艦隊楽戦~善吉ハーモニー~   作:宵闇@ねこまんま

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5日目―『答え』と『こころ』―

「少しの間、何も言わずに耳を澄ましながら付いてきてください」

 大和は口に人差し指を当て、そろりそろりと先に進んでいった。

 長門と陸奥もそれに従い、ゆっくりと廊下を進んだ。

 廊下は長い直線で、天井には上の階と同じくシャンデリアが飾られているが、窓がない、もしくは地下という環境がそうさせるのか、どこか薄暗い雰囲気が漂っている。

 廊下にいくつかの部屋が並んでいるが、どれも人気は感じられない。倉庫のような扱いらしい。

 少しの間歩いていると、どこからか音楽が流れてきた。

 それは暗く、重く、ひどく心を揺さぶる音楽だ。

 徐々にその音の大元に近づく。

 廊下の行き止まりに辿り着いたと思えば、そこには分厚い扉が大和たちの前に立ちふさがっていた。その扉の脇には善吉が腕を組んで音色に聞き入っている。

「ぜんき――」

「シー」

 長門の呼び声を遮り、大和と同じく声を遮った。

 長門が訝し気に首を傾げていると、善吉は身振りで長門を近くに呼び寄せる。

 長門がそれに従い近づくと、扉がほんの少し開いていることに気づいた。

 その先から音色は流れてくる。

 それは酷く悲しい、『ピアノ』の音色だった。

 長門が驚いた顔を善吉に向けるが、善吉は気にせず、扉の隙間を指さす。

 長門は吸い込まれるように部屋を覗いた。

 部屋は薄暗く、壁は黒や青の暗い色を基調にしたもので、どうやらそれは音を吸収する働きがあるようだ。

 中央のライトがそんな部屋を照らしているものだから、部屋の隅にいくほどより暗い。

 そんな部屋の中心、ライトに照らされているピアノには、美しい女性が座っていた。

 その女性の表情には深い影が差している。

 しかし、そんな彼女が生み出している音色は、聴く人を魅了する、残酷なほどに美しい音色だった。

 部屋の中で、その音色に聴き入る人物が二人。

 一人は褐色の肌に銀縁の眼鏡をかけた女性、もう一人は今にも泣き出しそうなほど、彼女の音色に心を委ねている少女だ。

「武蔵……秋津洲……『アイオワ』」

 長門の呟きに、善吉は頷く。

「ここなら、誰の目も気にせず演奏できるって、俺が教えたんだ。それ以来、毎夜ここでアイツは演奏している。自分に圧し掛かってる重圧を吐き出すように。あいつはお前が思う程強くない。いや、お前と同じ一人の『艦娘』ってだけか」

 善吉はそう言うと、またアイオワの演奏に耳を傾けた。

 長門は部屋に入ることもできず、立ち退くこともできず、善吉と同じくアイオワの演奏を聴く他なかった。

 アイオワの演奏が一曲終わると、武蔵はアイオワに拍手を贈った。

 秋津洲は何も言うことがなく、悲しそうな表情のままだ。

「すばらしい演奏だ。深い海の底に沈んでいくような、心に染み込むような、素晴らしい音色だ」

「海の底、ですカ。Meは見たことがないですけどネ……」

「私はよく覚えている。身体が冷たくなり、視界が暗くなって、海上から差し込む光だけが熱を教えてくれる。でも、苦しくはなかった。ただ、悲しい程に美しい光景だった。お前の演奏とよく似ている」

「Meの演奏はそんな、大層なものではないデス」

 武蔵の言葉に、アイオワは自嘲的に笑う。

 しかし、秋津洲の悲しそうな眼を見るとすぐに後悔したように下唇を噛み締めた。

「現に、今日はダメでした。ナガートは、自分なりのけじめをつけていたのに、Meが耐えればよかったのに、ナガートも必死に耐えていたことは、痛い程分かっていたのに――」

「でも、アイオワさんは悪くない……かも。長門さんも、あの言い方は酷いけど……」

 秋津洲は伏し目がちに呟いた。

 確かに、アイオワは悪くないのかもしれない。

 しかし同様に、長門も悪くないと、秋津洲は思っていた。

 誰も悪くないのに、皆が傷ついている。

「実際、長門の質問に、私は答えることができませんデシタ」

「あのなぜ生まれたのか、とかいうやつか。あいつ自身も、そんなこと分かるわけないのに、ふざけた疑問だ」

「武蔵はstrongネ。でも、あの時答えられなかったのは、別に答えが分からなかったわけでも、ナガートに威圧されたわけでもないわ」

 悲しみに沈んでいたアイオワの瞳に、力強い意志が宿ったのを長門は見逃さなかった。

「あの質問はまさに、Meがずっと、それこそ艦娘として生まれてからずっと、毎日、一日中、今この瞬間でさえ、考えていること、そのものだったからネ」

 その言葉に、長門は驚きを隠せない。それは武蔵も同様だったようだ。

「それは……知らなかったな。お前にとってそれは、触れたくない、一種のタブーのようなものだと、勝手に思っていた」

「確かに、目を背けたい気持ちも分かりマス。でも背けたらきっと、Meはここにはいられない。考えて考えて考えて、いつも最後に出てくるのは答えなんて綺麗なものじゃなくて、自分でも呆れてしまいマス」

 アイオワは真剣に、自分と向き合っていた。

 それを知った長門は、自分でも気づかぬうちに唇を噛み締めていた。

「『なぜ生まれた』――分からない。『なぜ戦う』――分からない」

 きっとそれは、幾度となく繰り返された自問自答。

 それを今初めて、アイオワは口にした。

 口にした言葉は、重く、暗い。

 それでもアイオワは、決してくじけない。

「『なぜ護る』、これだけははっきりと答えることができマシタ」

 長門も、武蔵も、その場にいる全ての者がその答えに、アイオワの気持ちに耳を傾ける。

「目の前で傷つく人々を、私が護ることができるなら、それが誰であれ護らないという選択肢はありませんヨ」

 それは艦娘にとって、当たり前の感情であり、人として当たり前の気持ちだった。

「ナガートの気持ちもよく分かります。それでも、Meが生まれてきたことにはきっと意味がある。それを見つけるためにも、Meは戦うし、Meは皆を護りたい。ナガートとも――」

 バタンと、大きな音を立てて扉は開かれた。

 そこに立っていた女性は、長く美しい黒髪を波打たせ、見開かれた瞳はまっすぐにアイオワを見つめる。

「ナガート……」

 驚いた様子で言葉を失うアイオワに、長門はツカツカと歩み寄る。

 二人の距離が一メートル程まで縮まったところで、長門は立ち止まる。

 互いの視線が交差する。

 そこには今まであった憎しみや苛立ちは消え、初めて本当の意味で見つめあった瞬間だった。

「私は――」

 長門は漏れ出た言葉を一度飲み込み、大きく息を吸った。

 それから改めて、気持ちを伝える。

 『答え』ではない、『こころ』を。

 二人を繋げるものは、きっとそれだった。

「私はきっと、お前やお前の国に対するこの感情を、消すことはできない。いや、消してはいけないんだ。それでも、たとえ過去に傷つけあい、殺しあった間柄であっても、既にお前は刃を収め、仲間に手を差し伸べさえする。そんな相手に刃を向けるのは、日本艦として、人として、やってはいけないことだ。今まで、すまなかった」

 長門はアイオワに深く頭を下げる。アイオワはそんな長門の肩を強く抱きしめた。

「Meこそ、強がらずに、もっと早く本心で語り合えば良かったデス。だから、頭を上げて」

 二人は視線を交える。互いに逸らすことはない。

「ようやく、か」

 武蔵は呆れ半分、安堵半分といった笑顔を浮かべた。

「本当に……よかったかも。本当に……」

 秋津洲は涙をぬぐい、アイオワに抱き付く。

「秋津洲にも、心配をかけたな。すまなかっ――」

 ビクリと秋津洲は肩を震えさせ、アイオワの影に隠れる。その様子に長門はショックを隠しきれない。

「アハハハ、アキーツは人見知りネ」

「私にもなのか……」

 落ち込む長門に、アイオワの脇からひょこりと秋津洲が顔を見せる。

「長門さんが――だったら――かも」

「ん? すまないがよく聞こえなかった」

「長門さんが、アイオワさんと仲良くするんだったら、秋津洲も仲良くしたい、かも」

 その言葉に、長門はすごい勢いで首を縦に振る。

「あぁ分かっている! アイオワは私の親友だ!」

「あらま、すごい掌返しね」

「カッカッカ。そうさせちまうのが、秋津洲の魅力だぜ」

 陸奥と善吉が軽口を叩きながら部屋に入ってくる。

「本当に、良かったです」

 大和は武蔵に小さくウインクして、微笑む。

 それはまるで最初からその結末を予想していたように武蔵には見えた。

「まぁ何はともあれ、これでオーケストラは纏まった。明日からが、本当の勝負だ。早めに寝て、明日の練習に備えろよ」

 善吉に促され、皆が部屋に戻る。

 皆一様に、やわらかな笑みを浮かべていた。それは久しぶりの光景で、皆が明日からの練習を楽しみにしていた。




そろそろエピローグを書かなくてはいけない。
そう思い始めた今日この頃。
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