艦隊楽戦~善吉ハーモニー~   作:宵闇@ねこまんま

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今日はこの1本だけです。


6日目―溢れだす絶望―

「もうやめてくれ」

 大嵐の言葉に力はなく、演奏が止まることもない。

「もうやめろって言ってるんだよ!」

 大嵐が怒鳴ったところで、ようやく演奏は止まった。

 大嵐の表情には先ほどまでの冷静さはなく、憎しみや怒りに満ちていた。

「大嵐……さん?」

 照月は、大嵐の尋常ではない様子にその手を伸ばす。

「やめろ」

 しかし、その手は大嵐によって弾かれた。

「大嵐さん、どうしたんですか!? 私たちの演奏に何か問題でも――」

「黙ってくれ」

 冷たく突きつけられた言葉に、照月は言葉を失い呆然とする。

『おいおい、女の子にそんな乱暴な言葉はいけないんじゃない?』

 球磨川は大嵐を非難するが、大嵐が気に留めることはなかった。

「照月、ひとつ答えてくれ」

「……」

 余りにも暴力的な物言いが温厚な大嵐の口からでることに、照月は驚き、言葉を返すことができずにいた。

「お前は、お前が生まれる前のことを覚えているか?」

 その言葉にいち早く反応したのは意外にも初月だった。

 一瞬困惑の表情を浮かべ、すぐにサッと顔を青ざめる。

「大嵐さん、それは――」

「それは私の、照月の戦時中の話ですか?」

 照月の言葉に、初月はなぜか悔しそうな表情を浮かべていた。

 直感で気づいていた。

 きっと違う。大嵐が求めている答えはそこじゃなく――。

「違う。その後から、艦娘として生まれるまでの間だ!」

 照月は困ったように首を傾げ、なんとか言葉を返す。

「それは……分からないです。覚えてない、というよりはそんな時期があったのかすら――」

「あったさ! 三年前、とある島の島民がただ一人を除いて殺された。深海凄艦にな! その島は俺の故郷で、たった一人の生き残りは俺のことだ。そして――『涼香』はその事件で、深海凄艦に殺された!」

「それはいったい……」

「その深海凄艦を率いていた旗艦の名は『防空凄姫』。聞き覚えないか?」

「三年前……防空凄姫……?」

 その単語に、照月は何か考え込む。

 その考えの先を、初月は知っていた。

 それは艦娘になったばかりの頃、共有すべき情報として、そして何より姉のことだから、より強く覚えていた。

「お前だよ、照月。『お前が防空凄姫だったんだ』」

 照月の表情から血の気が引く。

 同時に照月も思い出していた。

 艦娘として生まれてからしばらく、多くの海軍関係者が、照月に対してぎこちない態度を取っていた。

 その理由は後から分かった。

 深海凄艦が各地に現れ、それらとの戦闘がまだ公表されず、秘密裏にされていた時期、かなり大規模な戦闘が起きた。

 その被害はとても秘密裏にできるようなものではなく、それがきっかけで艦娘、そして深海凄艦のことが公にされるようになったのだ。

 その戦闘で現れた深海凄艦こそ『防空凄姫』、そして生まれた艦娘こそ『照月』。

 その当時でも、深海凄艦と艦娘の記憶の繋がりは確認されることはなかった。

 それでも、海軍関係者は彼女を畏れた。兵器や人外としてではなく、敵として。

「それじゃ……私が……『涼香』さんを……」

「姉さん、それは違う!」

 照月の顔から血の気が引いていく。その真実に怯え、思わずへたり込んでしまった。

『何が違うと言うのかな?』

 球磨川はタイミングを見計らったように、嫌な言葉を連ねる。

「お前……」

『艦娘に関して大した興味が無い僕でも、その話を聞いたことがあるよ。あれは実に悲惨な結末だった。僕が生き残りならその深海凄艦をこの手で殺してやりたいところだね』

「それ以上喋るなッ!」

 初月は険しい表情で球磨川を睨みつける。

 しかし、球磨川がその言を止めることはしない。

『確かにあの頃から艦娘の話題を聞くようになったね。へぇ、あの事件の犯人がこんなところに――』

「だから違うと言っているだろう!」

 初月の怒声はうずくまる照月の肩を震わす。

 その怯えた様子に、初月は言葉の抑揚を抑えた。

「艦娘と深海凄艦には確かに何らかの繋がりはある。だけれど、艦娘が深海凄艦の記憶を持っているという話は聞いたことがない。何より、誰よりも優しい姉さんが、人を傷つけるようなことするわけない」

『それは面白い。僕の知る限り、人を傷つけたことがない人間なんてこの世に一人もいないけどね』

 球磨川の言葉はほとんど揚げ足を取るようなものだったが、十二分に初月の神経を逆なでする。

「それ以上余計なことは喋るな」

『怖いねぇ。そんな眼してたら、余計に人殺しみたいだ』

 言葉とは裏腹に球磨川は楽しそうだ。

 反対に、初月は今にも飛び掛かりそうなほどに興奮している。

「俺は今、照月に聴いているんだ。初月、お前も黙ってろ」

 大嵐は二人を強く睨み、それ以上の発言を封じる。

 そして人差し指をうずくまる照月に向け、返事を促す。

「照月、お前は俺の故郷の人々を、家族を、涼香を殺したことを、覚えているのか?」

 先ほどまでとは打って変わり、非常に落ち着いた様子で言葉を紡ぐ。

 それは返ってその言葉に深い深い想いが含まれていることをはっきりと表していた。

 暗くて冷たくて、この世の不幸を溶かして固めたような、大嵐の精神を支配しているのは紛れもなく、『絶望』と呼ばれる類のものだった。

「私は……」

 照月はうまく言葉にすることができずにいた。

 記憶にはない、それは確かだ。

 しかしそれは、事実の有無を決定づけるようなものではない。

「俺の妹を不条理に殺した『防空凄姫』は、照月、お前なんだろう」

「違う……私は……」

 暗い闇の記憶は、照月に何も告げることはない。

『もうさぁ、面倒なんだよね』

 球磨川は不愉快そうに大嵐と照月の問答を切り捨てる。

『復讐なんて新しい復讐を生むだけだよ、なんていうのは青年漫画にありがちな台詞だけれど、実際には、復讐を実行するような段階に至った時には当の本人にとってはただの責務となっている場合がほとんどだよね。君のはどうなんだろう』

 不愉快そうな表情は一瞬にして笑顔に変わる。

 一歩一歩、わざとらしい程の足音を鳴らし、大嵐に近づく。

「さぁな。もう――俺にはわからねぇよ。ただこの胸の内で暴れまわるのは――」

 足元に置いていたクラリネットを手に取り、虚空に向かって一度振った。クラリネットの先端が吹き飛び、球磨川の頬を霞める。

 地面に叩きつけられたそれは、何かが欠けたような音を発し、どこかに転がっていった。

『暴れまわるのは?』

 その先の言葉を、既に知っている様に、その言葉を待ち望むように、その言葉を聞くために今この場に存在しているように、球磨川の口角は歓喜に釣り上がる。

 大嵐は先端の消えたクラリネットを座席部分に放り投げ、地面に視線を這わせる。何かを見つけ、言葉を続けた。

「怒り、苦しみ、不安、恐怖、無念、嫌悪、悲しみ、罪悪感、絶望――」

 感情を一つ吐露するたびに、楽器を蹴り飛ばし、投げ飛ばす。

 トランペットとトロンボーンは座席にぶつけられ、ぐにゃりと曲がる。

「やめてください! 大嵐さん!」

 初月の言葉にも、大嵐は止まらない。

 バイオリンやチェロの弦楽器は弦を引きちぎられ、舞台裏に投げられた。

「やめてよっ! 大嵐さん!」

 照月の言葉にも、大嵐は止まらない。

 フルートやピッコロの木管楽器は中心から折られ、その場で捨てられた。

『やめなよ、楽器が可哀想じゃないか』

 球磨川だけが、この場で笑顔を浮かべていた。

 弦の切れたコントラバスをピアノに叩きつけ、鍵盤がいくつか外た。

 勢いで響いた音も、調子が外れ、耳がかゆくなるようなものになっていた。

 折ったフルートで、ティンパニに穴を開けた。

 パンという小さな破裂音が、ティンパニの最後の音だった。

 初月から奪われたホルンは、何度も地面に叩きつけられ、いたるところに凹みができ、初月の足元に投げ捨てられた。

 照月の持つチューバも同様に叩きつけられたが、ホルンの倍近く、地面に叩きつけられた。

 原型をとどめないほどに打ち付けられたそれは、照月の足元に、叩きつけるように返された。

「――最後に残るのはいつも、空虚だ」

 独白を終えた大嵐の周りには、キラキラと輝く、壊れた楽器やそのパーツが散らばっていた。

 その光景は、癇癪の後に起こる虚しさを具現化したようだった。

 呆然と立ち尽くす初月と照月を尻目に、球磨川は再び大嵐に近づく。

 手を伸ばせば届く距離まで近づき、そこでようやく口を開いた。

『なるほど、君が何を考えているのかよく分かった。実に不幸な人生だ。僕以上かもしれないね』

 憐れみの笑みを崩さず、球磨川は続ける。

『そんな可愛そうな君に、一つ提案があるんだ。僕の持つ能力『大嘘憑き』は物事を無かったことにできるんだけれど、この能力を使って、君の記憶か――彼女、確か……照月だっけ。あの子を消してあげよう』

「そんなの駄目っ!」

 照月の制止に、球磨川は首を傾げる。

『おいおい、それはもしかして命乞いのつもりかい?』

「違うっ! 私はどうなってもいい! それでも、記憶を無くすなんて――そんなことしちゃ駄目だよ!」

「……お前は何を言っているんだ?」

 大嵐は、照月の言葉を理解できなかった。

 こんな、忌まわしい記憶、無くなった方が良いに決まっているじゃないか。

「だって、その記憶が無くなるってことは、『涼香さんの記憶』も無くなるってことでしょ?」

 大嵐は、肩を震わせる。

『まぁそうなるかな。僕の能力はそんな細かい融通が効く能力じゃないからね。でも別に良いでしょ』

「良いってなにが……」

『だって、家族の記憶なんて、生きていく上では必要のないものでしょ。君には輝かしい未来が待ってるんだから、そんな記憶捨てたって、かまわないさ』

 球磨川は笑顔を崩さない。

 それを、初月は恐ろしく感じていた。

『家族の記憶がいらない』? 

 そんな悲しいことを、なぜ平然と、笑顔で言えるのか。

「そんなことない! 必要のない記憶なんて、ない!」

 照月は一歩も引かない。

『そんなことを言えるのは、過去に絶望したことがない人間の言えることさ。彼は『こっち側』の人間なんだ。君みたいな幸せそうな人間は――』

 球磨川の表情から初めて笑顔が消え、黒い瞳はさらに闇を増した。。

「黙っててよ」

 その場に居た全員の背筋にぞくりと悪寒が走った。

 それはごく普通の一言だった。

 むしろ今までの心が欠片もこもっていない言葉よりも、何倍も理解できたし、球磨川という人物が、ようやく人間だと理解できたような気さえした。

 しかし、それが逆効果だった。恰好をつけない言葉、それはつまり、言葉に球磨川という人間性が見えたということに他ならないからだ。

 それは黒く、深く、救いようがない、球磨川という人間をその場にいる全員に理解させた。

『それじゃ、選んでよ』

 再び球磨川の表情に作られた笑顔が戻った。

「――大嵐さん、選んじゃ駄目! 記憶を無くすなんて……」

 一歩も引かない照月に、初月は驚いていた。

 自分の知っている姉は、ここ一番での度胸は確かに目を見張るものだったが、球磨川の発する嫌な雰囲気はそれをも押しつぶすようなものだ。

 現に初月は何も言うことができなかった、球磨川のプレッシャーに押しつぶされて。

「そんなのは駄目……駄目だよ! だって、涼香さんの話してる時……大嵐さんは幸せそうだった! 過去の幸せを塗りつぶして、未来が幸せになるわけない!」

『そんなこと言えるなんて、やっぱり君は、幸せ者だよ』

 球磨川の表情が少し陰る。それも一瞬のことで、すぐに笑顔が戻った。

「『涼香』の記憶が……消える?」

『なんだい君も嫌なのかい? なら消去法で彼女を消すことになるけれど。ま、それでもいいか。結果的に君の復讐も果たせるし』

「それは……」

 大嵐は言い淀む。

 確かに球磨川の言う通りである。

 この胸を渦巻く暗い感情は、照月に起因するものである。

 もし照月が、球磨川の言うようにいなくなればきっと、楽になれるような、解放されるような気がする。

 しかし大嵐は、それを快諾することもできなかった。

「私は、かまいません。妹や大嵐さんに手を出さないと誓ってくれるなら、私はどうなっても」

「待て照月! 勝手に話を進めるな」

「私は嫌なんです!」

 照月の叫びがホールに響き渡る。悲痛な声が大嵐の胸に深々と刺さった。

「照月……」

「私は、私の好きな人達が傷つくのを黙って見ていることなんてできません! それを阻止できるなら、たとえこの身が無くなっても、後悔はありません」

「これは俺の問題だ。お前が勝手に決めるな。俺が消えれば、俺の記憶が消えれば――」

「それじゃ駄目なんです! 人の死を、なかったことにはできません。してはいけません」

「だからお前が勝手に――」

『仲良しごっこはそこまでにしてくれるかな?』

 大嵐と照月の言い合いが泥沼になりそうな所で、球磨川が止めに入った。

 苦笑いを浮かべた球磨川は、大きな溜息をついた。

『よし分かった。なら折衷案だ』

 球磨川はパチンと指を鳴らす。

 ニッコリと笑顔を浮かべ、吐き出した言葉はホール中を凍らせた。

『君たち二人とも、消えればいいんじゃない?』

「「――は?」」

 上手く言葉を返すことはできなかった。それでも、意味は理解できた。

『いい加減、君たちのやりとりも飽きたんだよね。話は平行線、互いに険悪すべき関係にも関わらず、互いを想いやるようなそぶり。虫唾が走るとはこのことだね。そんな関係は義務教育の範囲内でやってくれ』

「好き勝手言わせておけば――」

『もう論争は結構だよ。付き合いきれない。話の続きはあの世でやっといてよ』

 球磨川は両手を大きく振り上げる。その手には大きな螺子が握られていた。

「待てっ!」

『いいや、待たない。君達を二人とも消して、僕は帰り道で『週刊少年ジャンプ』を購入し、それを読んで眠る。それでいいじゃないか』

 球磨川は狂気に満ちた笑顔を天井に向け、楽しそうに、しかし空虚さを兼ね備えた声を震わせる。

「姉さん! 大嵐さん!」

『皆さん御唱和ください! 『大嘘憑き』!』

 螺子を持つ球磨川の腕が、振り下ろされた。

 その瞬間、ズガンと、轟音がホールを震わせた。

 大嵐が恐る恐る目を開くと、そこには両手の平を球磨川に向ける照月の姿が映った。 球磨川は呆気に取られたようにポカンとしている。その手からは螺子が消えていた。

 その後ろ、遠くの空中に螺子の欠片のようなものがシャンデリアの光を受けキラキラと輝きながら散っていた。

 轟音の主は、大嵐の後ろ、照月が発したものだった。

 照月の腰を覆うように広がった鋼鉄のベルトには、バスケットボール程の大きさの塊が二つ、それらには機械で作られたマスコットのようなものが乗っていた。

 マスコットの額には二門の砲身が備えられ、そこから白い煙が立ち上っていた。

「あなたは、深海凄艦ではないし、艦娘の敵でもない。だからきっと、この行為は間違っている」

「照月……その姿は……」

 驚いた表情の大嵐に、一瞬小さく微笑みかけ、次の瞬間にはキッと表情を引き締めていた。

 照月は胸に手を置き、大きく深呼吸をした。

 そしてその瞳に強い光を携えて、まっすぐに球磨川を見据える。

「それでも、私は私の大切なものを護る――あなたは私の敵だ!」

『――へぇ。』

 球磨川の笑みは、深く、鈍く、歪んでいた。

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