「皆、良い演奏だった」
善吉の言葉が、休憩の合図となった。
そして善吉は電話で誰かに連絡を取った。少しするとホールの扉が開き、そこから大きな荷物を抱えた筋骨隆々のガードマンと、少し疲れた表情の大嵐が現れた。
「善吉君、これが頼まれたものです。なんとも珍しいというか、注文されるまでこんなものがあるとは知らなかったですよ」
「開発されたのは数年前、世間ではまだ未発表の商品、知る人ぞ知るというやつです。俺も前に安心院さんが話していたのを辛うじて覚えていたんです。今回はこいつがキーになります」
ガードマンはピアノの天蓋を開き、そこに重ねるように網戸のようなものを被せる。そして天蓋に電動ドリルで小さな穴を作った。
「ちょっと、何してるかも!」
慌てて暴挙を止めようとする秋津洲をアイオワが宥めた。
「アキーツ、いいんです」
苦笑いを浮かべるガードマンは作業を続ける。
開けられた穴に天蓋に被せた網戸のようなものから伸びるコードを入れる。
大きさはぴったりで、コードを入れてしまえばそこには穴が無かったと思えるほどだった。
そして天蓋は閉じられ、短いコードの先がチラリと外に飛び出ているのみだ。
そのコードは、小さな置物に繋がれた。
「……フクロウ?」
「あぁ。本当はハクトウワシが良かったんだが、用意できなかった」
善吉は置かれた置物を撫でる。その大きさは善吉の手の平を同じくらいで、コードが繋がれていること以外は普通の置物だ。
「善吉、これはなんなのかも?」
「こいつは最新鋭のピアノマイク、というよりはどちらかというとアンプの働きに近い『マイクネット』っていうマイクだ。網状の集音機器を使って、音を電子データに変換、出力する装置だ。ただのピアノマイクと違って、見目が良いし、元の音色に限りなく近い音を出せる。そしてこのフクロウの置物が出力された音を響かせる。結果的にピアノの音を増幅させる働きをする」
フクロウの爪の一本がスイッチとなっており、善吉はそれを押しアイオワに頷きかける。
アイオワは鍵盤をゆっくりと押し込む。
響いた低い音は、ホールに染み込むように広がった。先ほどとは比べものにならない、力強い低音だった。
その音に休憩に入っていた艦娘達も一斉に振り向く。
「うん、イイネ」
感慨深く頷く。
そのままアイオワは即興で演奏を続けた。
それはまるで、晩春の森を歩くような、未来への希望を確かに掴みかけている、そんな音色だ。
アイオワの演奏が終わる頃には、周囲に艦娘が集まっていた。
「なんというか、迫力があるな。今までの音色も美しかったが、ここまで力強くはなかった」
長門は関心した様子で頷く。
「まぁ、そうだろうな。お前たちの音色に埋もれていることが多かったし」
「だが善吉よ、確かに聞きやすくなったが、これが秘密兵器なのか? 私には、特別必要なものだとは思えないのだが……」
武蔵の言い分も最もだ。
確かにこれがあってもなくても、演奏は出来るだろう。
しかし――。
「それじゃ駄目だ。誰の音も、誰一人として埋もれさせない。皆が主人公で、皆が主役。そういうオーケストラを作りたかったんだ。それに――」
その先の言葉は、アイオワに譲るとした。
「……本番のhallはここよりかなり広いらしいデース。Meの音色が全体に届くには、皆を調律するには、少し音量が足りない。それを補うというのも理由の一つネ」
アイオワは先ほどから何も言わない秋津洲に気づき、そっと近づく。
「アキーツ、どうでしたか? Meの演奏、しっかり届きそうデース。ようやく戦艦らしい音色が――」
「?? 別に何も変わってないかも」
その言葉に、周囲は首を傾げる。
「えー。すっごく変わったよー。前は消えそうな音色を必死に耳で拾ってたもん。まぁ調律としてはそれが正解なのかも知れないけどさ」
時津風は思ったことをペラペラと口に出す。
アイオワは苦笑いを浮かべるが、秋津洲は真剣な表情を崩さない。
「変わらないかも、じゃなくて、変わってない、よ。アイオワさんの演奏は、最初からあったかくて、優しくて、凄いもん。あたしはずっと聞いてた、かも」
「アキーツ、それって……」
その言葉には、確かな重みがあった。
それは、二人っきりで練習していた秋津洲だから、ずっとアイオワの傍にいた秋津洲だから、分かることだった。
「でも、アイオワさんの本当の演奏が、ちゃんと皆に伝わって、嬉しいかも!」
ニッコリと笑う秋津洲をアイオワが強く抱きしめる。
「ありがとう、アキーツ。アキーツがいなかったらMeはきっと……」
「アイオワさん、苦しいかも!」
その頬に熱い涙が流れていること、それを秋津洲が優しく受け止めたこと。
善吉の胸も熱くなり、歯を食いしばることで涙をこらえた。。
本当にこの一週間、秋津洲には驚かされてばかりだ。
最初は孤立し、周囲に敵意に似た警戒心を向けていた彼女が、今では皆の中心と言っても過言ではない立ち位置にいる。
でもそれが、本来の秋津洲なのかもしれない。
仲間を想いやり、その理解者として、隣に立つ。
臆病だけれど、優しい。
善吉は無性に、箱庭学園の仲間たちに会いたくなった。