Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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急いでかきあげですので誤字等あれば


解放の為の試練

 時刻は少しさかのぼり、場所も変わって竜車の中。

 オットーが竜車を止め、中をのぞき込んで一言話しかける。

 それは話しかけていいのか迷っているような声色で、小さく放たれた。

 

「……えっと、なんで寝たふりしているか聞いたほうがいいんですかねぇ」

「――そこは聞かないのがお約束っすよ」

 

 オットーの問いかけにパチリ、とアリシアは目を開ける。

 瞳に映ったのは竜車の天井とオットーだけだ。途中で声がしていたガーフィールとシャロはすでに姿を消している。

 彼等の役目は竜車を適切な場所へ、ついでに自分たちの寝泊まりする場所の案内だ。

 役割を終えたから去っていたのだろうが、表面上は寝ていたであろう起こすような真似はしないのはいささか扱いが雑ではないだろうか。

 あるいは、寝たふりなのを気づいていたのだろうか。現に彼らよりも戦闘力に劣るオットーにすら気づかれているのだから考えすぎではないだろう。

 自分の狸寝入りの下手さに呆れながらも、オットーの問いに答えるのならば、

 

「んー……今のシャオン、好きじゃないんすよ。なんていうか、不気味で」

「え? そうなんですか? 何か変わった様子も。あ! 流石は恋する乙女は変化に――あだだだ!」

 

 オットーの体が宙に浮く。アリシアの、勿論加減はした頭を掴んだ一撃、スバルが言うにはアイアンクローだったろうか。それを彼へと照れ隠し半分、残りは何となく放ったからだ。

 彼が掴んでいる腕を軽く叩き降参の意を示したのを見ると、ゆっくりと掴んでいた手のひらを開く。

 勿論手加減はしていたので後は引かないだろう。

 赤くはれた顔面を押さえながら彼は涙目交じりに抗議を上げる。

 

「もう! なにするんですか!? というか好きじゃないから寝たふりってどうなんですか!?」

「恋する乙女の秘密に足を突っ込んだ報いっす……それに途中まで意識がなくなっていたのは本当のことっす」

 

 噛み殺せない欠伸に苛立ちながら、アリシアは竜車の中で伸びをする。

 腕を回してみる限り体の不調はない。むしろ、絶好調といえるぐらいに持ち直せている。

 ただ、どこか頭がぼんやりとしているのが癪に障る。それもこれも夢の内容が、良いものではなかったからだろう。

 ゆっくりと思い返すその夢の内容。

 まず頭によぎるのは――広大な自然に、雲一つない青空。そこにはお茶を楽しむのにおあつらえ向きな、イスとテーブルがあった。

 その前にアリシアはただただ立っていたのだ。

 それだけならばまだ不思議な夢ではあるが、綺麗な景色に囲まれた、いい夢で終わるだろう。だが、そうはならなかったのだ。

 

『起き抜けに失礼だけど、伝えられそうなのは今くらいだからね――キミにも試練の権利はあるという事実を。裏側のだけれどね』

 

 妙に頭に響くその声は、先ほどまでの好印象な雰囲気を、台無しにするほどに、邪な存在から放たれた。

 吐き気を催すほどの、邪悪な存在が、黒い服を纏った女がテーブルに座ってこちらを眺めていたのだ。

 恐らく美人、という分類に価するであろうその女性、感情と言うものがまるで存在しないその存在は、どこか上から目線でアリシアに話しかけてきたのだ。

 初対面でもなるべくは穏やかな対応をする自分も、つい口調が荒くなってしまいそうになる、がその口がそもそも開かない。

 魚のようにパクパクと動かすだけだった。

 その滑稽さすら目の前の女は面白いのか、口元を手で押さえ、いかにも楽しんでいる『よう』に笑う。

 

『面白いその姿、もう少し見ていたいけど時間は少ない――君が次に来たら、お茶会話のタネにしておくよ。それに、私情だが話をしたい『魔女』もいるみたいだ……ご愁傷さま、彼を好きになったばかりにね』

 

 口にすることすら控えられる『魔女』の単語を軽々しく呼ぶこともだが、同情しているようなその言葉ですらどこか癇に障る。

 性格が根本的に合わないのだろう。彼女が水ならば自分は油。いや、どうせだったらこちらが水であちらが油のほうがいい。アリシアも女性、油扱いはされたくない。

 とにかく、相性が悪い相手だと互いにそう、初対面で認識をした。あちらはどう思っているかは知らないし、知りたくもないが。

 

『まぁ、ボクとしては彼と君は釣り合わないと思うよ。だって、君は過去に向き合うことすらできていないのだから――ホラ出ていった、その馬鹿力は嫌な奴を思い出すんだ』

 

 まるで最低限のことは伝えたのだから早く出ていけ、まるで役不足だとばかりにその夢のような空間から無理やりはじき出される。

 そして、現在へと至る訳だ。

 勝手に呼び出され、勝手になにか否定され、勝手に誰かと重ねられ、追い出された。

 そんな扱いをされたことに――

 

「……なんか腹立つ」

「え、それ僕のことです!?」

 

 呟いた言葉をオットーに拾われ、なおかつ勝手に面倒な誤解を抱いた彼に説明をしようと一度口を開くが、寝起きの気分が最悪だったこと、なにより説明する内容が彼女自身にもわかっていない。

 なので、至った結論は1つ。

 

「いや、あーもう。それでいいっす。謝れ、オットー」

「そんなぁ! てか、何もしていないのにこの扱いっていったい――」

 

 そう叫ぶオットーの言葉は恋する乙女の優しい蹴りによって消えていったのだ。

 

 

「軟禁とはまた……穏やかじゃない単語が出てきたな……」

 

 寝台に横たわるロズワールと向き合い、スバルは告げられた言葉を吟味しながらどうにか言葉を絞り出す。

 話の流れを鑑みて、場を和ませようとしているの

 

「それじゃまさか、ロズワールのそのケガは村の人たちに?」

 

 と、スバルと同じくその信憑性の大元に辿り着いたらしきエミリアが口にする。

 体中に包帯を巻き、うっすらと血のにじむ痛々しい姿でいるロズワール。それが冗談に聞こえない要因の大きな一つだ。

 だが、

 

「違います、ね。その傷、全て内側からのもの。」

 

 包帯の上からでは断定はできないが、ロズワールが現在負っている怪我、傷は外側から加えられたものではない。

 彼の負った傷は、ゲート、あるいはそれに類ずる何かを直接めちゃくちゃにかき回したようなものだ――自分がそれをわかる理由は、成長のおかげだと信じたい。

 それに、理由としてはロズワール・L・メイザースの存在は、非常に限られたレベルで優れた魔法使いという印象が強い。

 事実、ルグニカ王国における筆頭宮廷魔術師という立場にある彼の実力は、身をもって体験している。仕事に余裕があるときはボロボロになるまで鍛えられたものだ。

 その彼をして、この様にさせる存在は考えにくい。

 

「……驚きを隠せないねーぇ? 大分見方が変わって成長が実感できて師匠として誇らしーぃよ?」

「んで、その出来のいい弟子の成長を見れたのに満足なら、正直に話してほしいもので」

 

 そんなシャオンの推測にロズワールが感心半分、からかい半分の目でこちらを褒める。

 まさに弟子の成長を喜んでいる、という呑気な態度に、スバルが苛立ったように吠えた。

 

「……ってか、それってどういう意味だよ。さっきの話と食い違うぞ。お前、軟禁されてるって……」

「こうして負傷した私の身柄が拘束されてるわけだから、軟禁って言って間違いじゃなーぁいでしょ。軟禁目的でケガさせられたんじゃなくて、ケガした私が軟禁させられているってーぇこと。……詳しく話すと、それとも違うんだーぁけどね」

 

 回りくどいロズワールの物言いに、スバルの頭上に疑問符が飛び交う。噛み砕いて、どうにか落ち着けて文脈を整理してみるに、つまり、

 

「お前のケガに『聖域』の連中は無関係、ってことでいいのか?」

「厳密には無関係というわけじゃーぁないんだけど、ケガの直接的な原因が彼らかと問われれば違うと答える。つまり、そーぉゆぅこーぉと」

 

「つまり、間接的には関係あるってことだな」

 

 首を傾けていたロズワールが、スバルの指摘に鼻白むように瞬いた。それから彼は小さな吐息をこぼしつつ、「成長する子を見る気分だねぇ」と茶化す。

 その態度にスバルは核心の糸口に触れたと判断。追及の手をゆるめまいと、言葉を選んでロズワールへ問いを投げようとする。が、

 

「――バルス、少しはロズワール様を労わったらどうなの?」

 

 言いながら会話に割り込んだのは、これまでこの場面に参加していなかったラムだ。エプロンドレスの裾を揺らす少女は楚々とした足取りで部屋を横切り、その手に持った盆の上から湯気の立つ紅茶をテーブルへ並べる。

 かぐわしい香りが室内に立ち込め、嗅覚を刺激されたことでスバルは視野が狭くなっていた事実を思い知らされる。ついで、問い詰めようとしたロズワールの容態のパッと見のひどさにも。

 

「これだけ傷付いていらっしゃるロズワール様に詰め寄って、根掘り葉掘り聞き出して満足? 痛くて苦しくて、泣きそうなロズワール様がお労しい」

「反省させられたってのにする気なくなる言い方すんなぁ。そもそも、これが痛い苦しいで泣くような性質かよ、似合わねぇ」

「うぅ、痛いよーぅ、苦しいよーぅ。思いやりと気遣いの心に欠けた言葉が傷口に沁みちゃーぁうよぅ」

 

 ラムの文句に悪態で応じるスバル。そのスバルの台詞を揶揄するように、寝台の上でロズワールが小芝居を始める。苛立ちにスバルが眉根をひくつかせ始めるのと、咳払いしてエミリアが乱れた場の空気を揺り戻したのは同時。

 彼女は三人からの視線を集めながら、「とにかく」と前置きして、

 

「ロズワールの体調が思わしくないのは見ててもわかるから、なおさら早く話を終わらせましょう。治癒魔法はかけてないの?」

「治す方の魔法はラムは門外漢ですので……」

 

 無表情ながら悔しげなラムの答えに、エミリアは期待薄そうな目でロズワールを見る。その視線にロズワールは掲げた手をゆるゆると振り、

 

「同じく、破壊特化でしてーぇね。壊す、侵す、惑わすといった分野なら一通りなんでもこなせるんですが、こと癒す方面に関してはからっきしですよ」

「ひっでぇ話だな。攻めるより守る方の技術もちゃんと磨いとけっての」

「こういうので偏るんだよな、こういう技術――ほら、治しますよ」

「いーぃや、遠慮しておくよ。命に別状はないし、いまは他に優先すべきこともあーぁるしね。それに――これは、そうやすやすと治してはいけない傷だ」

 

そう言うロズワールはまるでその傷跡が宝物であるかのように愛おし気に、指先で触る。

きっと激痛が走るのにそれすらも感じさせない表情と、それをわかった様子で行う異端さに思わず引いてしまうほどだ。

 

「まァ、そこらにしとけーっつの。あんましケガ人に無理させるもんじゃァねェよ。『走りがけの斑クチバシがドス黒い』たァいえな」

「――っ」

 

 そんな中、どう聞き出そうかとしていると、不意の声に驚かされ、全員がその声の出所へと視線を向ける。

 そこに、部屋の入り口に現れたのはガーフィールだ。

 彼はぐるりと部屋を見回し、エミリアに対して口笛を吹く。

 

「おいおい、そんな殺気立つなよ、挨拶にしちゃァ乱暴だぜ?」

「さっきまでのお話で、一番危なく思えたのが貴方だったから、念のため」

 

 と、こちらを庇うように立つのはエミリアだ。

 その反応に楽し気に牙を鳴らすが―フィルにシャオンはここで一争いが起きるのかと内心ドキドキしつつも、ここで気づいたことがある。

 

「オットーと、アリシアはどうした? 一緒にいたよな」

「あァ? んなの考えりゃわかんだろ……?」

「雑な挑発はやめろよ、ガーフィール。キミにそんな度胸はないだろう?」

「――――ッ!」

 

 シャオンの放ったその言葉は、部屋の中の空気を換えるには十分なものだった。

 ガーフィールの瞳がより一層に鋭くなり、全員の背中な産毛までがぞわりと逆立った。 

 一触即発、両者の間に戦いは避けられない雰囲気が高まる。

 

「――いいぜ、ヤル気はなかったがご所望なら俺様が相手に……だはぁ!?」

「いいわけないでしょう。分別と場所と相手をわきまえなさい、馬鹿ガーフ」

 

 だが、その爆発寸前の空気は、鉄のお盆の強烈な打撃音に打ち壊された。容赦ない一撃で彼を轟沈させたのは、やり取りの間に彼の背後に回り込んだラムだ。

 悶える彼を見下ろし、ラムは嘆息する。

 

「エミリア様、シャオン、それについでにバルスも、早とちりはみっともないわ。さっきシャオンが言った通り、ロズワール様のお怪我にガーフは、外の存在は無関係」

「……そうなの?」

「俺の目を信じてくれるならそうだね」

「ご、ごめんなさい! わたしったら勘違いしちゃって、てっきり貴方が二人をその、食べちゃったかもって!」

「その発想はなかったよ!? エミリアたん?」

 

 命の危機、ぐらいまでは確かに疑ってはいたのだろう。そんな具体的かつ野性的な方法だとは想像していなかったのだろうが。

 あたふたしながら床に膝をつくガーフィールに駆け寄るエミリアに続き、スバルも少し離れて彼の様子をうかがう。シャオンは万が一でも二人を庇えるように態勢を整える。

 緊迫した空気が少しは緩和してもいまだに警戒は解けない。そんな中、危うく大惨事を引き起こすところを防いではくれた彼女に感謝をしようと視線を移す。

 

「にしても助かったよ、ラム嬢。あと少しで――お盆ボロボロ!」

「ガーフを止めるのに必要不可欠な損害よ。シャオンがお盆の代わりにボロボロにならない様に、次の一撃でお盆が壊れないように祈りなさい」

「……はぁい」

 

 暗に彼女から次の手助けはそこまで期待できないことを聞かされつつも、そんな彼女の態度を他所に、殴られた被害者であるガーフィールは部屋の片隅にある椅子に勢いよく腰を下ろした。

 そして、頭をさすりながら。

 

「ラム、悪ィと思ってんなら茶ァ」

「ちょっと外で落ち葉を拾ってくるから待ってなさい」

 

 そんな要求に鼻を鳴らし、ラムは本当に家の外に出ていった仕舞う。

 果たして、拾った落ち葉で彼女が何をするつもりなのかは、想像ができるがしたくない。

 どちらにしろこの後落ち葉を使ったお茶を味わう可能性があるガーフィールを見ると、舌打ちをしつつ話を本題へと戻す。

 

「で、さっきの反応からすっと、まぁだ肝心の話はしてねぇみたいだなァ……せめてエミリア様にゃァ話す責任があんだろォ」

「――私?」

 

 ラム不在の室内で、ガーフィールが貧乏ゆすりしながら話題の焦点を変える。

 彼の発言からエミリアが話題に出てくるも彼はその驚きに取り合わない。代わりに、険悪な目つきでロズワールを突き刺す。

 

「エミリア様が『聖域』に入った時点で、事の問題は俺様たちまで巻き込んでってことになんだよ。それをなんだァ? まだ肝心の話にすら入っちゃァいねェ。てめェら、ここに遊びにきたってのかよ」

 

 後半の怒りはロズワールだけでなく、押し黙るスバルたちにも向けられていた。特にエミリアを見る彼の視線に宿る激怒は只事ではなく、小さく肩を縮めた彼女を庇うようにスバルは前に立ち、

 

「待てって。お前が怒ってるってのはわかるけど、その怒り出した理由がこっちにゃ見当もついてない。わかってない相手と話しても苛立つばっかだろ?」

「それが気にいらねェって言ってんだろが。当事者がそんなんで……」

「その当事者蔑ろにして話進めてんのが君と、ロズワール。ちゃんとその問題に関わって悩んでどうにかしてほしいって思うんなら説明責任を果たしてくれ」

 

 スバルをサポートするようにシャオンも言葉を続ける。

 事実、彼の言い分は正しいこともあるが、多くは――

 

「――ちっ」

 

 そのまま黙って眼力の交換をし合っていると、先に視線を外したのはガーフィールの方だった。彼は舌打ちして背もたれに体重を預けると、その短い金髪に指を差し込んで乱暴に掻き毟り、

 

「あァっだよ! わァってんよ、今のはただの八つ当たりだ! カッとなっちまったんだよ、悪かったっつってんだろ、オイ!」

 

 感情的になって視野が狭まるわりに、すぐに客観的な部分を取り戻して非を認められる。それはひどく難儀な性格に思えて、スバルは憤慨より先に苦笑してしまう。

 それを受け、ガーフィールは「はァ」と似合わないため息をこぼし、

 

「だが、テメェらがどこまで想像がついているのかの確認は取りてェ。どこまで説明して、どこから教えなくていいのかァ知る必要があっかッラナぁ」

 

 その目線はシャオン、ではなくスバルだ。

 つまり彼が力を、スバルが持つ考えを話すように要求しているのだ。

 ならばシャオンの出番はない、と身を引く。

 スバルもそれはわかっているようで、彼も真っ先に口を開いた。

 

「まず、ロズワールの軟禁話と無関係じゃないのがその巻き込まれた事情ってやつだろ。んで、ロズワールの話じゃ軟禁は力ずくじゃない。それにシャオンの目が正しいってこと、ラムの言葉を信じるならロズワールの負傷は別、というよりも今は負傷そのものよりも」

 

 ぶつぶつと考えを口にしながらまとめていく。

 そうして、一度目を閉じ、ガーフィールに指を突き付ける。

 

「――軟禁への原因が負傷じゃなく、お前の腕力でもないなら、『聖域』を守るための特殊な術式だろ」

 

 確信めいた発言にガーフィールは僅かに眉を動かす。

 だが無言を突き通す彼に気にした様子はなくスバルは続けた。

 

「結界に触れて、3人は気絶した、ガーフィールの話じゃそれは3人だけじゃなくて――この聖域で暮らす、大半の奴がそうだ」

「つまり、スバルは結界の影響で、ロズワールたちは中に足止めされている」

「それで屋敷に戻りたくても出てこれなかった、ってことか」

 

 考察がかみ合い、スバルはエミリアとシャオンに喜んでハイタッチを求める。

 と言ってもこの行為の意味が伝わっているのはシャオンのみらしく、エミリアは首を傾げすごすごと手を下してガーフィールを見た。

 

「さて、正解は?」

「――こそ泥って評価から三下にあげてやらぁ」

 

 婉曲に肯定されたと受け取り、3人は、いやガーフィールを含めた4人はロズワールを見やる。

 すると、ロズワールは彼等の考察に片目を閉じ、黄色の瞳に歓喜を宿す。

 

「素晴らしいね、私も心を鬼にして、放任してきたかいがあるよ」

「その件については後程、山ほど話すことがある。拳を交えて、あー、交えないで一方的に」

「おーや、おーやぁ」

 

 ラムが聞いていたらスバルの顔が変形するくらい殴打されそうだが、彼女は生憎外。スバルもそれを承知でそんな軽口を言ったのかもしれないが。

 そんな様子に上機嫌で図に乗ったロズワールを庇うものはいない。

 それも当然、不在の間の魔女教対策、それについては後でしっかりと話を聞かせてもらうのだから。

 

「ただ、今だけは結界の話が最優先。反応からして、原因だな?」

「正確ではないけど、大筋は正しいとも。私が、私たちが『聖域』に足止めされている原因が、そこにあるのは事実だ―ぁね」

 

「結界に引っかかるのは混血……亜人とのハーフだけって、あー、でもシャオンの例外が」

「俺の例外は、気にしなくていいよ……『混じり』の意識を奪い、侵入者の存在を森に迷わせる力を持つ」

「すでに中に入った純潔には無害、なのに、結界が理由で足止めされているってのは」

 

「――そうだ、結界の影響を受ける側が、その邪魔をしているッ空に他にならねェ」

 

 疑問の答えは他でもない、当事者自身の口から堂々と明かされた。

 その猛々しい断言に振り向けば、金髪の『混じり』は鋭い翠の瞳でスバル達を睥睨する。

 

「ガーフィール」

「俺様の話は簡単だ。結界がある限り、俺様たちァこの『聖域』の外に出られねェ。テメェらには関係ねェ結界だが……そりゃチットばかし不公平だろォが」

「おいおい、とんだ我儘な話だな、確かに簡単ではあるが」

「言い方はなんとでも、だ。ッけど なァ、こいつァてめェにも他人事じゃねェぜ?」

「……俺たちも、同じ理由で外に出さないつもりだからか?」

「スバル、落ち着け、エミリア嬢もアリシアも、ここにいる人たちと同条件で『聖域』の外には出られないって話だ」

「あ……」

「ったく、つまんねェ勘違いしてんじゃねェよ。だから言ったろ、この『聖域』から出せねェ、んじゃねェ、でれねェんだよ」

 

そう吐き捨てるガーフィールの発言にスバルは絶句している。

だが、本当に、これはまずい状況だと、シャオンは唇をかむ。

『混じり』が触れることで、結界はその効果を発揮する。すでにそれは実証済みであり、彼女もまた『聖域』に囚われた一人だ。

『王選』を控えた身である彼女が身動きが取れなくなる――そんな事態になっていては事実上のリタイアと言っても過言じゃない。

 スバルもそのことに気付いたのか顔を青ざめながら、抜け穴を考えようとする。そして出た案は、

 

「それはなんとかならない、のか? 例えば……そうだ! 結界に触って気絶するってんなら、その人たちを結界の影響を受けないみんなで運び出すとか……」

「──愉快な提案じゃが、やめた方が無難じゃよ。ワシは魂の抜け殻にはなりとうない」

 

 それは本日何度目かの、第三者による会話への割り込みだ。

 聞き覚えのない声の参入に入口へと振り返る。

 そこにいたのは先ほどのガーフィールと同じく、小さな人影が立っていた。

――長い薄紅の髪に、人形のような整った美貌と明らかに人でないことを証明する尖った長い耳、

 その特徴は紛れもなく、『エルフ』で――

 

「君は、さっきの……って、あぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃ!?」

「ほら、バルス。お茶よ 入れたてほやほやの」

 

 その少女に声をかけようとしたスバルの、その頰に湯吞み押し付けられた。

 離れていても聞こえる肌の焼ける音、それを最も間近で聞いたであろう本人、スバルは痛みに絶叫しながら部屋を転がった。

 そんな彼の様子を、戻ってきた下手人のラムが嘲るように見下ろし、

 

「大げさね。男のくせにみっともないわよ」

「男もくそも関係なくない!?」

 

 情け容赦ない罵倒に勢いよく起き上がり、スバルは涙目で訴える、

 確かにラムの暴挙は今に始まったことではないが、たぶん、今のはここまでで最大の理不尽さだった。

 そのスバルの訴えに何か思うところがあったのかラムは面倒くさそうに、濡れた布巾をスバルの頬へ押し当て、

 

「――――」

「は?」

 

 何かを耳打ちをする。

 その内容はスバルにしか聞こえなかったようだが、ラムはそのあとすぐに何事もなかったかのようにガーフィールへ別の湯飲みを渡す。

 

「スバル?」

「あ、いやなんでもね。何でもなくはない現状だけど慣れてる」

「いや、その処遇になれてるのはどうなの?」

「ガー坊がまた外の人間を引き入れたとは聞いとったが……騒がしい坊じゃの」

 

 こちらのやり取りを眺めながらそう言って、先ほどのエルフの少女が目じりを下げた。

 その声と表情に、やけに老成した雰囲気を覚えさせた。

 

「えっと」

「ご挨拶が遅れました、エミリア様。ワシはリューズ・ビルマ。この集落の代表、という立場になっております。形だけではありますが、既にこの身は見ての通り老いぼれですので」

 

 一礼して名乗った少女――リューズの発言に、スバルとエミリア、恐らく自分も目を丸くする。

 十代前半の外見に、愛らしく整った容貌。白いローブをすっぽりとかぶった童女。

 いかにも老いぼれとは見えない。

 

「まさにロリババア……いや、なんでもねぇ。女性に失礼な口きいたのはフレデリカで懲りてる」

「ほっほ、気にせんよ」

「チッ、俺様の時はしつこく言いやがるのによォ」

 

 何故か機嫌を悪くしたガーフィールはリューズにかみつきながらラムが淹れた茶を飲み、文字通りの外にあった葉を入れただけのそのお茶を吐き出す。

 それをしり目に、シャオンはリューズの先ほどの言の意味を問い直す。

 

「魂の、抜け殻でしたっけ。リューズ嬢。言葉通りの意味とは取りたくはありませんが」

「おぬしの話は聞いておるよシャオン――いや、言葉通りの意味じゃよ、シャー坊。『混じり』が結界に触れれば意識を奪われる……正しくは『混じりは』結界に魂を弾かれるんじゃ」

「魂を、弾かれる……」

「それはつまり、結界をハーフが無理に超えようとすると、肉体と魂が分離する。で、魂が結界の中に残る羽目に……?」

「ほほーなかなか理解が早い坊じゃ。そう言うことじゃよ」

 

 纏めたスバルの答えにリューズが感心した顔で笑った。

 それを受け、エミリアも驚きに目を丸くしたままロズワールのほうを見て、

 

「で、でも、それとロズワールの怪我の関係は? 結界の力が混血意外に働かないなら、ロズワールの傷は別の……」

 

 シャオンも目から血を溢れさせるほどの負傷を負っていたわけだが、あれとはまた違うようなものだろう。

 事実、痛みはなかったし、即座に治っている。

 だったらあれは何だと言われてしまえば何もわからないのは事実なのだが、

 

「そいつの傷は、『試練』に拒否された結果だ」

 

 考え事をしている中、ガーフィールが乱暴に淡々と話を進める。

 

「『聖域』に魔女に結界。次は『試練』ね。問題が増えすぎだろ」

 

 新たな話題の数だけ問題も増える。

 こんがらがった糸がどんどん解くのが難しくなるような、事実に全員が嫌な顔を浮かべる。

 そんな中、ロズワールだけが小さく、

 

「でーぇも、増える情報はこれが多分最後。資格あるものが『試練』に挑み『聖域』を解放する権利を得る。ガーフィールの言う通り、私のこの傷は、その前提に背かれた証だーぁからね」

「『試練』の前提に、背かれた?」

「その前提は、結界に干渉しえる存在――つまり『混じり』であることだ。それ以外の存在が『試練』に挑めば――肉体は拒絶によって引き裂かれる」

 

 驚きにスバルとエミリアが同時に息を呑む。

 

「手っ取り早く、てめェらに俺様たちの要求を突き付けてやらァ」

 

 そう言って、ガーフィールは驚愕する、『エミリア』に指を突き付ける。

 この『聖域』を取り巻く事情、その解決にはエミリアこそが必要なのだと。

 

「この『聖域』を囲む結界を解け……二つの試練を越えてな」

「二つ?」

「ああ――結界を解く、そのための『試練』は『表』と『裏』の二つ。詳しい説明は後でしてやるが、それが解けなきゃ誰も外にゃァ出さねェ」

 

 命に代えてでも、という気迫でガーフィールはその鋭い牙でエミリアへと宣言をしたのだ。

 


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