艦娘たちをホールに案内した後、大嵐が自室で書類整理をしていると、プライベート用のスマホからおどろおどろしい着メロが流れてきた。それは大嵐が苦手、もしくは敵視している人物に設定されているものだ。
表示された相手の名前を見て露骨に顔をしかめ、しかし無視するわけにもいかなかったので、渋々と電話に出た。
「お久しぶりですね、大嵐君。今回のお仕事はどうですか? 私が行きたかったんですけど、私は別件で忙しいので、あなたにその仕事を譲ったわけですが」
「あなたから連絡なんて、珍しいこともあるんですね。『兎洞武器子』さん。おかげさまで、艦娘の方々とも仲良くなれましたよ」
「それはそれは、羨ましい。私も艦娘の皆さんにお会いしたかったです」
「ふん、それで何か用ですか? こっちのスマホにかけてくるということは、艦娘関連の情報ですか? それとも新しい武器コレクションの自慢でしょうか」
「そんな邪険にしなくてもいいのでは? 艦娘好きの同士として悲しいですよ」
「僕とあなたでは好きのタイプが違うじゃないですか。僕は艦娘という『人間』に興味があり、あなたは艦娘という『武器』に興味がある。これは大きな違いですよ」
「そうですか? どちらも艦娘が好き、それでいいじゃないですか」
ケタケタとこちらの気を削ぐような笑い声がスピーカーから流れると、スマホをどこかに投げ捨てたくなる衝動に襲われる。それをグッとこらえ、話の続きを促した。
「えぇ、あなたの予想通り艦娘関連で新しいことが分かったので、その連絡です」
「話は短めにお願いします。僕も忙しいので」
「……では単刀直入に言いましょう。艦娘の誕生の瞬間というものは今まで多くが謎に包まれていました。その謎の一部が解明されました」
「誕生――確か、いつの間にか海に現れていたり、町に流れ着いたり、深海凄艦の死体から生まれるもの、でしたね」
「えぇ、その通り。それに追加して、今現在駆逐イ級等の等級付けされているもの以外の深海凄艦、例えば姫や鬼、もしくは新種の深海凄艦の死骸、それらからは高い確率で新しい艦娘が生まれる、というのが判明しました。しかも、この条件で生まれる艦娘は皆どこか、生まれる元となった深海凄艦と容姿が似通っているという情報もあります」
ガタリと音を立てて、大嵐は立ち上がった。
そして、壁に貼り付けた新聞に目をやる。
『防空凄姫』の姿が捉えられた写真に自然と目が止まった。
「それはつまり……深海凄艦と艦娘の間にある関わりの存在をより強いものにした、ということでしょうか」
「まぁそうなりますね。彼女達と深海凄艦達が何かしらの関わりがあることは以前から分かっていましたが、より一層確信に近づいた、というわけです」
「でも、それだけなら別に電話で伝えるような要件に思えないのですが」
「えぇ、それだけならしません。今回の研究を裏付ける前例として挙げられたものの中に、あなたの出身の島の話がありましてね。それで連絡をしました」
大嵐の背中に冷たい汗が流れる。
悪い予感が、大嵐を襲う。
「それはつまり……『防空凄姫』から、艦娘が生まれていた、ということですか?」
「えぇ。その艦娘の名前も発表されていましたよ」
黙れ。
「秋月型駆逐艦」
それ以上言うな。
「二番艦」
もういいから。
大嵐の無言の願いが聞き届けられることはなく、その名前は告げられる。
「『照月』という、艦娘です」
コンコンと。部屋の扉がノックされる。
「大嵐さーん、いますか? 照月です」
「姉さん、事前連絡もなしに失礼じゃないか? 大嵐さんにも仕事があるだろうし」
扉の向こう側から聞こえる声が、武器子の耳にも届いたのか、彼女は少し黙り込んで話を続けた。
「大嵐君、私はもしかしてマズいことを言っちゃったかな?」
彼女も、人に気を遣うなんてことができるのかと、真っ白になりかけた頭で自嘲する。
「それは……」
「艦娘に、艦だった頃の記憶はあるが、深海凄艦としての記憶は確認されていない。まさかとは思うが、君、余計なことをするんじゃないよ。今回の仕事も、譲った、なんて言ったが、実際君が強引に奪ったようなものだろう? もし失敗でもしたら、君のキャリアに傷がつくことは間違いがない。黒神グループには傷だらけのキャリアなんて奴、たくさんいるだろうけど、それは実力とコネがあったからで、実力だけの君には――」
「武器子さん、客が来たので切りますね。また近いうちに連絡すると思います」
「いいかい、忠告はしたからね」
武器子の言葉に返事することなく、大嵐は一方的に通話を切る。
一度大きく深呼吸をして、扉の前に立つ。
その先には、二人の気配が色濃く漂っている。
それは大嵐に肩を重く圧し掛かり、返事することを躊躇わせた。
彼女達と顔を合わせて、平常心を保てるだろうか。
照月のことを、『照月』として見れるだろうか。
あの写真に写った、おぞましい深海凄艦の表情が浮かぶ。
それは、誰かの顔によく似ている気がした。
「ほら、いないみたいだよ」
「そんなぁ、せっかく大嵐さんに演奏聴いて欲しかったのに。ホールじゃ本格的に練習始まる前に解散しちゃったし」
「仕方ないだろ。さぁ、部屋に戻ろう」
「二人共、僕はここにいるよ」
耐え切れず、大嵐は声をかけた。
「大嵐さん! よかったぁ」
扉越しに、彼女の眩しい笑顔が思い浮かぶ。しかし、扉を開けることはできない。
「どうしたんだい? 今日はホールで全体練習のはずだろ?」
「実は色々あって中止になっちゃって、午後からは自主練ってことになったんです」
「だから、大嵐さんに練習の成果を見てほしいと思って」
彼女達が自分の演奏に自信を持ち始めているということが、大嵐にとっては嬉しいことだった。
しかし、大嵐は首を縦に振ることができなかった。
「すみません、まだ仕事が残っているので、今日は無理です。でも、本番までに必ず、二人の演奏を聞くことを約束します」
「やったー! 約束ですよ!」
「それまでに、もっとうまくやれるように練習しないとだね」
「頑張ってね」
「「はい!」」
二人の気配が遠のいていく。それにホッと一息ついた。
それからやりかけの書類に目もくれず、ベッドに飛び込んだ。
目を閉じたら、悪い夢を見そうだったけれど、そうせずにはいられなかった。
意識を手放す直前、涼香の声が聞こえた気がした。