四日目の朝、木管組の練習部屋では善吉と時津風達三人が楽譜とにらめっこをしていた。
「私達の何が問題なのよ」
「それは昨日説明しただろ」
「やっぱり秋月が皆さんの足を引っ張って……うっ……お腹が痛い」
「善吉が秋月イジメたー。先生に言ってやろー」
「先生って誰だ。俺が一応責任者に当たるんだが」
朝から騒がしい三人に善吉は辟易する。善吉の脳の内では、この三人は合わないと思われていたが、存外、演奏を除けばとても仲が良いようだ。
「いいから、さっさと楽器構える。秋月、上手くやろうとするな。二人に合わせるようにだ」
「了解です」
善吉がハーモニカで三人の演奏を調律すると、それは傍から見れば全く問題がない演奏に見えた。
というか、うまい具合に互いの個性が出ている。
天津風の澄んで爽やかな風のようなフルートに、時津風の空を飛ぶようなピッコロの音、多彩な音色で臨機応変に二人の演奏に応える秋月のクラリネット。
ここまでは良かった。
しかし、善吉が頃合いを見て調律を止めると、途端に演奏がばらける。
天津風のフルートは一人でどこかへ飛び去る風になり、時津風のピッコロも一人でぴょんぴょこ飛び跳ねている。秋月に至ってはそんな二人を見失い楽譜をガン見である。リズムという概念が死滅していた。
「おーけい、ストップだ」
「え、なんで?」
「なんで、じゃない天津風。お前ら二人、自分の演奏めちゃくちゃ楽しいだろ」
「うん」
「もちろんよ」
時津風と天津風は当然のように頷く。大自然の理に文句でも付けた気分になる。
「じゃあ秋月は? どうだ?」
「――辛い」
秋月は疲れた顔で返答する。ついに敬語まで亡くしてしまった姿が痛々しい。
「お前たち二人が好き勝手するから秋月が付いていけなくなるんだ。俺が調律に入ってた時は問題なかったのにどうして……」
「善吉がハーモニカずっと吹いてればいいんじゃないの?」
「アホか。俺は指揮者だぞ、本番は俺の手にはハーモニカじゃなくて指揮棒が握られてるの!」
「ほら、あの口に固定する器具あるじゃない。あれ付けなさいよ」
「無茶ぶりするな。お前ら全員の演奏見ながら首ガタガタ動かせるか!」
「いっそ録音した音楽を流せば良い。アイドルだってやってる」
「秋月は少し休もう。敬語を取り戻すまで喋らなくていいから」
溜息混じりに頭を掻く。
しかし実際、時津風達の演奏は上手くいけば魅力的だ。
その上手くいくためには調律が必要である。
これはたぶんあと数日で改善できるなにかではない。
「とりあえず、俺が調律に入った時と同じ状態を続けられるように頑張ろう。その前に……小休憩だ。俺は少し別のところ行ってすぐ帰ってくるから」
善吉は三人に手を振り部屋を出て行った。
数秒の沈黙の後、三人は一斉に床に倒れ込む。そのままゴロゴロと転がりながら疲れを地面にこすりつける。その姿はまるでマーキング中の犬のようだ。
「疲れたねー」
「はい、疲れました」
時津風に敬語を取り戻した秋月が応えた。敬語がある秋月に安心感を持った天津風と、敬語無い方が面白いのではと思う時津風だった。
「どうなるんですかね、オーケストラ」
「さぁね、長門さん次第じゃない? 善吉もなんか考えてるだろうし、なんとかなるわよ」
「え、善吉なんか考えてんの? 行き当たりばったりかと思ってた」
時津風の厳しい言葉に天津風は溜息をつく。
時津風は仲が良くなるにつれて口が悪くなる傾向があるのだが、短期間でここまで懐いたのは雪風等の姉妹艦以外では初めてだと思う。
「善吉は色々考えているように見えるわ。それに人を惹きつける魅力というか、そういう雰囲気があるし、きっと纏まるわよ」
「だといいんですが……」
秋月の顔は変わらず苦しい。秋月は長門のことより、自分のことが頭でいっぱいだった。自分の技量が足を引っ張っているという懸念が秋月の心に生まれていたのだ。実際にはそんなことはなく、周囲に合わせるという面においては、メンバーの中でも上位に入る。だが自分を表現するということは苦手であり、個性の塊のような二人に挟まれると本人にはその部分が酷い汚点のように見えるのだ。
「もっと楽しい話しようよー」
「楽しい話、ですか?」
「そうねぇ……。久しぶりに島風に会ったけど、他の姉妹艦にも会いたいわね」
天津風の言葉に時津風が飛びつく。
「そうだね! あたしも陽炎姉さんとか不知火姉さんに会いたいなぁ」
「私は朧さんや翔鶴さん、瑞鶴さんに会いたいですね」
「鎮守府が離れると中々連絡取れないものね。陽炎型なんて数が多いから全姉妹が顔合わせるのなんて年に一回あれば良い方だもの」
「私達はまだ三隻しかいませんし、今は同じ鎮守府ですから毎日顔を合わせてますけど、いつか別れることがあるかもしれませんね」
「秋月型なんて唯一の防空駆逐艦なんだから、引っ張りだこになるわよ」
「やっぱりそうなんですかね……。はぁぁ」
艦娘としての雑談が賑わっていると、扉がギギィと開かれる。
「やばっ、善吉帰ってきた!」
サボっているところを見つかった子供のように、慌てて楽譜の前に座る。
扉の外からは善吉と、もう一人長身の女性が入ってきた。
女性はブロンドヘアーに碧眼、傲慢なようで暖かい笑みを浮かべていた。
「ハァーイ☆」
つまり、アイオワだった。
「ちょっとアイオワに手伝ってもらう」
「ヨロシクデース」
「え、うん。ヨロシク」
善吉の唐突な提案に返事が出来たのは時津風だけだった。