艦隊楽戦~善吉ハーモニー~   作:宵闇@ねこまんま

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1日目ー出立ー

 眩しい夏日がコンクリートを白く照らし、そよ風が頬を気持ちよく撫でる。

 そんな何と言わずいい天気な日に、人吉善吉は箱庭学園の校門にて、迎えの車を待っていた。

 学園が指定するワイシャツの袖をめくり、伊達眼鏡が胸ポケットに掛けられ輝いてる。赤縁のそれは善吉が生徒会長に任命されてからの相棒であった。今では箱庭学園の生徒たちに善吉のトレードマークとして認知されている。

 善吉の手には、資料が数枚挟まれたクリアファイルが握られている。その一枚を抜き取り、善吉は訝し気に眺める。

「艦娘、ねぇ。テレビやニュースでたまに見たことあるが、まさかこの目で見られるとはねぇ」

 資料には、艦娘の名前や艦としての番号?が書かれており、どこの鎮守府に所属しているか、ということまで事細かに書かれている。

「カッ! まさかオーケストラの指揮者をやってくれ、とはね。ど素人の俺に頼むとは、めだかちゃんもおかしなことをするぜ」

 さも不本意のように口を尖らせるが、善吉はめだかから仕事を受けた次の日から、めだかの兄であり、善吉のトレーナーの黒神真黒に教えを請い、厳しい指導を受け、ある程度のオーケストラを指揮する技術をその身に叩きこんでいた。具体的に言えば全楽器に対する平均以上の知識と演奏技術、そしてそれを指揮する技術だ。

 まさかたった数日で、と思われるが、真黒は『魔法使い』と呼ばれたほどの名トレーナーであり、猫を一晩で虎にするとも言われる。しかし、それ相応にハード、というより一般人が行えば廃人になりかねないほどの練習量を伴う。その常人には果たせない練習量も、前述した善吉の忍耐力と集中力をもってすればこそだ。

「指揮する練習だけはそんなに苦じゃなかったけど。安心院さんの言う通り、やっぱ誰かを支える役割ってのが性に合ってるんかね」

 そんなことを言っていると、善吉の前に黒塗りのリムジンが止まった。リムジンだというにも関わらず、中に乗っているのはたった一人だけの様子だ。窓が開き、運転席から一人の青年が顔を出す。

「やぁやぁこんにちは。人吉君で間違いないですか?」

「えぇ、そうっすけど。お兄さんは?」

 青年は善吉より歳が少し上に見え、端正な顔立ちをしていた。その端正な顔立ちに良く似合う爽やかな声で善吉の質問に答える。

「僕は今回のオーケストラの練習場所を管理する管理人、また今回のイベント『艦隊楽戦』の進行管理を任されています、大嵐頼卯です。ライさんと呼んでください。どうぞよろしくお願いします。練習場所兼合宿所までお連れします」

 大嵐はニコニコと笑顔を善吉に向け、扉を開いた。

「どうぞ、乗ってください」

「はい、よろしくお願いします。ライさん」

 善吉も笑顔を返し、リムジンに乗り込んだ。車内は善吉と頼卯の二人きりだ。運転席と助手席に二人が座るが、後ろには10人以上が座れるほどのスペースが空いている。

「今回のオーケストラは、あなたが指揮者、艦娘が演奏者として参加されるんですよね」

「ええ、まぁ。艦娘って言っても、会うのは初めてだし、その存在も半信半疑だったんですけどね」

 善吉は手元のファイルから資料をもう一枚取り出した。それには艦娘という存在についての説明が書かれていた。それを善吉は頼卯にも聞こえるように声に出して読む。

「『艦娘』とは、大戦時の軍艦の魂を引き継ぐ少女たちの総称である。皆、魂の元となる軍艦と同じ名前を持ち、記憶を持つ。また、彼女たちと同時期に日本周辺の海域に現れたのが『深海凄艦』と呼ばれる怪物。その怪物を倒す唯一の手段が、『艦娘』たちである。『深海凄艦』によって閉ざされた海域や海洋ルートを切り開くために『艦娘』は戦う。彼女たちは海軍直轄の鎮守府と呼ばれる施設で過ごし、日々、深海凄艦と戦い続けている――らしいですよ」

 善吉の苦笑いに、大嵐も苦笑を返す。

「俺も今までありえないような経験ばかりしてきたから、こう言っちゃうのは少し複雑な気持ちなんですけど、少しファンタジーが過ぎますよ」

「あはは、そうですね。……でも、それは現実なんですよ」

 大嵐の横顔に目が惹かれる。それは悲しさと怒りを混ぜ合わせた真剣な表情だった。

「……なんかあったんですか?」

「まぁ、少し。僕――の知り合いの村が、その深海凄艦に襲われて、壊滅したんです」

「壊滅……?」

「そう。一人を残して、村人はみんな殺されてね。その後、艦娘が現れて応戦してくれたんだけど、時すでに遅し、ってやつ」

 あははと笑う大嵐を、苦しい強がりが全身を包んでいた。善吉は何かを察したように、口を閉ざす。

「でも今回はすごく平和な仕事なんで、戦場を歩き回ってる艦娘の皆さんも喜んでるんじゃないですかね。少なくとも命の危険はない」

「……そうですね」

 これ以上話を掘り下げることもないと善吉は判断し、窓の外に目をやった。

 空調の効いた車内と窓から伝わる外の熱気の間に身体を寄せる。その境界はとても具合がよく善吉をゆっくりと眠りに追いやった。

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