「どうするつもりだ!」
善吉の問い詰めに、球磨川はうすら寒い笑みを浮かべたまま答える。
『もちろん、武器子さんからの依頼通り、滅茶苦茶にしようかな、と』
「馬鹿野郎! もうその話は終わってるはずだろ!」
『いいや、終わっちゃいない。だって実際問題、そこに転がっている楽器の残骸は、そこの大嵐君がやったものだ。それに対して悪いと思っていることは分かる、謝罪も見た。だけどね、男の責任の取り方にしては、少し駄目かな。気に入らない。依頼云々という話が理解できないなら、僕の私的な行動と考えてくれてもいい。そこの彼は僕側の人間だと思っていたのに、実際はただのちぐはぐな、どうしようもない人間だ』
「は……?」
善吉には球磨川の言うことがよく理解できなかった。
『だからさ、女の子に護ってもらったまま、黙ったままっていうのは、男としてどうなの、っていう話さ』
「私達は艦娘です! 護るのが使命なんですから、それを否定するのは――」
『君たちが何者か、というのはこの際どうでもいいのさ。僕が気に入らないのはね』
球磨川がまっすぐと、膝をつく大嵐を指さす。
「……ぐっ」
『そこの男が見栄を張ることもしない、そのくせ主人公ぶった態度を取ることが気に食わないのさ』
「なんで……」
『本当の主人公を知っているからね。一人で世界を救っちゃうような女の子を、本気で護ろうとした男の子をね』
善吉は言葉を失う。球磨川の言う主人公とは、きっと――。
「つまり……私に責任を取れ、と」
大嵐と球磨川の間に、緊張が走る。
「大嵐さん、そんな人間の言うことを聞く必要はありません!」
『そうだね。そうかもしれない。だけれど、君に責任を取るつもりが無いのだとしたら』
床に縫い付けられた照月の頬に、冷たい螺子が突きつけられた。
その切っ先をすっと撫でると、頬に赤い筋が浮かび上がった。
『こうなるよ』
その傷がよく見えるように、照月の顔を大嵐に見せた。
大嵐の表情から血の気が引いた。
「やめろ! 照月に手を出すな」
『ほらまた。僕が欲しいのはそんなありきたりな言葉じゃない』
「――これでいいのか?」
大嵐は膝を折り、額を床につけた。
『別に土下座が見たいわけじゃないんだけど……。まぁ責任云々という話になれば、そうなるかな。やっぱり君は僕と同じく、マイナス側の人間なのかな』
「これで満足か?」
『いいや。不満足だね』
球磨川の螺子が、シャンデリアの光を受け妖しく煌めく。
「やめろ!」
善吉の制止も聞かず、球磨川は腕を振り上げる。
『いいや、止めないね。僕はね、善ちゃん。君がめだかちゃんの隣に並び立つ男になれたのは、努力でも、能力でもない。その志にあると思ってるんだ。主人公ってのは、そうじゃないと』
小さくごめんね、と呟き、球磨川はその手に持つ螺子を照月に振り下ろした。
球磨川の持つ螺子が振り下ろされる瞬間、大嵐はあの事件を思い出していた。
時間が止まったような感覚に陥る。
周囲の誰もが、悲観的な表情を浮かべているのがはっきりと見えた。
そんな中、球磨川と、照月だけが笑っていた。
照月ははっきりと、大嵐にその笑みを向けていた。
私は大丈夫、と。大嵐にはっきりと告げるように。
無力な自分、死を目前にした照月、その照月の命を奪おうとする球磨川。
あの時と、何も変わらない。
自分の命を擲って命を救おうとした大嵐に、それを遮り、代わりに身代わりとなった妹。
その妹が今、目の前で球磨川の持つ螺子によってその身を貫かれようとしている。
そんな風に思えたのだ。
照月は、こんな弱く、醜い自分を護ろうとした。
そして今、自分はそんな照月が傷つく目の前で、黙ってただ土下座をしている。
こんな、こんなにも虚しい現実があるだろうか。
こんな不条理が、許されるだろうか。
いいや、『許されない』。
許されないのなら、どうすればいい。
あの晩、自分はどうした?
不条理な現実を目の前に、自分の命を擲ってでも、何をしようとした?
答えは簡単だ。
『抗った』のだ。その現実に。その結果は散々たるものだったが、それが間違いだったとは思わない。
ならば今も、やるべきことは変わらない。
球磨川の螺子が照月の柔らかい頬に触れる瞬間だった。
ある艦娘は悲鳴をあげ、ある艦娘は照月の名を呼び、ある艦娘は唸るような怒声を飛ばしていた。
善吉だけは、その瞬間別のモノを見ていた。
そしてほんの少し、口角を上げ、その人の名を呼ぶ。
「ライさん、やっちまえ!」
球磨川は背後に影が伸びるのを気配で感じていた。
その気配に、球磨川は安堵したような、悔しいような、そんな気持ちになっていた。
『やっぱり、君はそっち側みたいだね』
「分からない。だけれど、黙って大切なものを失うことは、到底我慢できない」
善吉の見る限り、その動きは最適化されたプログラムのように見えた。
折られた膝は限界まで縮められたバネのように働き、その身を素早く球磨川のもとに運ばせた。
そしてその拳は、大きく背中まで引き絞られ、指を掛けられた拳銃のような体勢で球磨川の背後を取る。
『一日に二度も言う羽目になるとは。でもまぁ言わせてくれ。また』
「勝てなかった、だろ?」
放たれた弾丸のような拳は、球磨川を吹き飛ばした。
水切り石のように飛ぶ球磨川の姿から、その威力が尋常のものではないことが分かる。
「ライさんスゲェぜ! アンタいったい何者なんだ!」
「黙ってたんだけど、僕は箱庭学園のOBってだけじゃなくて、君にとても近しい先輩なんだ。僕は以前、箱庭学園の『生徒会長』だった。これぐらいできないと、あそこを仕切ることはできないからね」
善吉の口と目があんぐりと開く。
パクパクと動く口は、言葉を出す機能を失ったように、乾いた空気を送り出すことしかできなかった。
「大丈夫かい、照月」
「はい……大嵐さん。ありがとうございます!」
「僕の方こそ、ありがとう」
照月を床に貼り付けていた螺子を抜くと、二人は笑顔を交わした。
そして、球磨川を見た。
「しかし、殴った手応えがほとんど無かったが……」
『そんなことはないよ。実に堪えた。今にも死にそうだ』
ゆらりと立ち上がった球磨川は、変わらず笑みを浮かべている。
「こいつは本物の化け物だな……」
大嵐は再び拳を構える。並び立つ照月も、再び艤装を展開させた。
『いやぁ、参った。もう僕には手が出ない』
両手を空高く広げ、降参の姿勢を見せつける。
球磨川のわざとらしい素振りに、大嵐はうすら寒い気配を感じる。
まだ何か、手があるはずだ。
そう思考が及んだ時には、すでに遅かった。
「大嵐さん! 上です!」
上空に目をやると、無数の螺子が散らばっていた。しかしその向かう先は――。
「狙いは俺達じゃない!」
『手が出ないから、螺子を出してみたんだけど。どうかな』
「この量は間に合いません!」
照月は必死に螺子を打ち落とすが、大量にばらまかれた全てには到底対応できそうにもない。
『君たちのその関係、会話、すべてが甘ったるくて敵わない。胸やけしそうだ。だけどね、僕はその甘さ――』
「みんな、逃げて!」
螺子の落下は止まらない。
その行く先は、艦娘でもなく、善吉でもなく――。
『嫌いじゃあないぜ』
螺子は壊れた楽器の欠片に深々と突き刺さった。
次の瞬間には、何事もなかったような、傷一つ無い、元の状態の楽器が床に転がっていた。
「これはいったい……」
『『楽器の破損を無かったことにした』。ついでに座席、扉、その他諸々の損傷もね。よかったね、これで責任を取る必要は無くなった』
球磨川は楽し気に、ホールの扉を開き、どこかに去っていった。
「おい、待ってくれ!」
「ライさん、いいんだ。アイツはもう何もしないはずだ。球磨川はこういう奴なんだ。いや、少し丸くなったかな。なんにせよ、この螺子を取ってください。それに、今日は疲れました。飯を食ったら、さっさと寝ましょう」
壁に縫い付けられたままの善吉に、皆が頷いた。