艦隊楽戦~善吉ハーモニー~   作:宵闇@ねこまんま

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3日目―跳躍への一歩―

「上手くなってる気がしないかも」

「そんなことはNo thingデース」

 食堂には朝食の味噌汁をすすりながら目の前に座るアイオワに愚痴を零す秋津洲と、それにのんびりと応えながらハンバーガーを頬張るアイオワがいた。

 練習も三日目に移り、明後日には全体練習が始まる。

 アイオワと秋津洲の基本的な練習はほぼ終わっており、あとは他のパートと上手く合わせることができれば完璧、だと善吉は言っていた。

 しかし秋津洲は自身の演奏がどこか不調和なのを理解していたし、アイオワも口には出さないがそれを察していた。

(リズムがすこーしmeetしてないんですヨネー。すごく気になるというものではなく、やはり二日間みっちりpracticeしてきたアキーツ、そしてMeだからこそ気になる、納得のいかないものなのかもしれないネ)

 アイオワは最初、秋津洲はある程度の成果が上げれれば満足できるタイプだと考えていたが、それは間違いだということが分かった。

 変化を好まず、平穏に、他者に心を揺さぶられることが嫌い、というのは初対面の頃から理解できていた。

 そこから、できることなら何もしたくない、というのがまずある。

 しかし何かをするとなったら、できることなら完璧に仕上げたいという想いが強く、それでいて不器用なところもあるので厄介なものだった。

「まぁそこが可愛いんですケドネ」

「??」

 首を傾げアイオワを見上げる秋津洲に、アイオワは母性が刺激されニヤニヤとした表情を抑えきれず、なんとも気持ちの悪い表情になってしまった。

「気持ち悪いかも……」

「Sorry。なんでもないヨ」

 朝食を取り終えた二人は昨日までと同じ練習部屋に入り、今では当然になったようにピアノとティンパニに触れる。

 同じことの繰り返しだが、それでいてどこまでも先が見える音楽の道に触れ、二人は飽きることなく練習を繰り返していた。

 しかし秋津洲が納得できる演奏ができることはなく、昼食を取ることも忘れ時間は午後三時になっていた。

 練習が一段落着き、時計をチラリと見たアイオワは秋津洲に遅い昼食を取ることを提案しようとした。

 秋津洲は額に汗の玉を浮かばせ、バチは手放していたが、楽譜から視線を外すことはなかった。その集中力は凄まじいもので、アイオワに声をかけることを戸惑わせた。

 その時、扉がギギィと音を立てて少し開いた。その音に秋津洲は集中力を削がれ、少し苛立った視線を音の方向に向けた。

「雪風が推すから開いちゃったじゃん!」

「島風さんが覗き過ぎなんです!」

「ほら秋津洲さんが見てますよ。怒ってますかね」

「姉さんなんで楽しそうなの?」

 扉の影から顔を覗かせたのは、島風、雪風、照月、初月の金管組四人だった。

 四人と視線がかち合った秋津洲はぎこちない動きでアイオワの後ろに隠れる。

「覗かれてたかも……馬鹿にされてるかも……」

 ネガティブな思想を絶望的な顔で垂れ流す秋津洲に溜息を零し、扉の外にいる四人に声をかける。

「Hey! You達、入ってきてOKですヨ!」

 後ろで秋津洲が震え、必死にアイオワの肩を揺らすがそんなことは気にせずアイオワは手を振り続けた。

 それを見た四人は遠慮しがちに部屋に入ってきた。

「What's Happen? どうかしましたカ?」

「えっと……」

「雪風が楽しい音が聞こえるって言って、この部屋の前で止まって動かなくなったの」

「島風さん!」

 耳を真っ赤にして抗議する雪風と、無表情のままの島風が対照的でアイオワはクスリと笑ってしまった。

 それに楽しい音、というのはアイオワが目指していた音でもあるので、それが伝わり嬉しくもあった。

「私達と同じ曲の練習なんですけど、なんだか踊りだしそうな音が響いてて、素敵だと思いました」

「そうだね。僕たちの音と全く違って面白かった」

 照月と初月も好意的な感想を述べる。アイオワは後ろに隠れる秋津洲に目を向けた。

 そこでは嬉しいような恥ずかしいような表情の秋津洲が、くねくねピョンピョンと動いている。それを見たアイオワは良い案を思いつき、ニヤリと笑った。

「ユッキー達、一緒にpracticeしてみませんか?」

「え、いいんですか!?」

 雪風は嬉しそうにその場で飛び跳ねる。

 一方で秋津洲は再びアイオワの肩を揺らす作業に戻った。

「ちょちょちょっとアイオワさん! そんなの無理かも! 恥ずかしさで死ぬかも!」

「今まで恥ずかしさで死んだ人間はいませんヨ」

「そういう話じゃないかも!」

「えっと……ダメですか……?」

 秋津洲の必死な様子を見た雪風は、悲しそうに俯く。

 それを見た秋津洲は慌てふためき、何かを悩み、地団太を踏み、何かを諦めたように疲れた顔を浮かべ、最後には最初の恥ずかしそうな表情に戻った。

「い……いいかも。別に」

「本当ですか!?」

「う、うん」

 それを聞いた雪風はやっぱり嬉しそうに飛び跳ねる。秋津洲も疲れた顔から照れ顔になり、それを見たアイオワは内心で人見知りの秋津洲に称賛を送る。

「シマカゼ達もOKデスカー?」

「いいよー。四人での練習に飽きてきてたしー」

「アタシも大丈夫です」

「僕も」

「じゃあ楽器持ってきてもらえマスカ? Me達の楽器はこの通り動かせないデスから」

 アイオワに言われ四人は部屋を飛び出る。久しい喧騒にアイオワは頬を緩めた。

 この二日間秋津洲と過ごした時間は退屈とは言えないが静かなものだったので、雪風達の持ってきた騒がしい空気は部屋の空気を一転させるのに十分だった。

「どどど、どうするかも……。みんなと合わせるなんてとてもじゃないけど無理かも……」

「No problem! アキーツの演奏はもうほとんどPerfectネ。足りないものがあるとすれば、それはきっとユッキーたちが教えてくれマース」

 慌ただしく騒ぎまわる秋津洲の耳に、無情にも扉が開く鈍い音が伝わる。諦めか決心か、背筋を伸ばした秋津洲はティンパニにつき、キッと視線を上げる。

「よ、よろしくかも!」

「は?」

 開いた扉の先には、首を傾げる善吉が立っていた。

「――はぁぁぁぁぁ」

「人の顔見てでかい溜息をつくな。悲しくなるから」

「何の用かも。練習の邪魔かも。出て行って」

「お前ほんと俺に慣れてから口悪くなったよな」

 二人のやり取りはもはや定番となっており、善吉がアイオワと合わせて秋津洲の世話係の双璧を成していると噂されていることを、三人は知らない。

「少しまた調律してやろうかと思ってな」

 善吉が胸ポケットからハーモニカを取り出す。

 善吉は雪風達の演奏を調律したのと同様に、アイオワ達の演奏も何度か調律した。

 その時は秋津洲も納得できる演奏ができたと思うが、善吉がいなくなってしばらくするとまた戻ってしまうので、善吉のハーモニカには複雑な想いがあった。

「ゼンキチ、今ユッキー達と一緒に練習することになったんデース。ぜひ聴いて欲しいネ」

「そうなのか……なるほど。それはいいな」

 善吉はアイオワの考えが読めたようで、先ほどのアイオワと同じように笑う。

 ニヤニヤと笑いあう二人の間に挟まれ困った顔の秋津洲は、部屋に戻ってきた雪風達に視線で助けを求める。

「あ、善吉! どうしたんですか?」

「おう、見回ってたら面白いことになりそうだったんでな」

「??」

「ユッキー達、さぁさぁHalley up!」

 アイオワに言われ、雪風達はさっそく楽譜と楽器を準備する。狭い部屋ではないが、ティンパニとピアノが場所を取っているので、人が密集しているように感じる。

 そんなことはおかまいなく、アイオワはピアノを鳴らす。

「準備OKネ。善吉、せっかくだから指揮を執ってヨ」

「あぁいいぜ」

 全員に目が届く場所まで離れ、近くにあった椅子の上に立つ。六人の艦娘が楽器を携え集まっている姿は善吉に密かな充足感をもたらす。

「俺の指揮はそこまで気にしなくていいから、自分の思うようにやってくれ。初めて合わせるんだ、ミスはもちろんあるだろう。でもそこまで気にすんな。特に秋津洲。お前のリズムがみんなの基準になる、ってのも真だが、みんなのリズムがお前の音になるってのも真だ。周りをよく見ろよ」

「わ、分かったかも!」

「よし、いくぜ。3、2、1!」

 最初はティンパニとピアノが曲を形作り、それに金管楽器達が色を付ける。演奏の始まりはごく自然で、完璧に近いものだった。

 しかし、徐々にほんの僅か、小さな違和感が生まれていく。

(やっぱり無理かもぉぉぉぉ!)

 ティンパニのリズムは楽譜上では合っていたが、演奏上では小さな歪みを生み始めていた。その歪みが他の楽器にも広がっていく。

(みんな――ごめんなさい!)

 演奏を止めそうになった秋津洲に、善吉が視線で何かのサインを送ったのが見えた。

 顎を小さく動かし、そちらを見ろと言う風にウインクをする。秋津洲は善吉が指す方向に眼を向けた。

 そこには、精一杯に演奏をする雪風達の姿が映った。四人とも自分の演奏に集中しきっているのが見てわかる。同時に、四人はとても楽しそうに、感動を振りまくように演奏していた。肩を揺らし、時折口角が上がり小さく笑っているのが見えた。その姿はまるで踊っているようで、自然と秋津洲もその踊りのリズムに乗せられているのが分かった。

 秋津洲が強く音を響かせれば、彼女達もそれに合わせて強く肩を揺らす。

 少し大人しい演奏になれば、こちらを引っ張り励ますような音色を響かせる。

 演奏の中で会話が繰り広げられているようで、気づけば秋津洲も笑顔を浮かべ、演奏をしていた。

 楽譜上では合ってないかも知れない。

 それでも、聴くものを揺さぶる、そんな演奏が続いた。

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