「長門、どうするの?」
陸奥の言葉に、長門は返事することができなかった。
何も考えることができず、ただ項垂れて虚空を見つめる。
部屋に戻ってから、かれこれ一時間はこのままだ。
目を一瞬でも離したら、長門が消えてしまいそうで、陸奥は長門から目を離すことができなかった。
長門を見つめながら、椅子に腰かけ頬杖をつく。
しかし、そんな不安定な状態がいつまでも続くわけもなく、陸奥はいつのまにか意識を失っていた。
「……ん」
カタリと小さな物音が陸奥の意識を再び覚醒させた。
窓からは月光が差し込み、時計の針は九時を指していた。
ハッと先ほどまで長門がいた位置に目をやるが、そこには誰もいない。
「長門っ!」
部屋を見渡し、長門の荷物を確認しホッと一息つく。
耳を澄ませば、シャワーの流れる音が聞こえてきた。
少しすると、濡れた髪をタオルで拭きながら、長門がシャワールームから出てきた。相変わらず表情は暗いが、その姿を見ただけでも陸奥は安心した。
「あぁ陸奥、起きたのか」
抑揚の低い声で長門が応える。おもむろに制服に着替え、荷物を纏め始めた。
「ちょうど良かった。起きなかったら置手紙を残していくつもりだったんだが、起きたなら直接言える」
「長門、あなた……」
「あぁ。私はこの島から出て行く。善吉や皆には悪いが、今回の任務から下りる」
長門は決意を固めた表情で頷いた。
「そんなのおかしいわよ」
「いや、私がいなければきっとうまくいくだろう。今日だって、私がいなければ――」
「それは……! そうだとしても……」
「いいんだ。私という艦娘は、そういう存在なんだと、今回の任務で常々感じた。今まで自分という存在に、ある種の誇りというものを感じていたが、実に矮小なものだと気付かされた」
長門の表情はひどく暗い。このまま長門を返してはいけない。
しかし、長門にかける言葉が見当たらない。ただ無言が部屋に満ちていった。
「じゃあ、行く。皆に、上手く言っておいてくれ」
長門が荷物を抱え、部屋を出て行こうとする。ドアノブに手をかけたところで、ようやく陸奥は想いを口にした。
「それが、長門の『答え』なの? それでいいの?」
ピタリと、長門の動きが止まる。ゆっくりと振り返り、悔しそうな笑みを浮かべる。それで、陸奥には長門の心情が垣間見えた。
『答え』は出した。
しかし、間違えていた。結果として、事態は最悪な状況に転がり落ちていった。
それが悔しくて、悲しくて、耐え難いのだ。
長門は再び陸奥に背を向けた。ドアノブに手をかけ、開こうとしたその時。
トントン、とドアがノックされた。長門は驚いた様子で、ドアから一歩遠のく。
「長門さん、陸奥さん、いますか?」
それは大和の声だった。
「――あぁ。丁度、島を出ようと思っていたところだ」
「!? ……間に合って良かったです。ちょっと来ていただけますか?」
陸奥は大和の声にホッとした。
よかった、間に合った、と。心の底から安堵した。
善吉からホールで耳打ちされていたのだ。
『夜、俺か誰かが長門とお前を呼びに行くから、それまで長門が島を出て行ったりしないように見ていてくれ』と。それが最後の希望だった。
それがなんの為なのかは言わなかったが、何か策があるのは確かだった。
それに賭ける他、陸奥にはなかった。
「いや、お前や武蔵には悪いが私はもうこの任務から――」
「待ってください」
長門の言葉を大和が遮る。扉越しに大和の優しい声が届く。
「長門さんなりの『答え』を、今朝見ました。それはある意味、間違いではなかったと、私は思います」
「いや間違いだった。そもそもこの問題に『答え』なんて……意味なんて」
「意味はありました。今まで、互いに平行線を貫いていた二人が、今朝、一瞬だけでも重なった。私はそう思います」
「重なった、だと? その結果、私はアイツを、アイオワや秋津洲を傷つけた。皆を困らせた。そんな結果になるなら、一生平行線でよかった!」
長門の怒声は、フロア中に響きそうな、力強い慟哭だった。
「ほんの少しのきっかけで、人は前に進めます。進んだり、戻ったり。そうやって、人は生きていくのだと思います。かつて軍艦だった私たちにとって、それは慣れないことでしょう。それでも今、こうやって話せる。だったら、最後には皆笑える。そういう結末があるはずです」
ドアは開かれ、そこには聖母のように優しい笑みを浮かべた大和がいた。大和は長門の手を取り、部屋の外に引っ張り出す。躓きかけた長門を、陸奥が支えた。
「さぁ、行きましょう」
大和は長門の手を引き先導する。陸奥もその後ろに続いた。
「いったいどこに連れて行くつもりだ」
「きっと別の答えが見えるはずです」
そして三人は無言のまま、エレベーターに乗り込む。
大和がボタンを押した。
行先は『B1F』。
地下一階である。