艦隊楽戦~善吉ハーモニー~   作:宵闇@ねこまんま

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回顧録―美しい島―

 黒神グループに就職が決まったことを家族に報告するために、頼卯は久しぶりに村に帰っていた。電話で一度報告はしたのだが、やはり直接報告したかったのだ。

 村は小さな離島に存在する小さな規模で、数十年以内に消えるか、どこかに統合され廃村となると思われていた。

 しかし漁師が中心となった活気のある村で、住人たちの顔はいつも笑顔で満ち溢れていた。

「ただいま」

「おかえりー!」

 玄関を開けると、頼卯を妹の涼香が出迎えてくれた。相変わらずの太陽のように眩しい笑顔がそこにあった。それが眩しくて頼卯は目を背ける。

「父さんと母さんは?」

「父さんは漁、母さんは買い物だよ」

「そっか」

 テキパキと頼卯の荷物を持ち、奥に運ぶ。それを見て頼卯は、実家に帰ってきたことを実感する。涼香は妹だが、まるで姉のように頼卯の世話を焼くのが常であった。

「今日はごちそうだってー。村に一軒しかないケーキ屋さんに注文したんだって」

「ケーキって、和菓子屋のすみれ婆さんが作ってるアレだろ? どら焼きの生地にクリームとあんこ乗ってるやつ、小倉クリームパンケーキみたいな」

「でも好きでしょ?」

「好きだけどさ」

 クスクスと可笑しそうに涼香は笑う。

「何が可笑しいんだ?」

「いやぁ、お兄ちゃんが帰ってきたなぁって」

 頼卯は自分と同じようなことを涼香も感じたことに嬉しいような恥ずかしいような、そんな気持ちになってぶっきらぼうに座り込んでしまった。しかし涼香は気にせず、お茶を汲み頼卯に渡した。頼卯は何も言わず、それをグイッと飲みホッと息をつく。

「――美味い」

「よかった」

 涼香は変わらずニコニコと笑っている。空は夕焼け色に焼かれていて、村に響いていた人々の声は徐々に小さくなっていった。海は紅く輝き、徐々に静まる村に不気味な夕闇を運んでくるそれは、余所者から見れば恐ろしい何かだったかもしれない。

 しかし慣れしたんだ村人からすれば、一日の終わりを告げる色であり、心落ち着く紅だった。

「ただいま……あら、父さんまだ帰ってないの?」

 30分程して母親が帰ってきたようで、居間がドタドタと騒がしくなった。少しして、頼卯の前に両手に大きく膨らんだ袋を持った母親が現れた。額には汗が浮いていた。

「まだ帰ってないよー」

「あらそう。頼卯おかえり」

「ただいま」

 それだけの会話を交わすと、母親は台所にいそいそと向かい食材を冷蔵庫に詰め込む作業に移った。

「にしても遅いわねぇ。あんたちょっと見てきてよ」

 母親はそう言いながら、すでに決まった出来事のようで船の鍵を頼卯に投げ渡す。それを難なく受け取る。

「久々に海に出るのもいいけど、行き違いになるんじゃない?」

「それでもいいよ。今日は月が綺麗だから、気持ちがいいよ」

「あたしも行くー」

 涼香も行く気満々で、頼卯に拒否権は無かった。

「一時間くらいで帰るから」

「気を付けて、さっさと帰ってくるのよ」

 母親が見送り、涼香と頼卯は隣り合って歩いた。

 村は生まれた頃から何も変わらず、そこにあるものが全て当たり前で、それは頼卯に絶対的な安心を与えている。歩いている最中、近所に住む人に何人かと出会った。その誰もが頼卯が知っている人で、暖かい言葉をかけてくれた。

「変わらないな」

「変わらないよぉ」

 涼香は港に立ち、遠い水平線を眺め、ぽつりと返事をした。

 遠くをジッと見ている姿は、存在も遠いところにあるように感じられ、不安を駆り立てられる。大嵐は首を振り、船のエンジンをかける。

「――さっさと乗ってくれ。親父たち帰ってきちゃうぞ」

「うん!」

 涼香の視線が頼卯に戻り、勢いよく船に飛び乗る。船が大きく揺れるのと同時にエンジンが唸りを上げた。大きな水しぶきを上げ船が進む。心地よい揺れは頼卯に過去の記憶を呼び起こす。

「初めてお兄ちゃんの運転で海に出た時もこんな夜だったよね」

「お前が急に飛び乗ってきてな」

「お兄ちゃんも漁師になるんだと思ってた」

 涼香の言葉に上手く返すことができず、間が空いてしまった。

「――まぁ色々あってね」

 頼卯も箱庭学園に進学する前は漁師になるのが夢だった。それが当たり前だった。

 しかし父親の勧めで進学した箱庭学園での刺激的な生活が忘れられず、大学に進学し、その過程で箱庭学園と少しでも関わりたいと思うようになったのだ。

 父親に電話でそのことを話すと、父親は静かに「そうか」とだけ言った。

 今になって思えば、息子の進路に知らずにレールを引いてしまったのではないかと、そんな風に思っていたのかも知れないと頼卯は思っていた。

 家族のうちでただ一人、涼香だけが頼卯の進路に賛成を示すことはなかった。かといって反対しているわけではなかったのだが。

 ただ何も言わず、そうこうしている内に内定が決まった。

「別にいいんだけどねー。ただ少し寂しいかな」

 その寂しいは、涼香本人のことでもあり、村のことでもあったのだろう。それを察した頼卯はまたも口を閉ざす。

「そんなに暗い顔しないでよ。嬉しくもあるんだから。黒神グループって、うちの村にも名前が届くほどの大企業なんだから」

「――その黒神グループの力があれば、うちの村も安泰だろ」

「えっ?」

 頼卯は心の奥にしまい込んでいた言葉を、初めて打ち明けた。

「それってどういう――」

「うちの村は美味い魚も取れるし、自然が豊かだ。それでいて村のみんなも柔軟な考えを持ってるし、大好きな村だ。だから、この村に新しい産業が少しでも入れば、きっと村はさらに活気づいて、存続するはずだ」

 頼卯は黒神グループに尽くしたいと思うのと同時に、村を護りたかったのだ。

 そのために、大嵐は日の目を浴びていない町や村に黒神グループの手を伸ばし、その発展を促し、新たなビジネスを生み出す、黒神グループ内でも新しい会社に入社した。

「……よかった。お兄ちゃん変わってなかった」

 安心したようにホッと息をつく。

「変わらないって」

「てっきり都会の闇に染められて村のことなんてどうでもよくなったのかと」

「都会の闇って」

 その言葉の響きに笑いがこらえきれず、大声で笑った。それに応えるように涼香も笑った。

「きっと帰ってくるからさ。それまで村は頼んだぞ」

「彼氏とイチャイチャしながら待ってるよ」

「彼氏いんのか!?」

「今はいないけどいつかはね。というかお兄ちゃん必死すぎ」

 船が頼卯の同様の大きさに合わせて揺れ動く。グラグラと揺れる船の中で、涼香はまた大きく笑った。空にはまんまるな月が浮かび、静かな海を眩しく照らしていた。

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