『マイクネット』を使った演奏はまた一段と変わったものになった。
調律され、尚且つその存在を知らしめるように、アイオワのピアノはホールに響く。
アイオワが肉体を作り、秋津洲が鼓動を打ち、皆の演奏で踊る。
皆の演奏が一つになったことをさらに確信した。
あと半日、それだけあれば、さらに良くなる。
善吉はそう確信し、今日の練習を止めにすることにした。
「みんな、お疲れ。今日はここまでにしよう」
「もうそんな時間なんですか?」
実際、時間で言えば既に夜の八時、普段の練習ならとっくに解散している時間だ。
しかし、皆がそれに気づかなかったのはつまり、それだけ集中し、練習を楽しんでいたということに他ならない。
「あぁ。あんまり根を詰め過ぎても良くない。まだ一日、正確には半日残ってるからな」
「お腹減ったぁぁぁ」
時津風はピッコロを床に投げ出し、食堂に向かって走った。
「こら時津風、楽器は大切に扱え」
「まぁまぁ善吉君。後の片付けは僕がやっておきますから、皆さんは食堂へ」
眉間にしわを寄せながらも、疲労を感じていた善吉は大嵐の言葉に従った。
「すいません、あとはよろしくお願いします」
「はい。それでは」
残された頼卯は、それぞれの楽器を一か所に纏める。
二日ほど前から始まった頭痛は徐々に強くなっていた。
特に夜など、あの日の悪夢ばかり見るようになっていた。
明日の練習もこのホールで行う予定だ。
別室に移動させる必要はないと判断し、ホールの隅にケースに入れ置いておくことにした。各楽器それぞれに軽いメンテナンスを行い、大きな異常は見られず、そのまま片付ける。
ケースが余ったところで、楽器が二種類足りないことに気づいた。
「大嵐さん……」
その声に、大嵐は肩を震わせた。そして、ゆっくりと振り返る。
「――すず」
「お仕事、一段落着いたら、私達の演奏聴いてもらってもいいですか?」
大嵐を遮り、声をかけたのは照月だった。
各々の楽器を携える、照月と初月の姿がそこにあった。
「姉さん、もう遅いんだし」
「でも、明日はもう練習最終日で、いつ聴かせられるか分からないし……」
呆れ顔の初月と、申し訳なさそうな表情の照月。
それを呆けた表情で大嵐は見つめていた。
「……大嵐さん?」
照月の不安そうな声で我に返った大嵐は、思案する。
今日の仕事はこれで終わる予定だ。
明日の『準備』も既に終わっている。
断る理由はない。
それでも素直に了承の言葉はでてこない。
その理由は分からないが、照月を見ていると胸がざわつき、頭痛が酷くなる一方だ。
申し訳ないが、断ろうとした時、隣から声がした。
『いいじゃないか。聴いてあげるくらいさ』
虚空から響いてきたような、不気味な存在感を持つ声に、大嵐は思わず数歩退いた。
『おいおい、初対面の人間にその態度はないんじゃないの? 僕じゃなかったらきっと、顔を真っ赤にして怒ってるよ』
大嵐のその反応に、声の主は機嫌を悪くしたような口ぶりで、しかし一切の感情は感じられない文句を零した。
それはどんな怒声や罵声、叫びよりも、大嵐の胸中を抉った。
「君は……誰だい?」
大嵐の言葉には、疑問よりも嫌悪感が含まれていた。