Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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強欲の魔女

「さて、と。準備の方はいいか? エミリア様よォ」

「うん。少し不安だけど、へっちゃら。これは私がやらなきゃいけないことだもん」

「ハッ、威勢のいいこった。期待してんぜ」

「ガーフィールと、リューズさん」

 

 声に振り向けば、広場の入り口から歩いてくるのは小柄な二つの影──青年と幼女。見た目からは想像ができないが確かに『聖域』の代表二人に違いなかった。

 また。ガーフィールたちの後ろにはラムも続いている。どうたら『試練』に移動芽みり愛の見届け人となるのはこれだけのようだ。

 

「これで観戦者全員ってのはちょいと寂しいな」

「アーラム村の人達は夜の外出は禁じているらしいよ、深夜は明かりがないし」

「それに、いらぬ騒ぎが起きても困るからの。カロンはあちらの聖域から出ることはないし、見届け人はこれだけじゃ」

 

 仕方のない事とはいえ、少しの寂しさを覚える。

 そんな寂しさを晴らすように、

 

「──墓所に、光が」

 

 呟きは誰のものだったろうか。

 だが、心情はその場全員が共有しているだろう。

 ここに集まる全員が見守り、エミリアが挑む墓所の壁面が、まるで挑戦者を歓迎するかのように光る。

 

「『試練』に挑む資格ありと、墓所がエミリア様を認めた証じゃよ」

 

 燐光に包まれる墓所を見上げ、リューズがその美しい光景の理由を言葉にする。

 シャオン達はそれを越えもなく見つめ、試練を受けるエミリアだけがためらうことなく階段を上る。

 そして階上に達し、一度だけ息を吸い込んだ彼女は、

 

「──いきます」

 

 小さな、僅かに震えた声で呟き暗く深い墓所の入り口、その先へエミリアの背中は消えていく。

 墓所全体を取り巻く燐光はそのままに、恐らく『試練』が始まるはずだ。

 

「大丈夫なんすかね、エミリア様。聞いた話だとロズワール様の体が弾けたらしいじゃないっすか

「安心せい。墓所はしっかりとエミリア様の存在を受け入れた。こうして光っておるのがその証拠じゃ。ロズ坊のように弾ける心配はないわい」

「笑えねぇ! ……いや、心配してくれたんです、よね」

「ほっほ、謝れるのはいい子じゃの。ガー坊なら逆に怒りをぶつけてきてたわい」

 

 弾けた表現をする彼女にせいぜい作れたのは苦笑いだった。

 どんなに御笑いのセンスがよくても今のに素直な笑顔を浮かべることは無理だったろう。

 言いながら彼女が横目に見るのは離れたところで墓所を見守るガーフィール。

 彼は口を閉じ、腕を組み、ただ待っている。いや、よくよく見れば落ち着かなげに地面につま先を打ち鳴らしている。機嫌はよくなさそうだ。

 

「そう言えば、ですけど」

「うん?」

「この墓所の、『表の試練』って、挑戦できるのは結界の影響を受ける『混じり』ですよね。それってリューズさんやガーフィール、アリシアも挑めるはずですよね」

「挑むだけならば、な。じゃが残念なことに『聖域』の解放はできん。それはこの地に綿々と受け継がれた、わしら『聖域』の住人への契約よ」

 

「契約、か」

 

 もう嫌になるほど聞いた言葉にスバルと共に嫌な表情を浮かべる。

 その様子にリューズは珍しく頬を緩めていると、

 

「──なに?」

 

 その変化を目の当たりにし、その場にいた全員が咄嗟に息を呑む。

 反射的に瞬きを繰り返したのは、それまであったはずの高原が失われたからだ。それは──墓所の、エミリアがいた場所に何かがあったことにつながる。

 

「『試練』が続く間は、墓所に光が途切れることはねェ……!」

「ってことはイレギュラーかよ、やっぱり一筋縄じゃねぇ! エミリア!」

「待てスバル!」

 

 咄嗟の異変に声を上げスバルは墓所へ駆け出していく。

 僅かの差で走り出すスバルを止められずシャオンの手は宙を掴み、つんのめる。

 

「ま、待つんじゃ、スー坊! 資格がないものが入ると……!」

「あァ? どういうこった!?」

 

 一度消えた墓所の光はスバルを歓迎するかのように再度明かりをともす。

 その光景に全員が驚く中スバルは歩みを止めない。

 

「理由は知らねぇ! でも願ったりかなったりだ。みんなは外にいろ!」

「あ、待つっす!」

 

 出遅れたせいもあって、シャオンとアリシアは墓所に入らずに待機している。

 どうすべきか考えているとオットーが言葉を投げかけてきた。

 

「どうするんですか? 素直に待っていますか?」

「まさか、こっちには資格を持っている奴がもう一人、確定じゃないけど可能性がある奴がもう一人いるんだから」

 

 自身の手と、そしてやる気満々のアリシアを見やり、墓所へと駆け出す。

 止めるオットー達の声は自身たちの足を止める理由にはならず、進んで行く。

 そして、それを歓迎するかのように墓所に光が宿る。

 もう、驚きはしないその光景に飛び込む。

 

「何かあれば、何かあったら声を上げる。何とかしてくれ、その時は」

「んな、いい加減な──」

「頼んだ! お前が頼りだオットー!」

「――ッ! ああもう! どうしてみんな話を――」

 

 その嬉しさ半分怒り半分の彼の声は墓所に入ると聞こえなくなった。

 

 シャオンの予想通り、『資格』は持っているようで、光が途絶えることはない。

 冷たく乾いた遺跡の空気、靴音が反響する通路は、外壁と同じく緑色の燐光がとりまいており、内部の様子がよく見通せる。

 一歩踏み込むたびに奇妙な感覚が胸をかきむしる。

 

「気味が、悪いだけじゃないっす、ね」

 

 遺跡の奥は空気が淀み、埃っぽい臭いに鼻と口内が侵される。

 呼吸一つするたびに肺の悪くなるような感覚は体にいい影響は与えないに違いない。

 長居はしたくない、奥へ、奥へ──。

 

「──部屋、か?」

 

 やがて通路の終端へ達するとシャオンは目の前に小部屋へ通じる扉を見る

 既に開かれて朽ちた石の扉はその本来の役目をなくし、中へとすんなり入り込めた。

 駆けこんだ部屋は、四方を石壁に覆われた狭い部屋だ。

 不思議とこの場所には蔦や苔の浸食がなく、経年劣化した遺跡がそのままであった。

 そして、さほど広さのない石室の奥には、恐らくさらに奥へと閉じた扉があり、その手前に──、

 

「──二人とも!」

 

 銀髪を床に広げた少女、エミリアと、それを助けようとしたのか傍で倒れているスバルの姿があった。

 その姿に緊急事態と判断し即座に部屋へ飛び込む。

 

『──おっと、まだ君には早いよ』

 

 次の瞬間、シャオンは耳元でささやかれるような声を聴き、息を呑む。

 そして、その声が何者なのかを考える日お間もなく、力が抜ける。

 アリシアがこちらを心配する声がどこか遠くに感じる。

 そして、シャオンも二人と同じように点灯し、その後もう一つ誰かが倒れ込むような音が聞こえたのだった。

 

 目が覚めたのは、新鮮な空気がシャオンを包んだからだろう。

 湿った墓所の中から急激に場所が変化したこともあるが、警戒していたシャオン自身の力もあるだろう。

 即座に眠っていた体を立ち上がらせ、見回しても、果てがないほどの空間、そこにシャオンは唯一の人工物であるテーブルと、椅子があった。

 既視感。

 それは、何故かこの『聖域の結界』に触れた時、意識を飛んでいた時にも経験した、あの感覚。

 忘れていたであろう『裏の聖域』だ。

 しかし、ここは少し前に訪れたあの『白い空間』とは似ても似つかない場所だ。

 カロンと言う少年に騙された、説はないだろう。その可能性を考えるのであればリューズ達のことも疑ってかからなければならなくなる。

 つまりは、この景色はあの開けなかった扉の先の光景、だろうか?

 

「思ったよりも、驚きは足りないようだね」

 

 その声を耳にしたとき、シャオンは確かな感動を覚えた。

 この感動は一体何なのだろうか。

 確かな、感動。意味不明な感激。

 気を緩めてしまえば涙すら零れてしまいそうなそんな激情を押え、声の主を確認する。

 

「あ、ある程度覚悟はしていました、事前に『裏』の聖域に訪れていたもんで。今の今まで忘れてましたが」

「少し残念、君の驚きの表情を見れるのも数少ない機会なのに」

 

 シャオンの言葉を受け、残念そうに笑うのは、口元に手の甲を当てて、眼前に立つ少女。

 可憐な花を思わせる美貌だが、その見た目に騙されることはない――油断をすれば彼女に呑まれてしまうことをこの身が知っているからだ。

 じりじりと力のこもる足はいつでも駆け出せるように、そして開閉を繰り返す掌は攻撃されても即座に対応が取れるようにする――そんな行為をすることがないのをこの心は知っているはずなのに。

 

「そのことも、今起きているこのことも、貴方の仕業で?」

「わかっていることをあえて聞くのは君の悪い癖だよ。ボクの答えなんて予想できているだろう。それとも、会話がなくなるのが怖いのかい?」

 

 焦りを出さずに質問で話をつづけようとするが、切り捨てられる。

 だが、知りたい内容であるのは事実であり、会話がなくなるのに僅かな恐怖があったのも事実だ。

 全てがお見通し、ならばいっそ開きなおって、

 

「ああ、ではこれだけは確認したいんです。もしも違っていたら、ただ、ひとり相撲を取っていただけなので」

 

 乾く唇を舌で湿らせ、震えないように努めた声で、尋ねた。

 

「──貴方が強欲の魔女、エキドナか?」

 

 確信をもって、訊ねる――魂が覚えている当たり前のことを。

 

「──そうだよ、ボクがその名を冠する魔女──ありとあらゆる叡智を求めて、死後の世界にすら未練を残した知識欲の権化――『強欲』の魔女、エキドナだ」

 

 優しく答えたのだ。

 

 目の前に座る女性は、白鯨などすら上回る圧迫感を放つ人物だ。それが『強欲の魔女』を名乗ったのだ、嘘ではないことだろうことはあきらかだ。

 そして、その存在が目の前にいるという事実は、彼女がシャオンを消し飛ばすことなど容易にできることも明らかであることにつながる。

 

「そう怯えられると傷つくな」

 

 そんな焦りを見抜くのは当然とばかりに目の前の女性、エキドナはわざとらしく悲しみを表情に浮かべる。

 だが、それは別世界の存在を悲しむような、第3視点で物事を見た上での態度だ。彼女にとってシャオンは、同じステージにすら立っていない。

 

「しかし、そんなに邪険にされると本当に傷付くな。見てくれの通り、ボクはか弱い女の子なんだよ? 男の子にそんな目で見られて、なにも思わないわけじゃない」

「それはどうも、生まれつき目つきは悪いのでね」

 

 この世界にきて以来、幾度も味わった『死』の体験から覚えた相対する人物の危険度、死の匂い。

 それが今までのどの人物よりも、エキドナと名乗った少女から漂ってくるのだ。

 

「警戒を解くために本来ならしっかりと話をしたいところだが、今は彼の『試練』の最中だ。あちらに集中したい」

「そうだ、スバルとエミリア! あいつらは今意識が――」

「試練の最中だからね。本来ならば試練は同時に行われることはない、が『君』が来たことで同時に行える状況になってしまったんだ」

 

 よくわからないが、墓所に入ることで資格がある人物は『試練』を受けることができる。

 本来ならば試練は同時に複数受けることはできない、がシャオンが入ったことで何故かできるようになった、と彼女は語る。

 そして今墓所に入り、恐らく『試練』の資格があり、受けているのはエミリア、スバル、そして――

 

「アリシアも、か」

「ああ、あの半鬼の子もだね。資格を持つもの故に、試練を受けているよ」

 

 つまり、いま『試練』を受けているのは4人ということになる。いや、自分は試練を受けられていないのならば3人か。

 

「……今の君に何を話しても信じられないだろう――それに、あまり君と話していると『彼女達』が嫉妬し、暴走してしまうだろうからね。『試練』のほうにも目を使っている今、下手をすれば主導権を奪われてしまう」

 

「だから」、と一つ置き、

 

「──『もうひとつの裏の聖域』においで」

 

 もう一つ、と前置きしたことで頭によぎるのはあの白い部屋だ。

 

「そして──ボクを見つけるんだ。『強欲の魔女』エキドナを」

 

 意味の分からない言葉でこちらをはぐらかしている、ようには見えない。

 彼女の目はいたって真剣そのもの。好奇心の光は宿っているがこちらに嘘を吐いている様子はない。

 信用してくれた、ということを読み取ったのか彼女は笑みを深くし、指を立てて続けた。

 

「この『表の聖域』には隠し通路がある。君とボク、あとはカロンにしかわからない、ね」

 

 白髪を撫でつけ、立ち上がるエキドナその白い指をシャオンの額へと伸ばす。

 そのゆっくりとした動きを身動きできずに見過ごしてしまった。

 拒めず、振り払えない。蛇のようにそれは滑り込んで、弾かれた

 

「――少し、返そう。久しぶりの再会だ、お土産も持たせてあげるのが師匠としての定めだろう」

「……俺と、貴方は知り合いなんですか?」

 

 ようやく出せた言葉を受けつつ、額を弾いた指をエキドナは自分の舌でそっと舐める。

 その艶めきにおどろくほどに、動揺はなかった。

 そんな魔女の異常性、彼女の性格であることもシャオンは知っているからだ、そして、なぜその答えを知っているかも――

 

「その答えも、そこにある。知りたいのならば臆するべきではないよ」

 

 何度も聞いた言葉を耳に残しながらシャオンはこの世界から文字通り弾き飛ばされたのだった。

 落ちていく、闇の中に。消えていく、光の中に。

 そして――意識が外で覚醒した。 

 目覚めた瞬間、シャオンが最初に感じたのは頬に当たる硬くざらついた感触だった。

 

「……ぁ、う」

 

 寝ぼけたような声で梅木、うつぶせに倒れていることを自覚する。

 何度か瞬きを繰り返し、意識と視界に現実を合わせ、数秒かけて覚醒させる。

 

「……おーい、アリシア。起きてくれ」

「……むぎぃ」

 

 周囲で同じように倒れているアリシアに呼びかける。柔らかい頬を餅のように引っ張っても起きない。

 よほど深い眠りについているのは偶然か、それともあの魔女の言う通り『試練』を──

 

「今はいい……入り口から右側に3歩。北西の方向にある印に近づく」

 

 なぜか頭の中にある道筋、これがエキドナから返してもらったものだろうか。

 記憶から抜け落ちないようにそれを口ずさみ、確かに3歩進む。

 そして、その位置を基準に北西の方へ視線を向けると僅かに鋭い何かでけずらろた、人工的な印があった。

 その印の前に立ち、記憶をたどり、口に出す。

 

「火のマナを注ぎ、渦を作る」

 

 イメージするのは飴を溶かす優しい炎。

 それを、ゆっくりと混ぜ、回転させ、壁へと注ぎ込む。

 するとまるでその行為自体が鍵を開けるのと同意義であるとばかりに解錠音のような音が鳴る。

 そして、目の前の何もない壁面に、一筋の罅が入。それは蜘蛛の巣上に分かれ、黒い壁が崩れ、1つの扉が現れる。

 それはこの薄暗い墓地には似合わない、白い扉。

 開けるのは本来戸惑う見知らぬ扉。だが、シャオンは何の気なしにその白い扉を捻る。

 なぜなら、その先にある場所を知っていたのだから。

 石造りで円筒形の部屋のど真ん中だ。

 目立った特徴のない、同じだけの広さの空間に所狭しと書架が並べられており、背の高い本棚には無数の本がぎっしりと詰め込まれている。

 それは記憶に新しい、

 

「……裏の聖域」

「そうですよ、ここが裏の聖域。表側からくるとは思いませんでしたが。」

 

 思わずつぶやいた言葉に、反応するのは一人の少年。

 屋敷であればベアトリスが座するような場所に座っている少年、カロンだ。

 そう、シャオンは裏の聖域に訪れることができたのだ、あの魔女の言う通りに。

 

 シャオンの登場に、彼は珍しく不満そうに息を吐き読んでいた本を閉じた。

 

「……さっきぶりになりますね。早すぎるのでは? 早漏」

「そ……!? えと、今回はちゃんと目的があるから……この部屋に」

 

 その言葉にカロンの目が薄まる。

 まるでにらんでいるかのようなその視線に僅かに怯みながらも用件を伝える。

 

「エキドナについて書かれた本はどこにある」

 

 なぜ、その本を探しているのかはわからない。

 だが、その本を探すことが、全てを知ること、自分について理解ができることにつながることを確信しているからだ。 

 シャオンの言葉にカロンは舌打ちしながらこたえる。

 

「……この部屋に確かにあります、あの魔女に関する本は。アレでもすでに故人ですから」

「故人?」

「ええ、この部屋にあるのはすべて『死者』の本です」

 

 平然と口にするカロンの言葉にシャオンは絶句する。

 それを見て彼はあからさまに頬を膨らませ抗議の視線を向ける。

 

「……前回訪れた時はそこまで突っ込んでくれませんでしたから」

「わ、悪い。そ、それで彼女の本どこにあるかおしえてくれないか、それか持ってきて――」

「――彼女は全てを観測したがりました、本も同じことでしょう」

「それはどういう」

「ヒントはあたえました、自分でご自由にお手に取りください」

 

 そうしてまた一度読んでいた本を読み進め直す。

 探すのならば自分でやれということだろう、カロンはそれ以上動こうとはしない。

 ヒントしかないが、だが、難しいことはない。

 改めて周囲を見渡す。

 全てを観測したがる、本も同じ、と言うことは――入口近くの本棚。そこからでは見えない本棚がある。

 床。同じく、全てをカバーできない。

 なら、残されたのは、

 

「……天井にある、って気づけるかよ」

 

 ヒントと彼女と一度対話することでないと気づくのに時間がかかる場所。

 蔵書の尾さに圧倒されて気づけない盲点。

 視線の先、天井にあるのは一冊の本。

 名前はここからでは読めないが、あの位置ならば確かに全てを視界に入れられれだろう。

 脚立などはないが、問題はない。マナを練り、氷の階段を作り、本に近づく。

 割れないように慎重に、ゆっくりと近づき汗ばむ手でその白い本を取ろうと伸ばす。

 触れようとしたその時、するりと、まるで避けるように本が距離をとった。

 ゆっくりと本が氷の階段の下へと落ちる。

 

「……」

 

 階段から飛び降り、風の魔法を使って衝撃を吸収。

 本を触ろうとする。

 だが、その本はするりと回転し離れていく。

 まるで、本に意志があるように――

 ふとあの性悪魔女の顔が頭によぎり、ついに堪忍袋の緒が切れた。

 

「ああもう! アンタの知識が、アンタが欲しいんだから大人しく手に収まれ!」

 

 今までのストレスもあったのだろう、半ば叫びながら飛びつくと、本は今までの動きが嘘のようにぴたりと止まり、シャオンの手に収まる。その途端、

 

「……は?」

「あそこまで情熱的に求められたら、答えるのが淑女の礼儀さ」

 

 下あごに感じたのは床の感触ではなく、柔らかい芝の感触。

 もう何度目かの来訪に、いるであろうここの主へ覚悟をもって振り返る。

 すると、彼女は優雅に椅子に腰かけながら紅茶を飲み、

 

「おかえり、シャオン」

「……さっきぶり、エキドナさん」

 

 再開のあいさつを告げたのだ。

 


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