Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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ボロボロピエロ

「強欲の魔女の墓場、ってどういう意味なの?」

 

 問いを発するエミリアの瞳は毅然としていたが、そっと見えないように伸ばされた指先がスバルの服の裾に甘く絡んでいるのが見える。

 やはり不安な部分もあるのだろう。だが、それでも彼女は真実を知ろうと口を開く。

 

「魔女――基本的に、『魔女』と名のつく存在は嫉妬の魔女のことって周知されてる。他の大罪を冠した魔女のことなんて、ほとんど知れ渡ってないもの」

「え、そうなの? でも、四百年前から有名な連中だったんじゃなかったけか?」

「エミリア様の言い分で間違いねェよ。あー、スバルでいいか。嫉妬の魔女が有名すぎて霞むとかじゃねェんだ。嫉妬の魔女に食われた他の魔女の記録は、ほっとんどどっこにも残っちゃァいねェ。けどま、例外もあるっちゃァある」

「ここがそう、だっていうことか?」

 

 スバルの疑問を引き継いだガーフィールが、シャオンのその問いに顎を引く。

 

「ま、まさか魔女教徒とかって各魔女ごとにいたりとかしないよね? 大罪司教のひとりぶっちめるだけでどんだけ苦労したと思ってんだ、勘弁してくれ」

 

 走った悪寒の理由はまさにこれで、無視できない要素であると考える。

 ペテルギウスは、嫉妬の魔女であるサテラを信奉する一派の幹部であったと考えていいだろう。『暴食』や『強欲』といった面子もまた、その同類のはずだ。

 が、もしも仮に他の魔女を信奉する一派も存在するのであれば――、

 

「おっかない話してますけど、その心配はいりませんよ、ナツキさん」

 

 だが、そんな背筋を駆け上がった悪寒を否定してくれたのは、手綱を握って前を向くままのオットーだった。そもそも魔女教に関して無知なエミリアや、イマイチ信用の置けないガーフィールと違い、オットーは信頼値と民間感覚において期待が持てる。オットーの知る知識は、おそらく市井のそれと判断していいだろうからだ。

 

「魔女教……なんてあまり口に出したくもありませんが、彼らが崇めるのは嫉妬の魔女だけです。他の魔女は嫉妬の魔女以上に口に出すのもはばかられるってなもんです」

「嫉妬の魔女より……? どゆこと? 嫉妬の魔女より性質が悪いってこと?」

「信奉する魔女以外の名前を聞いたとき、魔女教徒がなにをやらかすのかわからなくて恐ろしいってことですよ。南のヴォラキア帝国で、都市ひとつ壊滅した騒ぎをご存知ですか?」

 

 オットーの振ってきた話題に、スバルは以前に聞いたことのある話を思い出す。ペテルギウス討伐の際、魔女教徒の恐ろしさを語る上でヴィルヘルムがスバルに話してくれた内容だ。確かそれは、

 

「大罪司教がひとりで、そのなんちゃら帝国の都市を一個落としたって話だろ。英雄がいても止められなかったとかなんとか。確か――」

「『強欲』――レグルス・コルニアス」

 

 呟いた言葉に全員の視線がシャオンへと集まる。

 魔女教大罪司教『強欲』担当、レグルス・コルニアス。

 妻と呼ぶ一人の女性を戦場に連れ歩き、無傷ですべてを蹂躙する『怪物』だ。

 シャオンが持ちうる全力を出しても、傷一つつけられないどころか服に汚れ与えることすらできなかった存在。

 こちらの世界に来てから様々な人間に出会ったうえでの判断だが、戦闘力で言うならばラインハルト並ぶだろう。そんな驚異的な存在ならば、都市一つを落としたということが嘘や大げさに伝えられているわけではなく、文字通り『1人で滅ぼした』のだろう。

 

「……知っているの、シャオン?」

「少しの因縁がある相手だよ、深くは聞かないでくれ。ほんの少しの因縁があるだけであんまり知らないんだ」

「ご、ごめん」

「あ、いや。こっちこそ悪い、あんまりいい思い出がなくて」

 

 言葉の節々から感じたのであろう棘にエミリアが委縮してしまう。

 それを見てシャオンも随分と気が立っていたのだと気づき頭を下げるという互いに頭を交互に下げ続けるというどこか珍妙な光景が繰り広げられた。

 その妙な空気を感じたからか、何も考えていないのかはわからないがガーフィールが面倒くさそうに話題を逸らす。

 

「ま、細かいこたァ俺様も知らねェ。っけど、ここが強欲の魔女の墓場だってのはジジイババアが『聞いた端から爛れるペロミオ』ってぐらい繰り返すっから間違いねェ」

「なにが爛れてんのか興味は尽きねぇけど、お前も詳しく知ってるわけじゃないのな」

「俺様は俺様が最強ってことにしか興味ねェよ。詳しい話が聞きたきゃそれっこそロズワールの胸倉掴んで聞きやがれ……今、できるかは知らねェが」

「――? それは……」

「すみません。到着した様子なんですが、これそのまま中に入っても?」

 

 意味深なガーフィールを、エミリアが追及しようとしたが、それを確かめるより早く、前方の御者台からオットーが声をかけてくる方が早かった。

 その呼びかけに外を見ると、

 

「ここが、『聖域』」

 

囁くようなエミリアの声音に、全員が同じような吐息を零して目を細めた。

 そこは長く続いた深い森を抜け、開けた空間に存在するさびれた集落だ。

『聖域』の呼び名から受けたイメージとは正反対で神聖さよりも貧相さが目立っている。

集落の入り口には苔の生えた石が倒れたままになっており、点在している石造りの住居は蔦が巻き付き、古めかしいものだった。

 

「辛気臭い、って言うのは失礼か?」

「別に否定はしねぇよ。中にいる連中ももっと辛気臭ェぜ?」

「自分の住む集落だろう、容赦がないな」

 

 謙遜が自分の故郷を悪く言わせる場合もあるが、彼のそれは気遣いを感じられない。

 彼が本当にこの場所を、『聖域』を疎んでいることは事実。ともあれ、

 

「このまま、竜車で適当なところまで……」

「――戻ったの、ガーフ。ずいぶんとおそかったようね」

「「「あ」」」

 

 各人の『聖域』への印象は後回しに、集落の奥へ竜車を走らせようとしたところで、聞き覚えのある声に全員がそろって驚いた。

 声は竜車の進路、集落の奥から投げかけられたものだ。

 そちらから姿を見せたのは、凛と背筋を伸ばした少女。

 その少女の姿を見て、ガーフィールはさっそうと竜車から飛び降り、手を上げて笑いかけた。

 

「よォ、わざわざ出迎えなんざ珍しいじゃねェか、ラム」

「別にガーフを迎えには来ていないわ、思い上がりね」

 

 その悪態にガーフィールはやけに楽しんで接している。

 初めて少女を目にしたオットーは目を丸くしているがシャオン達は、

 

「――ラム!」

 

 人呼んで、ロズワール邸の働かない使用人、ラムとの数日ぶりの再会だった。

 

「だいぶ時間がかかっていたようだけど、道草を食べたいのならそう言いなさい。山ほど用意してあげるから」

「へいへい」

「……そこの見るに堪えないほどの表情で涎を垂らして眠りこけている後輩は大丈夫なの?」

「事実だけど毒舌だね、ラム嬢……大丈夫、眠っているだけ」

 

 寝言を言いつつも肩を涎で濡らしてくるアリシアはシャオンに担がれ今も夢の中。

 そこで、オットーが「あ」と口をひらく。

 

「そういえば、ぐっすりと眠っているアリシアさんはどうしましょう。起こしたほうが……起きなさそうですが、寝かせる部屋は?」

「……この周辺に空いている部屋は少ないわ、ガーフ。竜車と御者に合わせてダメな後輩を案内なさい。シャロ様、申し訳ありませんがお手伝いを」

「了解ッと。おい、御者野郎。案内すッからついてこいや」

「それぼくのことですか!? これまでで一番最悪の認識なんですが!」

「いくぞーぎょしゃやろー」

「シャロさんまで!」

 

 と名乗ったはずなのに御者野郎呼ばわり。

 そんなぞんざいな扱いを受けたオットーが救いを求めるようにこちらを見るが、

 

「強く、生きろよ」

「う、裏切り者ぉぉ――!」

 

 そんな絶叫と共にオットーは強引にガーフィールに連れていかれる。

 勿論、アリシアとシャロも合わせて乗り込む。正確には担がれて、だが。

 

「……中でロズワール様がお待ちです、エミリア様……とその他」

「扱いが雑だなァ!」

 

「黙ってついてきなさい……他」

「そのすら消えた!?」

 

 そんな騒がしいやり取りを行いながらラムに案内された先にあったのは――『聖域』では、最もまともな形を保った建物の一つだった。

 石材で組まれた建物の大きさは、元の世界基準で言うなら一戸建ての平屋相当。

 屋内は簡単な間取りによって部屋が区切られており、住み心地はそれなりだろう。

 ロズワール邸やアナスタシア邸などの豪華な屋敷ばかりを見てきたシャオンではあるが、住むには十分快適に住めるだろうと判断できるものだった。

 そんな感想を抱く中――

 

「やーぁ、エミリア様にスバルくん。それに我が弟子シャオンくん。ずーぅいぶんと、久々の再会な気がするねーぇ」

 

 相変わらずの胡散臭い笑みで来訪者の自分達に手を振るロズワールとの再会があった。

 だが、シャオンにとってはそれに返す余裕もなく、今目の前にいる彼のその姿の異物感に驚くだけだった。

 いや、正確には――『シャオンの知るロズワール』と『今目の前にいるロズワール』との差異が大きすぎたからだ。

 

「まずはエミリア様がご無事でなによりでしたよ。ラムから屋敷周辺に起こった問題に関しては聞いていましたかーぁらね。あなたの身になにかあっては困ると、生きた心地がしませんでしたよーぉ」

「そう思うならもうちょっとマシな準備が……いや、んなことより、お前の方こそなんだよ。これ、どういうことがあったんだよ」

 

 エミリアの無事に安堵している様子だが、相対するスバルたちは気が気でない。話したい内容の数々が、今のロズワールの前では霧散するよりなかった。

 寝台に横たわり、その体中に血のにじんだ包帯を巻く痛々しい姿で二人を出迎えたからだ。

 上半身は隙間なく包帯を巻かれ、重傷も重症。瀕死の状態といえる。

 その状態でも道化師の化粧は欠かさず、口を開くのもつらいだろうにそれすら感じさせないようにふるまっているのはむしろ恐怖すら与えている。

 その視線に、ロズワールはかろうじて負傷の少ない左腕で塞がった左目を眼帯の上から軽くなぞり、

 

「おーぉやおや。それを聞いちゃう? 私もこれでも一人の男なんだよーぅ? こうして醜態をさらしているだけでも本当はつらい。が、そっとしておいてほしい気持ちもわかってもらいたいものだーぁけどね」

「そんなわけにいかないでしょ。ホントにどうしたの、ロズワール。こんなにケガして……それも、あなたがなんて」

 

 誤魔化されるはずもない軽口にエミリアが反論し、彼女は震える指先を伸ばしかけるが、どこもかしこも傷だらけのロズワールに触れることをそのまま躊躇う。そんな彼女に苦笑し、ロズワールは右目を天井へ向けると「さて」と呟き、

 

「どこから話したものでしょう。まーぁ、私の負傷に関しては名誉の負傷であるとか、体面上仕方なくといった意味合いが強いとお答えしますが、ね」

「ごまかすのはよくないと思いますよ、エミリア嬢も、俺も、スバルも全員が真剣に聞いているのです。心配、していたのですから」

 

 その様子に僅かに片眉を上げ、いかにも驚いたような表情でこちらを見る。

 その様子にすらも若干苛立ちを覚えながらも、シャオンは呆れた様にロズワールを見つめ返す。

 

「なんです? 心配していたのがおかしいとでも?」

「いやいや、まーぁさか、嬉しいとも……だけど、どうやら君もエミリア様も虫の居所がよろしくないご様子。それも、この場所では仕方のないことかもしれませんけーぇどね」

 

 ロズワールの指摘にスバルが違和感を覚えるのと、同じタイミングで、その指摘にエミリアはわずかに眉を立てる。

 図星を突かれたシャオンも同じ表情をしているのかもしれない。

 

「……ざわざわって、心が落ち着かないの。ここっていったいなんなの? 『聖域』なんて呼び方をしてたけど、私には全然そう思えない。むしろ、それよりも……」

「魔女の墓場であると、そう呼んだ方がずーぅっと納得ができる?」

「――っ!」

 

 声の調子を落として放たれたロズワールの『聖域』の別名に、この場にいる全員が強く息を呑んだ。ガーフィール以外がその単語を口にしたことで、俄然その単語の意味が重くなったのだ。

 そして、重くなると同時にますます聞くべき情報が増えたことを意味するため――スバルが先に口を開く。

 

「待て、一度聞きたいことを整理しよう。今のままだと、話の方向がしっちゃかめっちゃか動いてまとまりゃしねぇ。結論が出なくなっちまう」

「おーぉや? 珍しくまともな提案だ。しばらく見ない間にずーぅいぶんと仕切りがうまくなったじゃーぁないの。スバルくん、なーぁにか心境の変化でもあったのかーぁな?」

「変化ってほどじゃねぇけどな、そのあたりを話し出すと長々と語ることになるから、その辺はこっちの聞きたいことが終わったらまとめて自慢するよ。あ、そうだ、一個だけ」

 

 茶化してくるロズワールに指を立てて、スバルは彼を睨みつけ、

 

「クルシュさんとの同盟は成ったぜ。ラムから聞いてるだろうけど、これで俺を置き去りにしたのには満足かよ」

「――満足だーぁとも。やーぁはり、君は待望の拾いものだった」

 

 口元を満足げにゆるめるロズワールに、スバルは嘆息して目をつむる。

 本音を言うと怒鳴り散らしたいところだが、彼の態度には上げた拳を下すしかないのだろう、勿論負傷しているという点もあるが。

 

「……まず、アーラム村の人たちだ。ラムに無事だとは聞いたけど、ほんとうにだいじょうぶなんだな?」

「安心したまえよ。この体たらくで信用がないかもしれないけど、わーぁたしも領主という立場だーぁからね。領民を守るために体を張るぐらいのことはさせてもらいましたとも。皆、この村の大聖堂で生活してもらっているよ」

「大聖堂、ね。そこの場所は後で聞くとして、そうすると次は……」

「この場所の話、聞かせて。ロズワールは『聖域』って呼んだ。でも、ガーフィールは『強欲の魔女の墓場』って呼んだ。どっちが本当なの?」

 

 スバルの進行に割り込み、エミリアが次なる話題にそれを選択する。

 順当に質問すべき内容の一つで、そのことに異論はない。むしろ、エミリアがしなければシャオンがしていた質問だ。だが、若干の硬い声で問いただす態度が彼女らしくないなと思った。

 その張り詰めた声に、ロズワールは薄く笑みを浮かべて応える。

 

「どちらも本当ですよ、エミリア様。意味も、何もかも言葉通りです。この場所はかつての『強欲の魔女』と呼ばれた存在――エキドナの最期の場所であり、私にとっては聖域と呼ぶべき土地です」

「――魔女」

「エキドナ……」

「――――?」

 

 問いかけに対する答えに、全員が同時に喉を詰まらせる。

 ロズワールは静かに、しかしこれまでの道化ぶりの一切が消えた声音で応じた。

 それと同時に、酷く胸を打たれるような情動が籠められたその呟きに、シャオンは――違和感を覚える。

 何故か、エキドナの名前におかしな感慨を覚えて、『知らないはずの彼女』の名にどこか懐かしさを覚えて、だ。

 そんな様子が表面にも出ていたのかスバルが心配そうにこちらへ視線を向ける。

 

「シャオン、大丈夫か?」

「いや、平気だ……それより。エキドナ、強欲の魔女、か」

「強欲の、魔女……嫉妬の魔女に滅ぼされたっていう、別の魔女のことよね」

「えーぇ、そうですとも。今や世界の歴史のいずこにも、彼女の名前は残されていない。わずかに、彼女その人を知るものたちの思い出の中以外には」

「待て待て待て、今の話はおかしいだろ」

 

 しんみりと語るロズワールの発言に、スバルは手を振って割り込んだ。片目だけの視線を細めてこちらを見るロズワールにわずかに気圧されながらスバルは、

 

「俺の記憶が確かなら、強欲の魔女……ってのが嫉妬の魔女にやられちまったのは四百年前だろうが。この場所が四百年前の魔女の最後の場所ってのは納得してもいいとして……お前がその本人を知ってるってのは、いくらなんでも」

「本人が知っているわけじゃない、だろう。たぶん、ロズワールさんの、あーメイザース家に伝わってきた何か……信仰みたいなものだと思う」

「聡い子で助かるよ。そう、これは代々メイザース家……ロズワールを継ぐものにのみ伝わる口伝のようなものだ」

 

 魔女との関係の空白部分をシャオンの指摘に従って埋めていく。その説明にエミリアが眉をひそめた。

 

「口伝って……それじゃ、メイザース家のずーっと古い頃の当主が、強欲の魔女と関わり合いがあったってこと?」

「――エキドナ」

「え?」

 

 ふっと、名前だけを差し込まれてエミリアが目を見開く。その彼女にロズワールは視線を向け、それから確かめるようにもう一度だけ「エキドナ」と繰り返すと、

 

「どーぅぞ、彼女を呼ぶときは名前を。『強欲の魔女』だなんて呼び名、いかにも邪悪な雰囲気がしてよくなーぁいでしょう? 長ったらしいですしね」

「えと、わかったわ。それで、そのエキドナの最期の土地がここで、彼女と付き合いのあったメイザース家がずーっと昔から管理してきた……そういうこと?」

「管理、というほど手がかかったわけではありませんがーぁね。エキドナの結界によって、迷い森は正式な手順を踏まない部外者を通さない。その上、結界は血の条件を満たすものには特殊な影響を与える……エミリア様も体感されたはずでは?」

 

 ロズワールの確信めいた問いにエミリアは、少し考えた後堂々と逆に聞き返した。

 

 

「結界に障って、気を失ったのはホントよ。でも、ガーフィールの話だと、あの結界に障って困るのは私みたいなハーフだけって……でもシャオンやアリシアにも影響が出ているのはどういうこと?」

「アリシアはハーフですよ。当人がいないのに勝手に話すのはどうかと思いますが」

「え、あ、そうなの?」

「ええ、親父さんから少し聞いたことがあります」

 

 彼女が結界を受けた理由は解決した。

 残る問題は――

 

「――君にも影響が出た、それは本当かいシャオンくん?」

「まぁ、はい。たぶん同じ現象が起きています。ちなみに、俺はハーフじゃないです」

「――――それは」

 

 今までとは違い、どこか別人のような神妙な顔で口元に手を当て考えるそぶりを見せている。瞳はこちらを見ているようでどこか遠く、別を見ているようで不気味だ。

そんな彼が次の言の葉を出す前にスバルが小さく手を上げた。

 

「あー、ついでに捕捉すると、俺も何もなかったわけじゃなくてな」

「え? それってどういうこと?」

 

 頬を掻くスバルの呟きに、エミリアが驚きで顔を上げる。

 結界の効果で意識を失い、状況がつかめていなかったが、シャオンが目を覚ました時には確かにスバルの姿は竜車の中にはなかった。

 そのことを聞き出すタイミングを逃したのもあるが、スバルが躊躇しているのはもう一つの要因が大きいだろう。

 何故なら、竜車の中で起きた出来事は輝石――それとフレデリカとの関係に触れずに話せないことだからだろう。

 一体何が起きたのかはわからない、だがあの輝石の反応などから託した彼女が何かを企んでいたことはあり得るのだろう。

 断定ができないのは彼女と接点を作ってしまたがゆえに、敵意のある相手とは思いたくない心情があるのだろう。だが――

 

「でも、なぁ」

「――スバル」

 

 決め手となったのはエミリアの真摯なまなざしと声だろう。

 その姿勢にようやく彼は観念して肩を落とす。それから懐の青い奇跡を取り出し、室内にいる全員に事情を明かす。

――結界で輝石が反応し、スバルだけが『聖域』とは別の場所へ転移したこと。そこで、とある少女と出会い、遺跡へと導かれ、中に入って意識をなくしたこと。その後はシャオンも知っている経緯を経て、今に至る、と。

 

「石は、出発前にフレデリカに渡されたもの。これが結界に反応して転移が起きたのは……間違いない」

「もともと石を持っていたのはエミリア嬢だ、本来の狙いは彼女だった可能性が高い、と」

 

 事情を語ったスバルに変わり、最後の部分を結び閉じる。

 その指摘にスバルは顎を引き、

 

「結界の力で意識を奪われたエミリアたんが、輝石によって転移。俺が五体満足なのはたぶん、本来の狙いとは違った奴が来たからなんだと思う」

「ええ、バルスとエミリア様じゃ比べるのすらおこがましいくらい正反対だもの。事前に情報さえ知っていれば考える間もなくわかることね」

「僥倖、と言ったところかーぁな? スバルくんも体に異常はないよーぉだしね?」

「ああ、無事だよ。少し擦ったけど文字通りかすり傷。少なくとも今のお前よりは健在だ」

 

 鼻を鳴らしながら応えるスバルは文字通り軽傷。

 ロズワールは苦笑いをしながらも重症のその姿では言い返せないらしい。

 そんなやり取りに呆れながらも、エミリアは脱線しかけていた話題を元に戻す。 

 

「フレデリカは、結界を通り抜けるために石が必要だって言ってたの。それで、その」

「エミリア嬢に石を持たせた。フレデリカ嬢の発言は本当ですか?ロズワールさん」

 

 心根の優しさからか、言いきれない彼女に変わりシャオンが訊ねる。

 この返答次第では、フレデリカが、彼女が―― 

 

「……いいや、結界を抜けるのに必要なのは正しい順路。道具ではない……つまーぁるところ彼女が何かを企んでいた証拠となるだろう」

 

 ロズワールの返答にエミリアは力なく肩を落とす。

 それも当然だ、今の話で彼女の謀反は殆ど確定的なことになったのだから。

 

「それにしてもしてやられたーぁね、長い付き合いだった彼女に裏切られるとは……だとすれば今の『聖域』の状態に深くかかわっているのも確実だ―ぁね」

「聖域の状況?」

 

 コテン、と小首をかしげるエミリアに、ロズワールは苦笑しながらも大げさに手を伸ばし、説明をする。

 

「エミリア様は不思議に思われませんでしたか? 『聖域』へ逃れた住人たちが、私どもも含めて屋敷に戻らずにいることを」

「それは、ロズワールの怪我が原因なのかなって?」

 

 ロズワールの投げかけた疑問、その答えにエミリアは彼の負傷を理由にする。

 実際、寝台に横たわるロズワールの傷は深い。屋敷に療養に戻ろうにも最低限の回復がなければ動かすこともままならないはずだ。

 だが、それは理由に当たらないと彼は横に首を振る。

 そして――

 

「――今、私たちは全員、この『聖域』から出ることはできない。いわば、軟禁状態だ。私も、ラムも、アーラム村の人間も……君達も、だ」

 

 と思いがけない爆弾発言を残したのだ。

 


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