「うーん……」
善吉は頭を悩ませていた。
一向にオーケストラの演奏が纏まらない。善吉の調律が消えてから少しの間は何も問題がないのだが、しばらくするとアイオワの演奏が突然止まったり、または調律がずれる。
他の艦娘もそれに気づき始めたのか、少し怪訝な顔をしている。
長門を除いて、だが。
「アイオワさん、調子がわるいのかも?」
「大丈夫か?」
秋津洲と善吉はアイオワに歩み寄るが、アイオワは弱々しく首を横に振るだけだ。
「No problem……sorry、善吉、せっかく練習たくさんしたのに……」
「いや、技術的には問題ないように思えたし、思ったからこそ今日のこの練習のつもりだったんだが……。他に問題があるんじゃないのか?」
「アイオワさんいっつもおへそ出してるし、お腹壊してるんじゃないの?」
時津風が茶化して天津風に叱られている。
しかし、その冗談にもアイオワは苦しい表情を変えなかった。
「秘密の特訓、というやつの疲労が抜けていないんじゃないのか?」
「そうですね、少し休めば良くなると思います!」
初月と照月がフォローすると、他の艦娘たちも次々とアイオワに慰めや労いの言葉を送りはじめた。
「善吉が秘密の特訓(意味深)でアイオワさんを苛めたからじゃないのぉ?」
「時津風って実は俺の事嫌いだったりする?」
「ソンナコトナイヨー」
皆が口々に言葉を発する中、やはり長門は沈黙を崩さなかった。
そんな長門に、アイオワが言葉を投げかける。
「ナガートは、どう思いますカ?」
その言葉は、オーケストラの喧騒を一瞬で鎮めた。
そして全員が、長門の言葉を、待った。
「――まだ二日残っている。焦らなくてもいいんじゃないか」
その言葉にほとんど全員が胸の内で安堵した。
叱責の言葉でも飛ぼうものなら、雰囲気は最悪になっただろう。
だから、安堵した。
ただ一人、アイオワを除いて。
「Meが欲しいのはそんな上っ面な言葉じゃない!」
それは、八つ当たりに近いものだったかもしれない。
実際、他の艦娘からはそう見えていた。
今日の長門は、初日に見せていた敵意を潜め、自身を律していた。
だから、アイオワの怒声は混乱を招いた。
それでも、アイオワの溢れだした言葉は留まることをしらない。
「ナガート、この前までのYouはMeに攻撃的だった。嫌っていた、避けていた、疎んでいた! それでも、それならまだ耐えることができた!」
「……お前が何を言っているのか分からない。私なりに、現状それに向き合って対処しているつもりだが」
「今のその態度が向き合っている? フザケルナッ!」
「アイオワさん……」
秋津洲が宥めようとしたが、善吉がそれを止めた。
「今のYouの態度が、Meには我慢ならない! そんなの、『Meを居ない物』として扱っているだけだ! それならまだ、嫌われているほうがマシだ!」
「…………」
アイオワの怒声にも、長門は何一つ反応を示さない。
その様子を見て、周囲の艦娘もうっすらと気付き始める。
長門はアイオワに対する敵意を『潜めている』わけでも、『我慢している』わけでもない。『無視をしている』だけ、見ていないだけなのだ。
「Meは『ここにいる』! 言いたいことがあるなら、言って! いや、言え!」
今にも噛みつきそうな勢いのアイオワに、長門の隣に立つ陸奥が前に出ようとしたが、長門がそれを制した。
そして、その眼を再び閉じ、次に開かれたその眼には、以前のような、初日に見せた憎悪と敵意が浮かび上がっている。
「ならば、言ってやろう。はっきりとな。貴様は『ここにいる』と言ったが、ならば問う!」
「おい、長門!」
「武蔵は黙っていろ」
「っ!」
ギロリと鋭く光る眼が武蔵の言葉を止めた。
「貴様はなぜ生まれた。なんのために戦う。なにを護っているつもりだ。貴様、いや貴様らは奪う側だったはずだ! この国に、貴様の居場所なぞない!」
長門の声が、ホールによく響く。
響いた声は、その場にいたもの全員の胸に、痛い程刺さった。
アイオワも、誰も言葉を返せず、動くこともできなかった。
たった一人、秋津洲だけがアイオワの手を取り、ホールの出口に向けて走った。
アイオワは呆然とした様子で、手を引かれるままについて行く。
ホールの扉を乱暴に開き、最後に秋津洲は長門をキッと睨んだ。
その目尻には、小さな涙の粒が見えた。
そのまま何も言わず、二人はどこかに消えた。
「……やったな」
武蔵が長門の襟首を掴み、眼前に引き寄せる。
「あれほど、私は言ったよな。長門よ」
力強く握られた武蔵の拳を、大和が優しく抑えた。
「武蔵、長門さんも苦しんでるし、長門さんだけを責めることはできないわ。結局、こうなるしかなかったのよ」
「――くそっ」
武蔵は弓を投げ捨て、ホールの出口に向かう。
「ちょっと、武蔵」
「……そんな顔するくらいなら、言うな」
ぼそりと呟き、武蔵と大和も姿を消した。
長門は、自分がどんな顔をしているのか想像することもできなかった。
ただ、胸の内に罪悪感のような、後悔のような、暗い暗い感情ばかりが渦巻いている。
「――すまない」
善吉にそれだけ言い残し、長門もホールから出て行った。残された陸奥と木管組、金管組は長門に何も言うことができなかった。
善吉は大きく息を吐き出し、背伸びをする。
「善吉ぃ。どうすんの? というか、これもう終わりじゃないの?」
時津風が呑気そうに言うが、その言葉の影に子供特有の、強がりに隠れた不安が垣間見えた。
「まぁ……『これでいい』」
「はぁ?」
「陸奥、頼みたいことがある。今日の全体練習はここまでだ。また明日、今日と同じ時間に集合で頼む。それまでは昨日までと同じく自主練でもしといてくれ」
「いやいや、明日も練習するつもりなの?」
呆れ顔の時津風に、善吉が軽く笑った。
「当たり前だ。長門は『二日も』と言っていたが、『二日しか』の間違いだ。明日からはさらに厳しくいくぞ」
「いやいやいやいや、長門さんとアイオワさんはどうするの? 今の状態じゃ演奏も何もないじゃん」
「おいおい、俺を誰だと思ってやがる。問題、喧嘩、事件、ありとあらゆる修羅場が日常の箱庭学園で一年間生徒会長を務めた男だぞ。こんな問題、俺にとっては可愛いもんだぜ。むしろ人死にが出ないことが分かってるぶんやり易いぜ」
「はぁ?」
「要は、もう手は考えてあるって話だ。いいから、任せろ」
善吉は陸奥に何かをこそこそと伝え、陸奥は頭に疑問符を浮かべながらも頷いた。
「さぁ、今晩が山場だ!」
善吉は力強く、拳を叩き合わせバチンと音を鳴らした。
善吉の瞳には、明確なビジョンが見えていた。