Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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お久しぶりです。
もう一話出します。


対話であり誓約

 口内に溜まった涎と一緒に無意識にそれの形を舌先で味わい――土臭さと砂利っぽさを感じ取った瞬間に思い切り吐き出す。そして跳ねるように体を起こし、

 

「うぇげっ! ぺっぺ! 変な石が口の中に……おぇっ」

 

 えずきながら体の埃を叩き、シャオンは起きたての目を凝らしながら首を巡らせる。

 そこは、山ほどの本、つまり、

 

「そうだ、『試練』を受けようとして……」

 

――エキドナは外の世界で起こされた、と言っていた。

 ならば起こした人物はここの部屋の、

 

「なんで起こしたんだ?」

「騒がれるのは嫌です。貴方が理由になるならさっさと追い出します。生贄」

 

 ここの部屋の主である、カロン。彼の仕業だろう。

 案の定、原因は彼だったようだが、理由はまた別にあるようだ。

 

「それに――もう片方が目を覚ましたようです。迅速に動いたほうがいいのでは?」

 

 もう片方、と言うのは――

 

「スバル?」

 

 そう気づいた瞬間に体は動いていた。

 隠し道を通り、元いた墓所へ戻ると。

 

「エミリア!? おい、しっかり……エミリア!」

 

 抱き寄せた背をさすりながら、震えるエミリアの名前を必死で呼ぶスバルの姿があった。

 激しく痙攣するその様子は離れていてもわかるほどに明確であったが、彼の呼びかけの効果か、次第にその体の震えはゆっくりと収まり、

 

「ぁ……ちが……違う、あの、私、そんな……そんなつもり、じゃ……」

「エミリア?」

「私……私じゃ、ないの……違うの……っ。そ、そんなこと……して、ないっ……してないのに……違うって、言ってるのに……っ」

「エミリア。ちょっと、エミリア? 落ち着いて、なにを……」

「……やだ。そんな目で……わ、たしを……やだ、やだやだ……やだぁ、ちがうのぉ……私じゃ……なんで、私を一人に……しないでぇ……」

 

 スバルの呼びかけも耳を素通りし、エミリアは掌でその顔を覆うとその場に崩れ落ちてしまう。声には涙がまじり、嗚咽に震える銀鈴は聞くものの心に痛みすら感じさせる哀切に満ち満ちていた。

 床に崩れたエミリアの姿に、スバルは呆気にとられて言葉も出てこない。ただ、

 

「大丈夫。大丈夫だ。俺がついてる。俺がいる。君を一人にしない。大丈夫だ」

 

 ひたすらに、震えて涙する彼女を慰めるように、守るように、愛おしむように、体全体で彼女を抱きしめて、その背を優しく撫で続けるだけだった。

 その間も、エミリアはスバルの声など聞こえないように顔を掌で隠したまま、

 

「……あー、これはどういう」

「海よりも山よりも……どちらにしろ訳わかんねぇ」

 

 

「――今は落ち着かれてお休みになられているわ」

 

 部屋から出てきたラムに物問いたげな視線を向けるスバルに、密やかな声でそう告げる。

 背後の部屋を気遣う彼女の態度は、中の様子がそれほど大変だったことの表れだろうか。

 

「――あのエミリア様のご様子。よほどひどい扱いをしたのね、バルス。死になさい」

「濡れ衣だよ!……って言いたいが守れていないのは事実だ、すまねぇ」

「らしくないわね、バルス。普段からしまりのない顔をしているのに、そこに影まで落としたらますます見ていられなくなるわよ」

「しまりねぇとか余計なお世話だよ……悪いな、気ぃ遣わせてよ」

 

 そのスバルの言葉に、ラムは鼻を鳴らして歩き出す。

 その間にスバルは血がにじむほどに唇をかみしめている姿をシャオンは見た。

 力足らずを幾度も悔やんでも悔やみきれないのだろう。それは、勿論自分もだが――

 

「――おや、エミリア様のことはもう大丈夫だということなのかーぁね?」

 

 ラムを追いかけて建物の奥へ。最奥の部屋に入るのであれば寝台に横たわるロズワールの歓迎を受ける。

 場所は、ロズワールの療養する聖域内にある建物。本来は別の役割があるが、今は領主の療養先として選ばれているのだ。

 

「ああ、今は部屋で寝てる。ラムのおかげで悪夢を見ることはないし、もしも錯乱しても大丈夫なようにアリシアをつけている」

 

 ラムが用意した稿料の催眠作用によってエミリアは今は錯乱せずに眠りについている。

 パックがいない今、このような彼女に害を与えるようなものもすんなりと作用を受けるわけだ。

 だが、どれくらいの効能があるかわからないため、念のためアリシアを護衛兼見張りにつけているのが現状だ。

 アリシア自身も眠りから起こした時は少しの精神の動揺はあったが、あの墓場からエミリアを連れだす際には正気に戻っていた。試練に関してはやはり彼女にも触れられたくないのだろうか、詳しい話はせず、失敗したということしか言わない。

 

「……あいつが見張り勤まるかねぇ」

「あの子は意外とやる子よ。ラムの次の次の次に置いても考えるか悩むくらいには」

「結構遠くないかそれ!」

 

 この場にいないアリシアの扱いにスバルが叫ぶ。

 

「それに、不確定要素を入れたくないのでしょう?」

「それは――」

 

 すまし顔で言ってのけ、ラムはロズワールのすぐ横に控える。

 事実、これからする話は完全な陣営内の話になるのだ。

 アナスタシアとのやり取りを見ていたシャオンの視点からは別だが、スバルなどの懸念要素に入らない様に、念のため席をはずしている。勿論、護衛や見張りの役目がなければ連れてきていたが。

 

「ガーフィールはごねたが、リューズさんが説得してくれて助かったよ」

「年長者だからだろうね、道理は十分にわきまえていると思うよ」

 

 墓所で別れた二人の様子から、聖域の解放自体はガーフィールらの悲願。協力的であれば手を貸すが、非協力なら強硬手段に移るという。

 それは――

 

「ややこしいたちばだよなぁ」

「エミリア様がいらした時点で利害は一致している。無効としても、これまでのよーぉな頑なさはないはずさ。そう言えば、君には連れがいたと聞いたんだ―ぁけど」

「連れ……?」

「スバルスバル、オットーのことだよ……これからは陣営の内緒話なんですから、部外者の彼に参加はさせたくないので席を外してもらっています」

 

 本気で忘れているようなスバルに変わりシャオンがロズワールの問いに答える。現在は大聖堂に引っ込ませている。もともとの理由がロズワールに会いに来たはずなのだが、なかなか目的が達成できずにもどかしい思いだろう。

 それに、

 

「なるほど、懸命だ。友人を面倒ごとに巻きこみたくない、と言うわーぁけだね」

「……その隠していることを見抜くような態度、嫌いだわやっぱ」

 

 事情を語る前にかみ砕いて納得され不満半分照れ半分にスバルは文句を言う。

 だが、否定はせずに肩をすくめた後改めて、エミリアを欠いた形ではあるが――、

 

「――夜に先延ばしにされた内緒話といこうじゃねぇか」

 

 

 

「白鯨を落とし、さらには屋敷を狙った魔女教の大罪司教を撃退。候補者であるクルシュ様と同盟を結び、前述の戦いのどちらでも功績を上げた――ふーぅむ」

 

 心なしか寝台に預ける体重を増しながら、ロズワールが己の顎に触れて瞑目する。彼が口にしたのは、夜の間にすり合わせを行うべくスバルが語った、ロズワール不在の間に起こった事態の数々だ。

 話が脱線する自分の悪い癖を自覚的に押さえて、自慢話や苦労話を極力排除した客観的な内容説明だったと思う。そして改めて己の行いを振り返り、

 

「……はっきり言って、妄言の類を疑うような活躍ね。いつから冒険活劇の登場人物に鞍替えしたの、バルス?」

「お前に言われると微妙に癪に障るんだが……我ながらちょっとどうかと思う活躍ぶりだと思う。これ、自分評価でも他人評価でも軽くヤバい貢献度だよね?」

「望外の結果、という他になーぁいじゃないの。まーぁさかここまでやってくれるとは、私も……そう、誰も予想なんてできなかっただーぁろうしねぇ」

 

 自分の内側でそれらの驚きを消化し終えたのか、ロズワールが顎を引いて賞賛の言葉を口にする。彼は珍しくその表情を真剣なものに引き締めたまま、ベッドの前で椅子に腰掛けるこちらを左右色違いの瞳で見つめ、

 

「まーぁず、改めて感謝の言葉を伝えておこーぅか。――私の領地と、領民を守ってくれたことに感謝を。そして、エミリア様への多大な貢献に関しても、彼女の支援者である身として感謝に堪えない」

「お、おう。せやな。なんか、そんなかしこまって言われるとちょっとこっちも縮こまるもんがあるな。別にそんな言われるほど……」

「スバル。素直に受けておくべきだよ。文化の違いはあるけど、上の立場からの称賛を否定するのは本来なら失礼だ……その人が嘘を吐いているなら別だけども、嘘はついていないようだからね、ロズワールさんは」

 

 ロズワールは辺境伯の地位につき、ルグニカ王国の全権の一翼を担う――その人物からの感謝の言葉は、恐らくスバルの想像よりも、スバルを嗜めたシャオンの想像よりも重いものだろう。

 

「――――」

「……ロズワール様は立場上、目下のものに簡単に頭を下げるわけにも、感謝の言葉を与えるわけにもいかないの。それをされるということを、もっと弁えなさい」

「二人とも、すこーぉしばかり大げさにすぎる。私の言葉なんてものはそーぉんな価値があるほどのものでもない……まぁ私の立場からの感謝の大きさは別として、スバルくんがやってのけたことの大きさは誰の目にも明らか。そーぉして、それに見合った報酬を与えないことでわーぁたしに向けられる失望やら不平不満やらというものも簡単に想像できるわーぁけ」

「……つまり、どうしてくれるって?」

「見合った報酬を。――スバルくん、王選の広間でのことを覚えているかね?」

 

 喉を詰まらせるスバルを見て、ロズワールの双眸が薄く細まる。

 それだけでなく、シャオンも、その場の光景を見ていないはずのラムも僅かに体を膠着させている。

 

「覚えてるぜ。忘れるわけがねぇ。……忘れちゃいけねぇと、そう思う」

「ならば、私は君の功績に対してこう報いたいと思う。あの場での、君への言葉を本物のものにしよう。――無事、ここを出た暁には君を騎士に任命する」

 

 顔を上げる。かけられた言葉の意味が一瞬呑み込めず、動揺したまままばたきするスバルにロズワールは頷きかけ、

 

「公爵と共に白鯨の討伐に参戦し、魔女教の大罪司教の一人を討ち取る手柄を立てたものが無名であっていいはずがない。君の名は、『騎士』ナツキ・スバルの名は名誉あるものとして賞賛とともに国中で語られるべきだ。――そうなれば、あの広間で語った君の言葉を、もう誰にも笑うことなどできない」

 

 エミリアの一助になるのだと、なにも両手にない空っぽの若造が吠えた。

 夢見がちな若造は現実の前に幾度もへし折られ、絶望し、狂気に沈み、復讐心に駆られて全てを蔑にし、愛に救われ――今、ここにいる。

 その時間の全てが、ロズワールの口にした『名誉』によって、確かに価値があるものであったのだと証明される。

 それは傍で見ていたシャオンにとっても救いの一言だった――今は二人以外覚えていない彼女の存在を考えても、だ。

 

「……ありがたく、ちょうだいする。それで、あの戦いに意味が芽生えるんなら」

「誇るべき功績だ、誰にも馬鹿になどさせまい。エミリア様の隣で、胸を張って立つ権利を君は手にした。己の力で」

「……俺だけの力じゃ、ねぇさ」

 

 ロズワールの言葉に口の中だけの呟き。聞き取れなかったらしいロズワールがかすかに眉を寄せるのを見ながら、スバルは一度だけ瞑目して深呼吸。それから瞼を開き、軽薄に肩をすくめてみせると、

 

「真面目なやり取りだったな、おい。あんまり長々とキャラ崩壊してると、素に戻ったときが恥ずかしいから自重しようぜ。俺、もうすでに顔が熱くなってきたよ」

「そうかい? 私は何時だって真剣そのものだよ? 信用がないなら、あらためて宣言しようか――この時間は今度こそ、君と正面から向き合うと」

「君達、だろ? ここにいるシャオンも、それに本来いなきゃいけないエミリアも居ないんだ」

「いーぃや? 君、で間違いないさ」

 

 発言の訂正を訂正し、ロズワールは金色の左目だけをスバルへと向ける。

 

「それは……どういう意味ですか? 俺はまだしも、なんでわざわざ、エミリア嬢の存在を外すんですか?」

「君は私がラムを同席させていることに対するつり合いだよ。エミリア様については当然のことだ。悪だくみは信用のおける共犯者とのみ話し合うべき事柄さ。そこに信用にかける相手を同席はさせない」

「信用に、欠けるって……エミリアがか!?」

 

 寝台の背もたれに体を預け、泰然と言い放つロズワールにスバルは激昂する。

 当然だ、彼はこともあろうに、スバルの前で、エミリアを信用に値しないと言いきったのだから。

 

「ほかでもない、お前が、エミリアの後ろ盾である、お前がか!? なんで、だ、信用できないだなんて……っ」

「スバル」

「――わかってるよ、短気は損気。いやでも王都で味わったからな」

 

 怒りの前に詰め寄りそうになるスバルだったがシャオンの指摘以前に自信で血の上った頭を落ち着かせたようだ。

 そして、深呼吸を数回意識して行う。

 

「……順を、追って話そう。すべて、だ。共犯者って言うところからな」

「いいとも、そこについて合意がなされれば、疑問は解けるだろう」

 

 悠々とした態度を崩さないロズワールは改めて丁寧に説明を開始する。

 

「さて、まず私が君に持ちかけた共犯者と言う言葉の意味、だが簡単さ。キミにはこれまで同様にエミリア様を手助けして支えになってもらいたい」

「言われなくても、な。だが、お前はどうするんだよ」

「無論、同じさ。エミリア様が王選を勝ち抜き、この王国を統べる立場になられるのを全力で支援。ほら、君と私の目的は同じ、これは共犯者という関係性が一番合っているだろう?」

「協力者、ではなく共犯者」

 

 シャオンの呟きは噛みつきにも近い。

 それだけの穏当な理由で、ロズワールが『共犯者』などと言い出すとは思えない。何か別の思惑があると疑うのが当然だろう。

 それに――

 

「お前の言っていることは矛盾だらけだ。本気で、お前がエミリアを王座に着けたいのなら、そう思っているならここに来る前の手抜かりに対しての言い訳はどうする」

「手抜かり、ね」

「隠すなよ。魔女教だ、エミリアの王選参加が公になったら、アイツらが暴れ出すのは周知の事実だった! 全員、お前はそれに備えた対策をしているって、だがふたを開けたらどうだ! そんな対策、ありやしねぇ!」

 

 とぼけた態度にスバルの怒りがぶり返す。

 それは止まることすらできずに不満と共にあふれ出していく。

 

「そもそも、お前は魔女教についてあの子に何も教えていなかったな……! 自分の王選参加で何が起きるかあの子は自覚がなかった、知っていればあんな、あんな!」

 

 スバルが言い募る間に過るのは死に戻りの光景だろう。

 無論、シャオンも経験をしているのだ、当然あの地獄は何度も洗い流しても脳裏にこびりついて離れてくれない。

 

「なんで、おまえがいてくれなかった。あの時に、お前がいてくれれば――あんなことには」

「スバル……」

「お前が残って、皆を守ってくれれば」

「だが、不在の私に代わって、君が役目を果たした。騎士として申し分ない手柄を得たじゃないか」

「俺は! そんなものの為に――!」

「落ち着きなさい、バルス」

「……ラム」

 

 思わず、足が出たスバルの前に立ちふさがるのはラムだ。

 本来ならばシャオンが止めるべきだったが、『死に戻り』の一件を知っているからか、スバルの怒りに同調してしまい反応が遅れてしまった。

 空気が僅かに張り詰める。

 彼女は背後にロズワールを庇い、薄紅の瞳に静かな怒りを宿し、スバルを睨む。

 

「ロズワール様は負傷の身よ。それでもバルスを焼き尽くすのに指先一つで十分でしょうけど……乱暴を働くのを、ラムの前では許しはしない」

「お前は納得してんのかよ。捨て石みたいな扱いにされたってのはお前も一緒なんだぞ。あのとんでもねぇ連中が村にくるのを知ってて、その鉄火場から自分だけとんずらこいてやがったんだ。許せんのかよ」

「許すも許さないもないわ。ロズワール様のされる行いの全てをラムは許容する。ラムがどう扱われようと、どう切り捨てられようと、同じこと」

「お前――ッ!!」

 

 理解できないほどのラムの忠節に、スバルの喉が激情で塞がる。

 それでもとっさに暴力に訴えかけないのは、スバルの理性がどこかで眼前の二人のどちらにも敵わないと冷静に判断していたからか、あるいは――、

 

「……レムだって、そんなわけわかんねぇことのために犠牲になったんだぞ」

「――? 誰のことを言っているのかわからないけれど、他人の名前はラムにはなんの関係もないわ。ラムにとって、ロズワール様が全てで、それ以外は瑣末なこと」

 

 絞り出すようなスバルの嘆願は、ラムの心には欠片の響きももたらさない。

 わかっていたことだ。レムの存在を忘却した彼女に、それを訴えてもなんの意味もないことを。そして、同時に理解したことがある。

 元々、ラムのロズワールへの異常なまでの忠誠はわかっていたつもりだった、がここまでひどくはなかったはずだ。それが変容したのはやはりレムの存在だろうか。

 彼女が、彼女の妹がこの世界から、記憶から消えたことがここまで狂信的に仕えるように変えたのだろうか。

 レムにとっての世界の大半がラムで構成されていたように、ラムにとっての世界もまたレムとロズワールの二人で構成されていた。コンプレックスに一つの決着をつけ、その狭かった世界にスバルを始めとして様々な要素を迎え入れ始めたレムは変わろうとしていた。しかし、ラムの世界は依然、狭いままだったのだ。

 その器の半分を占めていた存在を文字通りの忘却し、今やラムの世界はロズワールただ一人で構成されている。

 過激ともいえる、ロズワールへの過剰な忠誠心の発露は、そこに原因があるのだ。

 

「ラム、下がりなさい。この話し合いは私と彼、二人だけのものだ」

「……はい。出過ぎた真似をして申し訳ありません」

「それに平気へーぇいき。でしょ、スバルくん。怒っているように見えるけど、君は激昂なんてしちゃーぁいない。我を忘れて殴りかかるなぁーんて、話し合いを無碍にする選択は取れないはずじゃーぁないかね」

「どういう、意味だよ……」

「簡単なことだーぁよ。以前までの君なら、これまでの話のどこかで激発し、怒鳴り散らして話し合い事態をおじゃんにしてしまっていたことだろう。それをせず、怒りを噛み殺しながらも議論を継続できる……大人になった、ということだーぁね」

 

 からかう言葉にスバルの拳が強く握られる。それを見てロズワールはクスリと笑い。

 

「さーぁて、これ以上、若人をいじめていても大人げがない。君が成長の兆しを見せてくれたかーぁらには、私の方からもちゃーぁんと大人の器量を示すべきだよね」

「……そうしてくれ。とにかく、さっきの質問の明確な答えだ。はぐらかすのは抜きで答えろ。お前はどうして、エミリアに魔女教のことを隠してた。どうして、魔女教がくるのがわかってて、最大戦力のお前が屋敷を離れた!」

 

「どちらの質問の答えも、一つで答えられるとも。――私が魔女教と相対することを避けるために、私はそれらを行った、それらの事態を誘導した」

「「は――?」」

 

 思わず声が重なる。

 静かな声音で整然と返され、呆然と立ち尽くす。

 噛み砕き、呑み込んで、脳で言葉を味わってから、その内容が沁み込み、

 

「意味が、わからねぇ。お前が魔女教と戦わないためって……なんのために? 生理的嫌悪感があいつらにあるとか、そんな話じゃねぇだろうな!? お前が……お前がいれば、あんな奴ら一網打尽だったんじゃないのか? 被害だって……」

「なるほど。たーぁしかに私がいれば、今回の騒動の被害はきーぃっと減らせたことだろうと思う。私は自分の力量を正しく理解しているつもりでいるし、この国で十指に入る実力者であることを自覚してもいる。断言しよう。私がいたならば、此度の魔女教の襲撃はあっさりと撃退せしめたことだろう」

「それがわかっててなんで――」

「だから、か」

 

 唾を飛ばすスバルとは対照的にシャオンは納得をする。納得をしてしまうことが彼と思考が似ていることに繋がってしまうのが癪だが、わかってしまう。

 だが、口にするのは彼自身の口からだ。その意味を込めて半ばにらみつけるように視線をロズワールへと向ける。彼は、その視線を真正面から受け止め、答えた。

 

「私が活躍してしまえば、それはエミリア様の手柄にも君の手柄にもならないだろう? それでは、意味がない」

「――――ぇ」

「効果は見てきただろう? 現に魔女教撃退以前と移行で、アーラム村の住民のエミリア様への態度は正反対。理解できない魔女の現身から自分たちの命を守るのにその身を使って貢献した恩人。まぁ、君への評価も似た様なものだろうね」

「おまえ、何言っているのかわかってんのか?」

「――? スバルくんがなにを問題にしているのかの方が、わーぁからないね。あれかな。アーラム村に出かけた被害であるとか、魔女教を撃退するために力を貸してくれた傭兵団やクルシュ様の私兵であるとか……そのあたりの損害に関して、どうにかできたんじゃないのかみたいな話がしたいのかな?」

「結果論、だろ。お前がなにを言いたいのかは、なんとなくわかる。魔女教の襲撃に対して、誰が指揮を執って誰が手柄を上げるかってのが王選に少なくない影響を与えるってのは理解できる。……ロズワールがそれをしちまったら、望んだ効果が得られないっていうのも。でも!」

 

 歯を剥き、スバルは大きく腕を振りながら、

 

「お前が不在で、なにも伝えなかったのが原因で何人死んだと思ってる!? 確かにでかい被害はなかった。なかったけど、ゼロじゃないんだ。人が死んだぞ。こっちだけじゃなく、魔女教の奴らだって……」

「私がいたところで、魔女教徒への対処はなにも変わらない。全員、ことごとく灰に帰すだけのこと。こちらに味方したものの損害への非難は受けるけど、敵対したものたちに対する恨み言は筋違いじゃーぁないかね」

「――ッ。それでも、もっと穏便に……違う、そんなことじゃない! なにもかも結果論だって話なんだよ! 確かにうまくいったさ。被害は少ない、相手は全滅させた。エミリアは無事だし、アーラム村の人たちだって無事に避難させられた。……でもそれもこれも、全部たまたまだ。本当だったら――」

 

 本当だったら、スバルがなにかをする前に村の人々も、屋敷も、エミリアも。

 

「死んでた、はずなんだ。今回みたいになんか、うまくいったりしないで……みんな無惨に、苦しめられて、辛い思いをして……殺されてたんだ」

 

 顔を覆い、スバルは涙まじりになりそうになる声を必死で押し殺す。

 塞いだ瞼の向こうに浮かべたのはきっと、かつて見た忘れられない地獄の光景だろう。

 焼け落ちる村。あちこちに散らばる屍。子どもたちの亡骸。そして屋敷の庭に打ち捨てられたレムの死体。凍りつき、終わっていく世界。

 ――全て、『死に戻り』できなければ覆せなかった世界だ。

 妄言――そう決めつけられてしまえば、言葉でそれを覆すことはできない。

 『死に戻り』のことを訴えかけることができない以上、現実的に『起きていない出来事』でロズワールを非難することはできないのだから。

 あの地獄を知っているのはシャオンとスバルだけであり、あの地獄の光景を生んだ責任をロズワールから消し去ってやったのもまた、自分達なのだから。

 

「……俺がなにもできないダメな奴のままだったら、お前はどうしてたんだよ。シャオンに彼女の手助けを頼んでいたか?」

「それも考えたが、すぐに不可能だと思いやめたよ。そもそも君はその下馬評をひっくり返してくれた。――それじゃ不満かね?」

「不満だよ。お前はそんな、不確定な要素に身を委ねるような奴に見えない」

「――信じていたんだよ、君のことを」

 

 スバルの再度の問いかけに、ロズワールが声の調子を落として応じる。

 その答えを聞き、スバルの口から思わず失笑が漏れた。

 

「真面目に答える気はねぇってことか」

「君が望む答えかは別として、私は真実を語っているよ? 今夜のこの場所で、君を欺くようなことはしないと決めている。言えないことには言えないと言い、都合の悪いことは口を噤んで語らない。だが、口にしたことが偽りでないことだけは誓おう」

 

 失望に彩られたスバルの言葉に、ロズワールは厳かな口調で言ってのける。だが、それもどこまで信用したものか。すでにここまでの話し合いでロズワールへの好感度を軒並み減らしたスバルに、額面通りに受け取るような余裕はない。

 三白眼の目つきをより鋭くするスバルに、ロズワールは首を回し、

 

「もう一度、言おう。――私が今回のような判断をしたのは、君を信じていたからだ。君ならばエミリア様の状況悪しと見れば、クルシュ様との同盟を成立させるために奔走し、その上で魔女教撃退に尽力して為し遂げ、功績を上げると信じていた」

「仮にそれが事実だとして、どうして俺なんぞを信じるなんて判断になるんだ! お前が俺のなにを知ってる! たった一ヶ月の付き合いで、そんな信用が置かれるほど俺がなにか成し遂げられる男に見えたのか?」

 

 いけしゃあしゃあと美辞麗句を並び立てるロズワールに、床を踏みつけてスバルは反論する。指を突きつけ、今の言葉を自ら否定するように首を振り、

 

「そんなわけがねぇな。お前と別れたとき、俺は正真正銘のクズだった。そのクズが多少なりともマシになったのは、その後のことがあったからだ。そしてその後のことは、俺の中以外のどこにも残ってない。――俺の、なにを信じたんだよ!」

 

 ロズワールが片目をつむる。黄色い瞳が、居心地悪くスバルを見ている。

 その視線を振り払うように、スバルは思い切りに床を蹴りつけ、

 

「話にならねぇ。今のままじゃお前、頭空っぽの馬鹿なガキが全部うまいことやってくれるって信じて、領民もなにもかもほっぽり出して遊んでたってことになんだぞ。自分の立場も未来も賭け金にするには、遊び心に溢れすぎてて言葉もねぇよ!」

「……どうやら、今日の話し合いはここまでのようだーぁね」

 

 怒りを露わにするスバルと対照的に、ロズワールの方は寂しげに呟く。

 その呟きを聞きつけたスバルは「ああ!」となおも尽きない苛立ちを舌に乗せ、

 

「お前がまともに話をする気がない以上、なにを言ったって無駄だろうよ。今の話し合いのあとでなに言われたって、もう信じる気になんてならねぇ」

「君の中で私の評価が大暴落したのが純粋に残念でなーぁらないとも。……確認は不要だと思うけど、今夜のことはエミリア様には」

「言うわけねぇだろ。内容そのままでも脚色したのでも、話して得られるメリットがありゃしねぇ。そこまで計算してるから、べらべら適当ほざいたんだろうが」

 

 ロズワールの真意がどこにあるにせよ、エミリアと彼との間に軋轢が生まれることは王選を続けていく上で望ましくない。ましてや、今はエミリアを代表にアーラム村民を含むロズワール陣営が一丸とならなくてはならない状況だ。

 ロズワールの思惑に乗るのが癪であるとはいえ、『試練』を乗り越えることで、挑むことでさえもエミリアの評価は相対的に上がる。――なにもかも、彼の掌の上の出来事として。

 

「なにもかも理解して、私への堪え難い怒りを抱えてなお……テーブルをひっくり返すような真似はできない。やーぁはり、君は私が見込んだ通りだったよ」

 

 歯軋りして口惜しさを堪えるスバルにロズワールの声。顔を上げるスバルに、ロズワールはその表情を実に嫌らしく歪めると、

 

「君こそまさしく、私の共犯者にふさわしい――とね」

「……てめぇ、碌な死に方しねぇぞ」

「知っているとも。私は間違いなく、地獄に落ちる。だからこそそれまでに、できる限りの横暴を現世で尽くしておかないといけないね」

 

 言い放つロズワールに鋭い一瞥を向けて、スバルは無言で背を向けると乱暴に部屋を出る。

 これ以上、会話を交わしても無駄になる。真意を語るつもりがない以上、そしてその思惑を破り捨ててやることができない以上、不毛なやり取りになるだけだ。

 そう判断してのことだろう。シャオンもその後を追っていこうとするが、

 

「――そうだ、シャオン。残りたまえ、少し話がしたい」

 

――ロズワールに止められた。

 

 スバルに断りを入れ、シャオンはロズワールと会話をする。ラムは勿論いるが、いない者と考えてくれと言われたのでそれはもう仕方ない。

 それに、何を話すか決まっていないのに出ていけとは言えないだろう。

 なので、彼の言葉の次を待っていると、意外な質問が来た。

 

「――君は、一体何だい?」

「はい?」

 

 いまさらではないだろうか、自分の身分について怪しいところがあるから明かしてほしいということだろうか。

 といっても真実を話しても信じてもらえる可能性は低い。

 なのでどうごまかそうかと悩んでいると、

 

「スバルくんにも聞くべきではあったが、『君』という不確定要素があるうえではうかつに動けなくてね。エミリア様とスバルくんを助けに、君は墓所の中に入った。何の因果か、墓所罰則は君達には働かなかったようだが……君は墓所で、誰かと出会わなかったかい?」

 

 頭に過るのは白髪の一人の女性。

 口に出すことすら憚れる異名を持つ一人の、怪物であり、故人。

 墓所で出会うというのであればある意味違和感はない存在、だ。

 問題は彼がこの答えで納得するかわからないが、先の問答ではこちらも納得はしていない。

 だから、正直に、彼が納得しないであろう答えを放つ。

 

「――エキドナ。強欲の魔女と出会った」

「――――」

「と言ったら笑いますか?」

 

 僅かな沈黙の後、からかうようにシャオンは笑う。

 ふざけた回答、態度にロズワールは怒りを――見せることなく、寧ろ口元を三日月のように歪め、

 

「いーぃや。その答えで君の扱いは十分に変わったよ。それに、役目も理解した……君は君の好きなようにやるといい」

「はぁ、癪ですが……言われなくても――好きにやりますよ。アンタと同じように」

「そうするといい、我が弟子、シャオン。導き手であるその役目を果たせるのは君だけだろうからね」

「……よくわかりませんね」

 

 そう、告げ扉を閉める。

 思わず力強くしまったのはきっと偶然だろう。

 




シャオンの過去はまとめて出したいのでお待ちを…今書きなおしているので…!

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