都内有数の巨大ホール、そのエントランスである少女の一団がやけに騒いでいた。
「まったく、黒神グループ様様よね。陽炎型が一同するなんて、何年ぶりかしら」
「そうですね。電話やラインはよくしますが、顔を合わせるのは随分久しぶりです」
「やったらもうちょい笑いや。せっかく妹に会えたんやから、ほらもっとニィっとしぃ」
「黒潮さん、不知火姉さんの額に青筋が浮かんでるのでやめたほうが――」
「はぁぁ雪風達大丈夫かしら。ちゃんと演奏できるかしら」
「心配いらんよ。なんせ長門型の二人に大和型の二人がおるし、どんな敵が来てもイチコロじゃけぇ」
「浦風、演奏は戦いじゃないぞ」
「まったく皆さん、久しぶりだからってはしゃぎ過ぎです。それよりあの、物販ってどこでしょうか」
「ちょーっと浜風、勝手にうろちょろしない。後で物販はみんなで回るから、谷風さんから離れないでよ」
「私達、本当にこんなところに来てよかったのかな? 鎮守府のみんなが心配だよ」
「もー! のわっちは心配し過ぎなんだよ! なぁ萩」
「野分は嵐よりも思慮深いんです。私も鎮守府のことは少し心配よ。ま、来ちゃったんだから気にしても無駄だし、せっかくなら楽しみましょう?」
「そうそう、皆が集まったんだし。楽しく、笑顔で! ほら1、2!」
「あぁもう……舞風踊るのやめれ。周囲の視線が痛いから。それよりホールってスケブ持ち込みOKかな」
「どうだろう……。っておい清霜! そっちは関係者専用入り口! 私達は立ち入り禁止だ!」
「えー。武蔵さんに会いたいよー」
「そうだぞ清霜。会うのはまた後でだ。先に姉御達の演奏を楽しまないと」
「大和は大丈夫だろうか。あぁ見えて繊細なところもあるし……あぁ緊張してきた」
「もう、矢矧さんが緊張してどうするんですか。そういう時は人という字をですね」
「鳳翔さんも落ち着いて。え、カニはホールに連れていけない? すいません、この子実は生きたカニじゃなくてただのアクセサリーなんです」
「朧も逞しくなったわね。そして鳳翔さん、そっちは出口です。入り口はこっち」
「あはは、とっても賑やかですね。姉さま」
「イエース! でもまさかアイオワからミーに招待状が来るとは思わなかったデース」
「それはこっちの台詞よ。なにが海外艦のよしみで、よ。金剛は日本艦だし、鎮守府出る時ローマとリットリオが涙目で手を振ってたわよ。ちゃんとお土産買って帰らないと……」
賑やかな一行もホールに入ると、その声は徐々に静まった。
中は広く、絢爛豪華な造りは外と同じだ。
その中央の席が彼女達に与えられた席だった。
他の席に座る人々は落ち着いた様子で談笑している。
その多くがそれなりの年齢に見え、その上品さはどこか近寄りがたい雰囲気もある。
「――この部は海軍関係者が多く聴きに来てるんだって。午後からが一般の人向けらしいよ」
「よく知ってるな秋雲、誰情報?」
「夕雲。あの子海軍の上層部と仲良いから」
「夕雲姉さんは何やってんだか」
「そう言えば夕雲姉さんに物販の買い占め頼まれたよ。夕雲型全員分」
「陽炎型が全員集合したのが悔しかったんだろうなぁ」
少女達が小声で会話していると、なにやら周囲が騒がしくなった。
「めだか様。めだか様と不知火様にはVIP席が用意してありますから、どうかそちらへ」
「私はここがいいのだ。善吉が私に用意してくれた席だろう? ならば私はここに座りたいのだ。なぁ不知火」
「さぁね。アタシはどっちでもいいけど、お嬢様は言い出したら聞かないし、諦めた方がいいよ、とだけ言っとく」
肩まで伸びた黒髪をふわりとなびかせる女性は、まっすぐに少女達の方へ近づいてきた。
その凛とした姿に、ホールの全観客がそちらに目を奪われた。
女性はその視線を物ともせず、少女の一団の前で立ち止まった。
「お隣を失礼させていただく」
そう一言置いて、女性は少女の一団の隣に座った。
「おじゃまー」
凛とした女性の隣には、小学生ほどの身長の少女が菓子パンを頬張りながら座った。
少しの沈黙の後、凛とした女性は隣に座るブロンドの女性に尋ねた。
「唐突で失礼だが、貴女たちは艦娘の方々で間違いないか?」
「――イエス。金剛型一番艦金剛デース。ユーは?」
「私は黒神めだか。こちらは私の友人、不知火半袖」
「どもー」
幼い艦娘達の中で一際目つきが鋭い少女が眉をピクリと動かしたが、めだかは気にすることなく会話を続ける。
「今日の演奏で、私の惚れた男が指揮者をやることになっているんだ。そやつが貴女方の仲間に大変世話になった。私から礼を言わせてくれ」
ステージに目をやるめだかはどこか嬉しそうだった。
座席に座った腰を降ろしたまま小さく礼をした。
半袖は珍しいものでも見れて嬉しいのか、クスクスと笑った。
女性の頭を軽く下げる様は、優雅というか、まるで有名な絵画の一種に見え、金剛は思わず見惚れてしまった。
しかし、すぐに失いかけた言葉を取り戻し、返事をする。
「礼なんて必要ないデース。むしろ、今回の作戦をよくぞ導いてくれたと、私たちからも御礼を言いたいくらいネ。他鎮守府であるにも拘らず、仲の悪さ、もとい相性の悪さが有名だったアイオワと長門をまとめあげてくれた。ユーのボーイフレンド何者ですカ?」
「ふふん、善吉か。善吉は一言で言うなら、良い男だ。私は友人と呼べる者全てを命に代えても護る自信があるけれども、護られるなら善吉以外は認めないだろうなぁ。そんな男だ。だから今回の仕事も、安心して任せられた」
めだかの言葉は決して冗談めいていなくて、だからこそ金剛は純粋に驚く。
この女性は、命に代えても誰かを護る自信があると、そう言った。
それは並大抵の人間が真剣に口にできるものではない。
その女性が認めたたった一人の、『護られてもいい人』。
「――なるほど。そんな方ならきっと、素晴らしいオーケストラになるでしょうネ」
「あぁ、保障しよう。素晴らしいものになる、一生忘れられないような、な」
めだかの自信に満ちた表情が、照明の灯と共に闇に溶けていく。
開園のブザーがホールに鳴り響き、幕は開けられた。