午後の練習は今までのまとめというか、集大成になっていた。
善吉は調律の全てをアイオワに任せ、指揮に全力を注ぐ。
善吉の期待に応えるように、アイオワがピアノで全体をまとめ上げ、秋津洲がティンパニでリズムを作る。
そして他の艦娘が、それぞれの個性を活かして全力を尽くす。
弦楽器組は年長の貫禄もあってか、非常に落ち着いた演奏で大人な魅力に溢れている。
金管と木管は弦楽器が奏でる音楽は遊び飛び跳ねる子供のように、一生懸命で、楽しそうな様子が聴く人々に伝わる。
指揮者台の上からオーケストラを一望する善吉は、その魅力に思わず見惚れ、そして聴き惚れてしまっていた。
一人でも欠けていれば、この演奏は叶わなかっただろう。
今この場で指揮棒を振るえることの、この艦隊を指揮することができることの喜びを噛み締め、善吉は指揮棒を降ろした。
「よし、練習はここまでだ。皆の演奏は完璧、というより、最高だ。指揮者の俺が言うんだから間違いない。あとはそれを本番で観客に魅せつけるだけだ」
「「おーー!」」
全員の気合の込められた返事に追随するように、大嵐が何人かの従業員を引き連れ、ホールに現れた。
「皆さんお疲れさまです。それでは、楽器はこちらで船の方に運ばせていただきます。船内では楽器のメンテナンスも行いますので、また微調整が必要な方は言ってください。皆さんはそれぞれのお荷物を持ってロビーに集合をお願いします」
大嵐は手際良く従業員に指示を送り、楽器が続々とホール外に運ばれていく。
「というわけだ。船の出発まで時間もないし、ちゃちゃっと支度を済ませて集合してくれ」
善吉の言葉に従い、艦娘たちは部屋に戻り荷物を纏め、ロビーに向かった。
纏められた荷物もスタッフによって先に船内に運び込まれ、ロビーでは手持ち無沙汰な艦娘と善吉が残された。
「それじゃ、船に行くか」
善吉が出入り口に向かい始めると、その袖を時津風がつかんだ。
「ちょっと待ってて善吉ー」
時津風が善吉を呼び止め、くるりと振り返る。
「一週間、お世話になりました!」
フロントに集まっていた従業員に向けて、精一杯の大声と共に、時津風は深々と頭を下げた。
従業員達は不思議そうに首を傾げる。
それは彼らにとって当然のことだったし、もちろん善吉も事前に軽く挨拶をしたが、時津風の大仰な挨拶には少し驚きを覚えた。
「時津風は嬉しかったんだろうな。それは私達も同じだが」
「どういうことだ? 長門」
「外の世界では、全ての人間が我々に好意的に接してくれるわけではない。拒絶する人間だっている。それはある意味では当然の出来事なのだ。我々は人間ではなく『艦娘』なのだから」
「まぁ……分からなくもないが」
自分とは異なる存在、未知の存在に対し恐怖を覚えることは当然であるし、その恐怖が拒絶へと繋がることも分かる。
だがそれは同時に、悲しいことでもある。
「ここのスタッフ方には大変世話になった。料理は美味いし、部屋も綺麗にしてくれる。護ってくれる人間もいる。それは彼らにとって当然のことなのかも知れないが、我々艦娘にとっては、実に嬉しいことなんだ。鎮守府以外で、こうやって認められるということは。だから時津風は大げさかも知れないが、あぁ言ったのだと思う」
「なるほどな」
「だが、時津風よ。それでは少し風流に欠ける。とっておきの、我々らしい礼の表し方があるではないか」
武蔵の言いたいことを理解したのか、艦娘達は横並びでホテルのスタッフに向き合った。
「ホテルのスタッフ方に向けて――敬礼ッ!」
長門の言葉に、艦娘が一斉に敬礼する。
その一糸乱れぬ姿に、軍人としての誇りと感謝の気持ちが見えた気がした。
従業員達もまた、敬礼を返す。
そうして善吉達はホテルを後にした。
行きと同じくリムジンに乗り込むと、運転席には大嵐が座っていた。
「すでに船が港に着いています。ちょっと行きづらいんですけど、頑張ります」
「行きづらいって、獣道でも通るんですか?」
「いや、そういうわけでもないんですけど」
道は行きと全く同じに見えた。
というかこの島には恐らくこの一本道しか舗装された道はないはずだし、善吉は毎朝のロードワークに使っていたので、間違えようがないはずだ。
少しして、前方には午後の光を浴びて光り輝く海が見え、同時に巨大なクルーズも見えた。
「別に行きづらくなんて――」
善吉は途中で絶句する。それはその船体に書かれた文字のせいだった。
『月氷会』
車が港に到着すると、背の非常に小さい、バニーガール姿の女性が善吉達を出迎えた。
その瞳は刺々しく、うっすらと浮かぶ笑顔が昔見たホラー映画の殺人鬼を思い出させる。
「やあやぁ善吉君に大嵐君。昨日ぶりだねぇ」
それは球磨川をこの島にけしかけた、兎洞武器子その人だった。
「行きづらいって――」
「もっと正確には会いづらい、だったかもね」
「なぁに言ってんですカ? いいから、さっさと乗ってくださいよ。今回の行先は南極でも月でもないですから安心してくださいネ」
意地悪そうに笑う武器子も、リムジンから出てきた艦娘達を見ると、真剣な顔に戻る。
「艦娘の皆様方、はじめまして。私は黒神グループ系列『月氷会』から参りました、兎洞武器子と申します。今回は皆さまを会場まで運ばせていただきます故、よろしくお願いします。あ、これ私の名刺です。もし困ったことがあったら遠慮せず、すぐに連絡を――」
「みんなさっさと乗り込んじゃえ。中では自由にくつろいでいいからなー」
「船に乗るの久しぶりです」
「そりゃまぁ、普段は乗る必要ないからな。さ、ゴーゴー」
善吉に遮られた武器子は手にした名刺を結局誰にも渡すことができなかった。
恨めしそうに善吉を睨むが、善吉は気にせず、艦娘に続いて船に乗り込んだ。
「まったく、あの男は忌々しい」
「兎洞さんがそこまで嫌悪感をむき出しにするのは珍しいですね。いや、そうでもないのかな?」
「あなただって知ってるでしょ。一年前くらいに大きな仕事をあの男に潰されたんですよ。まぁいいですけど。一番腹が立ったのは私のコレクションであるロケットをですね――」
「はいはい、続きは中で聞きますから。直接会うのは久しぶりですし、まぁゆっくり話しましょう」
「しょうがないですね。いいでしょう」
そんなやり取りをしながら、大嵐と武器子も船に乗り込み、間もなくして船は会場へと向かった。夜には会場近くの港につき、ホテルで一泊することになった。
その間、合同練習ということはなかったが、各々が時間を見つけては自主練をしていた。
そして本番当日の朝を迎えた。
会場は都内有数の巨大ホール。
朝方から楽器が運ばれ、本番前最後の合同演奏、もといリハーサルを行い、善吉達は控室で本番を待っていた。