「アイオワに少しばかし手伝ってもらうことにした」
「え、あたし達も雪風達みたいにするってこと?」
時津風の問いに天津風は首を傾げる。
あの練習は秋津洲にリズム感覚を教えるという目的で行ったのだと、善吉が練習の合間に零していた。
その考えに則るのなら、今の天津風達にはそのような練習は不要である。リズム感という問題も勿論あるが、それ以前の問題である。
乱れた音色と失われたリズム、協調性という名の宝。
この問題を解決しうる要因があるとすれば、善吉のような――調律。
「お前たちのための練習というよりは、アイオワのための練習だ。それも『秘密の特訓』ってやつだぜ」
疑問は消えることなく、むしろ増えていく。しかし善吉の次の行動により、天津風にはうっすらとした概要が見えてきた。
「それは……ハーモニカ?」
「そう、ハーモニカだ」
にししと歯を見せる善吉に怪訝な顔を浮かべたのは時津風だ。
「まさか善吉――」
「ふふふ、ついに気付いたか。時津風は察しがいいな。そう、そのまさか――」
「善吉が口付けたハーモニカを吹かせて快感を得るつもり!?」
「そのまさかではない」
断固とした拒否を突きつけるが、時津風は変わらず汚物を見るような顔で善吉から一歩また一歩距離を取った。
その表情に善吉が深いダメージを負っている一方で、アイオワは複雑な表情だ。
それもそのはず。
善吉の述べた『秘密の特訓』というのを、当の本人であるアイオワも今しがた聞いたばかりだったのだ。
そしてその計画は、なんというか、無謀にも近い計画というか、いや計画自体は無謀ではなかった。
理論上では可能だと思うし、アイオワにもそれが至上の計画に思えた。
しかしそれは言わば机上の空論。
世の中に存在する合理を煮詰めて固めた世界を作れば、必ず成功するだろう。
だが合理という言葉と理想という言葉は終着点が異なる。
前者は不自然な平等、あるいは悪平等。後者は――わからない。
そんなものがあるとすれば、きっとそこにたどり着ければ、そんな風にアイオワは思う。
善吉は合理的に理想を目指している。
矛盾しているような方法は一手でも間違えれば崩れる。
そんな道を進んでいるようだ。
ならば、それについて行こう。
アイオワは善吉の足ならばその理想に辿り着ける。
そんな気がしたから、計画に乗ったのだ。
「安心しろ。これはスペアのハーモニカだから。……あれ、こっちだっけ」
別のポケットからもう一つハーモニカを出すものだから、鬼の首を取ったように時津風は騒ぎ出す。
「ほーら、そうやって自分でも分からないなー的な雰囲気で流すつもりでしょ! 引くわードン引きだわー」
「クソっ。分かったよ、ライさんに新しいハーモニカあるか聞いてくるから」
「そうやって新しいのもらったフリして――」
「どんだけ疑心暗鬼なんだよ! そんなに俺って信頼ないのか!? もういいから、時津風お前もついてこい。証人になれば文句はないだろ」
「それならいいけどさ。途中でアイス買って」
「それが狙いだろお前……」
口が付いてても構わない、とアイオワが言う前に、善吉と時津風は部屋を出て行ってしまった。
残された秋月、天津風は曖昧に佇む。
二人とも時津風について行くべきだったと、タイミングを逃したことを後悔していた。
そんな二人の気持ちを察したのか、アイオワから二人に近づく。
「ヨロシクデース。アッキー、アマーツ」
「うん、よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
「アッキーはテル―とハツ―のお姉さんなんだよネ? アマーツはユッキーの妹なんでしたっけ」
「はい、妹がお世話になってます」
「私の場合、雪風のことはそんなに姉とは思ってないけど。相棒みたいなものよ」
姉妹の話になると途端に饒舌になるのは、艦娘皆同じのようだ。
「みんなとても良い子デース」
二人の表情が柔らかくなったことを確認したアイオワはホッと一息をつく。
そのまま二人は姉妹自慢に話が移っていった。アイオワはそれをニコニコとしながら聴く
たった一人のアメリカ艦だが、いつか出会うかもしれない姉妹艦たちを想い頬が緩む。
「それより『秘密の特訓』っていうのは何のことなの? 大方予想はついてるけれど」
「え、天津風さんすごい! 私まったく予想できません」
「……」
目を輝かせ天津風に尊敬の眼差しを向けるが、それに上手い返事ができない。
秋月のことを常識人の真面目さんだと思っていた天津風は、今回の作戦で秋月の世間知らずさというか、ポンコツなところがある事を知った。
逆に下の二人がしっかりしているということも知り、なんだか複雑な気持ちでいっぱいだ。
「Meもさっきゼンキチから聞いたばかりなんですケド、突拍子もないというか、Meにその大役が務まるのか心配です」
「で、その大役っていうのは?」
「それが――」
アイオワの口から語られた計画に、天津風は軽く頷きながらやはり驚きを隠せず、秋月は目を見開いて興奮を隠せなかった。
「――って感じなんだけど」
「すごい! すごいです!」
秋月の純真さに思わず目を逸らしたくなるアイオワだった。
「予想通り……だけれど、できるのかしら」
「ゼンキチは、できると言ってましたケド……」
アイオワ本人も不安が残っていることを感じ、天津風は慌ててフォローをいれる。
「アイオワの技術的には問題ないと思うわ。善吉もいるわけだしね。だけれど、他の皆が着いて行けるかとか、時間の問題とかあるじゃない」
「そうデスネ……やってみないと分からない、デスネ!」
不安を吹き飛ばすような笑顔見せ、暗くなりかけていた雰囲気を明るくする。
「おーい、待たせたな。ほら、新品のやつだ」
善吉と時津風が部屋に帰ってくる。善吉の手にはハーモニカのケースが、時津風の手にはソフトクリームが握られていた。ペロリとソフトクリームに舌鼓を打つ時津風の表情は至福に包まれている。
アイオワに手渡されたハーモニカは白銀の輝きを持ち、金属特有の冷たさに、熱がじわじわと奪われていく。
ハーモニカが徐々にアイオワの手に馴染んでいくようで、その感触をじっくりと確かめる。
「時津風はさっさとアイス食え。食ったら特訓はじめんぞ」
善吉がアイオワにこそこそと何かを耳打ちし、アイオワもそれにコクコクと頷く。
「内緒話って好きじゃないなー」
「あんたホントに……まぁいいわ」
ジト目を二人に向ける時津風を見た天津風は、もはや呆れの境地に達し、何も言わず楽器を手に取った。
「秋月もアイス食べたかったです」
「お昼食べたらたかろうよ。なんでも買ってくれるよ」
「それはさすがに……」
実際には全て黒神グループからの配給の内なので、お金はかかってないのだが。そんなことは知らず、時津風は黒い笑みを浮かべている。
「――っていうのを意識してみてくれ。最初は俺も一緒にやるから」
「OKデース。やってみるわ」
二人の話が終わったとほぼ時を同じくして、時津風もアイスを食べ終わる。
三人が楽器を構え、それに対面する形でアイオワと善吉がハーモニカを構え並ぶ。
「お前たちはさっきと変わらず演奏してくれ。アイオワ、俺に合わせることも重要だが、俺のやってることを理解するようにも頑張ってくれ」
善吉の髪が黒く染まり、放つ雰囲気が鋭いものになる。
「3、2、1、ドン!」
『秘密の特訓』が今、始まった。