近くにいるもの同士で、カチンカチンとグラスが打ち合わせられる。その綺麗な音が鳴りやむと、肉が焼かれる良い匂いと、パチパチと油の弾く音が辺りに響く。その中、善吉は一人の少女の元に訪れた。
「おい、秋津洲。なにが食いたい? 焼いてやるよ」
さっきと同じく、肩を震わせ、善吉と距離をとる。
「……自分で焼くから、いらないかも」
そう答える秋津洲からは、敵意に被せられた気恥ずかしさが感じられた。
リムジンの中から、秋津洲はただひたすら一人だった。秋月や雪風が何度か話しかけていたが、ことごとく会話が続かなかった。
「いいから、ほら。レバーでいいか?」
「……豚バラがいいかも」
「貧乏舌だな。俺も高い肉より豚バラの方が好きだぜ」
善吉はトングで豚バラの山を崩し、金網に広げる。その脇にナスも置く。
「あー! ナスは嫌いかも!」
「どっちだよ……。ナスは油に合って美味いんだ。それに野菜も食え」
肉が赤から徐々に白っぽくなる。肉の焼き加減から目を離さず、フッと思いついたように善吉は踏み込む。
「お前、人見知りだろ」
「ギクっ!」
「ギクってなんだお前。擬音を口に出すな」
秋津洲は恨めしそうに善吉を見ている。伏し目で善吉を睨むが、背が低いので威圧感も何もない。さらに言えば、むしろ可愛らしい人形のようだった。
「これから一緒にオーケストラを作るんだ。仲良くしろ、とは言わないが、仲良くしてくれたら俺も助かる」
「学校の先生みたいなこと言わないでほしいかも」
「ただの高校生だ」
「嘘かも。熱血かも。苦手かも……」
秋津洲が心なし離れていく気がしたので、その襟をつかみ隣に立たせる。
「あたしだって皆と仲良くしたい……かも」
「だったらすりゃいいじゃねぇか」
「簡単なことみたいに言わないでほしいかも」
秋津洲の顔が陰る。善吉は溜息を飲み込み、明るい顔を作る。
「秋月達が話しかけてたじゃねぇか。歳も近そうだし、話が合うんじゃないのか?」
「あの子達は皆姉妹艦だし、ちょっと近づきづらいかも」
「島風だって姉妹艦? じゃないんだろ?」
「島風は……陽炎型の親戚みたいなものだから。それに皆明るいかも。あたしは日陰に行きたいかも。すみっこで暗くてジメジメとしたところとか好き」
「お前……」
話していくうちに秋津洲が暗くなっていくのを見て、善吉は慌てて話題を変える手立てを打つ。丁度良く焼きあがった肉とナスを皿に取り、秋津洲に手渡した。それを秋津洲は渋々それを受け取り、口に運ぶ。同時に秋津洲の顔がパッと明るくなる。
「うん! 美味しいかも! このナスも肉汁を吸ってすごくジューシーなの!」
バクバクと勢いよく肉を頬張る秋津洲に、善吉が笑いかける。
「やっぱ暗い顔より明るい顔のほうが良いぞ」
「う、うるさいかも!」
ガルルと喉を鳴らし、善吉を睨むが、その頬は照れで紅潮していた。
「そう言うなって。お前が考えてるより、友達って簡単なものだと思うぞ。友達だからこうしなきゃっていうルールはない。自分の全部を見せる必要もない。自分が見せてもいいところまででいいんだ」
「でも、それじゃ相手が嫌な気持ちになるかも……。それに私みたいな人が話しかけたら嫌な気持ちになるかも……」
「お前は誰かと話してるだけで嫌な気持ちになるのか? 雪風達が話しかけてきた時、嫌な気持ちになったのか?」
「――なってないかも」
「あいつらもきっと、お前が今考えているようなことを考えてたと思うぜ。でもその気持ちより、お前と話したい気持ちが勝ったから話しかけたんだ」
「そうなのかな……」
「そうだよ。その行動を起こすために必要なものを、世間じゃ『勇気』って言うんだ」
「勇気……」
「今すぐってのは難しいかも知れねぇが、ゆっくりやれよ」
「頑張る……かも」
「おう、頑張れ」
そう言い残し、善吉は秋津洲から離れた。たぶん、一人で考える時間が必要だと思ったからだ。その考えに答えが出た時、秋津洲の周囲には多くの艦娘が集まることだろう。
「Niceよ。ゼンキチ」
アイオワが善吉に声をかける。どうやらさっきの秋津洲との会話を聞いていたようだ。アイオワも秋津洲を心配していたのだろう。
「俺的には、お前も心配だったんだがな」
アイオワも割と一人でいるが、秋津洲とは異なり、それに気恥ずかしさや自信のなさも見えず、時折長門以外の戦艦とも話しているのを見ていたので、秋津洲ほど心配していなかった。
「No problem。大人は『勇気』の代わりに『諦め』を覚えるものヨ」
夢も希望もないな、と思ったが勿論口には出さない。
「肉は美味いか?」
「Yes。特にスペアリブがDeliciousよ。祖国の味を思い出す」
そう言うアイオワの皿には大量のスペアリブが乗っていた。野菜を食べる気はないらしい。
「アメリカって感じの食べ方だな。野菜も食えよ」
善吉は自分の皿にあったナスをアイオワに皿に移す。
「ちょっと、Stop! Vegetableは嫌いなの」
「いいから食って見ろ。美味いから」
渋々ナスを食すと、先ほどの秋津洲のように目を輝かせ、飛び跳ねた。
「Deliiiiiiicious! これがナス? Fantastic!」
騒ぐアイオワに、一人の艦娘が睨んでいるのが見えた。そこで善吉は話を変える。
「長門と何があったのか教えてもらってもいいか? どうにもこれから先の大きな障害の一つになりそうだ」
「――あんまり面白い話じゃないワ」
アイオワの忠告に善吉は頷く。ホテルに来てから、長門の表情が柔らかくなってきたが、ふと厳しい表情をしている時があった。その視線の先には決まってアイオワがいた。
「ゼンキチはMeたち艦娘についてどこまで知ってる?」
「過去の大戦で活躍した軍艦の魂を引き継ぐ少女達ってとこかな。いまいち信じられないけど」
最後の言葉にアイオワはクスリと笑う。
「ではAt first、艦娘とはどんなものか、ということを見せてあげるわ」
そう言って一歩善吉から離れ、目を閉じた。その周囲に謎の光が集まり、形を作る。それは鎧のようであったり、戦車の砲塔のような形だ。その光が収まり、残されたものは黒々と光る鋼鉄の塊であった。
「それは……」
目を見開く善吉にアイオワが微笑む。
「これは艤装と呼ばれるものよ。艦娘の基本装備。この主砲で深海凄艦を撃ち、この装備で海を進むの」
そのまま足を指さす。その先には、ヒールのような、長靴のような鉄製の履物がついていた。
「これで海上を移動するの。背中のEngineをEnergyとしてネ。艦娘はそうやってEnemyと戦うのよ」
アイオワの主砲に、周囲の艦娘の注意が集まる。
「貴様、戦闘でもないのに艤装を出すな! 危険だと思われるだろう!」
「いいんだ長門、俺が見せてくれるように頼んだ」
ギロリと善吉を睨んだ長門は、渋々納得したようで食事に戻った。しかし、警戒の意識が常にこちらに向かっていることが分かる。
「これで、深海凄艦と戦うのか……。深海凄艦ってのはどんな奴なんだ?」
「――詳しくはまだわからないわ。でも分かってることが二つ。一つ、それを倒せるのは艦娘だけ。二つ、艦娘と深海凄艦には何らかの因果関係のような、複雑な関係性を持っている」
「カッ、ファンタジーの世界が目の前に現れてきたような気分だぜ」
「It's bad。ファンタジーの世界ならハッピーエンドで終わりネ。But、ここからがHeavy problemよ」
アイオワは複雑な表情で語り始めた。艦娘の存在について語られる仮説を。
「ゼンキチはWorld historyをstudyしましたか? OK、ならWorld warⅡも知ってるはずよね。あの戦争で失われた軍艦、その船に乗っていた軍人、彼らの魂が艦娘の源であると言われてマス。『帰りたい』『家族に会いたい』、切実に平和を望む彼らの感情」
そう語るアイオワの顔は重苦しいものだった。
「しかし、平和を望む戦争には、『死』がつきものデース。『死』や『絶望』、そういったMinusの感情が深海凄艦の源であるとも言われてマース。『殺す』『呪う』といった感情から生まれた、悪魔のような怨霊のような怪物。だから艦娘と深海凄艦は戦うのデース」
マイナス、という単語に、善吉は顔をしかめる。あの男の姿が脳裏に浮かんだからだ。
『負完全』と呼ばれ、マイナスの頂点であり、人類の最底辺を踊るあの男を。
「艦娘についてはこれが簡単な説明。そして、ここからが本題」
「本題って言うと、長門とお前のことか」
「Yes。World warⅡのBattle ship、とMeは言ったわ。そして、Warld warⅡで活躍した、日本の軍艦の魂を引き継ぐ少女が日本という国で生まれる、というのは筋が通っているわ。でもMe、アメリカ艦は、その日本の艦と戦った、いわば敵なのよ。そんなミーが日本という国で生まれた。いや、いっそ『生まれてしまった』と言った方がいいかもしれませんネ」
自嘲気味な言葉が言葉にできないくらい刺々しくて、まったくの無関係であった善吉の胸にも深く突き刺さる。『生まれてしまった』なんて言葉は、冗談でも聞きたくないものであったが、それを言わせてしまう現実にかける言葉が見つからない。
「なぜMeが生まれたのか。それについてはMeも、誰も分からない。仮説も上手く建てられない。そして不幸なことに、過去は敵対していたMeと日本の艦娘が共闘することになった。そしてナガートと私は、似ているようで、真逆の道を進む艦なの」
「真逆……?」
「そう、Meは戦勝国のBattle shipで戦争を生き抜いた。ナガートは敗戦国のBattle shipで、同じく戦争を生き抜いた。その後、Meは母国で博物館に展示され、国の礎を象徴する存在の一つになっているの。一方、ナガートは――」
「……クロスロード作戦」
善吉はクリアファイルに挟まれていた資料に書かれていた単語の一つを思い出した。
「Yes。原爆の実験として、核の焔に焼かれ沈みました。同じく戦争を生き抜いた軍艦なのに、これほど扱いが違うのか、とナガートが怒る気持ちも分かります。それで話が終われば良かったのですが……」
「今、こうやって顔を合わせることになった、と」
こくりと頷くアイオワは寂しそうだった。アイオワの気持ちも、長門の気持ちもよく分かる。いや、分かるなんて口にしてはいけないと、善吉は感じた、
その気持ちが真に分かるのは、おそらく人間でもなく、他の艦娘でもなく、アイオワと長門の二人だけであろう。それを察することしかできない善吉は、ただ複雑な表情でアイオワと長門を見守ることしかできないのだ。
「……暗くさせて悪かったな」
「No problem。Meはそこらへんの折り合いはついているつもりよ。ただ、ナガートにはもう少し時間がかかると思うわ」
長門に改心を迫るでも、感情をぶつけるでもない、アイオワのスタンスは大人びていると言えば良いのだろうか。けれども、その表現には違和感があった。
アイオワの艤装が光に包まれ、泡のように消えていく。そのまま手を振り、その場を去るアイオワに、善吉は声をかけることができなかった。