朝、食堂にきた駆逐艦娘たちは、その光景に驚きを隠せなかった。
そこでは大和、武蔵、長門、陸奥、秋津洲、そしてアイオワが共に朝食を取っていた。
しかもアイオワと長門が隣合わせで、時折冗談も交えて会話している。
これは昨晩の別れ際に善吉が提案したことだった。
口で何か言うよりも、見せる方が分かりやすいし、信用できるという話だった。
「まぁ良い感じだな」
最後に食堂にきた善吉が、その光景を見て言った。
「善吉すごいねー。褒めてあげる」
「おうおう時津風、もっと褒めろ」
「あはははくすぐったいー」
褒めろと言いながらも、善吉は時津風の顎をなでる。
それに抵抗しない時津風を眺めながら、天津風は食事を進める。
「これで本格的に合同練習ができるだろう」
善吉は周囲を見渡した。皆の雰囲気は悪くない。むしろ良いと言える。
あとは全員の演奏が纏まれば、どこで演奏しても恥ずかしくない、立派なオーケストラとなる。
そのためにはアイオワの力が必要だ。
朝食の後は、皆でそろってホールに向かう。
島風がどこかに行ってしまわないように、陸奥が首根っこを捕まえていた姿に皆が笑っていた。
昨日と同じように、皆が自分の位置につき、各々の楽器の調整に移る。
アイオワは少しピアノを鳴らすと、指揮者である善吉の隣に立つ。
「もういいんじゃないのか?」
「Yes。But、昨日の酷い様を見せたまま、新しいことをやるのは皆が不安がりマス。なので一回だけ、『コレ』での調律を皆に見せたいのです」
懐から取り出したのはハーモニカだ。
「まぁ『あっち』の準備はもうできてる。いつでもここに運び込める」
「了解デース」
そんな話をしていると、どうやら皆の調整が終わったようで、自然とホールが静まり返った。
「よっし。それじゃ昨日と同じように、一通りやってみよう」
善吉が指揮棒を構える。
今日は最初からアイオワに調律の全てを任せるつもりのようだった。
「3,2,1、ドンッ!」
善吉の掛け声をきっかけに、弦楽器の麗しい音色と木管楽器の踊るような音色が合わさり、ホールは歓喜に満ちる。それを支えんと、アイオワの調律が光る。天津風たち木管楽器組は、それがなければきっとすぐにもバラバラになっていただろう。
金管楽器組も、二組に負けじとその存在をあらわにする。その音色は羽が生えたようにホールを舞った。
後からやってきた秋津洲のティンパニは、ホールの心臓となったように、じつに気持ちがよいリズムを送り出す。それは空気の流れとなって、皆を乗せた。
ここまでは良い。昨日と同様に。
アイオワは皆の顔を眺めながら、一抹の不安を覚えた。
もし、また長門が目を瞑っていたら、何かのきっかけで演奏が止まったら。
それでも、アイオワは目を逸らさない。それが、彼女の『こころ』だから。
勇気を振り絞り、長門を見た。
心配はいらなかった。
彼女は目を見開き、譜面を追い、周囲に視線を送り、アイオワと目が合えば、ニヤリと笑いさえしていた。
それがアイオワにとってどれだけの安心をもたらしたか。
秋津洲は、アイオワが楽しそうに、じつに幸福そうに演奏する様に喜びを感じていた。喜びのあまりリズムが少し早くなってしまったが、善吉に視線で律せられると、また心地よいリズムを生み出す。
(あぁ、いい音色だ。いい空気だ。いいオーケストラだ)
指揮棒を握る手に汗が滲む。
弦楽器組は安定した音色と雰囲気で、大人の余裕を感じる。
金管楽器は雪風と島風が、照月と初月を支えているのが分かる。
木管楽器は皆の個性が、一様に演奏に出ている。
唯一の打楽器は、最初の頃からは想像することもできない程、楽しそうに、幸せそうに演奏している。
そしてアイオワは、これまた今までで一番の笑顔を振りまきながら、楽しそうに調律をしている。
善吉の脳裏には、高校一年の文化祭で行った、ライブが思い浮かんでいた。
隣には阿久根高貴、喜界島もがな。
前方には、頬に涙を流す黒神めだかがいが。
このオーケストラなら、聴く人の心を震わせることができる。
善吉は強く確信した。