Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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お久しぶりです。のんびり更新していきます


裏の聖域

「ったく、本当にめんどくせぇ」

「おいおい我慢しろよ、リューズさんにチクるぞ?」

「チッ、痛いところつきやがって」

「んで、ガーフィール。その『裏の聖域』って言うのはあとどれくらいなんだよ」

「急かすんじゃねェよ。もうすぐだ」

 

 そう舌打ちをするガーフィールと共に現在シャオン達は森の中、正確に言うのであればその中の獣道を進んでいた。

 この状況に陥ったことを説明するには、時間は少しさかのぼる。

 具体的にはガーフィールに要求を突き付けられたあたりだ。

 

 

 

「ああ――結界を解く、そのための『試練』は『表』と『裏』の二つ。詳しい説明は後でしてやるが、それが解けなきゃ誰も外にゃァ出さねェ」

「お、おい。いくらなんでも」

「さっきも話したがなァ、そもそもそこのエミリア様は結界を、『聖域』を超えることはできねェ。拒否権はねぇぞ」

「それは、確かにそうだが……まて、二つ?」

「あン?」

「いや、そもそも表と裏ってなんだ、ここはあー、『強欲の魔女』っていうエキドナの奴の墓なんだろ? そんな分けるようなことはねぇと思うんだが」

「同時期、魔女様と共に活動していた『怪人』がいたのじゃよ。とはいっても――わしも、実際に見たことはない。あくまで噂じゃよ、ただその存在を裏付ける証拠はいくつかある。世界を混乱に落とした『怪人』のな」

 

 リューズがガーフィールに変わって説明を行う。

 

「『裏の聖域』もその遺産の一つじゃ……もしも興味があるのならばガー坊を連れて行ってみるといい『裏の聖域』に。どちらにしろそちら側の『試練』も受ける必要はあるのじゃからな」

 

 そう彼女に言われ、ガーフィールも渋々その『裏の聖域』に案内を担当することになったのだ。

 実際あのまま話し合いを続けようとしても平行線ではあったし、エミリアが『表の試練』を受けるまでまだ時間は少しかかるそうだったから、見に行くにはちょうどいいという話になったのだ。

 勿論彼女に『試練』とやらを受けさせるのはどうかとスバルも悩んでいたようだが、当の本人が村の人々の役に立てるなら、とやる気を出している姿に黙ってしまっている。

 そんな事情の中、現在シャオン達は『裏の聖域』へと向かっているわけだ。

 

「っと、ついたな」

「ここが?」

 

 ガーフィールが案内し、止まった場所はただの道だ。

 それこそ言われないと通り過ぎてしまうほどのなんの変哲もない道。

 からかわれたのかと思っていると、

 

「隠してんだよ、下手に入られちゃまずいからな。ほら、この先だ」

 

 ガーフィールがかがみ、近くの茂みを掻き分けるた。すると、奥に続く道が見える。

 先は暗く、何があるかは見えない。 

 

「なーるほど、ようやくらしくなってきたじゃねぇか。隠れ家みてぇでいいな!」

「だろ?」

 

 呑気に少年心を輝かせているスバルとガーフィールを他所に、シャオンは周囲へ目線を巡らす。

 変わったところは何もない、ここがその『裏の聖域』、『試練』の場所に続く道だと判断できるのは長く住んでいるガーフィールならではか、あるいは別の何かがあるのか。

 しかしどこを見ても目印もなく、ガーフィールの案内がなければ気が付かないものだ。

 今後のことを考えて、シャオンは何とかこの場所を記憶に焼き付けていると、ガーフィールが一伸びする。

 

「んじゃ、俺様はここにいる。こッから先はテメェらだけで行きやがれ」

「おいおい、案内任されたってのに仕事放棄は感心しねぇぜ? サボりは俺みたくうまくやらなきゃな」

「ラム嬢やフレデリカ嬢にはバレバレだけどな」

「……ここまで来れば後は一本道だ。『マグローバは1つの道でようやく迷わない』ってことだ、テメェらも寄り道しなきゃ進めんだろ」

 

 先ほどまでの様子とは違い、バツが悪そうに顔を渋る。

 何故彼はここまで同行を拒むのだろうか。

 そこにあるのは単純なシャオン達への嫌悪だけでなく、別の何かが現れているような気がする。

 

「なにか、あるのか?」 

「『試練』だからな、一応。……居心地がわりィ上に気味のわりィ奴が管理してんだよ。こっから先はよォ」

 

 単純に合わない性格なのか、それともガーフィールでも勝てない相手がそこにいるのか。

 そんな心配が表情に浮かんでいたのか、ガーフィールは面倒くさそうに頭を掻きむしり、「仕方ねェ」と呟き、拳をこちらに突き出す。

 

「なに、『聖域』の解放の為だ、何かあれば叫びやがれ、最強の俺様が連れ出してやっからよ」

 

 自信満々にこちらを見送る視線を背に受けながらシャオンはスバルを連れて、隠された道を僅かな明かりで進んで行くのだった。

 

 

 道を観察しながら進んで行くと、草が乱雑に生い茂っていた道が明らかに人の手が加われたものへと変わっていく。

 1つの、小さな家へとたどり着いた。

 ロズワールが療養している家よりも小さく、かつ『聖域』で見た家々よりは上等な一つの家。

 人が住んでいる形跡はない、が、

 

「驚くほどに、汚れていないな。まるで、ここだけ時が止まっているようだ」

 

 その家を観察するほどにその言葉が冗談ではないかもしれないという気持ちが勝っていく。

 よくよく見れば家はかなり前に建てられたであろう設計方法、素材のはずなのに、風化の様子はない。

 また、周囲で先ほどまで聞こえていた虫の音や鳥のさえずりなどですらここでは聞こえない。

 まるで、生物たちがこの場所を恐れているのとすら思えるほどに、静寂。

 

「開けるぞ、なんか出たら頼む」

 

 スバルを先頭に扉を開ける。

 鍵はかかっておらず、眼前に出現したのは無機質な石造りの部屋、とその部屋の奥に更に続くであろう扉だ。

 外観からはそこまで長くない家のはずだが、という疑問は覚えるが僅かに何もないその部屋の様子に緊張が解ける。

 そして、

 

「んで、部屋の奥の扉を開けたら。たどり着いたのがこの『書架』と」

 

 眩暈がするほどの無数の書架が広がっていた。

 ――シャオンたちがいるのは、石造りで円筒形の部屋のど真ん中だ。

 目立った特徴のない、同じだけの広さの空間に所狭しと書架が並べられており、背の高い本棚には無数の本がぎっしりと詰め込まれている。

 比較する対象が少なくて何とも言えないが、それでも蔵書は気が遠くなるほど多い。

 

「――ベアトリスがいたら喜ぶかもね」

「ははっ、確かに……俺は頭がいてぇけど」

 

 ベアトリスの禁書庫も相当なものがあったが、単純に本の数だけでいえば物量ではこちらが圧倒しているだろう。

 その物量と、異常さに本当の意味で頭に痛みを覚える。眼前に出現したのは先程と同様の石造りの部屋、と文字通り『無数』の書架だ。

 テレビのザッピングを脳内に直接ぶつけられた気持ち悪さに二人してうめく。

 

「目的の本を見つける、検索コンピュータが欲しくなるな……司書さんとかいねぇのか」

「いや、この本の様子から……誰かが管理している、のは本当だな」

 

 本だけでなく、本棚にも埃が被っていないことから手入れはきちんとされているようだ。

 どうやらガーフィールの口にしていた言葉はシャオン達の面倒を見ることから逃げる口実ではなく、本当に管理をしている人物がいる証明だ。

 と、するとその管理者の性格も彼が評したものと同じものかもしれない。

 

「んー、普通の本……だな」

「てか、俺ら大分不用心だな。これが何かのトラップだったら……」

「いまさらだね、ただ……普通の本だ。別に触った瞬間に体が燃える、なんて仕掛けはないみたい」

「だな、本の材質は……なんだこれ。年代もわからない。中身は……?」

 

 次々と本に手を伸ばす。とはいえ、膨大な本の一冊二冊で全てが知れるほど、世の中簡単にはできていない。

 二人して中身、装丁などを確かめつつ、首をひねり合っている。

 

「ベア子がいればな……」

「彼女をひっぱり出せなかったのは俺等の力不足だろ。でも、ある程度はわかることもある。見たところ、本の規格は統一されている。タイトルは全部違う、筆者はなし……並べ方は無茶苦茶だ」

 

 スバルは本の背表紙を見ていて気付く。

 

「この本のタイトルだけど……ひょっとして、全部、人の名前か?」

「ん……と、そうみたい。でも知らない人ばっかだな」

 

 適当な本を手に取って中を見てみるが、羅列する文字は普通に『イ文字』や『ロ文字』に『ハ文字』など、この世界特有の言語だ。

 文字が細かすぎるせいか読んでも読んでも頭に内容が入ってこないだけで、いたって普通の本だ。

 

「途方に暮れるには早いか。木を隠すには森の中……ひょっとしたら『聖域』、『試練』に関する重大な情報の詰まった本が、この書架のどっかに埋まってるかもしれねぇとしたら嫌だなぁ」

「……誰だ!?」

 

 直後、部屋の隅で何かを踏む音が聞こえた。

 その方向へシャオンは『不可視の腕』を構える。

 だが、攻撃はまだしない。あくまでも、スバルとシャオンの身を守るための行動だ。

 いくらここが不気味な場所であっても姿形を確認しないで攻撃をするほどは追い詰められていない。

 そんな警戒の中、現れたのは――

 

「お客様、ですね」

  

 目の前に現れたのは黒と白のみ、ちょうど二つの色のみで作られている一人の少年だ。

 小柄な背丈の倍ほどにもある、杖で床を鳴らしながら現れた彼は特徴的だった。

 右側が黒、反対側が白。肌と瞳の色さえも左右対称で色づけられたその存在は、どこかで会ったかのような既視感を覚えさせた。

 派手なその装飾は一度見れば嫌でも記憶に残っているはずだが、心当たりはない。

 隣で驚いているスバルも同様のようだ。故に、この質問はすんなりと口に出せた。

 

「君は――だれだ?」

 

 その言葉に目の前の少年はガラス玉のような透明なその瞳を僅かに揺らし、かと思えば一切の感情が読めないほどに透き通った視線で返し、答えた。

 

「私の名前はカロン。ここの管理人です――『怪人』の弟子という肩書もありますが」

 

 

「『怪人』の弟子。『怪人本人』じゃないんだな」

「まぁ。『怪人』本人が生きていることはないと思っていたけどね、聞いていた話でもすでに故人だって聞いてたし」

 

 とはいえここは異世界。

 長寿で実は生きていたなんてこともありえたのだが。

 

「――ここはとある場所と擬似的に繋がってあります。師匠が言うには『ゆりかご』と言う場所に近いらしいですが」

「『ゆりかご』ってあの揺り籠? だとしたら全く揺り籠みがないんだが」

「……詳しく聞く前に師匠は死んでしまったので――うぅ」

 

 そう言って彼は顔を手で覆い隠し、いや、それだけでとどまらずに、体をふたつに折って両手の中に顔を埋めて泣く。

 その様子に思わずシャオンとスバルは慌てて彼に駆け寄り、慰めにかかる。

「だ、大丈夫か?」

「……悪い、つらいことを思い出させたな。それほど、いい師匠だったんだな。その人」

「いえ、それはそれ。少なくとも生物としては致命的に屑でしたね」

「は?」

 

 泣いていた少年、カロンはそれまでの涙がまるで嘘だったかのようにケロリ、とした様子だ。

 濡れた後がなければ泣いていたことすら気づかないほどに。

 

「死んだことも……残念半分、いや、3分の1、いや、うん。まぁ価値がなくなったのは至極残念。ま、ざまぁないと思う気持ちが大半を占めますが。弟子である私に厳しかったですし、はい」

「ねぇ! 俺達の謝罪返して!」

 

 そんなツッコミをしつつ、シャオンは逸れた話題を元へと戻す。

 

「その『怪人』様、あー。アンタの師匠は一体なんでここを作った」

「詳しくは知りません。ここにある知識を来るべき時に、『試練』を乗り越えた者に渡せと、だけ」

「『試練』を受けるための条件ってのは?」

「その前に、一つお願いが」

 

 カロンはそこで初めて、僅かに怒りをにじませたような言葉を口にだした。

 初対面でも感情が抜け落ちているのではないか、と思った彼がそんな感情を宿していたことにも驚きを覚えたが、それよりも――

 

「『怪人』ではなく――シャオンと、およびください」

 

 その内容が驚きだった。

 彼は小さくつぶやくように続ける。

 

「オド・ラグナの化身。『魔眼族』を滅ぼした狂人。世界の価値を計る『怪人』。どの異名もありますが、彼の名は――シャオンです」

 

 

 その名を聞いた時に、心臓が跳ねた。

 予想外の言葉、ではなかったはずだ。だが思いのほかに自身の心臓が跳ねたことにシャオンは息を呑む。

 

「――――同じ名前の別人、ってことでいいよな?」

「はい、貴方と師匠は全然違いますので。貴方のほうがまだ常識人ですね、むしろそれが気持ち悪いですから」

「酷い言いように流石のシャオンもだんまりだな、おい。……なら、シャロが父親と言っていたのはそっちの『怪人』のほうか……?」

 

 確かにスバルの言う通りなら辻褄は合う。

 この世界にいた同じ名前の人物がいた場所に、同じ名前の人物が訪れた。

 あり得るかどうかはわからないがそれが数年、いや数十、あるいは数百年前ならば可能性としては十分だ。 

 胸に突っかかっていた異物が取れたような安心感を感じつつも、ここに来た本来の目的を思い出し、ここで管理をしているというカロンへと尋ねる。

 

「で、さっきの質問だ。試練を受けるには、どうすればいい? 表と同じく『ハーフ』であるって言うなら引き返すが」

「ご安心を。こちらの試練を受ける場合は『ハーフ』であることは条件に入っておりません。」

「? ならロズワールやガーフィールが受けても――」

「――彼等は受けることはできないでしょうね。変わらないのであれば」

 

 妙な言葉に、シャオンは首をかしげる。

 

「試練を受けるためには『誰かを一番に想う気持ち』と『自身を思いやる気持ち』『変わろうとする気持ち』の3つが必要です」

「抽象的すぎてわからねぇ……」

「文句を言うのであれば師匠に言ってください。私はあくまで管理役です……『他者愛』『自己愛』そしてそれ以上に『今の自分じゃダメだ』という強い意志が必要なのです」

 

 ――なるほど、とシャオンは理解したと共にこの試練の難易度に頭を掻く。

 そして同時に彼らが試練を受けることができないという考えもシャオンには理解ができた。

 ガーフィールには『他者を思う気持ち』、ロズワールには『自身を思いやる気持ち』が欠けているような気はしていたのだ。

 

「『血筋』で試練を受けられないよりはだいぶ優しいと思いますが。死にはしないですし、今は受けられなくても今後は受けられる『可能性』があるのですから」

「……今は受けられても今後受けられない可能性だってあるんだろう?」

 

 シャオンの言葉に肯定を示すかのように僅かに首を引く。

 確かに優しいのだろう。ただ、先にあげたことともう一つ、問題がある。

 カロンがあげた『3つの条件』。それがどの程度備わっていないと『試練』の条件を満たさないのかはわからないことだ。

 

「そもそも誰が判断するんだよ、その条件に適しているかどうかって」

「『怪人』、師匠ですね」

「亡くなった奴の基準かよ……」

「それで――受けますか? 資格があるかどうかはわかりませんが」

 

 カロンの声色は変わらない。

 だが、話の内容が『試練』に触れたことで思わず、気が引き締まる。

 どうしたものか、と悩んでいるとスバルが自身の頬をきつけのために叩き、

 

「受けて、みる」

 

 そう勇気を出して呟いた。

 対してカロンは「そうですか」と無感情に呟き、

 

「では、あちらの扉へ」

 

 と手で行き先を示す。

 そこにあったのは木の扉だ。

 外観はいたって普通。強いて言うのならば石造りの部屋の中では違和感があるというぐらいだろうか。

 そして、一応は部屋中を探し回ったのだがその扉を見つけられなかったということはなにか魔術がかかっているのかもしれない。

 

「『試練』を受ける資格があれば扉の先は必然的のその場所へつながります。貴方方は知らないと思いますが擬似的な『扉渡り』というものです」

「……いーや、よく知ってるぜ」

「はい?」

「そしてその術は俺には効かねぇってな!」

 

 スバルはそう勢いよく、かっこいいポージングと共に扉を開ける。

 その先にあったのは白い石の――壁。行き止まりで、進むことはどうやっても無理そうだ。

 

「――はい?」

「はい。転移ができませんでしたので試練の資格有りません。かっこつけて挑んだのにこの結果、一昨日きやがれ」

「ひどくない!?」

「というか、スバル不用心だぞ。罠だったら」

「大丈夫大丈夫。いざとなれば――なんとかなる」

 

 暗に死に戻りで戻ることを手段と考えているという言い分にシャオンは思わず口を噤む。

 これはよくない兆候だと、扉の前出壁をペタペタと触っているスバルに指摘しようとした途端、カロンがシャオンの前へと進み出た。

 

「貴方も――受けるのですか? であれば扉は一度閉じなければいけませんが」

「……いや、やめておく」

「そうですか、では『試練』を受ける気がないのであれば退出を。あくまでここは『試練』を受ける者の為の空間ですので」

 

 これ以上は時間の無駄だとばかりにカロンは冷たい目で出口を指差す。

 確かに彼にとっては自分達は仕事を邪魔するだけの存在と同意なのだろう。

 そもそも今『試練』を受ける気はそこまでなかった、あくまで場所の確認などの意味が多い。

 そう言ったこともありシャオン達はカロンの言葉通りに素直に『裏の聖域』から出ていくのだった。

 

 

 日没後の『表の聖域』は日中のそれとは大きく雰囲気を一変させていた。

 元々、寂れた寒村も同然の集落だ。夜闇に対する明かりの備えは最低限であり、星明り以外に夜歩きを助けるものは家々の僅かな与よわしい光だけだろう。

 故に、集落中のかがり火を燃やし、墓所への道を照らす今夜は特別なものだ。

 

「……ちょっと話し合いしてそれが住んで迎えに来てくれるかと思えばこれですよ! 何か言うことあるんじゃないんですか!?」

「無事俺たちに合流できてよかったな! 炎様万歳! な、二人とも」

「ふざけんな!」

 

 そう怒鳴るのは怒りに顔を赤くしたオットーだ。隣には黄昏テイルアリシアの姿もある。

 彼は地団駄を踏み、その震える指をスバルにつきつける。

 ここから数時間は続きそうな小言だったが、そこに挟むのは少女の声。

 

「――スバル。ちょっといい? お取込み中なら大丈夫だけど」

「いいや、全然大丈夫! 暇も暇今行く!……文句は後で聞くからさ! じゃ、シャオン後は頼んだ」

「あいよー」

 

 エミリアに呼ばれたスバルはオットーの当然の文句を躱し、彼女の元へとかけていく。

 当然そんな事情を知らないオットーにはいつも通りからかわれたのだという思考に行き着くわけで。

 

「あいよー、じゃない! ほら、アリシアさんも何か言ってくださいよ……アリシアさん?」

「モシャモシャ、草のおいしさが空腹に染みわたる……ああ、アナの所を出てきた晩を思い出す――風味に土を少しかけるのがパトロス流」

「アリシアサン!?」

 

 死んだ目で遠くを見ながらアリシアは壮絶な過去の片鱗をつぶやく。

 よく見れば口元にも草がついている。食べたのだろうか。

 その悲惨な状況を前に一度息を吐き、「ほら」とあらかじめもらっていた食料を彼女と、オットーの前へと渡す。

 途端、二人は生気が宿り勢いよく起き上がる。

 

「わぁ……! ありがとうございます! じゃない! こんなんじゃ絆されませんからね!」

「ホントっすよ! 足りないっす! てか、完全に忘れていたっすよね!?」

「悪い悪い、後でちゃんと謝るから……今は集中すべきことはあるんだ」

 

 詰め寄るオットーの額を押し返し、苦笑しながら視線を別の方向へ。

 その視線をたどったオットーは広場の中心で淡い光に包まれるエミリアに目を細める。

 勿論スバルも邪魔をしない様に近くで控えている。

 あれは、以前も見たことがあった気がするが微精霊と対話をし、『試練』へ向けての気分を落ち着かせているのだろう。

 その気分を落ち着かせる効果に今ではそれにスバルの存在も加わっている。きっと上手く緊張をほぐしてくれるだろう。

 

「微精霊と、エミリア様、ですね。僕の知らない間に、一体どんな難題が?」

「んー、複雑な事情がありすぎて説明が難しいな。今回は彼女一人で解決しなきゃいけないってわけじゃないみたいだけど」

 

 そう言ってシャオンはアリシアを見る。

 彼女はきょとんとしながらも先ほど食べた物を口の周りにつけている。

 『表の試練』がどういったものかはわからないが、エミリア以外でもアリシアが挑戦できる。

 で、あれば完全に絶望的な状況ではない。『裏の試練』だってシャオンはまだ資格があるかわからないが挑戦できる可能性はある。

 スバルだって、これからの気の持ちようでは資格を所持できるかもしれない。

 そう考えると、意外と不味い状況ではないのかもしれない。

 ただ、『聖域』に『表、裏の試練』。亜人の問題に出られない結界。さらには自身と同じ名前を有する『怪人』。

 

「――はぁ、なんで謎を解決しようとしてるのに深みに入っていくんだろうなァ」

 

 そんな呟きは聖域の闇に消えていった。




※ヒント:6章

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