Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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駆け足? わざとです。だって、蛇足になるものですから.
いや、卑下とかではなく『読まなくてもいい』ものです。


一の試練.a-2

「珍しいね、お兄ちゃんが寝坊なんて」

「いや、長い夢を見ていたというか」

 

 頭に回る血の量が少ないような、淡い疼痛を感じながら瞼を揉み、それとなく首を巡らせると――見慣れた自分の部屋が視界に飛び込んでくる。

 何かの為になるような本の山、漫画とラノベも増え始めた本棚を始めとして、色々と散らかっている部屋だ。

 近くにあるのはダンベル、鍛えていたのだろうか。

 

――だろうか?

 

 まるで他人事のような感想に違和感を感じつつ。

 腹部に襲った衝撃が現実へと戻した。

 

「ちょわー!」

「うぐっ」

 

 妙な掛け声と共に沙音が飛び込んでくる。

 数年前は軽かった彼女も、今はいい年だ。重さのある体重がこちらを襲ったのだ。

 何とか彼女を抱きとめ、再びベットに倒れ込む。 

 

「ナーイスキャッチ……でも!妹に対する扱いがなっていないよ! 無視はねぇよ! それじゃあ失格だね! ぺけ!」

「いや、妹というより米俵の――あだだ!」

「乙女の体重をそんな扱いにするな! オラオラ!」

「や、やめて! 乙女の扱いを注意するなら男の子の扱いにも注意を!」

 

 そう言って絡んでくるのは『花音』の自慢の妹。『雛月沙音』だ。

 肩にかかる黒髪は毎日整えられているのか、輝きは衰えない。

 対する自分の髪はどうだ。男の癖に女性の様な長髪、しかも手入れは妹に任せきりだ。彼女と自分の髪が本来なら逆だったんじゃないかと言われてもうなづけるほどに、ちぐはぐだ。

 

「はーい、髪が長いお兄ちゃんは三つ編みの刑だ」

「あ、てめ」

 

 思考をしていても時は止まらない。既に彼女の手によって、こちらの髪の毛はすっかり三つ編みスタイル。見事に整えられてしまった。

 だが何度も言うように男性にする物ではない。

 抗議の意味を込めた視線を向けると、彼女は舌を軽く出し、

 

「長い髪をしている方が悪いんだよーっだ」

 

 そう答える。

 

――そう言えば、なんでそんなに髪を長くしているんだっけ。

 こんなことを続ける意味はない。

 髪を切れば済むはずなのに。まるで、切ってはいけない理由があるようだ。自分のことなのに、はっきりとしない。まるで、映画の登場人物を見て、評価しているような感覚に、気持ち悪さを覚える。

 沙音のため? 何故妹の為にそこまでする必要が――

 

「……兄貴? 遅れるよ? それとも具合わるい? 休もうか?」

「ああ、悪い……大丈夫だ」

 

 疑問に思うことはない。

 いつも時間通りに起きて、いつも余裕をもって妹に髪を整えてもらう。

 普通の日常だ、これが。

 

「じゃあ、仏壇にご飯を添えて――お母さんとは学校終わったあたり会いに行こうか」

「……気分が乗らない」

 

 すでに亡くなっている父の仏壇に食事を供え、もう一人の家族の話題をしたと同時に表情は曇る。

 雛月家は父親はすでに他界、母親はとある病気で現在も病院に入院中だ。

 父は尊敬しているが、母は尊敬していない。いや、正確には彼女が自分を毛嫌いしているとでも言えばいいのだろうか。

 この間は何か硬いものを投げ、罵倒されている。妹がその場にいなければ殺されていたのかもしれない。冗談抜きに。

 だから、気分が乗らないのが――

 

「そう言わずに! 私がついていくからさ!」

「頼もしい限りだよ」

 

 妹がいれば、何とかなるだろうか。最悪、彼女だけでも合わせれば、と考える。

 だが、いつも通りならば彼女はそれを許さずに自分も無理やり輪に入れてくるだろう。

 断れば泣かれる。迷惑、ではあるが数少ない肉親の笑顔の為だ、我慢するとしよう。

 

「あ、そろそろ出ようか」

「ああ……行ってきます」

 

 改めて父親に挨拶をしながら、家を出る。

 ――父の写真から責められた気がした。

 

 朝の通学路。

 特段変わった道ではないないのに妙に懐かしい気がする。

 普段あまり気にしていないからだろうか、何もかもが新鮮な光景に思える。

 鳥のさえずりに、朝の学生に気を付けて走る自動車。それらを横目に雛月花音と雛月沙音は学校へと進んで行く。

 これが物語なら可愛い女性とぶつかってイベントが起きるのだろうが……そんなことなど全くなく、本当に問題なく学校へとたどり着いた。

 

「おーい、おにいたん。しっかりしてよ? そんなきょろきょろしていたら変人ですぞ」

「それならそっちのキャラもしっかりしてくれ。兄としてはどう接するか困る」

「えぇ……我儘ボーイめ」

 

 しかし、まるで何か思いついたかのように、手を打ち、低い身長を更に沈め、こちらを覗き込むようにして笑う。

 

「――どうっすか! 先輩」

「――あ」

 

 頭に痛みが走る。

 

『――どうっすか、シャオン!』

 

 目の前の妹の姿がどこかの少女の姿と重なる。

 見覚えのない一人の少女、日本とは違う欧米特有の見た目をした一人の少女。

 親しく、自分の名前を呼ぶこの少女はいったい――

 

「後輩風でしたー、どうどう? 秘蔵のコレクションから更に選び抜いた趣味嗜好から男心をくすぐる」

 

 頭痛が走る。

 だが、妹を心配させない様に慌てて返答を考える。

 

「あーいや、普通」

「評価並み!! ひでぇ! アタシの恥じらいを返して!」

 

 全く恥じらいがないその様子にツッコミをしつつ、妙に高いテンションの妹をあしらいながら歩みは進めていく。

 そして、自身の通う校舎が見えてくるあたりで、

 

「んじゃ、アタシあっちだから」

「あ、ああ。それじゃあ、しっかり受けろよ」

 

 こちらに振り返らず、親指を掲げて走り去るその姿に一種の男らしさを感じつつも、転ばないか心配しつつ見守る。 

 そして、ようやく姿が見えなくなったところでこちらも歩みを進める。

 校門の前にはまばらながらもすでに生徒の姿がある。そんな中、

 

「おー相変わらずな髪の長さだな」

「いつか切りますよ……先生」

 

 声をかけてきたのは赤いジャージのガタイがいい男性。

 今時珍しいサンダルに、竹刀を掲げた『いかにも』な体育教師だ。

 強面の顔だが、手芸が趣味とか手先が器用であるとかそう言うギャップがあるのを自分は知っている。

 そんな彼は何かと自分に気をかけてくるのだが、今日もそのようだ。

 

 

「ま、”事情が事情だ”俺からは何も言わない……が、何かあれば相談しろよ」

「は、はぁ」

 

 よくわからない同情の視線と言葉に首を傾げつつも自身が通うクラスへ向かう。

 自身のクラスに向かう間に数人の友人と朝の挨拶をかわし、席へ着く。

 普通の日常が始まる。

 普通に授業を受けて、普通の友人に普通の会話をして、普通の部活の後に、妹と帰る。

 普通を繰り返す。

 人の生き死になどとは縁がない生活だ――どこか、違和感を覚えながら。

 

 

 いつもの通り授業は進んで行く。

 テストの範囲についての質問だとか宿題はやってきたのかだとかを生徒に説明している先生に、それらを全く聞いていない生徒。

 案外ウチの学校は真面目な高校ではないのかもしれない。

 

「……おーい、雛月」

 

 昼休み、弁当を食べ終えて眠りにつきそうなとき、肩をゆすられる。

 目を開けるとそこには……同じクラスの人間、だったはず。彼と関わり合いはないからか全く思い出せない。

 

「んあ」

「間抜け面め……まぁいいや。お前ってさ、一人暮らし?」

「いーや、妹がいる。父さんと母さんは別居だけど」

「あーそうか……いや、こう誰かの家に集まって勉強会でもしようかなと」

 

「……それで、なんで俺の家が一人暮らしかどうかが絡んでくるんだよ」

「……騒ぐつもりか」

「あっはは……さらば!」

 

 図星を突かれたのか、彼は陸上選手も見事だというレベルの速さでこちらから去っていく。

 別に構わないのだが、という言葉が彼に届くよりも早くすでに誰もいない。

 その様子に息を零し、ふと気づく。

 

「そう言えば俺、友人とか呼んでないな」

 

 その考えに至った瞬間に、もしかして自分には友達が少ないのではないか、と。

 正確には放課後遊びに行くほどの友人がいないという形だろうか、どちらにしろあまり交友関係に彩がないのかもしれないと思ってしまう。

 もともとの性格が引っ込み思案。物語であればモブやサポーターに徹する自分だ。だからだれか引っ張ってくれるような人物との相性はいいのだろう。

 例えば――

 

『それにしたってお前……そういや自己紹介してなかったな。俺の名前は菜月昴!後者無一文の高校生! よろしく!』

「――スバル」

 

 よぎったのは一人の少年、目つきの悪いジャージを纏った少年。勿論、見覚えはない。

 頭痛が走る。

 

「ってだれだ?」

 

 その疑問に答えてくれる人物はいない。代わりに、予鈴が鳴り響き、午後の授業が始まる。

 普通の、日常だ。

 

 放課後、雛月がいない場所で先ほどの男子高校生は恐らく友人である青年に呼ばれていた。

 そして言いづらそうにしながらも、

 

「雛月と絡むのはやめておけ」

「なんでだよ、アイツ見た目以外は良い奴だぞ? 成績もいいし」

 

 事実雛月は見た目は奇抜ではあるが成績優秀、運動神経も抜群であり、性格も悪くはない。

 むしろ困っている生徒や先生からの頼みごとに嫌な顔せず受け止めるほどに親切だ。

 

「それはわかるが……」

 

 彼もそれはわかっているのか、言いにくそうにしている。だが、意を決した様に一度息を呑み、言葉を発する。

 

「――だって、アイツの家族ほとんど死んでるぞ、数年前に。唯一生き残った母親も気が狂っちまってる」

「え? でも、さっき――」

「俺、アイツと小学校からの中だったから見てきたんだよ。現実逃避って奴か? いない妹をいるように思い込んでいるんだよ」

 

「どちらにしろ」と区切り、遠くにいる件の彼を可哀想なものを見るようにして、

 

「頭いかれてんだよ、ショックでな……間近で父と妹の血肉を身にかぶったんだ。無理もない」

「うわ……」

 

 想像しただけで気分が悪くなる。

 自分だったら発狂ものだ。いや、事実雛月も発狂しているみたいだが。

 

「残されたのは母親と……ああ、でもその母親も狂っちまってあいつを責め立てたり妹の名前で呼んだりしているんだ」

「色々と、大変なんだな」

「悪い奴ではないんだが……あんまりかかわるとろくなことにならないぞ」

 

 そう呟いたのだ。


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