車を走らせて数分、港に着いた。そこまでの道中で、この島が思いのほか小さいものだと分かった。おそらく宿泊所の屋上にでも登れば、三六〇度海が見えることだろう。
港、というよりはテトラポッドがいくつか放置されただけの防波堤で、船の類は一隻も見当たらなかった。そこには善吉たち以外に誰も居らず、なまじ自然に溢れているせいか、廃れた漁村の一部に見える。
善吉たちが乗ってきたような水陸両用のベンツのためであろう、綺麗に磨かれたスロープだけが近代的で場違いだ。
「艦娘は船で来るんですか?」
「おそらく。あと数分で着くと連絡があったそうなので。そろそろ見えてもよさそうなのですが」
善吉も水平線に目をやるが、数キロ先でも船の姿どころかわずかな凹凸さえも見えなかった。とても数分で港に船が到着する様子はない。
「……結構待つことになりそうですね」
大嵐は車の中に戻って待つように善吉に言いかけたが、善吉は目を鋭くして海の先を見ていた。
「人吉君……?」
大嵐は訝し気にその姿を見ていたが、徐々に善吉の雰囲気、そして容姿が変わっていってることに気づいた。
金髪が黒に染まり、その瞳も青みがかった黒から、漆黒に移り変わっていった。
それは善吉の持つ、『異常性』の顕現。
その名も、改神モード・善吉モデル。
己の限界を見つめ、身体能力を格段に向上させるスキル。その能力で視力を限界まで上げた善吉の視界には、奇妙なものが写り込んでいた。
「なんか、こっちに来てんですけど」
そう言いながら善吉の額には冷や汗が流れ始める。
大嵐は慌てて車から双眼鏡を取り出し、善吉の見つめる方向に向けた。
「……これは」
水平線の向こうから小さな何かがこちらに向かってきているのが見えた。ボートにも見えたが、それにしては小さすぎる。さらによく見ると、それは人の形をしていた。
「……艦娘」
善吉の呟きに、大嵐は小さく頷く。
海上を水しぶき上げ滑る姿は、優雅であり、力強さも感じられるものだった。
肉眼でもよく見える頃になって、善吉はスキルを解いた。髪は金髪に戻り、瞳も青みがかった黒に戻る。
海を滑る少女の数は十三人。大嵐と同じくらいに見える少女もいれば、まだ小学生ほどに見える少女もいる。
その先頭に立つのは、長い黒髪を腰まで伸ばし、風と共にたなびかせる女性だ。年齢は大嵐と同じか、少し上ぐらいで、そのキリっとした顔は善吉にめだかを思い出させた。
少女たちは二列の美しい隊列を組み、港まで到着した。どういう原理だか、スロープを使い上がってきた少女たちの足は普通の足となんら変わらなく、どうやって水上を滑ってきたのか、善吉の頭には疑問が残った。
しかし何よりの疑問は、この少女たちがそんな怪物たちと戦えるのか、という疑問だった。だがそれを口にして互いの間に妙な溝ができても面白くない。善吉は口をつぐむ。
「長門型戦艦、一番艦の長門だ」
黒髪の少女、長門が善吉の前に立つ。身長は善吉よりも幾分高い。
「おう。よろしく。俺は人吉善吉。オーケストラの指揮をやることになってる」
「なに、指揮はどこかの提督がやるものだと思っていたが……」
長門の後ろからさらに背の大きな艦娘が現れる。日に焼けた肌と反対に、薄く金に輝く髪をヘアバンドで前に縛っている。縛られた髪は犬の耳のようで、総合して大型犬のような印象を受ける。
「あぁ、悪いが俺だ。オーケストラの足を引っ張らない様に頑張るからさ」
「謝らないでくれ、悪気はないんだ。私は大和型二番艦、武蔵だ。よろしく頼む」
「こら武蔵、誰にでも上から目線で接するのは貴女の悪い癖よ」
武蔵とよく似た服を着て隣に立っていたのは、栗毛色の長髪をポニーテールにまとめる少女だ。その雰囲気は奥ゆかしさと華々しさを兼ね備える、大和撫子という言葉がよく似合う。
「大和型一番艦、大和です。妹共々よろしくお願いします」
大和は武蔵の頭に手をやり、自身共々善吉に頭を下げさせた。武蔵の方は抵抗する素振りもなく、少し呆れ顔をしてそれを受け入れていた。
「い、妹……?」
善吉は二人を困惑の表情で見た。すると、横から一人の女性がこちらに歩み寄ってくるのが分かった。
「そうよぉ。長門は私の姉だし、今回の招集は姉妹艦で集まってる艦娘が多いわ。改めまして、長門型二番艦の陸奥よ。火遊びはしないでね?」
悪戯っぽい笑顔を見せる少女は、茶髪のボブカットで、長門と同様の二本の触角のようなものがついたヘッドギアを付けている。
「火遊びって……。いたっ」
苦笑する善吉の視界が暗くなる。誰かが肩車をするように飛びつき、そのまま善吉の眼に手で蓋をしたのだ。
「だーれだ!」
その小さな手から零れた光を頼りに、どうにか周囲の状況を確認する。すると、善吉の前に二人の少女が立っていることが分かった。
「こら、時津風。初対面の人に飛びつかない!」
そういう少女は長く伸びた銀髪をツインテールにまとめ、つりあがった目で善吉に乗りかかっている少女を睨む。年齢は小学校高学年ほどだろうか。
「そうですよー。時津風。ぜんきちがこまってます」
舌足らずな少女がそれに加勢する。少女は茶髪のおかっぱ頭で、太陽のようにパッとした笑顔から少しはみ出た前歯が特徴的だ。年齢は銀髪の少女と同じくらい。銀髪の少女と違い、茶髪の少女はどこか楽しそうに笑い、その姿は善吉を安心させた。
善吉は落ち着いて、頭に抱き付いているものを丁寧に持ち上げようとした。最初こそ抵抗して離さなかったが、諦めたのか、その手を離し、大人しく地面に降ろされた。
「ちぇー。ずっと移動だったから少し遊んだだけじゃん」
頬を膨らまし、口を尖らせる少女は黒髪だが、一部の髪先が灰色になっており、たれ耳の犬のような印象を持った。年齢も二人と同じくらいで、善吉は彼女達が姉妹であると予想した。
「はじめまして! 陽炎型駆逐艦、八番艦の雪風です!」
茶髪の少女が善吉にふらついた敬礼をする。
「同じく陽炎型、九番艦の天津風よ。よろしく」
銀髪の少女はピシリとした敬礼をする。
「時津風でーす。十番艦でーす」
黒髪の少女はやる気のなさそうな敬礼をする。
「おう、よろしくな」
善吉は三人に握手を求め、三人はそれに快く応じた。
「あの、次よろしいですか!」
少し茶色が混じった黒髪をポニーテールにまとめ、『第六一駆逐隊』と書かれた鉢巻をした少女が緊張の面持ちで敬礼をしていた。
年齢は中学生といったところか、生真面目そうな顔は善吉に好印象を与えた。
「おう、頼む」
「はい! 秋月型防空駆逐艦、一番艦の秋月です」
秋月は敬礼を崩さず、隣に立つ姉妹らしき少女二人に視線を送る。
「同じく秋月型の二番艦、照月です!」
それに続いて、セミロングの茶髪に二本の三つ編みおさげの少女が名乗りを上げた。額には同様の鉢巻きをしている。
「同じく、秋月型の四番館、初月だ。よろしく」
さらに黒髪の少女が続く。少し垂れた目尻と、前に二つ、後ろに一つ纏めている髪が特徴的だ。少し武蔵に似た髪形だが、こちらは中型犬の印象が残る。
大人びた声は耳によく響く、美しい声色だ。
「あぁ、よろしく」
善吉は周囲に目をやり、もう全員が名乗ったかを確認すると、まだ二人が何も話していなかった。
そのうちの一人、集団からぽつんと離れた位置で立っている少女のもとに向かう。
「よう、俺は人吉善吉。お前は?」
少女は肩をビクリと震わし、ぎこちない動きで善吉に向き合った。少女は銀髪をサイドテールで纏め、その手には大きな飛行機のようなものが抱きしめられていた。
「秋津洲……かも」
「え?」
「水上機母艦の、秋津洲よ! ほっといてほしいかも!」
そう言って、秋津洲はリムジンの中に逃げ込んでしまった。
「……あとは……」
そういって、ワイワイと騒ぐ武蔵たちの中で、一人異様な雰囲気を持つ少女がいた。
「よう、日本語で大丈夫か?」
「Hay! Of courseデース!MeはIowa級戦艦Name Ship、Iowaよ! Nice to me you!」
「おう、よろしく」
アイオワと名乗った少女は、この少女たちの中でただ一人の外人だ。しかしコミュニケーションは問題なくとれるようで、善吉は安心した。
「ふん、何がナイストゥーなんちゃらだ。日本語で会話できんのか」
長門は不機嫌そうにそっぽを向いていた。
「こら、長門。そういうこと言わないの」
陸奥が長門を窘めるが、長門は不機嫌な顔を変えず、リムジンに乗り込んだ。
「Haaa……。出逢ったときからコレデース」
アイオワが大げさに溜息をつく。それに陸奥がごめんなさいね、と言い残して、リムジンに長門を追っていった。
「なんかあったのか?」
善吉の問いに、アイオワは複雑な顔をして、最後には強がりの苦笑を浮かべた。
「まぁ、イロイロです。Orchestra、ガンバリマショー!」
そう言って、アイオワは続けて大嵐に挨拶しに行った。
その先の大嵐は、驚愕の表情で一人の少女を見ていた。
「なんで……ここに」
そのつぶやきは、誰にも聞こえることはなく、ただ大嵐の記憶の闇をノックしただけだった。
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