艦隊楽戦~善吉ハーモニー~   作:宵闇@ねこまんま

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6日目―『最悪』の演奏会―

 ホールの影から現れたのは、学ラン姿の少年だった。

 これと言った特徴もない、どちらかと言えば大人しそうな、図書室で本を読んで昼休みを過ごしていそうな、そんなタイプに見えた。

 しかし、魑魅魍魎が跋扈するような黒髪グループで働いている大嵐は一目で気づいた。

 その少年から感じる、おぞましい程の寒気、いや不安、いや形容し難い、ともかく暗くて冷たい何かを。

『僕は球磨川禊。なぁに、善ちゃんこと人吉善吉の先輩だから、安心して僕を信頼するといい。彼とはすっごく仲が良いんだ』

 感情を感じさせない笑顔は、大嵐の脳内に危険信号を鳴らす。

「善吉君の友人かい。それが真実にしろ虚構にしろ、この場に現れた理由にはならない。そもそもどうやってこの島に――」

『いいから、演奏を聴きなよ。女の子からの頼みだ。それまで、ここからは出さないよ』

 どこからか取り出した螺子をホールの扉に投げ、突き刺す。

 すると、そこには最初から何もなかったように白い壁が広がり、扉は消えてしまった。

「これは……」

『『大嘘憑き』。扉を『無かったことにした』』

 そして球磨川はホールの一席に座ると、軽く欠伸をして掌を振る。

『さぁ君たちも黙ってないで演奏しなよ。せっかく場を作ってあげたのに、感謝もしないなんて、酷い連中だよ。感謝の気持ちは演奏で聴かせてくれればいいから、さぁ早く』

 戸惑う照月たちは大嵐に助けを求める。

 大嵐は冷静に、状況を分析した。

 彼の目的はまったくもって不明だ。故に対処方法が明確に思いつかない。

 目の前に広がっていたのは、闇そのものだった。それゆえに、恐怖と混乱が精神を支配しようとしていた。それでも、大嵐は冷静さを失うことはなかった。

 それは大嵐頼卯という男の、長年に渡って鍛え抜かれた胆力の現れだった。

 仮に彼の言葉を信じるならば、善吉の知り合いということになるが、それでもここに、このホールに来た理由、方法が分からない。

 この島は潮流的にも、また地理的にも、その存在を知らなければ辿り着けないように造られた島である。

 分からないことだらけで、大嵐は逆にさらに冷静になる。

 なにが起ころうとも、後手に回ることになる。

 ならば、最初から後手を取る覚悟を固めていれば問題ない。

 今この状況でやらなくてはいけないこと、それは照月と初月を護ること。

 できれば楽器も。

 呼吸と心拍と整える。

 頭痛は消えない、それでもやるべきことを成すために、大嵐は進んだ。

 球磨川に向き合い、照月と初月を背にした。

 これで、球磨川が何をしようとも、二人の盾ぐらいにはなる。

 怯えた二人に、できる限りの笑顔を作って見せた。

 まるで涼香を送り出そうとした『あの時』のようだ。

 違うのはここが陸上で、敵と思わしき人物が1人だということ。

「緊張しないでいいから。僕が君たちを護る。僕に、君たちの練習の成果を聴かせてくれ」

 大嵐の言葉に二人は頷き、楽器を構える。

 球磨川は静かなホールで一人拍手する。

 その寒々さは大嵐の心の隙間に入り込んでくるようで、気持ちが悪かった。

 そして、最悪の演奏会が始まった。

 最初こそぎこちない演奏だった。

 しかし、照月がいち早く演奏に集中しはじめると、それに続く様に初月も集中力を高めていった。

 球磨川への注意を忘れずに、しかし大嵐は二人の演奏に意識を奪われていった。

 飲み込みは早かった。

 それでも、ここまでの演奏レベルに数日で達することができるだろうか。

 ホルンもチューバも、演奏難易度は高い。

 それが今はどうだろう。まるで彼女達の心を映しているようだ。

 初月のホルンは柔らかい低音で、その落ち着いた性格が音色に姿を変えたようだ。

 そして照月のチューバ、今回のオーケストラ、その金管楽器のなかでは最も低い音を出す。

 それは普段の明るい照月とは正反対に、しっかりと地面を踏みしめ、力強い音色を表現する。だがそれもきっと、照月の一面なのだと感じた。

 それほどに照月に似合っている。

 素晴らしい成長力だ。

 もう大嵐は彼女達に何かを教えるなんてことはできない。そう思い始めていた。

 まるで涼香の演奏を聴いているようだ。大嵐はそんな風にも感じていた。

 涼香も、自分を置いてさっさと上手くなって、いつの間にか手の届かないところにいた。

 でもそれは決して悲しいことではなくて、むしろ兄としては誇らしい限りだった。

 照月と一瞬目が合う。ニコッと笑顔を浮かべる照月が、涼香と重なる。

『照月は防空凄姫から生まれた』

 突然、昨日の武器子との会話を思い出した。

 涼香と重なっていた照月は、新聞の紙面で不気味な笑みを浮かべていた防空凄姫に変わった。

 動機が激しくなり、頭痛は一層ひどくなる。

 一度始まってしまった思考の運転は止まらない。

 その中で、大嵐が暗に想像していた最悪の事態が始まってしまったことを悟る。

 もしも、照月が本当に元は防空凄姫だったのなら。

 もしも、その記憶が眠っているのなら。

 もしも、島の住民、そして涼香を殺した張本人が防空凄姫なら。

 もしも、防空凄姫がいなければ。

 そうすれば、きっと。

『涼香も島民も、死ぬことはなかった』

 その結論は、大嵐の心に生まれていた闇の種を、芽吹かせた。

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