Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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3章最終話です。また、もう一つ更新があります。


希望と絶望の波紋

 それは――怪人がこの世界に顕現したのと同時刻。

 竜車に乗るレムにかかっていた『魅了の燐光』が解けた、その時だ。

 彼女の頭の中で何かが割れる音共に、意識が覚醒する。

 おぼろげだった意識は即座に臨戦態勢を取るように働きかけるが、今いる場所は竜車の中。

 周囲にもクルシュや他の騎士たちがいるが、まだ覚醒はしていないようだ。いずれは目覚めるだろうが。

 

「シャオンくんの能力が、解けた……信じろとは言いましたが」

 

 彼が持つ洗脳に近い能力は一種の強化にも使える強力なもの。あくまでも、彼の意識がある間だけだが、その効果は絶大だ。

 それが解かれた、ということはシャオンの身に危険が迫っているわけだ。

 

「――やはり心配です」

 

 クルシュにはばれない様にレムは竜車から飛び降り、シャオンの元へ向かう。

 自分でも思い切った行動だとは思う。能力を受けていた反動なのかもしれない。

 だが、スバルの友人であるシャオンの身を守るのは、己の意思によるものだ。

 ――嫌な予感は何時でも的中する。過去何度もあったように、自身の里が焼かれたときもそうだった。

 そしてそれを体現したかのようにレムの向かう先から、ひたひたと、足音を立てて一人の人物が現れる。

 石を遊ぶように蹴り、進んでくるのは悪戯小僧のように笑みを浮かべた人物だ。

 一見、それは小さな子どもに見えた。

 体格が小さいのもあるし、見えた顔立ちは若い以前に幼いように思えたからだ。

 ただしその感慨も、その少年の目を見るまでの気の迷いに過ぎない。

 ぼさぼさの長い焦げ茶の髪に、布を体に巻き付けただけのような粗雑な格好。

 幼い顔立ちと悪戯な笑みに、この世に存在するあらゆる毒を煮詰めたような腐り切った目の輝き――それは、決してまともな人間のする目ではない。

 そしてなによりその姿は――

 

「さっきの――大罪司教!」 

 

 それは、シャオンが引き受けた『暴食』の大罪司教と瓜二つの存在だ。

 警戒を抱かない理由はない、だがあちらはそんな様子すら楽しむように、

 

「嬉しいな、嬉しいね、嬉しいさ、嬉しいとも、嬉しすぎるから、嬉しいと思えるから、嬉しいと感じられるからこそ! 暴飲! 暴食ッ! 待ち焦がれたものほど、腹を空かしておけばおくほど! 最初の一口がたまらなくうまくなるってもんさ!」

 

 心底楽しそうに、心底嬉しそうに、裸足の少年がひたひたとステップを踏む。

 ずいぶんと達者に回る口からは、少し長すぎる犬歯が覗いていた。その仕草と、態度と、そして自己主張の激しすぎる台詞に、レムの脳が沸騰する。

 この想像が、この煮え滾る感情が、確かであるのならば、こいつは――。

 

「あっははァ、お姉さん。苛立ってる顔してるね、でもそれと同時に冷静に分析もしている。初対面のはずなのに俺達の危険性を十分に理解しているって感じだァ。ひょっとしてライにでもあってる?」

 

 声を張り上げたくなるのを堪えて、レムはあくまで冷静さを保とうとする。

 そんな彼女の冷静さをおちょくる様に、目の前の少年は体を大きく伸ばし、叫ぶ。

 

「僕たちは魔女教大罪司教、『暴食』担当、ロイ・アルファルド」

 

 少年が『暴食』を名乗った瞬間、レムは弾かれたように鎖を鞭のように振るった。

 風を切り裂き、相対する敵の顔面を容赦なく打ち据える。当たれば切断されるであろうその一撃を、

 

「金属の味はもう満足するくらい喰らったんだ、少し趣向を変えてほしいなァ」

 

 鎖を歯で食い止めた『暴食』が、いけしゃあしゃあとそう告げたのだ。

 

「別に俺たちは来るつもりはなかったんだ。でも、福音書の記述には従うべきだと思ってね。そうすれば僕たち、俺たちの空腹は少しでも満たされることは今までで証明しているからサ」

 

 ゲラゲラとすべてを馬鹿にしているように少年は噛んでいた鎖を、つまらなさそうに吐き出す。

 その鎖を手元へ手繰り寄せ、レムは何時でも二撃目を放てる態勢を取る。

 しかし、目の前の大罪司教、ロイはあくまでも会話を楽しもうとしているのか、警戒すらしていない。

 

「先に向かったはずのライがどこにも見当たらないのは気になるし、ルイに至っては返事に応じない……いったい何が起こったのか知りたいんだけど、お姉さん教えてくれない?」

 

 聞いたこともない名前は恐らく同じ大罪司教だろう。

 つまりは、少なくとも目の前の暴食と同等の存在が、大罪司教の実力を持つような存在が近くに、最低でも2人いることだ。

 その事実に驚愕は隠せないが、表情には出さずに逆に挑発するような笑みを浮かべ、応じる。

 

「――お前たちの下種な仲間はレムの盟友が引き受け、今頃倒している」

「へぇ、そいつはいいね! いいさ! 最高に楽しみさッ! ライを倒すぐらいの存在ならきっとそれはそれは香ばしく、味わい深く、珍味なんだろうねぇ! 僕たち、俺たち、私たちは今すぐに貪りに行きたいところだよッ!」

 

 仲間がやられたことを楽しむように暴食は手を叩いて笑う。

 言葉通りに長い舌を伸ばし、地面へ涎をまき散らすその姿は理性を感じさせないほどに、獰猛だ。

 

「でも、まずは食事と行こうか。その盟友さんは見当たらないことだし」

 

 ロイは右手に持つ短剣をこちらへと向ける。

 途端、負の感情が噴き出始め、嫌悪感で思わずレムの体に鳥肌と、抑えていた恐怖心がまたその姿を表そうとしてきた。

 

「ああ、ライがいないのはわかったけど、ところでさ、食事(・・)を始める前に重要なことなんだけどサ、アンタは誰?」

 

 その問いかけに恐怖心はどこかへと消えていく。

 レムは、自分は、一体何なのだろうかなど簡単なことだ

 ロズワール・L・メイザース辺境伯が使用人筆頭、名誉なことだ。

 親愛なるラムの妹、誇らしいことだ。

 だが、今のレムがここに立つ理由はどれも正しくはあるがどれも間違いだ。

 瞼を閉じる。そこに映るのは愛しい英雄、その彼が笑顔で笑っているその姿だ。

 ならば、名乗る名など決まっている、堂々と名乗ればいい。

 今この瞬間だけは、本当に名乗りたいとそう願う名前を――。

 

「今はただのひとりの愛しい人。――いずれ英雄となる我が最愛の人、ナツキ・スバルの介添え人、レム」

 

 白い角が額から突き出し、大気に満ちるマナをかき集めてレムに活力を与える。

 全身に力がみなぎり、鉄球を握る腕が蠕動し、氷柱が今か今かと呼び声を待つ。

 目を見開き、世界を認識し、大気を感じて、ただただ脳裏に彼を描いた。 

 

「覚悟をしろ、大罪司教。――レムの英雄が、盟友と共に必ずお前たちを裁きにくる!!」 

「重い愛だね、お姉さん。好み的にはライが一番気に入りそうなんだけど、僕たち、俺たちはさ、食べられるのなら何でも食べるのサ! だってそれこそ暴飲ッ! 暴食ッ!」

 

 鉄球を振り上げ、氷柱が打ち出されるのと同時にレムの体が弾けるように飛ぶ。

 それを迎え撃つように、ロイはその牙だらけの口を大きく開き、迎え撃つ。

 

「いつかその英雄も味合わせてもらうサ――じゃァ、イタダキマスッ!」

 

 ぶつかる、ぶつかる、そしてその瞬間、思う。

 願わくば、自分が失われたことを知ったとき、彼の心にさざ波が起きますよう。

 ――それだけが、レムの最後の瞬間の願いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――寝台に横たわる少女の顔は安らかで、ただ眠っているだけのように思えた。

 普段は意識して引き締めているのだろう表情も、寝顔になれば年相応の幼さが垣間見える。

 

「――本当に、起きないんだな、レム」

 

 その名前を呼んでも彼女からの返事はない――シャオンが、暴食を取り逃がしたせいだ。

 スバルは大罪司教の『怠惰』を倒し、最善を掴み取ったはずだった。誰も彼も救い出し、目的を果たし、辛いこと苦しいこと悲しいこと色んなことを乗り越えて、消えない傷を負ったりもしたけれどどうにかできたはずなのだ。

 それなのに――自分はどうだ。

 レムたちを巻き込ませない様に、自身の強さに驕りを持ち、結果力不足によって大切なものを失う。

 最善どころか及第点も与えられない。

 

「大丈夫、シャオンきゅん?」

 

 静かで動きのない部屋、そこで自責の念に駆られているシャオンに声が欠けられた。

 ゆっくり振り返れば、部屋の入り口に立つのは短いスカートを揺らし、騎士の装いから解放されたネコミミを揺らすフェリスだ。

 もう一人は紺色の礼装を身に着けた男装の女性、フェリスの主であるクルシュだ。

 フェリスとクルシュはそれぞれの足取りでこちらへ歩み寄ると、立ち止まる。

 

「フェリスと、クルシュ嬢」

「……心情は察するが、急ぎ行うことがある。時は止まってくれないものなのだからな」

 

 ただ、彼女のレムを見る瞳は明らかに暗い。

 彼女自身も思うことはあるのだろう。それを汲んでかはわからないが対照的にフェリスは極めて明るい様子で話しかける。

 

「クルシュ様、そろそろ。シャオンきゅん、談話室においで。エミリア様もヴィル爺も、スバルきゅんも、もうそこに集まってるからネ」

「……ああ」

 

 小さく絞り出した声だったが、フェリスはそれを気にも留めない。

 いや、あえて気に留めなかったのかもしれない、彼はクルシュと共に談話室の方へ足を向けた。

 息を吐き、シャオンは小さく唇を噛んで目をつむった。

 尖っている。誰に対しても、今はひどく荒んだ感情でしか向かい合えない。だが、それを表に出してしまっては最悪だ。

 

「気分を変えなきゃ」

 

 頬を軽く叩き、いつもの表情の仮面をつける。

 その後、二人に続いて歩き出し、談話室へと遅れて入る。

 視線が自分に集まる気配を感じながら、部屋の中をぐるりと見渡す。中にいるのは今はいってきた自分達を除いて四名――エミリアとヴィルヘルム。それにスバルと、アリシアだ。

 そこに先に入ったクルシュとフェリスを加えれば計6人だ。 

 シャオンでここへ集まる面子は最後なのだろう。それほどまでに、気を落ち着かせるのに時間をかけてしまったのかもしれない。

 多少の申し訳なさと共に扉を後ろ手に閉めて、スバルの隣に腰を下ろす。

 

「シャオン……大丈夫か?」

「そっちこそ、酷い顔だ」

「元からだ……大丈夫。もう落ち着いてるよ――俺は、大丈夫だ」

 

 気遣わしげなスバルの呼びかけに、皮肉を込めつつも、口元をゆるめて応じる。

 その表情を見て、シャオンは思わず視線を反らしてしまう、今、シャオンはスバルを真正面から捕らえられない。

 不思議がるスバルではあったが、今は気にする必要がないと判断したのか追及はせずにクルシュへと向き直る。

 

「クルシュさん、悪いけど音頭を取ってくれるか? 一番上手そうだ」

「任された――それでは、主立った顔ぶれも揃った。改めて話をしよう。まずは――状況の再確認、といこう」

 

 と、小さく微笑みながら誰もが求めている議事を進行し始めたのだった。

 

 ――レム達が見舞われた状況は至ってシンプル、魔女教の大罪司教による襲撃、という話だった。

 白鯨戦後、スバル達と別れ、その遺体を王都へ持ち帰る途中、負傷者共々凱旋中だったレムたちは大罪司教による襲撃を受けたのだ。

 

「多くの討伐隊に関してはヒナヅキ・シャオンが迅速な対応をしたおかげで被害は少ない」

 

 大罪司教『暴食』による竜車への奇襲。

 それに反応できたのはシャオンの能力と、死に戻りの恩恵によるものだろう。

 被害もほとんどなく、死傷者で言えば0となり、ほぼ五体満足であるのだ……レムという一人を除いて。

 人数だけで言えば十分な成果だと言うものもいるだろう。

 ただ、その一人の価値が、シャオンたちに、いや、スバルにとっては大きすぎる存在だったのだ。

 それを知って、いや、こちらの表情から読み取ったクルシュが唇を噛んで眉根を寄せる。

 その表情に浮かぶ苦悶は、自身の不甲斐なさに起因しているものだろう。

 レムに対する記憶がないのに、心の底からの悔やみは彼女自身の真面目さゆえだろう。

 

「レムのことを、誰も覚えていないのは」

「『暴食』の大罪司教――その権能と見て、間違いないでしょうな」

 

 静まる部屋の中重々しく頷くのはヴィルヘルムだ。老人は険しい顔つきの中、鋭い眼光でこちらを見つめる。

 その結論に至るのは必然といえるだろう。

 

「『怠惰』の大罪司教を片付けたと思ったら、すぐに『暴食』だにゃんてお話ににゃらないよネ。働き者にもほどがあるって話じゃにゃい。まーあ、魔女教徒がこれだけ一斉に動き出すにゃんて珍しいことも、こうしてエミリア様が台頭してくるような珍事あってのことのはずだけどネ」

「やっぱり、わたしのせいなのかな」

 

 ふいに名前を出されて、エミリアが微かに目を伏せる。その彼女のかすれた呟きを、フェリスは「そうですネ」とためらいなく肯定する。

 

「ハーフエルフであるエミリア様の存在を、魔女教の奴らが見逃すはずにゃいじゃにゃいですかぁ。いつもは不気味なぐらい静かに隠れてる奴らにゃのに、あいつらが大騒ぎするときは決まってそれ絡みにゃんですから」

「魔女教って、半魔を嫌って、傷つける人たち、よね?」

「認識が甘いな」

 

 エミリアの問いかけにクルシュが強い口調で答える。

 

「嫌っている、では止まらない。奴らはハーフエルフを根絶やしにすることに執着している。今回のことはそれのほんの片鱗だろう」

「片鱗……それでスバルやシャオンも傷ついて。……だったら二人とも私の――」

 

――ことを恨んでいるのか、と続けようとしたのだろう。

 そんな言葉はシャオンやスバルよりも、アリシアやヴィルヘルムよりも誰よりも早く否定したのは、クルシュだった。

 

「一つだけ、言おう。エミリア、卿が自責の念に駆られる必要はない。勿論、そこにいる卿等の顔を見れば語る必要はないことだが」

 

 堂々と言いきるクルシュはそう言いながらこちらへと目を向ける。

 それに出遅れた勢いを取り戻そうとスバルが胸をドンと叩きながら乗る。

 

「そ、そうだよ! エミリアは悪くねぇ、悪いのは徹頭徹尾、あのクズどもだ。な、シャオン!」

「――――え、ああ。そうだな、エミリア嬢の所為ではないさ」

「……大丈夫っすか? 心ここにあらずって感じだけど」

 

 怪訝そうにこちらを見るのは先ほどまで沈黙を貫いていたアリシアだ。

 彼女自身も何か考えていたのだろうか、普段とは違って口数は少なかったのだが、シャオンの様子には目ざとく反応を示した。

 その視線は明らかにこちらを心配するような視線で、どうも歯がゆい。

 

「あー、とりあえず、話を戻そう。まず、レム嬢の現状は『暴食』の権能の仕業と考える。事実、遭遇したしね」

「二人の『暴食』だな」

 

 ライ・バテンカイトスとルイ・アルネブ。

 戦闘をしたのはバテンカイトスのみだが、不気味さはルイの方が上回る。

 そもそもシャオンの記憶ではバテンカイトスを撃退することは叶わなかったのだが、次に目を覚ました時には彼女が昏倒していたバテンカイトスを担いでいたというよくわからない状況。

 さらに言えば彼女からは好意のようなものを向けられていたのだ、不気味と思わない方がおかしい。もしかすると彼女がバテンカイトスを倒したと考えたほうがいいのかもしれない、理由はわからないが。

  

「権能、か……ペテルギウスのは『見えざる手』だったけど『暴食』も厄介そうなのは変わりなさそうだ……フェリス、レムの体は」

「はっきり言って、異常なし――その結果が異常だけど。どうやっても起きないのに体自体は寝てるだけの状態。完全に『眠り姫』の症状だよ」

「なんだって?」

 

 突然の比喩表現にスバルが眉を上げる。が、その疑問に答えたのはヴィルヘルムだ。

 

「王国でも症状の少ない病です。眠り続けている間は歳もとらず、ありとあらゆる生理現象が止まる。また、目覚めた話は聞いたことがありません。記憶のことを除けば、症状は酷似しています」

 

 まるで見たことがあるかのように、いや、実際に彼はその長い人生の中で近しい人物がそれにかかったのを目にしていたことがあるのかもしれない。

 追及できるほど、余裕はないが。

 

「ともあれ、詳しくはその『暴食』から聞き出すしかないってことすよね? 覚悟はしていたっすけど、結局魔女教とぶつかることは避けられないって話っすね。全員倒せばきっと誰かがなんとかしてくれるっす」

「お前のポジティブさはほんと尊敬するわ」

「立ち止まっていても仕方ないっす! ぶつかる壁があるなら壁ごと進む。だって、エミリア様を王にするのであれば避けられない問題っすから」

「猪突猛進体現者だな」

 

 からかうようにシャオンが言うが、アリシアは気にした様子もなく、何なら炎が幻視するようなほどの熱をもって叫んでいる。

 女性としてはどうなのかと思うが、今は、その明るさがシャオンには救いだった。

 

 

「ふぅ」

 

 一通りの話し合いを終え、今はクルシュ邸の一室にいる。

 疲れもあるし、正直休むべきなのだろうが、今後のことを考える必要がある。

 現在クルシュ邸の前には複数の竜車があり、中にはペテルギウス率いる魔女教から王都へ避難してきたアーラム村の人々が乗り込んでいる。

 大罪司教の討伐は成し遂げられ、既に屋敷と村の安全は確保されている、ゆえにその一向にシャオン達を加え、明日にはなってしまうがが移動を抜けてロズワール邸へ、村へと帰還する予定だ。

 使用人レムの世界からの隔離、それは雇い主であるロズワールへ伝えなければいけないことでもあるし、なにより、姉であるラムへも伝える必要がある事項だ。

 ――もしかしたら、長い付き合いであるラムならば、という淡い希望もあるが、気は重い。必然、体の重さも比例していく感じがする。今すぐに、ベッドに横になってしまいたい気持ちに駆られてしまう。

 そんななか、それを妨げるように扉が軽く叩かれ、声がかけられた。

 

「シャオンきゅん、入ってもいい?」

「フェリスか? 大丈夫だけど」

 

 開けられた扉の先には当然、声の主であるフェリスがいた。

 彼はニヤニヤとした表情でこちらを見ており、ろくでもないような用事なのかと考えたが、部屋へ迎え入れた。

 

「よかった、お取込み中だったら5分ほど待っていたけど、大丈夫だった見たいだネ」

「余計なお世話ありがとう、下の話なら苦手だからやめてくれ。で、本題は?」

「あら、意外に初心……なら、本題に入ろっか――後程主からも感謝の言葉を告げられるとは思いますが、それとは別に、此度の貴方様の働き、まことに感謝いたします……クルシュ様を助けていただいたこと、そして多くの命を救っていただき、クルシュ様の騎士として感謝の意を」

 

 ふざけた声は成りを潜める。

 彼は片膝をつき姿勢を低く保ち、首を垂れるその姿は恐らく騎士として最上級の感謝の意味。それを主以外に行うことの重さはシャオンも知っている。

 

「やめてくれ……多くは守れた、たしかに感謝されるべきなんだろうけど、俺は――レムは、守れなかった」

「シャオンきゅん……」

 

 礼を言われることは、受け入れることはできない。

 なぜならば、あの時の判断が間違えていたのだ。

 一人で立ち向かえると奢ったシャオンの考えが、間違いだったのだ。

 あの時の最適解は大勢で立ち向かうこと、そうすれば犠牲は出てしまったかもしれないが、今とは違った結果を生んでいたのかもしれない。

 

「俺の、傲慢さが原因で――救えなかった、俺の弱さが、すべて」

 

 もっと、シャオンが強かったのなら。

 もっと、シャオンが利口だったのなら。

 いっそ――

 

「ずっと考えていた……あそこにいたのが俺じゃなかったら、きっとレム嬢は――」

「シャオンくん!」

 

 フェリスの怒鳴り声でシャオンは負の思考から浮上する。

 彼自身も想像以上に大きな声を出してしまったことに驚いたのか、思わず口を押えている。

 部屋の中を沈黙が包み、気まずさだけが残っていた。

 そして、その沈黙を破ったのは作りだしたフェリス自身だった。

 

「……大きな声出してゴメン」

「……いや、こっちも、悪い、だいぶ気分が沈んでいて」

「仕方にゃいよネ、気持ちは十分にわかるヨ。力が足りなくて、届かない気持ちは私にもよくわかるもん」

 

「でも、ううん。だからこそ」とフェリスは真面目な口調で、こちらの目をしっかりと捉え語る。

 実感のこもった声色は幾度となく彼自身が味わってきた挫折故の重さだろうか。

 

「――救えなかったものもあるけど、救えたものも多いって、考えて、進んで。それだけは、忘れないで」

「――そっか、ありがとうな。気を遣わせた」

「気にしにゃいでね、同盟なんだから。あ、ハンカチいる? フェリちゃんの発破で泣きそうに」

「なってないからいらん」

 

 からかうフェリスの様子は先ほどまでの真面目な様子はない。

 今そこにいる彼は、いつものお茶らけたクルシュの騎士であるフェリスだ。その明るさに考える時間を取られ、思わず安堵の息を零す。

 しかし、その所為でシャオンは聞き逃してしまう――部屋の前から遠ざかる少女の足音を。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――こうして、それぞれの心の中に、波紋を残しながら。事態は進んで行く。

 暴食は野に放たれ、王に最も近い女傑は変わらず、賢人候補は戻れない理由が生まれ、怪人はようやく姿を現し始めた。

 物語は――明らかな変化を迎えていた。

 




はい、という訳でいろいろ変わってきた3章、終了です。
次から4章に入っていきますが番外編なども挟みます。
また、4章本編は5話ずつの投稿になります。しばしお待ちを。
また、番外編は前書きやあとがき、活動報告などにも投稿したことを伝えますのでご確認を。ではでは――ここからが地獄だ。

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