食堂に戻った善吉達を見た駆逐艦娘は、その姿に驚きを覚えた。
全員傷一つ無く、靴から上着にかけて新品のように、塵一つ付いていない。
しかし彼らの表情は酷く疲れていた。
その表情はまるで戦場から帰ってきたばかりの兵士のように、とてつもない疲労と心労を積んだ様子だった。
回数は少なかったが、食堂まで轟いた砲撃音から、何かしらの戦闘が行われたのは確実だった。
雪風達は従業員を集め、いつでもこの島から脱出できる準備を整えていた。
そして彼らが実に不可思議な様子で帰ってきたことに、計り知れない違和感を覚える。
「いったい……何があったんです?」
雪風の質問に答える者はおらず、夕食として用意されたハンバーガーを各々手に取り、いかにも補給するためだけといった様子で口にし、そのまま部屋に帰っていった。
善吉が一言だけ「特に何もなかったから、明日は朝8時にホール集合で」と言い残し、やっぱり去っていった。
彼らの疲労困憊の姿に、何か言葉を投げかけることもできず、結局ひそひそと声が出始めたのは、ホールから帰ってきた者がいなくなった後だった。
「どーしたんだろーねー。善吉も皆酷い顔してたねー」
「何も無かったって言ってるんだから、別にほっとけばいいんじゃない?」
時津風と天津風の二人は実につまらなそうにハンバーガーをつついている。
「明日に備えて寝るのが正解ですかね」
雪風は首を竦める。それ以外に手はなさそうだった。
従業員を帰し、自分らもテキパキと部屋への帰り支度を進める。
その途中でふと顔を上げると、食堂の入り口に大嵐の姿があった。
善吉達と同様、いやそれ以上の疲労を抱えた様子で、キョロキョロとしていた。
「大嵐さん!」
「――皆さん、心配をおかけしました。大変申し訳ありません」
「それはいいんだけど、何があったか説明してくれない?」
天津風は少し不機嫌そうに大嵐に詰め寄る。
「なんとも説明しがたいんですが……しかし、僕のせいで皆さんに迷惑をかけたことは事実です。そのお詫び、というわけではないのですが――」
大嵐は背後から大きめのトランクを運び出す。その中には――。
「すっごーい! かっこいいー!」
黒いタキシードと白いシャツ。
それぞれの名前が書かれたタグも丁寧に添えられている。
「明後日の演奏会で着るためのタキシードです。サイズは問題ないはずですが、一応チェックをお願いします。それとこちらを」
大嵐は内ポケットから数枚の封筒を取り出し、それを各自に配った。
「これは?」
「本来は皆さまに同時に配りたかったのですが、こうなってしまったので、他の方々には明日配ることになります。回収も明日の朝に行います」
「回収? 何か記入事項でも――これって!」
「はい。皆様への恩返しというか、サプライズです」
雪風達はマジマジと手元の封筒を眺め、キラキラとした目で大嵐を見つめる。
「でも、大丈夫なんですか?」
「もちろんです。といっても一日が限度ですが」
大嵐はにっこりと微笑み、頷く。
「ありがとうございます!」
「記入は明日までに、お願いしますね」
駆逐艦娘たちは嬉しそうに、駆け足で部屋へ戻っていった。
大嵐はそれを見送り、誰も居なくなった食堂で机に腰を降ろした。
そっと懐に手を伸ばし、一枚の写真を取り出す。
「涼香、兄ちゃん今艦娘達と仕事してるんだ。今日、あの日と同じで、彼女達に助けてもらった。兄ちゃん、何かが吹っ切れた気がするよ」
写真の中には、どこか照月と似た面影を持つ少女が満面の笑みでカメラに向かってピースサインをしている。
「結局のところ俺は、何と戦っていたんだろう。お前や故郷を失った悲しみを、どこに向ければいいのか分からなくて、唯一の手掛かりであった艦娘にすがって、その艦娘も深海凄艦と深い繋がりがあって、お前と重ねていた女の子が、お前を殺した相手かもしれなかったり、でもそれをその子に責めることはできなくて――」
眉間に寄せられた皺に親指を添え、ゆっくりと伸ばす。今まで降り積もっていた悩みも一緒に無くなっていくように、その表情もほぐれていった。
「でも照月に救ってもらって、護るっていうことがどういう意味なのか、思い出した気がする」
何気ない、意味なんてない独り言のはずだった。
けれども、大嵐はふと、まるで誰かに囁かれたように、遠い昔のある出来事を思い出した。