艦隊楽戦~善吉ハーモニー~   作:宵闇@ねこまんま

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6日目―『最悪の人間』―

「姉さん!」

「分かってる。一般人に対する艤装の使用、これは軍規違反。それでも、私はこの人と戦う!」

「だから姉さん」

 初月は冷静な眼差しで上空を指す。

 照月がそちらに目を向けると、こちらに向かってくるいくつかの螺子があった。

 照月がハッと息を飲み、砲身を向けるが的が多すぎて、捕捉が間に合いそうもない。

「――だから、一人で抱え込むのはやめてよ。僕もいる」

 初月は目を細め、にやりとする。

 いつの間にか、照月と同型の兵装を身に着けており、上空の螺子を華麗に撃ち抜いた。

「僕たちは防空駆逐艦なんだから、上からの攻撃には注意しないと。――戦うなら僕も戦う。大嵐さんは、僕にとっても大切な人だ。僕にも護らせて」

 一歩前に進み、照月と並び立つ。

『なんだい、君も僕と敵対するのかい』

 大げさに溜息をついた球磨川に、照月と初月はキッと睨みを効かせる。

 最初こそ怖気付いていた初月も、照月の砲撃ですっかり目が覚めた。

「なんで初月まで……」

「大嵐さんは、僕たちにとってかけがえのない人なんです。僕たちに初めて、芸術を教えてくれた。あんなにも、美しい音色を、憂いに染まった心を教えてくれた人なんですから」

 大嵐は目を見開く。

 今、初月はなんと言った。憂いの心?

 なぜそのような言葉が出る。

 それではまるで、自分の想いを知っていたようじゃないか。

「そんなに驚かないでください。初めて大嵐さんの演奏を聴いた時、とても感動したんです。その素晴らしい演奏に、それに込められた純粋な想いに、私達の心はたったの一度の演奏で気が付きました。それが深い悲しみと、絶望で満ちているということに」

「それが照月姉さんに向けられているとは思わなかったけどね」

「たった一度の演奏で……? 君たちはいったい……」

「私達は艦娘です。私は秋月型二番艦照月、妹は秋月型四番艦初月。あなたに初めて、本当の芸術を教えてもらいました。本当の心を。人間の複雑で美しい心を。私を憎み、私に愛を向けてくれた。私はあなたが大好きです。だから、あなたは私を嫌うかもしれないけれど――」

 二人の兵装が低い機械音を唸らせる。

 ガタンという音と同時にその動きが止まった。

 球磨川に標準を合わせたのが容易に分かった。

「あなたを護らせてください」

 照月の言葉に、大嵐は言葉を返せずにいる。

 それは言葉が見つからないから――ではない。

 返す言葉なら、とうの昔に知っていた。

 妹のように可憐で、才気に溢れ、枯れていた心を満たしてくれた彼女に。

 ただ捨てきれない過去がそれを遮り、喉に詰め物をしていた。

 それも、彼女の言葉が取り払ってくれた。

 こんなにも愚直にも好意を向けてくれた彼女に、憎んでも、嫌っても好いてくれた彼女に言う言葉なんて、一つしかなかった。

 涼香はもういない。

 そして、いなくなった現実に責任を求めるのは、もう疲れた。

 その責任を誰かに押し付けるのは、辛いだけだった。

 思い出は消せない。憎しみも消えない。

 それでも今、照月から贈られた言葉に大嵐は、勇気を持って答えた。

「ありがとう」

 その言葉と同時に、ホールから消えたはずの扉が、凄まじい砲撃と共に開かれた。

 土煙の奥には数名の影が姿を現していた。

「援軍……?」

『おやおや、また新手の敵かい? こうも敵に囲まれると、まるで敵陣地に乗り込んできた正義の味方のような気分になるね』

 球磨川がニヒルに笑うと同時に、土煙を突き破って善吉が飛び出てきた。

「もしや、もしやと思っていたが……」

『やぁ善ちゃん。そんなに走ると転ぶよ』

「くぅぅぅぅまぁぁぁぁぁがぁぁぁぁぁわぁぁぁぁぁぁ!!!!」

『聞いてないようだね』

 ホールの階段を勢いをつけて走る。

 一段飛ばしが二段飛ばしに。

 二段飛ばしが三段飛ばしに。

 その姿がまるで、空を低く滑空するような様になる頃には、善吉の髪は漆黒に染まり、瞳は日本刀のように鋭い光を帯びていた。

『まぁ、僕の役目はここまでのようだし、悪役は大人しく倒されるとしよう。でもその前に一言――』

 球磨川は悟ったような笑顔を浮かべ、善吉に向かって両手を大きく広げ、こう言った。

『また勝てなかった』

 最後にその言葉を言い残し、善吉の拳によって天高く吹き飛ばされた球磨川は、目を回し気絶してしまった。

「善吉さん!」

「よう照月。怪我はないか?」

 額にうっすらと汗をかいた善吉の言葉に、照月は曖昧ながらも頷く。

 それを見た善吉は、ホッと安堵の笑みをこぼした。

「照月ぃぃぃ!」

 善吉に続いて大穴から飛び出てきたのは秋月だった。

 艤装を身に着けた照月と初月の姿を見て、眉間に皺を寄せた。

 そして自分の身体にも艤装を展開させ、照月を庇うように周囲に視線を配る。

「敵はどこですか!?」

「……そこ?」

 照月は床で伸びている球磨川を指さした。

 秋月は主砲をそれに向けるが、敵が既に気絶していることに気づくと、艤装を霧散させ、照月と初月に覆いかぶさるように抱き付いた。

「二人とも無事でよかったぁぁぁぁ!」

「秋月姉苦しいよ」

「とっても心配したんだから! 対空砲の砲撃音が聞こえたから……」

「僕たちは大丈夫だから」

 三人が落ち着きを取り戻しつつあると、次々に大穴から艦娘が現れた。

「で、善吉よ。なにがどうなったんだ?」

 武蔵は球磨川を指さし、善吉に説明を促した。

「んーと、なんていうか、まずは皆、特に照月達には謝っておく。すまなかった」

 善吉は周囲の皆に深々と頭を下げる。

「この子は、善吉君の親友だとか言ってたけど」

 善吉はウッと顔をしかめた。

 そのあからさまな反応から、大嵐たちは色々と悟ることができた。

「こいつは球磨川禊。俺の先輩で、人類の持ちうる全てのマイナス感情をヒト型に固めたような存在だ。何を言ってるかわからねぇと思うが、なんにせよ人類最悪な人間だ。なんでここにいるかは――俺にも分からねぇ」

「マイナス感情……深海凄艦みたいなやつだな」

「俺は深海凄艦に会ったことはねぇが――」

「その人はたぶん、もっと厄介だと思うよ。長門さん」

 善吉が言いかけた言葉を、照月が続けた。

 実感を込めた言葉に、長門は言葉を失った。

「そんで球磨川、もう起きてるんだろ。なんでこんな所にいるんだ」

『あははは。流石善ちゃん、気づいてるかぁ』

 球磨川は倒れた状態から、まるで逆再生を行ったように立ち上がる。

 その不気味さに、善吉以外の人間が一歩退いた。

『久しぶりに後輩の顔を見たくなった、なんてことは勿論ない。頼まれたんだよね』

「お前が人の頼みを聞くなんて、どういう風の吹き回しだ? で、一体誰からの依頼なんだよ」

 善吉の言葉に答えるように、球磨川の懐から着信音が響いた。

 球磨川は慣れた手つきでそれを取り出し、画面を見ると、携帯を大嵐に投げつけた。

『君が出ると良い。皆に聞こえるようにスピーカーにすると尚良い』

 大嵐はなんなく携帯を受け取った。

 画面にはどこかで見たような電話番号が表示されていたが、はっきりとは思い出せなかった。少し考え込んだが、結局球磨川の言う通りにした。

「はい、もしもし」

『もしもし? おい球磨川君。君、ちゃんと私の言う通りに動いてくれたんだろうね? 貸してあげた私のコレクションの一つの全自動船『墨之恵』のGPSでは目的の島に着いたことになってるけれど、君のことだから途中で乗り捨てることも十分に考えられるからね。それで、実際はどうなんだい? ちゃんと滅茶苦茶にしてくれたんだろうね』

 その声に、言葉遣いに、大嵐は強い既視感を覚えていた。

 その声の主を、大嵐は知っていた。

「『兎洞武器子』さん、貴方なのか?」

 大嵐は驚いた様子で、声の主に問いかける。

 善吉は、懐かしくも忘れがたいその声をよく覚えていたので、無意識のうちに眉間に皺が寄っていた。

『――君が出るってことは、球磨川君はちゃんとそこに着いたんだね。それならまぁ……良かった、のかな? いや、その落ち着いた様子だと、球磨川君は私が思ったような働きはしてくれなかったようだね。まったく、つくづく最悪な男だ』

「そんなことより、なんでこんなことを――」

 武器子は大嵐の問いに答えるかどうか、迷っていた。

 黙り込んでいると、球磨川が呆れたように声を上げた。

『まったく、いつまで僕を茶番に付き合わせる気だい? いい加減にしないと、この島を無かったことにするよ?』

『わかった! 話すから、そんな物騒なことは言わないでくれ』

『なんだ、つまらない』

『――大嵐君が今回の仕事で大ポカをやらかす気がしてね。それも、取り返しがつかないほどの。だったら、そのポカすら『無かったこと』にできないものかと思ってね』

「それで球磨川を?」

『その声は……善吉君かい? お嬢様は元気かい、って答えなくてもいいや。お嬢様が元気じゃないわけはないし。善吉君の考えている通りだよ』

 クククと何が可笑しいのか、武器子は笑い声を漏らした。

「なぜ球磨川を?」

『大嵐君は知らないかもしれないけれど、そこの男は物事を台無しにすることに関してはピカイチなのさ。かく言う私も昔痛い目を見た。その島に適当にその男を送れば、勝手に物事が崩壊する、と思ってね』

「違う、僕が聞きたいのはそういうことじゃなくて、なんで貴方がそんなことをしたのか、って言うことなんだけれど。僕のキャリアを気遣ってくれたのは分かるけど、ともすれば貴方のキャリアにも傷が付くことになったはずだ」

「それは君――」

 武器子は今度こそ慎重に言葉を探し、たっぷり10秒ほどの思考の後、答えを口にした。

『貴重な同士だからねぇ。ここで借りを作っておくのも悪くない、とも考えた。それだけさ』

「は? 意味が分からないんだけど」

 電話の向こうで少し呆れたような、乾いた笑い声が聞こえてきた。

 大嵐の隣では、照月と初月が互いに何かを察したようで、苦笑いを浮かべあっていた。

『それじゃ、もう切るよ。また今度、近いうちに会ったとき詳しく話そう。球磨川君も、もう依頼はいいから、大人しく消えな』

 それ以上会話を続ける気がないことを表しているように、すぐに通話は切られた。

 大嵐はちっとも理解が及ばないようで、首を傾げている。

「善吉さん! 私のバイオリンが!」

 どこか和やかになりつつ空気に、大和が悲鳴を上げた。大和が指さす先には、弦が千切れ、無残な姿になってしまったバイオリンが転がっていた。

「こいつは酷いな……これも貴様がやったのか? 球磨川とやら」

 武蔵の凄みに怯むこともなく、球磨川は飄々と手を振る。

『まさかぁ。善良な僕がそんな酷いことをするわけないじゃないか。それをやったのは僕じゃなくて――』

「僕がやったんだ」

 大嵐が額を地面にこすりつけ、大和たちに謝罪の言葉を述べた。

「でも、その人が突然現れて、大嵐さんが私達を護ろうとしてくれたんです。だから――」

「いや、照月。あれは俺が悪かったんだ。球磨川は関係ない……」

「それでも……」

「いいや、ライさん。こいつが居るだけで事態は最悪へと転ぶ。そういう存在なんだ。たぶんこいつが居なかったら、こんな酷いことにはならなかったと思うぜ」

『善ちゃんも酷いなぁ。そもそも、先輩に対する敬意ってものが欠けてるんだよねぇ』

「たとえそうだとしても、僕は取り返しのつかないことをしてしまった。本番は明後日、ちゃんとした練習ができるのはもう一日もないのに、今から替えを用意したところで、せっかく皆さんの手に馴染んできた楽器とは大きく異なります。とても最高の演奏とは言えない」

 その事実に心底悔しそうで、申し訳なさそうにする表情をする大嵐を、皆責めることはできなかった。ただ一人を除いて。

『まったくだ。今回の君の仕事は失敗だね。その責任は僕じゃなくて、間違いなく君にあるよ』

「おい球磨川! 失敗したのはライさんじゃなくて、お前が武器子さんから受けた任務の方だろうが。今から急げば、まだ取り返しはつく」

『善ちゃんは黙ってな。僕はこういう責任を感情に沈めて有耶無耶にする大人が大嫌いなんだ。さもいい話のような展開を先ほどは見せてくれたけど、それが許されるのはやっぱり学生のうちさ』

 善吉は拳を堅く握りしめた。

 これ以上話を進めたら、きっと事態はさらに悪いものになる。

 球磨川が善吉から目を逸らした瞬間を狙って、善吉は駆け出した。

 今度こそは、本当に気絶させるつもりだった。

『黙ってて、って言ったよね』

 球磨川はサッと善吉の方に首を回し、ギョロリと濁った眼を光らせる。

「しまっ――!」

 その手には大きな螺子が握られており、それが既に善吉の方向に放たれていた。

 善吉は避ける間もなく、螺子ごとホールの壁に貼り付けられ、容易に身動きが取れなくなった。

「善吉さん!」

『君たちもちょっと邪魔かな?』

「総員、戦闘準――!」

 長門がそれを言い終える前に、艦娘たちも善吉と同様に壁や床に貼り付けられた。

「くそっ!」

『だいたい武器子さんの時点からして、僕を掃除屋かなんかだと勘違いしてるんじゃないのかい? 箱庭学園の掲示板にXYZと書いても僕は現れないんだぜ。まぁ僕もここまでこけにされる、いや過大評価されると――』

 濁った瞳が少し透明感を取り戻して、今までにないくらいの輝きを魅せた。

『期待に応えたくなるよね』

 そこで大嵐はようやく気付いた。

 この男は、誰かを不幸にするためにも、誰かに頼まれた任務を達成するためでもなく、きっと何も考えることをせず、なんとなく運命を最悪にするための、最善の方法を取る、正真正銘の『最悪の人間』なのだ、と。

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