四日目の夕食時、今までみんなを引っ張っていた善吉は非常に疲れた顔で天井を仰いでいる。
木管組とアイオワも同じだ。そんな五人の疲れた表情に他の艦娘達は首を傾げていた。
首を傾げている艦娘の中には長門も武蔵も入っていた。二人は和解したとは言えないが、少なくとも顔を突き合わせても険悪な雰囲気になることはないようだ。
「善吉達酷い顔してるかも。今日何やってたの?」
「……特訓」
「は? 意味分かんないかも」
秋津洲の疑問は消えることなく、ただなんとなく自分の皿に乗っている出汁巻卵をアイオワの皿に移し、頭をポンポンと撫でる。
「今すっごい元気でたネ! さすがMeのアキーツだネ!」
「急に抱き付かないで欲しいかも。あとアイオワさんのものになった覚えはないかも」
善吉も疲れた表情に喝を入れ、周囲を見渡す。
「……明日から全体練習に入る。個人練習、パート練習はもう完璧だと思う。あとは残りの三日間を使ってオーケストラに仕上げる」
本当は、完璧と言えるか微妙な部分もあるがこの場でそれを指摘しても良いことがない。残った課題は全体練習内で解決するしかない。
「それでは明日は九時にこの施設のホール集合で良いのか?」
長門からの質問に善吉は頷く。
「おう、話が早くて助かる。みんなここに来て四日目だし、この施設内の部屋はだいたい把握してると思うが、一階の奥に少し小さいがコンサートホールがある。明日から本番まではそこで練習する。各自楽器を持って九時に集合だ。ピアノとティンパニはライさん達が運んでくれるそうだから安心してくれ」
「Thank youデース」
「……まぁ、明日はピアノ使うか分からんが」
善吉がアイオワに目配せをする。
それを見たアイオワは力なく頷く。
そんな二人を見た秋津洲は訝し気にアイオワに詰め寄った。
しかしアイオワはそれに応えることなく、小さく「ソーリー」と返すだけだ。
アイオワから秋津洲にそのような態度をとるのは初めてで、秋津洲は拗ねたように頬を膨らました。
「そんなにむくれるなよ秋津洲。今はまだ言うタイミングじゃないってだけだ」
善吉のフォローで少しは機嫌を直したのか、アイオワに向き合う秋津洲。
「話すときは、アイオワさんの口から聞きたいかも」
「Off course! Promise――ヤクソク、しマス」
アイオワのいつになく真剣な瞳に、秋津洲は頷く。
「まぁまぁ秋津洲―。別に怪しいことしてるわけじゃないんだって。善吉がアイオワさんにちょ――」
「時津風! 空気読みなさいよ!」
天津風に詰め寄られ、降参のポーズを取り口をつぐむ時津風。
そんな二人を見て、他の艦娘は呆れ笑いを漏らした。
「さぁ、飯を食ったら部屋に戻って明日に備えてくれ」
善吉の締めの言葉を皮切りに、部屋に帰るものは帰り、残って雑談に興じる者に分かれた。
今日は珍しく陽炎型、秋月型で分かれず、木管組と金管組に分かれていた。
それぞれ今日の練習で思うことがあるのか、自主的な反省会のような形になっていた。
善吉も食事が一段落し、部屋に戻ろうかという時、アイオワが隣にやってきて、耳打ちをする。
「ゼンキチ。もう少し練習しませんカ?」
「いや今日はやめておこう。一回寝たら頭が整理されることもある。やるなら――明日の朝だな」
「そうですカ……」
「明日の朝、六時でどうだ? 場所は地下の防音室だ」
「Yes。明日の合同練習は、どうするつもりデスカ?」
「できればピアノでやってみたいが、たぶん間に合わないと思う。その場合は、今日と同じく、だな」
「I know。それじゃまた明日」
アイオワはスタスタと廊下を歩く。
それに秋津洲が慌てて付いて行く様子が見えた。
善吉は肩の力を抜く様に深呼吸をした。それから天井を仰ぎ見て、目を閉じる。
明日が勝負。そんな気がしてならない。意識が落ちてしまう前に目を開く。すると逆さまに時津風の顔が映った。
「疲れてんの?」
「まぁ、な」
「肩揉んであげよっか?」
「カッカッカッカ。気持ちだけで十分だ。ありがとな」
「うん」
それだけ言うと、時津風は熱心に話している秋月と天津風のもとに小走りに駆けて行った。かと思うと、ターンしてまた戻ってきた。
「どうかしたか?」
「がんばってねー」
そう言って、小さな手で善吉の頭を撫で、再び駆けて行った。
その様子が、まるで仕事帰りの父親を気遣う娘のようで、善吉は可笑しそうに一人でクックックと笑いを噛み殺した。
それから少しして、ゆっくりと部屋に向かう。
「頑張る、か」
その言葉は、善吉が凡人である自分にとって大切な言葉だと思っている物のひとつだ。
とりあえず、頑張る。
頑張れ、と言われれば、なおの事、頑張らなくてはいけない。
パンと頬を叩き、気合を入れなおした。