「んで、いまはスバルとエミリア様が密会と」
「んな楽しいことじゃねぇけどな」
エミリアが休んでいる部屋の前、シャオンとアリシアが壁を背に話をする。
ロズワールとの話の後、スバルはエミリアの様子が気になり部屋へ訪れていた。
今の彼女には彼が必要だと考えての判断だ、それに、アリシアの様子も気にはなっていた。
エミリアは目覚めていたが、案の定気分は沈んでおり、アリシアも普段の調子が出ないのか会話はなかったようだ。
そこで、無駄に明るいスバルと交代、自分たちは外で待機と言う状態だ。
「……」
「……」
待機、と言っても会話は何もない。
明らかに落ち込んでいるアリシアになんて声をかければいいのかわからない。女性経験のなさがここに影響出るとは思わなかった。
そう心の中で過去の自分を責めていると、
「――試練の内容は過去を振り返るものだったっす。エミリア様があそこまで怯えるのも無理ないっすね」
ポツリと、アリシアが語りだす。
沈黙に耐えかねたのか、それとも話すべきだと考えての話題なのかはわからない。
「過去、ね……」
黙っているのも気まずいと思い、呟く。
それが真実ならば、エミリアのあの様子も納得がいく。
ハーフエルフである彼女の生い立ち、気丈にふるまう彼女の裏にある凄惨な迫害の過去は想像よりも重く、暗いものだろう。
だが、それはエミリアだけでなく。
「ん、ああアタシのことっすか?」
「お前も受けたんだろう、試練」
視線に気付いたのかアリシアは自身の頬を指差す。
そう、アリシアだってハーフ、鬼の亜人だ。普通の人間よりも過去はつらいものであると想像できる。
そのシャオンの予想に対して彼女は朗らかに笑い、
「いやー! アタシはエミリア様みたいにそこまで格が高いわけじゃないからそこまで、重い過去じゃなかったすよ! たぶん他の人から見れば笑って済ませる」
「……」
「あ、あはは……ごめん、嘘ついた。結構しんどい。……アタシの話が気になる? アタシは母さんに――」
「話さんでもいい」
コツ、と軽く彼女の額を叩く。偶然角の部分に当たったのか僅かに痛みを覚えるが気にしない。
それよりも照れ臭さが勝る。
「癪だけど、屋敷の生活で一番関わっている時間が長いのはお前だ。んで、気を許せるのも、まぁスバルと同じくらいには、心を開いている。癪だけど」
「二回言ったよ……」
「だから、その体の震えくらいは気づけるっての。お前もエミリア嬢ほどではないにしろ、だいぶ無理しているだろ」
墓所に出てから彼女の様子が少しおかしい。
妙に反応が鈍いというか、考え事をしているというか、上の空と言う言葉が正しいのだろうか。とにかく様子がおかしい。
そこに気付けばあとはたまに震えているのに気づくのはすぐだった。先ほど口にしたが付き合いは長い方だ、時間的ではなく密度的にではあるが。
――意識しているのは事実なのだから、すぐにわかってしまった。
「でも、気になるんでしょう?」
「そりゃあね、気にならないと言えば嘘になるが……情報はスバルからも聞けるし、何より当人が話したくないなら無理に訊かないよ」
「そっか」
彼女の心情は読めない。
安心しているのか、それとも、残念がっているのかはわからない。だがそのどちらであれシャオンのやることは、口にする言葉は変わらない。
「その代わり、話さないと無理だったら気軽に話してくれ。俺か、スバル。エミリア嬢は厳しいが……オットーとかでも行けるだろう。話せば楽になる。もちろん、話したいならだけどね」
「……引かない?」
「知らん……けど、馬鹿にはするかもな。そんな簡単なことで悩んでいたのか! 親父さんが心配するのも納得だ! って」
「うぐ」
思わず痛いところを、と言うよりも嫌なところを突かれたのか彼女は小さくうめく。
その表情が面白くつい笑ってしまう。だから、お詫びとばかりに、
「冗談だ。どうあっても、俺はお前の味方でいるよ。馬鹿にせずに」
「――ぁ」
無理矢理髪を撫でくり回す。
意外にも細い髪の毛はアリシアが年頃の女性なのだと嫌でも認識させる。そして、それを知覚してことでシャオンは照れ隠しの為に僅かに乱暴に撫でつける。
だが、彼女はそれを拒む様子はなく、ただ赤らめた頬で小さくつぶやく。
「――なら、頼んだ」
「うん、頼まれた」
「そもそもアタシの性格じゃそんな配慮できる気がしないっすからね! 勝手に心の中に踏み込んで、勝手に訊いて勝手に判断する! シャオンほど繊細なことできないっすからね! 覚悟しろよ! そっちに何かあれば拳で! 対話する!」
「おー怖い怖い」
鬼の一撃で対話された場合は対話するというよりも、ぶちのめしてから聞き出す取り調べに近いのではないかとシャオンは思ったが口にしない。
せっかく元気が出た彼女を沈めさせるわけにはいかないからだ。
「ま、もしもどうしようもなく、助ける声も上げられなかったその時は頼むよ」
そう告げて、ようやく部屋の扉が開いた。
中から出たのはスバルと、エミリアの姿。
そして、
「今後の方針が決まった」
そう語るスバルの表情と、エミリアの表情はあまり明るくはなかった。
■
「それにしても、よく説得できましたね。特にガーフィール」
そう口にするのは竜車の状態を確かめるオットーの発言だ。
こちらに背を向けた彼の言葉に、
「少し時間がかかったけどな……シャオンの能力も聞かなかったし」
「ま、しゃあなし。アレはあんまり使いたくない……彼は意外と道理が通れば話は聞いてくれるみたいだよ」
「……見立てが外れたなぁ」
「商人の才能ないのでは」
「自覚有りますよ! わざわざ言わんでくださいよ!」
しみじみ呟くスバルの声に、裏返り気味のオットーの嫌味が重なる。
ただ、嫌味が言いたくなる気持ちもわかる。
元々、オットーが『聖域』へ同行したのは、スバルが彼とロズワールとを引き合わせる約束を果たすためだ。なのに、
「3日! いや、4日だ! 一度も会えず、あっちの村に逆戻りなんて……」
「あー、でも今の状態でロズワールさんと話すことはお勧めしたくないな……ピリピリしてる」
「強行するか?」
「ご冗談を!」
妙なところでしり込みしている彼の様子に頬を掻き、そして、シャオンは自分たちの竜車の向こう――『聖域』入り口に集結した、アーラム村からの非難竜車の数々を見やる。
総勢五十人の村人、および協力した行商人を運ぶ竜車は七台あり、結構な大所帯での移動になる。
――これから自分たちは彼等を連れ、アーラム村へ帰還する手はずなのだ。そのための本来の条件はまだ達成できていないが、
「エミリア様が結界の中に入った時点で、結界を説かず外に出るって選択肢はねェ。だぁから、人質の価値がなくなった連中は村に返せってなァ」
「――ガーフィール」
金髪の凶暴な気配が近づき、思わず身構える。
スバルは剣呑な目つきで返し、オットーは小さく悲鳴を上げ、すごすごと竜車の反対側に退散する。
初対面のインパクトが凄すぎたのかずいぶんと強く苦手意識を植え付けられたものだ。
「けっ」
鼻面に皺をよせ、ガーフィールはオットーのその様子に不機嫌そうに腕を組む。
「それより、後は俺様がここからは案内を引き受ける。狐顔、てめェは――試練を受けろ」
「はいはい……ってことだ、スバル。そっちは任せる」
何故だかわからないが、シャオンは結界の外に、『聖域』の外に出ようとすると肌がピりつく感覚を覚える。
嫌な感覚、予想でしかないが、自分もエミリアたちと同じ状況なのだろう。で、あれば抜け出すことはできない。
結界の外に出て、以前話した通りに魂と肉体が分離されては困る。元に戻る方法は流石に知らないし、結界内に戻しても元通りになるという保証はないのだから。
だから、村人を安心させることが出来、かつ外に出ることができる可能性が高いスバルが村に向かう役となった。
「エミリア嬢に期待はしたいんだが……無理はさせたくないのも事実だしね」
「――そもそも、本当に過去なんざ乗り越える必要があんのかよ。三日だぜ、三日。俺様もてめェらと一緒に墓所で、あのお姫様が『試練』を受けてぐっだぐだになるのは見届けてきてんだ。正直、もう見てらんねェよ」
「見て、られないってのは……」
「気負い過ぎの傷付きすぎだろ? やらなきゃやらなきゃって前のめりになって、それであの様で帰ってきちゃァできなかったのをうじうじと謝ってやがる。それでどうして、てめェらはまだあのお姫様に『試練』なんざ続けさせたがんだよ」
ガーフィールが語るのは、ここ三日間の『試練』を受けたエミリアの姿だ。
『試練』が始まった翌日の夜、再び『試練』に挑んだエミリアは、しかし再度の『過去』を前にそれを乗り越えることが叶わなかった。なにより、彼女の隣で同じく『試練』に臨もうとしたスバルは、『試練』を受けることさえ叶わなかったのだ。
推測ではあるが、第二の『試練』は第一の『試練』を越えた先の間で行われる。
墓所の中、第一の『試練』が行われる空間。四角い部屋の奥には閉ざされた扉があり、全ての『試練』を越えればその扉の向こうにいけるものと思っていたのだが――実際にはその先で第二の『試練』が待っており、そこに行く資格は第一の『試練』を乗り越えなくては得られないということだった。つまり、現状スバル単独でならば第二の『試練』に挑むこともできるのだ。それがわかっていてなお、これまでその先に一人で進まなかったのは――、
「エミリアは、必ず『試練』を乗り越えてくれる。だから俺たちは……」
「その期待ってやつが重たすぎっから、お姫様はあんなに苦しんでんじゃねェのかよ。あんな様になるまで傷付く記憶と、無理やりに向き合わせんのがてめェらの望みで、お姫様のやりてェことだってのか? 頭の悪ィ俺様にはわかんねェなァ」
「エミリアの……意思……」
ガーフィールの頭を掻きながらの言葉――だがそれは、スバルにとっては寝起きの顔に冷水を浴びせられたような衝撃をもたらしていた。
ことここに至るまで、スバルは『試練』に挑むエミリアの気概を尊重し、そんな彼女を誰よりも献身的に支えるつもりでいた。たとえどれほど苦しい道のりであろうと、彼女が膝を屈しない限りは手を差し伸べ続けようと思っていた。
そうして立ち上がり続ける彼女の意思が、どこを向いているか確かめないまま。
『この未熟者である私ですら、自らの意見を表に出せました。だから、貴方様ならきっとできます、諦めずに努力を続けてきた貴方様なら。だから誇りをもって、胸を張り、王を目指す理由を、掲げる思想をお聞かせください』
以前、王選の広間で話した内容だ。
だがそれ以降は魔女教の所為で、エミリアがどうして王様になろうとしているからすらまだ知らない。
王選の広間で聞いた彼女の宣言は、あくまで周囲に対して対等であろうとする意思の表明であり、彼女が王になろうとする理由では決してなかった。
不当な扱いを、評価を受け続けてきた過去を感じさせるエミリアの生い立ち。その中で彼女はなにを思い、なにを感じ、なにを信じて――王位を目指すのか。
そもそも、エミリアとロズワールはどうして出会った? ロズワールはなぜ、ハーフエルフである彼女を王にしようとする? 彼女に王の資格――龍の巫女である資格があることは徽章の宝珠が証明している。だが、ロズワールはどうしてそれを彼女の手に触れさせる切っ掛けを得た? エミリアとロズワールはどんな利害が一致したことで、協力関係にあるというのか――何一つ知らない。
知らないまま、ここまできてしまった、もう、そろそろ進むべきなのだろうか。
「まっ、詳しい話はしねェ。興味はねぇしな」
立ち尽くすこちらに肩をすくめて、ガーフィールの姿が朝焼けの森の中に消える。
気付けばすでに夜の帳は降りきり、鬱蒼とした夜闇が森に満ちる。
「俺が見てたものは。俺は『過去』と向き合って、ケリつけて、それでよかったって思ってる。けど、エミリアは……」
スバルの呟きが耳に残る。
彼がどんな過去を乗り越えて、それで、その結論になったのかは知らない。
だが、シャオンの心はもう決まっていた。
「スバル。今夜、俺は試練を受ける」
「ああ……」
「結果がどうあれ、受けてみる。そして、越えられそうならば――俺が超える。エミリア嬢を待たずに」
「……俺はエミリアを信じてる」
「俺も信じているよ、でも信じている間に事態は進んで行く。だから信じて待つことはできない」
「……わかってる」
納得はいかない、が仕方ないと言った表情のスバル。
そんな彼にかける言葉はなかった、どういっても誰も納得などできないのだろうから。
■
目指す先は一つ、夜天に浮かぶ月に照らし出される、墓所の中だ。
案の定、という言い方はしたくないがエミリアはやはり試練を乗り越えることはできなかった。
だが、幸運なことは一日の間に試練に受けるのに制限がない事だろうか。そのおかげでこうしてシャオンが試練を受けることができるのだ。
本来であればもう少し早く受ける予定だったのだが、エミリアの試練の突破を信じて待っていたため未だ試練を受けていない。
なので、これがシャオンにとって本来の『第一の試練』だ。
クリアしたスバルも、クリアできていない面々も全員が疲労困憊の姿をしていたのをシャオンは見ている。
思わず、緊張に息が詰まる。
墓所の中の冷気だけでは納得できないほどに、シャオンの体は震える。それでも、
「――悪いね、エミリア嬢」
息を整えて、シャオンは既にに失敗し、別室で悪夢にうなされているエミリアに謝りを入れ、静かに気合いを入れると、墓所の奥へと足を踏み入れる。
すでに今宵一度、挑戦者を受け入れた『試練』の間に入り、四角い空間を見回してシャオンは覚悟を決める。
「過去か……」
墓所の冷たい空気が素肌を撫ぜ、それなのに額にじっとりと冷たい汗をかいているのが自分でもわかった。
自分の向かい合うべき過去に何が来るか――予想できている。
誰にも話していない、自身の過去。それを乗り越えられるかは正直な話、自信はない。
だが、やるしかないのだ。
そう、半ばやけの心は、閃光に邪魔される。
「――――」
白い光が視界を犯し、真っ暗闇の世界が徐々に徐々に侵食されてゆく。
気付けばひざまずいていた体が地面に横倒しになり、意識が現実を乖離して別世界へ引っ張られていくのがわかった。
――夢の城への招待が始まる。
「行くぞ……」
――まずは己の過去と向き合え。
どこか遠くで自分の声でそう呟かれたのが聞こえた。
■
黴臭い部屋の臭いが鼻につく。
だが、それと同時に柔らかい羽毛布団が久しぶりに安らぎを与えてくれ、臭いなどもう気にならなくなっていた。
そして、早く起きなくてはいけないと思う気持ちも気にならくなり、目覚ましを止め、二度寝をしようとした瞬間。
部屋の扉は壊れそうなほどに勢いよく開かれた。
「あさだよー! おにいちゃぁん!」
そう告げ、文字通りこちらへ飛び込んできたのは一人の女性。
黒い髪を肩にかからない程度に切りそろえ、統一性のない髪留めをつけている変わった風貌の女性はこちらに布団越しではあるがその体重を全力でかけてくる。
思わずうめき声をあげそうになるが、ここで上げてしまえばまたひと悶着が起きるだろうと思い、なんとか口内でそれを引き留める。
「へへっ、ナイスキャッチ」
「危ないから飛び込むのはやめなさい」
そう軽くたしなめると、舌を軽く出して彼女は反省のポーズを取る。
そして、改めて、挨拶をしてくるのだ。何事もなかったかのように。
「――おはよう、
「――おはよう、
そう、告げた自分は、花音は、髪の長い、中性的な男性だった。