Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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終焉

――歓声が、月明かり満ちる平原に広がっていく。

 騎士たちの掲げる剣がその月光を映し、反射する光景は美しくすらあった。

 白鯨の巨躯がフリューゲルの大樹の下に横たわり、それを囲む一団を熱狂が押し包んでいる。誰もが勝利に浮かれ、悲願を果たしたことに感涙をこぼしていた。

 そんな中、強大な咆哮が二つ上がり、一時静まっていたリーファウス街道の大気を揺らす。

 討たれた白鯨とは別、本体を失った分身である二体の白鯨だ。地の上で巨躯をのたくらせ、まだ戦意があるのかと警戒するが、獰猛に猛るその身はどこか茫洋と薄れ始めている。

 本体からのマナの供給が途絶え、その肉体を維持できなくなりつつあるのだ。このまま放置しておいても、数分ともたずに消滅するだろう哀れな姿。それは何か言いたげに最後に鳴き、吹き散らされたマナが大気に溶け、その巨躯を完全に消失させた。

 今度こそ本当の意味で、白鯨の討伐戦は終わりを告げる。だが――、

 

「ようやく、中間地点ってとこだな」

「ああ、でもまぁ。少しは肩の荷が軽くなった感じだな」

 

 そう、白鯨の討伐はシャオン達にとって中間地点であり本当の終わりは『怠惰』の討伐に当たるのだ。

 まだまだこれからが本番、と再度身を引き締めた瞬間、

 

「無事か、ナツキ・スバルにヒナヅキ・シャオン」

 

 ――クルシュがゆったりと草を踏みながら現れる。

 血や泥で各所を汚しながらも、真っ直ぐに背筋を伸ばすクルシュの立ち姿は絵になるほどに美しい。

 

「どうにかこうにか、な。クルシュさんも無事そうでなによりだ」

「私はな。だが、討伐隊の方の損耗は決して少なくない。白鯨を討ってなお、消えたものたちは戻らないのだから」

 

 手を掲げて応じるスバルに顎を引き、しかしクルシュはその表情に沈痛なものを浮かべて首をめぐらせる。彼女の視線が向くのは、いまだ大樹の下敷きになったまま動かさずにある白鯨の屍だ。

 視線の先では生き残った討伐隊の、比較的負傷の少ない面々が寄り集まり、どうやらまず白鯨の上から大樹を退けようとしているようであった。

 

「なにをやってんだ、ありゃ」

「白鯨の屍を運び出さなくてはならない。作戦の犠牲になったフリューゲルの大樹に対しても、何かしらの処置は必要だ。忙しくなるのはある意味でこれからになる」

「運び出すって……あのどでかい死体を?」

 

 スバルは慌てて視線を白鯨に戻し、その全長五十メートルにも及ぼうかという巨躯を眺めて、小さくつぶやく。

 

「無理臭くね?」

「できない、では話にならないだろうね。クルシュ嬢の目的にも関係しているし」

「そう、か? いや、そうだよな」

 

 四百年、世界の空を泳ぎ続けた脅威だ。

 いつ、どんな時に現れるかわからない天災の終幕は、その屍という確かな証拠があってこそだ。

 言葉だけでは心に安寧をもたらさないだろう。

 それを除いても、もともと、白鯨の討伐はクルシュにとっては、王選における商人へのアピールの意味が大きい。

 王選の最有力として国民からの支持も高く、そして懸念されていた商人からの好感度をも稼いだとなれば、彼女の立ち位置は盤石であり――、

 

「あれ、ひょっとしてけっこうまずい後押ししてねぇ?」

「なにいまさら気づいたんすか」

「やべぇ! 好感度がガタ落ちに――てかお前も無事だったかアリシア」

「まぁ、だいぶボロボロっすけど」

 

 呆れた様にいうのはアリシアだ。

 彼女もフェリスの治療を受けていたようだがもうほとんど傷は癒えている。

 彼女の生存が確定したことで、こちらの陣営は全員無事ではある訳だ。

 それに安堵しつつも、今さらではあるが、他陣営への肩入れという点についてだが、確かに分自陣営の不利さに拍車をかけたものはある。

 だが、エミリアの性格を考えれば糾弾されることはないだろう。

 それに、

 

「――白鯨を落とした英雄の顔には見えん」

「エミリアたんに開口一番裏切り者って罵られ……え、今なんて言った?」

「白鯨を落とした英雄、だ。――卿の功績を、そのまま当家の手柄の全てにするほど恥知らずではありたくない」

 

 白鯨の方から視線をこちらに戻し、クルシュは剣のように鋭い眼差しでスバルを射抜く。姿勢を正されるような輝きに瞬きして、スバルもそれと向かい合った。

 そうするスバルにクルシュはゆっくりと、胸に手を当てると、

 

「此度の協力、感謝に堪えない。卿がいなければ白鯨の討伐はならず、私の道は半ばで潰えていたことだろう」

 

 そう言いながら、深々とスバルに対して礼の姿勢をとったのだ。

 

「い、いや……やめてくれって。俺、そんな大したことしてねぇし……」

「それでたいしたことなかったらアタシらは何も言えねぇっすよ?」

「そうそう、謙遜は美徳だけどすぎるとなんとやら、だ」

「白鯨の出現の時と場所を言い当て、討伐隊だけでは足りぬ戦力を整えるのに奔走し、士気が折れかけた騎士たちの覚悟を奮い立たせ、自らの身が危うくなる起死回生の献策をし、その上で見事にそれをやり遂げてみせた」

 

 途切れ途切れに言葉を返すスバルに、クルシュはこの戦いにおけるスバルの行動の結果を羅列してみせる。

 そうして整然と語られた行いの帰結を見ると、それはまさしく、

 

「そう考えると、我ながら頭おかしいとしか思えない活躍してんな……」

「ほんっと、人が変わったみたいっすよね。あんな酷いやり取りをした後なのに即座に持ち直すなんて……実は中身が変わってるとかないっすよね?」

「……笑えねぇよ」

 

 冗談めいたアリシアの言葉に、ひきつらせたように笑うスバル。その光景にシャオンも苦笑を隠せない。

 そう、彼女らにとってはこのスバルはあの喧嘩別れした状態、しかもクルシュや騎士達からすればユリウスに決闘で無残に敗れたすぐあとなのだ。

 それなのに、ここまでの振る舞いをしてみたのだ。中身が変わっているといわれた方が信憑性がある――実際に死んで、戻っているから的を外した言葉ではないわけだが。

 

「どちらにしろ、この戦いにおける立役者は間違いなく卿だ。卿の行いが軽んじられるのであれば、私は私の名誉に誓ってそれを正すだろう」

 

 こちらを真剣な目で射抜き、真っ直ぐな言葉を投げてくるクルシュの賞賛には一切の打算も躊躇もない。誠実、の二文字を体現したかのような人物だけに、その口が紡ぎ出す感謝の念には嘘の欠片もないだろう。

 彼女の性格から全ての成果を自陣営のものにするとは思えない、ここまでの感謝は予想外ではあるが。

 

「ずいぶんと、評価が改善されたみたいでなによりだよ」

「謙遜することはない。卿は、得難き幸いを運んできた。本来ならばその功績、当家に迎え入れて相応に報いたいところではあるが」

「そりゃ勘弁してくれ」

 

 目を細めて、低い声でスバルを誘うクルシュ。だが、スバルはそんな彼女の勧誘に、手をあげると即断で断った。

 

「忠誠とも忠義とも違うけど、俺の信頼はもう預けるべきところに預けてある。アンタは、その、いい奴だし、王様になってもきっとうまくやってけると思う」

 

 スバルの言う通りクルシュならばきっと、誰よりも高潔に民を導く王になれるだろう。

 それだけの器があり、人望、戦力どれも十分に備わっており、なにより人を導く、集める力は誰よりも高い。

 だが、スバルは――

 

「――俺は、エミリアを王にするよ」

 

 揺らぎない意志でそう告げる。

 

「誰のためでもなく、俺がしたいから、するんだ。そして、願わくばなんて言わない。俺が、それを見届けたいんだ」

「――それなりに堪えるものだな」

 

 スバルの答えを受け、クルシュはその唇を綻ばせると顎を引く。

 それから組んだ腕を解き、その白い指を拳の形に固めると、スバルに向けた。

 

「良いだろう。卿の功績には別の形で報いる。クルシュ・カルステンの名に誓い、その約束は果たされよう」

 

 厳かに言い切り、クルシュは握り固めた拳を解いて自分の掌を見る。

 それからわずかにその声の調子を落とし、

 

「思えばこれほど気持ちよく、誘いかけを断られるのは初めての経験だな。悩む素振りすら見せられないとは、いっそ清々しい敗北感だ」

「……お前は、すげぇ奴だと思うぜ。俺だってふらふら一人なら間違いなく、その手を支えにしようって思うだろうさ」

 

 寄る辺もない状態で、なにひとつ定まっていない状況で、クルシュ程の人物にそうやって手を差し伸べられたとしたら、きっと迷うことなく飛びついて、縋りついて、全てを委ねてしまうに違いない。

 だけど、今のスバルは手を伸ばして掴まっていたい相手がいて、ふらふらと揺れる背中を支えてくれる掌の持ち主がいて、その人物の期待に応えたいと、その人物の役に立ちたいと、そう願っているのだ――自身の気持ちと向き合って。

 

「……もう、大丈夫そうだな」

 

 小さくつぶやくシャオン。

 嫉妬の楔は解かれ、スバルの目にはできること、行うべきこと、やりたいことがしっかりと見えている。

 今の彼ならばきっと間違えた道を進むことはないだろう、シャオンの助言がなくても。

 ここまで育つとは、シャオンにとってもうれしい誤算だ。ゆえに、喜ばしいことなのだろうが、

 

「――あれ?」

 

 僅かに痛む胸を、副作用の所為だと言い聞かせ、スバルの成長を喜ぶことにする――心の奥に誰も気づかない翳りを残しながら。

 

 

「――どうしてですか!」

 

 周囲に強い語調で否定を発する声が響く。

 それは背後、スバルとクルシュのやり取りを横になりつつも見守っていたレムであり、半身を起こした彼女は恨めしい目で治療をしていたフェリスを睨みつけ、

 

「レムなら! レムなら大丈夫です。スバルくんがこれからまだ危ないところに向かうというのに、レムがいなくてどうして……」

「そうは言っても、体、動かないでしょ? アリィちゃんもいたけど、ほとんど単身で白鯨一匹を抑え込んで、レムちゃんはそれに加えて上級の魔法までの連発……レムちゃんのお体は今、限りなく消耗してスカスカ状態にゃの。治癒術師として、これ以上の無理をさせることはできませーん。おわかりかにゃ?」

 

 フェリスの言葉は口調こそふざけてはいたが、それでも折れない意思を感じる力強さを感じていた。

 それは長年多くの人を治療し、救ってきた経験と共に、同じくらい救えなかった人物のことを見てきた彼の経験からくる判断だろう。

 だが、それでもレムはひるまない。

 納得いかない、とばかりにレムは立ち上がって言い募ろうとする。が、起き上がろうと立てた腕に力が入らず、震える体を支え切れずにその場に倒れ込みそうになる。と、その崩れ落ちる彼女の体を駆け寄ったスバルが慌てて支え、

 

「危ねぇって……頼むからフェリスの言う通り、あんまし無茶すんなよ」

「でも! 嫌なんです、耐えられないんです」

 

 間近に迫ったスバルを見返し、レムはその瞳に大粒の涙をたたえていた。置き去りにされることよりもなによりも、彼女が恐れていることは――

 

「スバルくんが困っているとき、誰よりも先に手を差し伸べるのはレムでありたい。スバルくんが道に迷っているとき、背中を押してあげる存在でいたい。スバルくんがなにかに挑むとき、隣にいて震えを止めてあげたい。それだけがレムの、それだけがレムの望みなんです。ですから……」

「それなら心配なんか、いらねぇよ」

「え?」

 

 泣きそうな彼女の声に、その愛しさ募る言葉をぶつけられて、スバルは唇を緩め、

 

「手はいつだって繋いだままだし、背中なら何度も押してもらった。震えるのだって、お前を思うだけでどうとでもなる。――俺はお前にもう、ずっと救われてる」

「……ぁ」

「大丈夫だ、レム。俺はお前の英雄だ。その一歩を踏むと、そう決めたんだ。だから、なにも心配いらない、今だけは俺に任せろ」

「こ、これからも、レムを隣においてくれますか?」

「俺のほうから土下座で頼むよ」

 

 震える瞳がスバルを見上げ、熱を持った頬が赤く染まる。そんな彼女にスバルは笑顔を向けて、歯を剥くように獰猛に笑い、

 

「――言質、頂きました……もう引っ込められませんよ?」

「当たり前だ。頼まれても引っ込めねぇ……鯨狩りもやってのけた。お前の英雄は超、鬼がかってんだからかっこ悪いことはできねぇ」

 

 込み上げてくるものが堪えられなくなったように、スバルを呼ぼうとしたレムの言葉が途中で途切れる。

 それから彼女は何度かその衝動を呑み込もうと苦心し、幾度も息を呑んだあと、抑えられなかった溢れるものを瞳の端からぽろぽろこぼし、

 

「――はい。レムの英雄は、世界一です」

 

 と、泣きながら微笑んだのだった。

 

「……さて、そろそろ向かおうか」

 

 レムや他の負傷者と、王都へ帰参するクルシュに護衛を半数残し、残る討伐隊を連れてスバルは一路、メイザース領を目指す。

 無論、目的は魔女教『怠惰』の討伐、かつ村人を含めたエミリア陣営の保護だ。

 時間も余裕もそこまでない、今すぐ向かう必要がある。そんな中、

 

「ん、にゃにしてるの? シャオンきゅん」

「え? 俺も準備を――」

 

 フェリスに背後から話かけられ、体を柔らかするためにしたストレッチ止める。

 その瞬間、背後から抱きしめ――否、これは。

 

「おわっ!」

「ハーイ、ストップ……どうみるっすか」

 

 アリシアに後ろから羽交い絞めにされ、暴れないようにされながらフェリスに体中を見られる。

 正確には体の内部を見られ、マナの具合等を見ているのだろう。その結果――

 

「んーマナが底をつきかけてる、それに持病? あるいは無茶のしすぎかわからにゃいけど……満身創痍? にゃね。少なくともフェリちゃんチェックは通らない程度に」

 

 フェリスはにっこりとそう告げる。

 つまりは、自分もレムと同様にここにとどまれということだろう。

 それにしてもばれない様にしていたのだが、なぜわかったのだろうか。

 その答えは――

 

「もう、アリィちゃんが言わなきゃ全く分からにゃかった!」

「いや、レムちゃんのさっきのやり取りから落ち着きがなかったすからね」

「ってわけだ、相棒。悪いが大人しくしてくれ」

 

 いつの間にか様子を見に来ていたスバルの目は、レムに向けていたのと同様に何があっても無茶は差せないとばかりに強い目だ。

 こんな目をするスバルには、何を言っても無駄だ。

 

「……はぁ、仕方ない。わかったわかった、争うだけ時間の無駄だからね」

「シャオンは意外とスバルに甘く、弱いってわかったっすからね。意外とレムちゃんと似てるっすよ」

「それは、あれだ、笑えない。てか、離してくれ、暴れないからその、いろいろ当たってる」

 

 密着したがゆえに当たる背中の二つの柔らかい感触があると、シャオンの言葉にアリシアはようやくその事実に気付く。

 小さく「ぁ……」とこぼし顔を赤くしながら距離を取り、沈黙する。

 その様子に何とも言えない空気が作られ、シャオンもつい黙ってしまう。すると、目に入ってきたのはニヤニヤしたスバルの顔だ。

 

「なんだよ」

「いや、べっつに? 相棒の春の到来に俺も頑張らなきゃな、って……それよりこっちは大丈夫だから、お前の方は無事白鯨を届けきってくれ」

「はいはい、承ったよ」

「うし、それじゃあメンバーは二十名少しと鉄の牙、そして主要メンバーはリカードさん、ルツさん、アリシア、ヴィルヘルムさんにフェリスか……本当はもう少し欲しかったけど」

「贅沢は言えないさ……あ」

「ん、どうしたよ」

 

 白鯨との戦闘で頭から抜け出ていたが、一つ重要なことが、スバルにとっては重要なことがあった。

――応援に来るユリウスの存在を伝え忘れていた。

 

「まぁ、あれだ。スバル」

 

 これから起こるであろう彼とのひと悶着、そして、なにより魔女教大罪司教『怠惰』のペテルギウスの討伐。

 それら含めて、更には自分を置いていくこと、先ほどのからかいへの若干の非難の意味も込めてこの言葉を贈る。

 

「――強く、生きろよ」

「すっげぇ久しぶりに効いたなその言葉!」

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