艦隊楽戦~善吉ハーモニー~   作:宵闇@ねこまんま

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お ま た せ
今日これを含めて3つ投稿して物語は終わりです。


エピローグ1―楽屋にて―

「お前ら、本当にお疲れ様。それとありがとう。お前らは最高だ!」

 善吉は勝利を知らしめるように、拳を振り上げた。

 実際、今日の演奏は午前午後共に大盛況だった。それこそアンコールを求められるほどに。

 観客の感動に溢れた表情を、善吉はしっかりと見ていた。

 その中に、誇らしげに胸を張る女性と、珍しく真剣な表情で聞き入っている親友がいたことも、はっきりと見えていた。

 午前と午後の演奏を終え、楽屋には疲れ切り、己の全てを出し切った艦娘達が伸びていた。

 疲れ切ってはいたが、皆一様に満足げな表情だ。

「善吉こそ、お疲れさまー。いやぁ善吉の指揮には助けられたよー」

「お、時津風が珍しく素直だな。どうしたんだー」

「べっつにー。いつも通りだけどー」

 そういう時津風だが、疲労からか、いつもと少し違う様子だ。

 善吉はそれに気が付いたが、とくに言及することなく、話を進める。

「アイオワ、それと秋津洲、お前たちには色々助けられた。お前たちが居たからこそ、皆がそれぞれの個性を出せた」

「いえいえ、こちらこそThank youデース」

「ありがとうかも!」

「うむ、確かに二人の演奏が軸となった。そういう意味で、善吉だけでなく、アイオワと秋津洲にも感謝だな」

「あら、長門まで素直になっちゃって」

「本当のことを言ったまでだ。からかうな」

「あらあら、ごめんなさい」

 長門は少し恥ずかしそうだが、その様子に善吉は心の底からホッとする。

 そして純粋に、嬉しかった。

 ほんの一週間前までは険悪な関係にあった二人、そして孤立していた一人が、最後には互いを認め合い、笑いあっているのだから。

 そしてもう一つの問題であった、大嵐と照月についてもだ。

「大嵐さん、どうでしたか?」

「僕的には今までで一番の演奏になったと思うんだけど」

「はい。本当に、素晴らしかった。感動しました」

「やったー! 大嵐さんにそう言ってもらえるのが私たちにとって一番嬉しいです」

「大嵐さんの演奏にはまだ敵わないけど。うん、嬉しい」

 照月と初月は大嵐に演奏を認められたことが本当に嬉しそうだった。

 貰った『感動』を返すことができた。

 それは間違えようがない、幸せだった。

「あ、陽炎姉さんからラインきてるよ。『感動したよ。あとで会える時間貰えるらしいから、またあとでね』、だって」

「よかった、会えるんだ。一部の演奏で客席に姉さんたちが見えた時はやっぱり驚いたけど、とにかく皆にまた会えて良かったわ」

 雪風と天津風は久しぶりに姉妹と会えることが余程嬉しいようで、楽屋に帰ってからそのことばかり話している。

「うん、皆本当に良くやってくれた」

「善吉もよくやった。本当に。指揮というのは勿論、並の人間なら演奏にこぎつけることすら難しかっただろう」

「でも私は信じていましたよ。無事に成功するって」

「確かに、大和は最初からそう言っていたな。ハハハ、やはり大和には敵わないなァ」

 大和と武蔵も満足そうだ。

「で、だ。皆お疲れ様っていうのは勿論なんだが、これからの話をさせてくれ」

 善吉が手を鳴らすと、騒いでいた面々もスッと静まる。

「これから、とは?」

「そんな難しい顔するな、長門。お疲れ様会というか、小規模だがパーティーをする、らしい。あと少しで迎えの車が来る。そのパーティーで他の陽炎型含む招待した艦娘と会える、はずだ」

「煮え切らないデスネ。何かproblemでも?」

「いやぁ言いにくいんだが――俺は行けないんだ」

「えぇー! なんでー!」

 時津風は怒った様子で抗議するが、善吉は苦笑いを返すことしかできなかった。

「悪いな、俺は別件で呼び出されてるんだ。だから、お前たちとはここでお別れになる。今回の仕事は、俺にとっても本当に良い経験になった。本当にありが――」

「いぃぃぃやぁぁぁぁだぁぁぁぁ!」

 善吉の言葉を遮ったのは、時津風だった。

 時津風は勢いよく善吉の背中に飛びつき、しがみつき。ポカポカと善吉の頭を殴りつける。

「ちょっと時津風! アンタ何してんの!」

「いやだぁ! 善吉は一緒にパーティー来るの!」

「駄々を言っちゃ駄目ですよ、時津風」

「だって、善吉は普通の人だから――もう会えないかもしれないじゃん!」

 時津風の言い分に、艦娘たちは一様に静まり返る。

「それは、しょうがないことですよ。時津風さん」

 大和はできるだけ優しく言うが、時津風は強くしがみついたままだ。

「しょうがなくないよ! そうだ、善吉も鎮守府に来ればいいんだよ! 提督……になれるか分からないけど、善吉なら――」

「時津風」

「鎮守府で働けば、いつだって遊べるし――」

「時津風」

「他の艦娘、特にお姉ちゃんとか妹も紹介したいし、だから今はパーティーに――」

「時津風!」

 善吉の声に、時津風は言葉を詰まらせた。

 静かになった時津風を善吉はゆっくりと目の前に降ろす。

 時津風は伏し目がちに善吉に目を向けた。

 きっと怒っていると思っていた。

 最後の最後に我儘を言って、善吉を困らせてしまったことを後悔していた。

 けれど善吉は、怒っている風でもなく、困っている風でもなく、少し寂しそうに、けれど優しく、時津風に微笑んでいた。

「善吉……」

 腰をかがめ、時津風と目線を同じ位置にして、温和に言い聞かせる。

「本当にごめんな。俺もできるだけお前たちと一緒に居たかったんだけど、こればっかりはしょうがないみたいだ。それにお前たちと一緒に仕事して、鎮守府というか、艦娘と関わる仕事がしたいとも思った」

「それじゃ――」

「でも俺には、別にやるべきことがある。この後の別件にしろ、将来の仕事にしろ、な。だから、鎮守府にはいけない」

 善吉が何かを言うたびに、時津風の目尻に涙が溜まる。

「本当に――ここでお別れなの?」

「……『今は』な」

 善吉は悪戯っぽく笑みを浮かべた。

「どういうこと?」

「俺は将来、黒神グループで働きたいと思ってる。というか、働く。時津風は黒神グループって知ってるか?」

「名前ぐらいなら。今回のイベントにも関係してたっけ」

「そうだ。陸海空、その全てに通じてる。巨大すぎて今の俺には見上げることしかできない。その黒神グループの頂点に立つのが、俺の幼馴染で、俺の惚れた女性である黒神めだかだ。俺はめだかちゃんの隣に立つ男になりたいんだ」

「…………」

 時津風はうなだれたまま、善吉の声に耳を傾ける。

「海にも通じる黒神グループの、頂点に立つ女の子の隣に立つんだぜ。その時俺は、その女の子と、この世界を見渡せる男になる。それはつまり――あの広大で美しく、そして恐ろしい海を見渡すってことになる」

「何が言いたいの?」

「だからさ、それがいつになるかは分からないけど、俺は絶対、黒神グループの上にいく。そしたらきっと、海を護るお前たちにだって、また会うことができる。それが仕事関係なのか、プライベートなのかは分からないが、きっと会いに行く」

『また会える』という言葉に、時津風は眼を輝かせずにはいられなかった。

「本当の本当?」

「当たり前だ。俺を誰だと思ってる」

「さぁ? アイスをくれたり遊んでくれる――親戚のお兄ちゃん?」

「おいおい……」

 時津風は調子を取り戻した様子でとぼける。

「時津風ったら、素直じゃないわね。そのままを言えば良いのよ」

 時津風に、いつもの苦笑を浮かべる天津風が言った。

「そのまま……? あぁ、そういうこと」

「分かったか? 時津風」

「うん。善吉は、この艦隊の、私達の『指揮者』。そうでしょ?」

「カカカ、その通りだぜ。『提督』には及びもつかないが、お前たちのたった一人の『指揮者』だ。迷ったときは俺を見ろ、正しい方向に導いてやる。お前たちに並び立つ存在が『提督』だとすれば、お前たちの前に立ち、迷った時には助けになるのが『指揮者』だ。だからまたいつの日か、きっと会える」

「――約束だよ」

「あぁ。俺は約束を破ったことがない男だ。安心しろ」

「嘘臭いなぁ」

 そう言いながらも、善吉に差し出された小指に、時津風は迷うことなく自分の小指を絡ませた。

「指切りげんまん!」

「嘘ついたら46cm三連装砲受―ける。指切った!」

「おい待て、聞き慣れない単語があったが」

 時津風は悪戯っぽく笑い、目尻に溜まった涙を拭った。

「大和さんか武蔵さんかは選ばせてあげるね」

「こいつはなおの事、約束守らないとなぁ」

 善吉は苦笑しつつも、強く頷いた。

 必ず約束を果たすと、強く強く頷いた。

「善吉君、時間です」

 扉の外には大嵐と迎えの人間が立っていた。

「もうそんな時間か……」

「はい、迎えの車が表に止まっています」

 善吉は名残惜しそうに、それでもできるだけ明るく振舞う。

「よし皆、ここでしばしのお別れだ。元気で――」

「待った善吉。昨日も言ったろう。それは風流ではない」

「――それも、そうだな」

 長門はニンマリと笑い、表情を引き締め、ピンと背筋を伸ばす。

 他の艦娘たちも皆それに続き、真剣な表情で背筋を伸ばした。

「我が艦隊の『指揮者』に、敬礼ッ!」

 全員が揃って敬礼した。

 感謝と情愛と決別と、再会の誓いの意が込められた、敬礼だった。

「それでは、皆さんこちらへ」

 大嵐の案内で、艦娘たちは出入り口へ進む。

「それではな、善吉よ。今回の任務、お前がいなければ、お前でなくてはきっと成功しなかった」

「俺こそ、武蔵には何度も助けられた。アイオワと長門のことにしろ、演奏にしても。お前のコントラバスは本当に力強くて、何度聞いても美しいと思った」

「あははは、そう言ってもらえると、本当にうれしい。頑張った甲斐があったというものだ。それではな」

「おう、またな」

 武蔵はいつもと変わらない、豪快な笑みを浮かべ、楽屋を出て行った。

「善吉さん、大変お世話になりました」

「あぁ、大和もな。お前のバイオリンを弾く姿は、本当に美しかった。それにお前の落ち着いた様子はオーケストラの花型だった。大和がこのオーケストラに居てくれて、本当に良かった」

「そう言ってもらえて嬉しいです。善吉さんに会えて、本当に良かったです。お元気で」

 大和は深々と頭を下げ、楽屋を出て行った。

「まぁ、良くやったと、そう思うわ」

「時津風には素直になれと言うが、お前の素直さは中々捻くれてるよな、天津風」

「五月蠅いわね。褒めてるんだから、素直に喜びなさいよ」

「カッカッカ、分かったよ。ありがとう。お前のフルートは、本当に澄んでいて、すごく好きだった。と、同時に、すごくお前らしいと思った。次会う時も、そのままのお前でいてくれよ」

「考えとくわ。それじゃあね。あと……ありがとね」

 天津風は楽屋をそそくさと出て行き、一度だけ振り返って、小さく手を振った。

 善吉もそれに小さく返す。

「天津風ちゃんは少し恥ずかしがり屋なのよ。今風に言うと……ツンデレ?」

「分かってるよ。俺からすりゃ可愛いもんさ。それにしても、最初から最後まで、陸奥は余裕そうだったな」

「そうでもないわ。長門のことなんか、本当に心配だったのよ」

「それでも、俺や駆逐艦娘からすれば、陸奥の余裕のある態度は、やっぱり安心を与えてくれるものだった。お前がいなかったらきっと、このオーケストラにはモヤモヤとした形のない不安が漂っていたはずだ」

「あらあら、本当に人を喜ばせるのが上手なのね。でも私は寡黙な男の方が好きよ」

「さいですか」

 陸奥は薄く笑いを浮かべて、楽屋を出て行った。

「善吉には、すごくお世話になりました。本当に、本当に」

「なんていうか、雪風にそう言われると、他の奴に言われるより、別れが辛くなるな」

「なんでですか。私は他のみんなと変わりませんよ」

「理由を訊かれると少し困るんだが、雪風と艦娘って存在についてだったり、未来についてだったり、そういう話をしただろ? その時思ったんだ。お前は駆逐艦娘で見た目は幼いけど、たぶん今回の任務に携わった誰よりも、考えが大人びている。いや、言い方が少し悪いな。お前は『優しい』。他の艦娘とは違った形で、過去も未来も現在も、全部を呑み込める器なんだと思う」

「……善吉の話は少し難しいです。でも、褒められてることは分かりました。ありがとうございます」

「ま、なんにせよ、だ。金管楽器組は最初こそ不安だらけ、照月と初月に関しては最後までトラブルだらけだったが、それでも最終的には見事なものになった。それはお前がいたからこそ、だと思う。優しいお前が、金管楽器組を導いたのだと、俺は考えている」

「それは言い過ぎですよ。皆さんの努力の賜物です」

「なんでもいいさ。とにかく俺はお前にすげぇ感謝してるし、お前に会えてすごく嬉しかった」

「私も、善吉に会えて良かったです。善吉みたいに――『格好いい』人間に会えて、良かった。次会う時も、格好いいままの善吉で」

「そういう未来のことサラッと言えるのも、雪風らしいっていうか……。雪風も、優しいままで、またいつか」

 雪風はペコリと頭を下げ、楽屋を出ていった。

「まぁ僕は、特に言うことはないんだけれど」

「そう寂しいこと言うなよ。俺は初月にも感謝してるんだぜ?」

「僕だって善吉には感謝してるさ。他の皆が言う通り、今回の任務は善吉にしか成し得ないものだったと、そう思っている。ただ、僕が言いたいことは皆が言ってくれたからね」

「嬉しいような、寂しいような……」

「だから強いて僕から善吉に言いたい事と言えば、そうだね……。うん、やっぱり、ありがとう、だね」

「こちらこそ。ライさん仕込みの初月のホルンは、本当に綺麗な音色だった。その音色のおかげでオーケストラは一段と良いものになった」

「そう言ってもらえると嬉しい。それに僕が言ったありがとう、っていうのは、この任務を成功に導いてくれたこともだし、あとは貴重な経験をさせてくれてありがとう、って意味もあるんだ。艦娘として普通に生きてたら、楽器に触れることなんてなかっただろうし。だから、ありがとう」

「お前は本当に謙虚というか、冷静というか。この艦隊にいるやつは大体騒がしい奴らばかりだからさ、お前みたいな存在は貴重だったし、色々助かったよ。でももう少し、歳相応な様子も見てみたかったかな」

「それは――次会う時にでも、ね」

 初月は終始冷静な笑みを浮かべたまま、楽屋を出て行った。

「わたしも行こー」

「待て待て島風。もう少し余韻というか――」

「だってまた会えるんでしょ?」

「そうなんだけどさ……。お前のそういう……マイペースなところ、好きだぜ」

「いきなりどうしたの」

「いや、今回色々なことがあったけどさ、お前だけはいつでもマイペースだったよな。実際、そのマイペースさに俺は結構救われてたんだぜ?」

「……」

「黙りこくって、どうしたよ」

「……わたしも、善吉には感謝してるよ。ちゃんとわたしのこと見てくれて。わたしは姉妹艦がいないし、別に一人でも平気だから自分勝手にしてるけど、独りになりたいわけじゃないから、善吉がちゃんと私のことを気にかけてくれたのは嬉しかった」

「それは仕事だったからな。けれど、お前の事を放っておけなかったことも事実だ。それはたぶん、お前がそういう奴だったからだよ」

「そういう奴って?」

「お前は、お前の行動は人を惹きつける。意図せずかもしれないが、お前にはそういう魅力があるんだ。周囲を巻き込むその様は、まるで台風みたいだ。でもそれは、決して荒々しいものじゃない。言うなれば『主人公』さ」

「わたしからすれば、善吉の方がその言葉は似合うと思うんだけど」

「いいや、俺はお前にこそ相応しいと思うぜ。いや、思わせてくれ。そんなお前に、俺も巻き込まれたんだ。だから俺はより強く思う。きっとまた会える、ってな」

「――じゃあ、やっぱりこの言葉がピッタリだね。『またね』。善吉」

「おう『またな』。島風」

 島風は振り返ることなく、楽屋を飛び出た。

「善吉さんには、感謝の言葉しかありません」

「それは俺もだよ。秋月」

「私の演奏は素人同然からのスタートでしたし、木管楽器組の足手まといでした」

「馬鹿なことを言うな。秋月が居たからこそ、木管楽器組はまとまった。秋月がいたからこそ、木管楽器組はあの美しい音色を出せたんだ。もっと自分に自信を持て」

「それでも……私は妹達の力になることすらできない、駄目な姉です」

「後悔してるのは、やっぱりそっちの方か。でもなぁ秋月、それに関しても演奏と同じだ。お前がいなければ、あの二人はきっと潰れてた。お前が思っている以上に『姉』という存在は大きい。それに、お前の妹であるあの二人は、お前の背中を間近で見て育ってきたんだ。あの二人があの場でライさんを護れたのは紛れもなく、お前の影響だろう。だから、自信を持ってくれ」

「……少し、時間がかかるかも知れません。それでも、次に善吉さんと会う時までには、妹達にも皆にも、胸を張れる艦娘になっています」

 秋月は一礼し楽屋を後にする。その背には、一週間前には見られなかった覚悟のようなものが背負われていた。

「善吉さん、今まで大変お世話になりました」

「こちらこそ世話になったよ、照月。色々とトラブルがあったけど、よく頑張りぬいてくれた」

「そんな……どれも、周りの皆に助けられただけです」

「それでも、だ。ライさんを護ったお前の姿に俺は感動した。お前と会えて本当に良かったと、そう思えた。俺がこの仕事で得た一番の宝はそれだ。お前だけじゃない。艦娘全員からひしひしと感じた。人を護って戦う者の矜持、姿勢、志。そういう類の物をこの目で見ることができた。ありがとう」

「――私も、今回の任務でたくさんの事を学びました。私自身のこと、人のこと。善吉さんの言葉を借りるなら『宝』。これから先、一生忘れることのできない『宝』になりました」

「それなら良かった。元気でな」

「はい! 善吉さんも!」

 照月は太陽のように眩しい笑みを浮かべ楽屋を出て行った。

「次は私の番か。まぁ、私は皆に迷惑ばかりかけてしまった。最後には上手く纏まったとは言え、善吉や皆には感謝と謝罪の想いしかない。本当にすまない、そしてありがとう」

「カッカッカ、そうかしこまるなよ。俺は今回の仕事に長門が居てくれて良かったと思うぜ。乗り越えたトラブルが大きければ大きいほど、生まれる結束は堅牢になる。そういった意味で、お前の存在はありがたかった」

「そういってもらえると……少しは救われる」

「救われる、か。お前だけじゃないが、色んな奴が色んな問題とぶつかって、最後には救われたと思う。俺はそれに安堵すると同時に感動した。困難を乗り越えたその瞬間に立ち会えたことは、俺に勇気を与えてくれた。それに、俺はお前みたいなやつが好きだしな」

「お前みたい、とは?」

「自分の中に曲げることも譲ることもできない芯を持ってて、それと正面からぶつかって、悩んで成長するやつ。大好きだ。俺もそうありたいと思う」

「善吉はいい人間だ。時津風じゃないが、私もまたいつか、お前と任務に就きたい。そう思わせる人間は、提督と善吉だけだ」

「そうか。ありがとな。それじゃ、また」

「あぁ。達者でな」

 長門は悠然と楽屋を出て行った。

「Meもゼンキチには感謝してマース。Meが艦娘として生まれた意味を知ることはまだできないけれど、前向きになることができマシタ。それに大切なfriendもできマシタ。アリガトウじゃ、とても足りませン」

「そうしんみりすんなよ、お前らしくないぜ。アイオワ」

「私らしさ、デスカ。そうかもしれませんネ……。でも、その私らしさも、この数日で見つけることができた気がします。今までずっと、胸のどこかで突っかかってた何かガ無くなって、MeはよりMeらしく、前に進めマース」

「そのきっかけになれたのなら、俺は嬉しいよ。お前に調律を任せたのは、お前がピアノだったのもあるが、それ以上にお前はその適性があると思ったからなんだ。お前は周りをよく見ている。それはもしかしたら、お前を周囲の悪意ある視線から護るためだったかもしれない。でも今やそれは、お前の立派な武器の一つだ。お前は強い、強くなった。だから自信を持って、前へ進め」

「thank you for all you`ve done. また会える日を、楽しみにしていマース」

 アイオワは輝くブロンドを波打たせ、薄く笑みを浮かべながら楽屋を出て行った。

「今までありがとうかも。それじゃ」

「待て待て。それはさっき島風でやった」

「それはそっちの勝手かも」

 秋津洲は頑なに顔をこちらに向けない。その陰に善吉はキラリと輝く何かを見つけた。

「――お前、泣いてんのか?」

「うるさいかも!」

「――そうか」

 そう言った善吉も、秋津洲から顔を逸らしていた。秋津洲はそれを見て怒ったようにまくしたてる。

「なんで善吉まで泣いてるかも!」

「いいだろうが。今回一番成長したのは、間違いなくお前だ。いや、この言葉は間違いだ。お前はもともと面白くて、楽しくて、人を惹きつける魅力を持っていた。でも少しの照れや羞恥心でそれが隠れてた。今回の任務でお前はそれを克服した。それだけじゃない。お前はアイオワの隣で支えになって、このオーケストラになくてはならない大きな柱となった。俺はそれが嬉しくて、本当に……本当に……」

「ちょっと、そんなガチ泣きしないで欲しいかも! ほら、もう泣いてないから! 泣き止んで欲しいかも!」

「悪いな。湿っぽい別れは嫌いなんだが、どうしてもこらえきれなかった。でも勘違いするなよ。これは悲しくて涙を流してるんじゃない。本当に、嬉しいんだ。お前の成長ぶりには心底驚かされる。だから、次会う時が楽しみだ。きっと、お前の周りにはたくさんの仲間がいるだろう。共に肩を並べ、笑いあう仲間がいる。それを見るのが楽しみだ」

「――ずるいかも。最後までかっこよくて、優しくて。善吉と、アイオワさんには感謝しかないかも。二人のおかげで他の皆とも仲良くなれて、頼りにされる事が嬉しくて、全部全部二人がいたから――」

「そこまでだ。確かに俺とアイオワがきっかけだったかもしれない。でも、お前だからできたことなんだよ。だから、それ以上は言わなくていい。最後は笑顔で、な」

「……うん。そうだね。それが、私達らしいかも」

 秋津洲は精一杯の笑顔を浮かべ、善吉とハイタッチをし、楽屋を出て行った。

「最後は、お前だな。時津風」

「うん。でも、もう我儘は言わないよ。また会えるんだし」

「分かってるならいい。お前はさっき俺のこと親戚のお兄ちゃんって言ったよな?」

「え? うん。言ったよ」

「実は俺もお前を姪か妹か、そんな風に思ってた。本当に。お前は俺を鎮守府に連れて行きたがってたけどさ、俺もお前を家に持って帰りたいくらいだぜ」

「持って帰るって。ペットみたいに言わないでよ」

「だからさ、それくらいお前のことが可愛かったし、大好きだぜってことだ」

「あたしもだよ、善吉。提督と姉妹艦以外で、こんなに心を許せる人は初めてだった。だから大好き! またね!」

 時津風は最後に善吉をギュッと強く強く抱きしめて、楽屋を出て行く。

 次に会うのがいつになるのか、それは分からない。

 数年どころではない、何十年も後になるかもしれない。

 それでも怖くはなかった。

 なぜなら『約束』したから。

 あの撫子が言っていた。

 勝ち負けではない、誰もが幸せになる終わりがある、と。

 ならば『約束』は果たされるだろう。

 少なくとも、終わりは今ではないのだから。

「さぁて、俺も帰らないと行けないな」

 楽屋は今や善吉ただ一人を残すのみだった。

 善吉は自身の荷物を纏める。

 纏めると言っても、荷物はたった一つで、他は既に帰りの車に乗せている。

 懐にしまってあった指揮棒を取り出し、電灯にかざす。

 これはきっと、自分にとって肌身離せない宝物になってしまった気がする。

「眼鏡に続いてこんなキャラ付けしちまうとは、不知火あたりに「くどい」って怒られそうだぜ。でも、手放せないよな」

 指揮棒を懐に再びしまう。

 もうこの場にはいない皆の表情が脳裏を横切る。

「さて帰るか。『箱庭学園』に」

 善吉は満足げな様子で楽屋を後にした。

 多くの宝をその背に抱えた姿は、一週間前とは比べ物にならないほど、輝いて見えた。

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