Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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ロズワール邸の変化

 揺れる竜車の中から見える空模様は曇天で、晴れる見込みはない。

 それが今のシャオンの、いやこちらの陣営の心情を表しているようだ。

 現在は街道を抜けて、村へ──ロズワール邸へ帰還する予定になっている。

 魔女教を退けてからも問題は山積みである。同盟の件も、今後の対応の件も、なによりレムの件もだ。

 クルシュたちには申し訳なかったが、あの屋敷にとどまっていても進展がないと判断しての行動でもあった。無論話に出していた村人の不安解消も兼ねているが。

 

「……」

「……」

 

 それにしても、空気が重い。

 ロズワール領へ戻る竜車の群れの中には、当然ながら行きの竜車で同乗していた村の子どもたちの乗る車両も含まれている。現在、子どもたちは親らと一緒の竜車へ乗っているはずであり、それらは聞かれては困る話もあるだろうと村人たちが率先して気遣ってくれた結果だ。その計らいがどうにも、裏目に出た感があるが。

 さて、どうしたものか──と珍しく解が出ないことに息を零し、視線を上げると、

 

「い、いやーそれにしてもスバルも欲がないっすね」

 

 空気に耐えきれなかったのかアリシアが恐る恐るではあるが話題を切り出す。

 それに気づいたのか、スバルもその話題の船に乗る。

 

「あ、なにがだよ割と強欲なたちだと思うぜ? 富、名声欲しいものは手に入れたい」

「アナが聞いていたら鼻で笑うっすね……その強欲の体現者が三大魔獣の内を一つ落としたのに、報酬として要求したのがその地竜なんて」

 

 白鯨の討伐に伴い多少の報酬を渡させてほしいと、クルシュに言われてスバルが選んだのは一頭の地竜だった。

 命名パトラッシュ、名付け親スバル。あの地竜は、白鯨との戦いから怠惰の討伐まで共にスバルと並んで戦っていた地竜らしい。

 その存在がなければ、きっと機動力のなさで何度か死んでいたかもしれないらしい、故に、

 

「命の恩竜っていえばいいのか? 付き合った時間は短くても死線を潜り抜けた仲だからな」

「腕が思い切り鱗で削られていたのは俺の幻覚か?」

「現実だよ、乗り越えなきゃいけねぇ……! 現実だ……パトラッシュも攻略ヒロインの一員だとは」

「ははっ、頑張ってくれっす」

「はは……」

「……」

 

 再び話題が、途切れる。

 どう新しく話の話題を出すべきか悩んでいると、

 

「なんだかひょっとして、話題がなくて困ってたりします? もうこの、重苦しい沈黙というかそういうのに僕耐えられないんですが」

「さらっと入ってきてなにを言い出すんだよ、お前。っていうか、いたの?」

「いや、誰っすか。アンタ」

「えぇ!? 説明してないんですかナツキさん! てか、一緒にいましたよね、説明受けてましたよねアリシアさん!」

「いや、アリシア。俺にも心当たりはねぇ、いつの間に乗り込んで……」

「ちげぇよ!」

「なるほど、意外と筋肉と度胸があるんだな、オットーもとい見知らぬ商人。なんのよう?」

「ヒナヅキさんに至ってはもう名前言ってるし! 商人だともわかってるし!」

 

 そう大げさに唾を飛ばし、ツッコミを放ちながら御者台との連絡口から顔をのぞかせた青年――魔女教との最後の戦いの協力者だったらしい行商人のオットー・スーウェンだ、

 帰路の御者を買って出て、ペテルギウスからの追撃を避けるのにも一役買ったらしい。油の購入やら色々と交渉もあったみたいだが、十分な取引だったと思う。

 だが、

 

「そもそも! ボクが何のためにナツキさんに協力したり魔女教に振り回されたりしたと思ってんですか!?」

「趣味とか?」

「ロズワール様に会わせてほしいとか……まぁ、趣味は人それぞれっすけど」

「そういう話じゃないはずなんですけどね! あんたら、僕のことなんだと思ってたりするんですかねえ!?」

「賑やかし系商人?」

「イロモノ」

「不幸の星に生まれた人」

「ひでぇ扱い!!」

 

 三者三様の反応を見て、ただ否定ができないのか、何とも言えない顔で目を剥くオットー。

 と、そんなやり取りを眺めていたエミリアは目を丸くして、

 

「なんだか……みんなすごーく仲良しなのね。びっくりしちゃった」

「おいおい、エミリアたんてばそんなのよしてよ。こんな金に飢えた亡者と一緒とか……俺は君からの愛にだけ飢えた亡者だよ」

「亡者じゃん! 亡者じゃん! っていうか、僕は亡者じゃないですけど!」

「オットー、うっさいす」

 

 騒ぎ出す行商人にため息をこぼして、アリシアは立ち上がるとつかつか前へ。そして連絡口の蓋を掴むと、

 

「あ、ちょっと、そうやってすぐに僕を邪魔者扱いして──」

「はい、シャットアウト!」

 

 アリシアに無理やりぴしゃりと音を立てて連絡口が閉ざされ、最後まで何事か叫んでいた顔が見えなくなる。

 手をはたいて一仕事を終えたアリシアの姿を見て、思わずシャオンを筆頭に、

 

「ぷっ」

「くっ」

「ふふっ」

「ひはは」

 

 互いに顔を見ているうちに、ふと噴き出して笑ってしまう。

 そのまま笑いの衝動に任せてしばらく笑声が弾け、それから静かにその声もフェードアウトしていく。そしてその笑声がやっと収まると、

 

「気まずい空気を読んで黙るとか、らしくなかったな」

「そうだな、スバルらしくない。こう、もっと空気を読まないで騒いでかき回す。それが俺の知ってるスバルだな」

「うん、私の知ってるスバルも、こうもっといつも元気で、無茶で、こっちの気持ちなんて全然関係ないぐらい気持ちよく騒がしい人だもん」

「カラ元気で空気が読めない奴っすね!」

「正確な翻訳ありがとう、聞きなれた言葉だから全く傷つかねぇぜ!」

 

 立ち上がり親指を立てて笑うスバルは先ほどまでのシリアスな様子はなく、いつものスバルだ。

 オットーの存在のおかげで場の空気がほぐれたのは事実だろう。

 本人も癪ではあるがそれを認めているのかオットーのいる方を数秒見つめている。口には出さないが、感謝しているのだろう。

 それから立ち上がったスバルは再び、当たり前のようにエミリアの隣に腰をかける。

 

「もうサッと、隣に座るよね、スバル」

「あれ、なんかおかしかった?」

「ううん。最初は恥ずかしかったけど、今はそうしてくれないと変な感じだから」

 

 好意のようなものをぶつけられて照れているのかスバルは照れたように頬を掻く。

 

「いやほら、いつもの俺でいこうと思うとついこういう発言が……しかしついに努力が実ったか……てか、俺だけでなくアリシアもシャオンの隣にほとんど座ってるだろ、同じ同じ」

「一緒にしないでほしいっすね」

「偶然だよ」

「そう、なの? だいぶ仲良しに見えるけど」

 

 言われてみれば彼女とは同僚でもあるが一緒に行動することが多い。指摘すると不機嫌にはなるが、でも離れようとしないのは何故なのか、とは言わない。

というか、尋ねたら一度「察してよ!」と怒られている。

 まぁ、確かに中は一番ではあるが、そんな仲ではきっとないのだろう。人を好きになったことなどないのだからわからないが。

 そんな思考の中、エミリアは「それより」スバルを逃がさない様に鋭く、それでいて落ち着いた口調で問いかける。 

 

「スバル――レムさん、レムのこと、気にしてるでしょ」

「たはは、ばれてるか」

 

 その視線に観念したスバルは苦笑し、寝台に眠るレムを見据えて、

 

「気にしてる。すっげぇ、気にしてる。どうにかしなきゃってずっと思ってるし、ずっと考え続けると思う。エミリアたんを一番に考えてたいとは思うけど……これは順番つけられることじゃねぇんだ。ごめん」

「そんなことで怒らない怒らない、私。そんな大事なことで怒ったりしないもの。……あの子がスバルにとって大事な人なの、見てればわかるから」

 

 スバルと同じく、眠るレムを見てエミリアが瞳を細める。それから彼女は唇を震えさせ、しばしの躊躇いのあとで、

 

「好きな子、なんでしょ?」

「大切、大好き。エミリアたんとおんなじぐらい大事」

「凄く勝手なこと言ってる自覚はあるか?」

「当たり前だ、正直最悪過ぎて死にそう。でも、嘘を吐きたくないくらいには本気の本気だ」

 

 シャオンの言葉にスバルは一切の迷いなく応える。

 きっとシャオンが知らない間にレムがスバルを支え、立ち直らせていたのだろう。

 最低と罵られても、レムの存在はスバルの中で大きくなりすぎてしまっているのだ、エミリアへの気持ちと同様なほどに大きく。

 

「わりと一途なつもりでいたはずなんだけど、あんだけ尽くされて心動かない奴ってもはや血も涙もないと思うんだよね」

「――きっと、見つかるはずよ。取り戻すための方法が」

「そう、だよな。いや、見つけるんだ」

 

 スバルの言葉に、シャオンも同意を込めて頷く。

 幸いにも命は失われていない、今はただ眠っているだけだ。

 だから、まだ届く。彼女を、救うことが出来る可能性は0ではなくなったのだ。

 

「――ねぇ、レムのことはスバルとシャオンなら覚えているのよね?」

「ああ」

「理由はわからないけどね」

 

 いくつか心当たりはある、だが確信はないし何より口にできるものではない。

 理由はわからないが、彼女の存在を覚えている人物がいるという事実が大事なのだと思う。

 その二人の言葉にエミリアは小さく頷き、

 

「なら、二人の口からレムの話を聞かせて。いやじゃなかったら、私も、きちんと知りたいの」

「あ! アタシも聞きたいっす! こう、どんなイチャイチャをしていたのかよ」

「今ので話す勇気が出なくなったんだが……あー、じゃぁちょっと長くなるけど聞いてくれ。エミリアたんと出会ってからの二か月と同じだけ、大切な思い出だから」

 

 そんな言葉の裏に隠して、スバルは二か月の日々のことを語りだす。

 シャオンもできる使用人同士しかわからない話を、スバルが知っていてシャオンが知らない話を。シャオンが知っていてスバルが知らない話を。

 それぞれが語りだす、彼女の存在は確かにいたのだと証明するために。

 ――明るい竜車の雰囲気とは裏腹に、シャオンの心は、深く沈んでいく。

 助けられなかった罪悪感と、無力感が締め付けてくる。

 誰も、それに気付けないまま竜車は走り続けていくのだった。

 

「──お二人とも、そろそろ目的地に到着しますよ」

 

 御者台のオットーからそう報告があったのは、王都を出率して半日後の夕方時だ。

 その連絡に一行は話を中断して窓の外に目を向ける。

 

「ほんとだ、思ったより早かったな」

「お話も弾んでたみたいですし、街道も快調に飛ばしましたからね。これで、暗くなる前に着けたから村の皆さんも一安心しているんじゃないでしょうか」

「いやー、村までにひと悶着起きなくて助かったっす。いっつも大抵何かあるっすからね」

「あ、おまえその発言でフラグが立ったぞ」

「フラグ?」

 

 コテン、と首を貸しげるアリシアにシャオンは頭を掻きながら説明をする。

 

「ま、口は禍の元ってこと。余計な想像は嫌なものを持ってくるんだ、口に出したらなおさら」

「でも結局起きるんだからあえて口にして臨んだ方がいいんじゃないっすかね」

「……お前のその前向きな姿勢は憧れるよ」

「褒めてもなんも出ないっすよ!」

 

 その小さな胸を張るアリシアに本気で感心と、呆れの視線を向けていると、

 

「みなさん──村に着きます……が様子が変です」

 

 オットーの不意の呼びかけに、慌てて視線をたどれば、道の先には目的の村が迫っている。

 見慣れた村の風景、人気のない村の様子は、住人たちを避難させたであろう直後の殺風景さそのものであり、更に言うならば、

 

「荒らされてもいない、ってことは村に、『聖域』に行ったはずのラム達が戻っていないと」

 

 竜車を降りて、村人たちと軽く村内を見て回った結論を口にする。

 

「ラムが言ってた『聖域』ってのは確か、こっから七、八時間の距離って話だったはずだが……王都で三日も居残ってた俺らより、帰りが遅いってどういうことだ?」

「魔女教を討伐できたっていう状況が把握できてないっすから、いまだに警戒してる可能性はないっすか?」

「領地見捨ててロズワールさんが? 俺の想定だと、『怠惰』くらいなら真正面からやり合ったら十中八九ロズワールさんが勝つ。戦わないしても……それにしたって、偵察ぐらいするだろ」

 

 或いは『千里眼』を使用できるラムがそばにいるはずだ、いなくても空すら飛べるロズワールなら、襲われた自領の偵察ぐらい簡単にできるはずだ。そして偵察する意思があれば、魔女教が一掃された屋敷周りの安全が確保されていることぐらいは確認できるはずだ。それがないということは、

 

「慎重策をとっている、とか……」

「『聖域』でなにか、問題でも起きてるか……? ロズワールがいないといけない理由、あるいは、出てこれない理由が」

 

 全員の意見が一致し、互いに顔を見合わせて頷き合う。いずれにせよ、『聖域』の状況を確認できなければ事情はわからないのだ。

 だが──

 

「……ちなみにエミリア嬢でも、誰でもいいんだけど、『聖域』の場所ってどこにあるかしってる? てか、どういうところなのかもわからないのだけど」

「俺に期待はしないでくれよ、名前しか聞いたことがねぇ、だがこっちにはエミリアたんがいる! ってことで解説ふくめよろしく!」

 

 スバルの言葉に自然エミリアへと注目が集まる。

 だが本人は、恥ずかしそうに視線を宙に彷徨わせながら、少しして申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「す、スバルがその、知っててくれるのかと。私も、名前しか知らなくて。秘密基地みたいなところだって、それに」

「それに?」

「……なんでもない、ごめんね、もう少し詳しく聞いておけば」

 

 

 矢や歯切れの悪いエミリアの謝罪に疑問を覚えるが、それよりも根本的な問題が目の前に転がり出ていた。

 肝心の『聖域』の所在地がわからないという、シンプルかつ大問題が、だ。

 最悪、屋敷中をひっくり返せば手掛かりがあるだろうか。

 

「いずれにしても、どうにかしなきゃだ。……とりあえず、屋敷の方に戻ろう。レムを落ち着かせてやりたいし。オットー、お前も泊まる場所ないだろうから屋敷だ」

「うええ!? へ、辺境伯のお屋敷に!? 竜車で寝泊まりする方がいっそ気楽なんですが!」

「うるせぇ、巻き込まれろ。もはや一蓮托生だ。死にかけるまで扱き使ってやるぜ」

 

 ぶつくさと文句を垂れるオットーを無視して、パトラッシュに指示を出すとスバルたちは村人と別れて屋敷へと向かう。

 自身も不安だらけなのに、彼らは気丈にもこちらを送り出してくれたことに感謝を示しながら、竜車を再び走らせること十分、街道の先に見えてくるのはもう何つかしさも感じるロズワール邸だ。

 

「つっても、やっぱ変化はなさそうだな。……ラムたちが戻ってる感じはないか」

「うぅ、もうあの荘厳さがボクの場違い感をだして……胃痛が」

「お前の胃痛より今は屋敷の状況だ」

「ひどい!」

「我慢してくれ。それにそこまでビビる必要はないよ、オットー。たぶんビビる相手もいないんだろうし」

「うぅ、確かに、そうかもしれませんが」

 

 凹むオットーをフォローしつつ、前庭に竜車をつけると玄関へ向かう。

 

「帰ってきたぜ、ロズワール邸。さあ、懐かしの我が家……」

 

 言いながら玄関の戸を押し開き、中を覗き込んだスバルの声が詰まる。

 その後ろからのぞくシャオンも同じだ。

 それははっきりと、予想したのとは別の形で出迎えられたことが原因だ。

 絨毯の敷き詰められた玄関ホール。上階へ向かう大きな階段の脇には高価そうな壺と、それを彩る花々が差し込まれている。天井からは結晶灯による照明が吊り下げられており、異世界風シャンデリアといっても問題はないだろう。

 その当たり前な光景が、予想していた光景とは違い――

 

「どうしたすか、二人とも……うぇ、綺麗に整えられてる!?」

 

 いつまでも進まない二人の様子を不思議に思ったアリシアが脇からのぞき、二人の心情を声に出して代弁した。

 そう、例えば絨毯は皺ひとつない形にピッシリと伸ばされ、階段脇の花瓶に差された花は瑞々しいまでの輝きを放ち、シャンデリアは丹念に舐めるように手入れされて結晶灯本来の美しさを増していた。

 その光景のあまりの違和に、言葉を失って立ち尽くす。

 あまりのことに度肝を抜かれたが故に、近くにいた人物の存在に気付くのが遅れてしまった。

 

「──おかえりなさいませ、エミリア様。お戻りになられるのをお待ちしておりました」

 

 即座に振り返るとそこにいたのは透明質な金色の髪を長く伸ばし、ピッシリと背筋を正した女性だ。

 年齢は二十歳前後くらいだろうか、長身をクラシックスタイルのメイド服に押し込み女性的な清楚さを体現しており、いかにも”メイド”という雰囲気を醸し出していた。

 見るものはその美貌に目を引かれるかもしれない。ただ、ただ一点、外からはっきりと見てとれるほどに鋭い牙の群れがなければ。

 更に言うならば緑色の瞳の瞳孔が獲物を狙い定めるネコ科の肉食獣のような輝きを宿していることも合わさって、プラスマイナス0、どちらかと言うとマイナス寄りになっている。

 だが、シャオンも世渡りは上手になった、そんなことを口に出すことはしない──

 

「顔怖ッ──!!」

 

 相棒はそうではないようだが。

 


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