三日目の終わり、夕食の雰囲気は今までで一番良い物になった。
昨日と変わらず武蔵と長門は姿を見せることはなかったが。
「秋津洲さん、このお寿司美味しいですね!」
「その通りかも! 美味しいかも!」
「これが噂に聞いていたスーシー……Delicious!」
「アイオワ食べるのはっやーい」
特に金管楽器パートとその他パートの親密度の上がり方が凄い。
秋津洲とアイオワを中心にして駆逐艦達が集まる様子は、親に話を聞いてもらいたがる子供たちのようで面白い。
「インディーズがメジャーになった気分だぜ」
「何言ってんの善吉」
時津風は雪風が取られて暇なのか、善吉の一言一言に突っかかっていた。
天津風も輪に入りたいがそこまで親しくないので、もじもじと腰をくねらすばかり。
秋月も妹達を取られたのがショックなのか、見当違いに大和と陸奥にすり寄る。
「秋月さん、どうしましたか?」
「いえ、何でもないんです。秋月は大丈夫です……」
「それ榛名の口癖よ。しかもだいたい大丈夫じゃない時に言うやつ」
二人は優しく秋月を慰め始めた。
そんな三人を眺める善吉をジッと眺める時津風。
善吉が何か言うのを待っている様子だ。
「……みんな今日もお疲れ様。だいぶ纏まってきた気がするぜ」
「纏まってないところもあるけどね」
時津風のツッコミに大和と陸奥がギクリとした。
時津風は弦楽器組を指して言ったわけではないのだが、それも真実なのでどうしようもない。
「ま、まぁみんなよくできてる。これなら明後日の合同練習にも間に合うだろう」
「そうかなー」
「おい時津風、お前暇だろ」
「うん暇」
「俺の部屋の冷蔵庫の中に極上ミルクのやわらかマシュマロアイスがあるから、取ってきて食べてもいいぞ」
「やっほーーーい」
善吉が鍵を空高く放り投げ、宙を舞う鍵に一直線に時津風が飛びつく。
ボールに飛びつく犬のようだが、持ち主の元に帰ってくることはなく、騒がしい足音を残しそのまま走り去っていった。
「――話を戻そう。明後日の練習に間に合うような、みんな頑張ってくれ」
「それだけでいいんですか?」
「あぁ……」
雪風の疑問に力なく頷く。時津風を追いやるのに精一杯で、話そうとしたことを忘れてしまった。というか、あったのかも怪しい。時津風を他所にやりたいがために、貴重なアイスを犠牲にしてしまった後悔が善吉を襲ったが、気にするのはやめた。
「ゼンキチはお疲れネー」
両手に少女を侍らす金髪女性に労われて取れる疲労は無く、手を振り返して反応を示すのみだ。
ここ数日の善吉は、各パートを周り調律をし、また大嵐と連携を取り『艦隊楽戦』の進行を管理していた。
そこで独り言のように現在の状況を整理し始めた。その話に艦娘達はなんとなく耳を傾けた。
「金管組はだいたい完璧だよな。俺の調律がなくても十分演奏できるレベルになってる」
善吉の感想に雪風たちは小さくハイタッチをした。四人の結束はだいぶ固くなっているようだ。
「ピアノとティンパニも、金管と合わせられるほどレベルが高い。レベルっていうよりは協調性が高いっていうのが言い得てるかな。なんにせよ十分だ」
アイオワが隣に座る秋津洲の肩を組み、頬ずりをする。
秋津洲も少し嫌な顔をするが、もう慣れたのか、それとも案外嬉しいのか、受け入れている。今回一番成長したという確信がある秋津洲だ。
「あとは――弦楽器組か。個々のレベルはかなり高い。ソロコンサートでも開けば飯を食っていけるだろう。だけど今回はオーケストラだ。オーケストラに置いて一番重要な協調性が低い。というかない、のが約一名いる。お前たちパート練習全然できてないだろう」
「うぅ……すいません」
「というか俺武蔵と長門に今日会ってないんだが。ちゃんと練習してるんだろうな」
「してるわよ。技術的には問題ないし、センスもあるから合わせるのも問題ないだろうけど――精神的な面では難しいわね」
陸奥が苦笑いで応える一方で、大和は涙の膜を瞳に纏いうなだれている。
本来なら皆を引っ張っていかなくてはいけない立場にある自分たちが、皆の足を引っ張っているという現実と焦りは、大和にとって今まで感じたことのないものだった。
そんな姿を見せられてはそれ以上何も言えなかった。
「んで、次は私達かしら」
天津風が足を組みながら偉そうにふんぞり返る。自分に発言のタイミングが回ってきたことが嬉しいのだろうか、なぜかキラキラと輝いて見える。
そんな彼女に酷な現実を突きつけなくてはいけないことに、善吉は涙を飲んだ。
「木管楽器組は……ちょっと不味い。というかかなり? 弦楽器組と大して変わらないかもしれない」
「ちょっ! なんでよ!」
天津風が唸り声をあげ善吉に噛みつく。ちょうどその時、時津風がアイスを片手に帰ってきた。周囲に幸せそうな笑顔を振りまきながらこちらに向かってくる時津風に、善吉まで幸せになってくる。大和の膝の上でボーっとしている秋月は、どうやら涙目で俯く大和と視線のクロスカウンターを撃ちあっているようだ。ある種のにらめっこなのだろうか。そんなバラバラな三人を見て、善吉は改めて木管楽器組の問題を感じた。
「お前たちは技術的には平均、秋月は平均以下かもしれない。でも演奏できるレベルには達しているから安心しろ。ただ協調性というか……お前ら三人が合ってないのか知らんが、中々合わない。明日はお前たちを中心に練習を見るから、明日中になんとかするぞ」
「ほーい」
時津風の返事だけで、他の二人は黙して語らず。
秋月は先ほどのままで、天津風は呆然とした面持ちで座っている。
確かに天津風には自信を持つだけの演奏レベルがあるが、三人に言えることでもあるけれど、マイペースな部分が強い。
秋月は誰かに付いて行くタイプのマイペースだが、天津風と時津風は自分の好きなように進むタイプだ。その三人が集まって一緒に何かをしようというのだから、このような結果になるのも分かる。
「俺が調律に入ると問題ないんだが……とりあえずパート練習最後の明日はお前らを中心に見るから、そのつもりで」
善吉は表情を堅くして天津風に頷く。
重苦しい雰囲気を押し付けている様子だが、内心ではそれほど心配してはいない。
それはある秘策を思いついていたからである。
その秘策を実行に移すにはもう一つの問題の解決が必須であり、結局はそこに行き着くのだから、それが無理ならばすべてが無理というわけだ。
「というわけで現状確認終了。明日も頑張ろうぜ!」
「「「おー!」」」
金管組とその他組が木管組に同調しその手を掲げた。
時津風だけが反応してくれた昨日とは比べ物にならない反応に、善吉の涙腺が思わず緩む。
しかしその一方で大和と陸奥の苦笑いが胸に刺さる。一刻も早く、長門とアイオワを和解させなくてはいけない。
幸いにもその算段が大まかにだが思いついていた。
だが心は計算で片付かない。
失敗した場合、このイベントそのものが中止になるかもしれない。
そんな責任の重さも十分感じている。
それでも、善吉にはこのイベントが成功する確信があった。
根拠のないそれにあえて根拠をつけるなら、今回の問題が『心』を軸としている点にあった。
金や利害、そういったものが問題の中心だったならばそこに答えはなく、あるのは勝利と敗北である。
しかし『心』ならば、分かり合える。
長門とアイオワ、あの二人ならばきっと見つけられるはずだ。『答え』を。
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「そうか、分かった」
備え付けられたベッドに寝そべり、天井を見つめる長門はどこか空虚な気がした。
「長門、本当に夕食いらなかったの?」
夕食の場で話された内容を、アイオワが雪風達と打ち解けたことを長門に伝えた陸奥は、心配そうに長門に尋ねる。
「あぁ、あまり気分ではなくてな。それに私が居ては邪魔になるだろう」
「邪魔だなんて」
自虐的に笑う長門に、陸奥はどうしようもない失望を感じた。
しかしうっすらと長門に表情に浮き上がる悔恨の色を見逃せず、言葉を失った。
「今日も何度も考えたんだ。だがきっと、アイオワと向き合ったらまたこの黒い感情が浮き上がってしまうだろう。どうすればいいんだろうなぁ」
「長門……」
「いざとなったら私が艦隊から抜けよう。それなら全てが解決するだろう」
「それはダメよ!」
「……何故だ?」
隣に腰掛ける陸奥に視線を移した。
その視線は陸奥を責めるものでは無く、ただ純粋に救いを求めるような、そんな眼だった。
「――日本を代表する戦艦であるあなたが、長門型戦艦のネームシップであるあなたがいないなんて、そんなのダメよ」
最後はおどけるように陸奥ははにかんだ。その痛々しい作り笑いが余計に長門の胸を抉る。
そうだ、逃げてはいけないと、長門自身もよく理解している。
逃げようとした自分のひ弱さに反吐が出そうだった。
「もう少し、考えてみる。『答え』を」
それがあると信じて。
今日はこの後もう一本です。