み威圧的に大嵐を睨む。大嵐は少し焦った様子を見せたが、何かを諦めたのか両手を上げ降参の意を示した。
「――隠していたわけじゃないんですけどね。ここの管理人というのも間違いではないですし。艦隊楽戦の間だけですけどね」
善吉は顎で話の続きを促す。大嵐が話さなかったことを全て話せ、という意味だ。
「僕は黒神グループ内のとある組織で幹部をやらせてもらっています。兎洞武器子さんをご存じですか?」
「え、えぇ。まぁ多少は」
多少どころか一度対決し、武器子のコレクションである船やロケット(役二兆円)を破壊し、挙句の果てには殺されかけたことはここでは言えなかった。
うさ耳にスク水というたまげた容姿で人を痛めつけ残忍に笑う姿を忘れることはたぶん一生ないだろう。
「彼女の所属する月氷会と似たような組織です。あそこまでぶっ飛んでませんが」
鼻で笑うところを見ると、そこまで月氷会とは仲が良いわけではないようだ。
月氷会とは月下氷人会の略称で、大規模な婚活?お見合い?を計画する組織だ。仲人を意味する月下氷人が看板となっているのだから当然なのだが、その業務内容は多岐に渡っているようで、少し前にはCMで船で世界一周旅行を謳っていた。
武器子が依然としてうさ耳スク水でテレビに映っていた姿を見て、放送倫理委員会との癒着を暗に感じたのを覚えていた。
「少し前に箱庭学園主催で艦娘がオーケストラをやるイベントがあると耳にしましてね。僕は幹部だし、箱庭学園のOBでコネがあったからその仕事を回してもらったんです。どうしても艦娘と関わりを持ちたくて」
「なんでそこまで艦娘にこだわるんですか?」
「……昨日、善吉君に話した深海凄艦に壊滅させられた村の話、覚えてますか?」
「えぇ、村人がたった一人しか生き残らなかった村、ですよね」
大嵐はこくりと頷き、苦笑するようにはにかむ。昨日その話をした時も似たような表情を浮かべていた。
「あの時、僕の知り合いの村、と言っていたのですが、実は僕の村なんです」
「じゃあ……たった一人の生き残りって」
「そうです、僕のことです」
そう告げた大嵐の瞳は、最初に見たときの好青年のような輝きはなく、どんよりとした、くらい部屋の隅で転がるビー玉のような、鈍い輝きがまとわりついていた。
そして大嵐は、故郷の村の話を、静かに語り始めた。