「うーん、緊張してきました」
そうぼやく雪風の頬を、時津風が揉み解す。
「だいじょーぶだって。お姉ちゃんたちも来てるんだから、精一杯やろ!」
「だから緊張してるんですけど……」
肩を落とす雪風と不思議そうに首を傾げる時津風に、周囲からドッと笑いが起きた。
トントンと楽屋のドアがノックされ、外から善吉が入ってきた。
「おうおう、楽しそうじゃねぇか。緊張してなさそうで安心――」
「ゼンキチ、アキーツが……」
アイオワが指さす先には、生まれたての小鹿のように震える秋津洲が長門に支えられなんとか立っていた。
「大丈夫か? というか笑い声が聞こえたから安心してたけど……」
善吉は落ち着いて周囲を見渡す。
戦艦組は多少緊張しているようだが、大きな問題はない様子だ。
問題は駆逐艦娘だった。
平然としているのは時津風のみで、他は大なり小なり緊張で身体が堅くなっている。
流石に秋津洲ほどの重傷者はいないが。
「ま。当然と言えば当然か。さらに不安がらせてしまうが、言っておく。ホールは満員御礼。チケットは午後も含めて完売だ。観客たちはお前たちの演奏に、かなり、期待しているみたいだ」
「なんでそんなプレッシャーをかけるかも。善吉が本性を現したかも」
「プレッシャーを与えるつもりじゃないさ。ただの純然たる真実だ。それを踏まえたうえで聞いてくれ」
善吉は再び周囲を見渡す。
オーダーメイドで各々に作られたタキシードやワンピースを着た艦娘たちは、今や立派なオーケストラだ。
それを確認し、善吉は懐から指揮棒を取り出し掲げる。
「指揮棒?」
「そうだ、天津風。これから俺達は日本有数のホールで、大勢の観客に見られながら演奏をする。中には見知った顔がいて、さらに緊張するやつもいるだろう。緊張のあまり、普段の、お前たちの演奏ができなくなるかもしれない。そんな時は、これを見ろ。そして、俺を見ろ。お前たちの演奏を指揮する俺を見ろ。」
「ゼンキチ……」
「そして耳はアイオワのピアノに傾けろ。お前たちの演奏を調律する、唯一無二の存在に耳を傾けろ」
指揮棒を向けられたアイオワは、任せろと言わんばかりに胸を叩く。
「そして鼓動を秋津洲のティンパニに預けろ。演奏に脈を打たせる秋津洲のリズムを信じて、その鼓動に全てを預けろ」
次に指揮棒を向けられた秋津洲は、大きく深呼吸をし、震えを抑え、前を向く。
その瞳に怯えはなく、ただ自分のできることをやる。その意志を光らせていた。
「そうすれば、いつも通りの俺達の演奏だ。俺たちのオーケストラだ」
善吉は指揮棒を胸にしまい、くるりと背を向ける。
「さぁ、本番だ。皆行くぞ」
歩き始めた善吉の後ろを、艦娘達が付いて行く。
その一団の中で、時津風は隣を歩く武蔵に声をかけた。
「ねぇねぇ武蔵。今の善吉ってさ」
「時津風よ、言わなくても分かる。我々の全てを安心して任せられる。その姿はまるで――」
『提督』のようだ、と。
艦娘たちは全員そう思っていた。
「ま、『提督』じゃなくて、『指揮者』って呼ぶのが正しいんだけどね」
「どちらも似たようなものではないか。我々は善吉を信じて舞台に立てば良い」
そんな善吉に連れられ、オーケストラはホールに到着する。
各々の楽器を手に取り、その感触を確かめる。
幕の向こうからは小さなざわめきが漏れていた。
しかし、艦娘たちの胸には不安も緊張もなかった。
あるのはただ、オーケストラの最前に立つ善吉への信頼。
善吉が頷き、皆が頷き返す。
スッとざわめきが消え、開幕のブザーが鳴り響く。
ゆっくりと幕が上がり始める。
幕が上がりきる直前、善吉が艦娘たちの方に顔を向けた。
いよいよだぜ、と言わんばかりの笑みに、艦娘たちにもつられて頬が緩む。
程よい緊張と確かな自信を抱き。
今、オーケストラが始まる。
(できれば)明日はエピローグを投稿したいです。
今のところエピローグは3話分を予定しております。
あと数話、お楽しみいただければ幸いです。
(できれば)と言ったのは、まぁ察してネ。
無人島で鉄を漁ったり忙しいのよネ、この時期は。