「そしたらシャオンさまったら急に叫ぶんですよ! 『エキドナぁ!』って」
「おーこわ。疲れているのか変人ぶりがぶり返しているのか判断がつかないのがシャオン様の悪いところだよな」
動揺はしている。
だが、取り乱すことはしない、と言うよりもできないのだ。
試練だからどこか精神が狂わないようなストッパーがされているような形だろうか。
それに、今回はこれが『試練』だということを最初から認識している。
先ほどの試練は最初のうちは試練であることを認識すらできていなかったのだ。これは大きな違いだろう。
推測になるが、この記憶は自身――『雛月沙音』の記憶ではないからだろう。
――これから起きるのは、『シャオン』の記憶だ、オド・ラグナの化身であり『魔眼族』を滅ぼす狂人であり、世界の価値を計る『怪人』。その罪と栄光の過去だ。
エキドナがつぶやいた言葉のとおりならば、これから目の前で起きていくのは過去の、すでに亡くなった人物。
『怪人』と呼ばれ、魔女たちと同系列に扱われる、自身と同じ名前を持つ人物の記憶だ。
何かの間違いで彼の記憶が自身に見せられているのだろうか。同じ名前だからだろうか。試練を難なく突破したことの魔女からの意趣返しだろうか。
あるいは――
「……本当に大丈夫です?」
「ああ、大丈夫。ありがとう、べネト」
沈黙していたことが気にかかったのか少女、べネトは心配そうにこちらを覗き込む。
彼女の記憶はない。面識も勿論ないが、不思議と知識としてはこちらにも流れ込んでくる。
彼女の名前はべネト、姓はない。
どうやらこの『シャオン』が以前助けた人物のようだ。
他にも数人のメンバーがおり、少数のメンバーで世界を回っている際中、らしい。
この旅団の名前は『アケロンの舟』という名前らしい。
「……聞いたことがないな」
ロズワール邸にいた時も、王都に滞在していた際にも暇なときは本などを読み漁っていたシャオンだが、そのような旅団の名前は訊いたこともない。
もっとも、過去の資料では『亜人戦争』や『剣鬼恋歌』なにより『嫉妬の魔女』に関する物が多すぎた。最後の資料に関しては殆ど役に立たないものだが。
もしかするとそこまで有名な旅団ではないのかもしれない。
と、そこまで簡単な分析を済ませた後にやはり疑問に残るのは何故自分がこの旅団にいるのか、百歩譲って過去の人物であるあの『怪人』シャオンの記憶が今の自分に流れ込んできているとしても、なぜ彼がこの旅団にいるのかだ。
「なにがです?」
「んー、なんでもないよ」
特徴的な銀色の瞳を輝かせながら、いつの間にか頭にぶら下がってきたべネトを軽くいなしながらも考察は止まらない。
現状、気になることは頑張れば口に出せるが基本的な主導権はこの体の持ち主『シャオン』のものだろう。
先ほどのエキドナへの文句兼叫びのような感情の噴出ならば一時的に出せるようだが、それ以外はやはりこの体に引っ張られる、あるいは『変換』されるようだ。
暴言に似た様な言葉を話せば、子供を叱る程度のものになり、空気がおかしくなる、雰囲気が悪くなりそうな言葉はそも発せられない。
どうやら、この体の持ち主は生まれの良い、優等生だったようだ。
そして一番気になる見た目だが――
「……鏡に映らないってのがねぇ」
そう、自分の姿が鏡などに映らないのだ。
水面にも映らない、容姿の特徴を聞いてもなぜか頭に入ってこない。一体どういうことなのだ、知られたら不都合な部分でもあるのだろうか。
「ケセラセラですよーシャオン様」
「……なにそれ」
「なんとかなるのことばですよー、前いっていたじゃないですか。いくら辛い旅でもケセラセラだって」
そんな無責任のことを言っているのだろうかこの男は。
「幸いにも活気ついている街だからいいね」
アケロンの舟は現在、東の方にある町『シアタ』を訪れているらしい。
シアタは有体に言って寂れた宿場町だ。
町の規模はそれなりではあるが、当然王都ルグニカとは比較にならないほど小さい。
一番高い宿でとルグニカの安い宿を比較しても、ルグニカ側に軍配が上がるほどの差だ。
だが、その分、
「やすいよやすいよ! ほらそこの兄ちゃん! 今朝取れたばかりの果実だ! 今なら1個おまけがつくぜ!」
「綺麗な布地です、どうです? これを使って衣服でも仕立てれば愛しきあの人の心はあっという間に」
「ひっひひ、占いはどうだい?」
「ほら! 遊びに行こうよ! みんな公園の前で待ってるよ!」
「うん!」
人はずいぶんと生き生きしている。特に商人などは特に目を輝かせている。
知り合いにも似たような目をした人物がいるが、こちらは利益を優先するよりもただただ物を売って交流したいという欲が強そうな、変わった形だ。
街中では種族性別の差別なく、全員が楽しそうにしている。
全員が他人の為を思って行動し、幸せに満ちた町だ。
「……変わってるなぁ」
「え、それをアンタが言うんですか?」
「ま、御大の変人ぶりは今に始まったわけじゃないからねぇ」
意図せず呟いた言葉をメンバーに聞き取られてしまう。
それが伝播していきメンバー全員がシャオンの変人ぶりを肯定する。
どうなんだ、それは。
一言文句でも言うのが正しいのかと考えていると、
「あ、シャオン様!」
少女がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
ボロボロの衣服に、清潔さはない少女だったが浮かべている笑顔は心の底からの幸福を感じさせるほどに輝いていた。
しかし、
「あ……」
いざ近寄ってきたかと思うと我にかえったかのように固まり、そして、かしこまったようにお辞儀をする。
それ以降は緊張しているのか話す気配はない。
仕方ない、と
「気にすることはないよ、かしこまらないで」
視線をわざわざ合わせて緊張を解くように、努めて優しく語り掛ける。
すると彼女は頬を林檎のように赤くして、どもりながらも話を続けようとする。
だが何を話そうか飛んでしまったようで、唯一出た言葉が――
「ど、どうぞ!」
「これは……」
そんな短い言葉と、小さな、花だ。
贈り物としてしっかり包装されたものではなくそのままきれいだから抜いたであろう花。
土すらついているそれを少女は満面の笑みでシャオンに渡してくる。
それを、
「ありがとう、という言葉だけしか返せないけどね」
予想通り、笑顔で受け取る。
自分であっても同じことをしていたが、このシャオンも少女の想いを無下にしない程度の甲斐性はあったようだ。
そして少女は限界とばかりに友人達だろうか、同年代の少女たちの元へ走り去っていく。その表情には照れと目的を達成できたからか笑顔が浮かんでいる。そしてからかわれたり、羨望の視線を受けているのだ。 子供だけでなく大人からも。
感謝の言葉を投げかけただけでこの扱い。
つまり、この国では英雄のような扱いを受けているわけだ、この『怪人』シャオンは。
□
「いやー、シャオン様がこの店を選んでくれるとは。感謝感激です! ささ、まだまだありますのでどうぞ!」
「あ、ははは」
適当に入った店で昼食を取ろうとしたら、店主自らの案内に、頼んでもいないほどの御馳走が山ほど用意される。旅団の数はそこまで多くないが、全員食欲旺盛なようですぐになくなっていく料理をみつつ、シャオンも口に運んでいく。
味は勿論、美味い。ここまで豪勢なのは久しぶりだろう、特に自身に対して用意されたものということを考えるとなおさらだ。
ロズワール邸にいた時も豪華な食事は出ていたが、それはあくまでもロズワールやエミリアからのおこぼれをもらっていたようなもの。使用人である自身の立場でもほとんど変わらなかったがやはり気持ちの問題は違っていた。
だが、今この場では自身が主演、自身のために用意されているのだ。
いったいこれほどの歓迎は何をしたら受けるのだろうか――
「べネト、自分なにやったっけ」
「え? 忘れたんですか……はっ! これは私を試してますね! ピコリンと! 閃いちゃいましたよ!」
案の定勝手に勘違いしてくれて、こちらに説明をしてくる。
「色々です!」
「あ、はい」
そして、想定以上にこのべネト、頭が悪いようである。
その様子を見ていたドゥーベと呼ばれた青年がため息を零しながら代わりに説明をする。
「この街ではシャオン様は流行り病にかかった人物の病を全て直しました」
「流行り病を」
「ええ、加護を使って……ミネルヴァ様が聞いたらそれこそ憤怒の目で貴方様を癒してくるでしょうね」
「あ、はは」
――誰だよ、と言いたいがこの『シャオン』はその人物を知っている。
詳細はわからないが知っているという事実は嫌でも認識させてくる。
「次に、この町にいた盗賊や『モドキ』を追い払いました」
「それでここまで歓迎されるものなのかねぇ」
確かにこの街の危機を救ってはいるん簿だろうが、そこまで感謝される事柄なのだろうか。
比較できるにはシャオンには経験と知識がない。
「あの人と仲良くできる、正確にはあそこまで仲良く出来るシャオン様も凄いよな」
「シャオン様って誰とでも仲良くなれるよね。天才と言うか人たらしの」
「変わったことしていないんだけどねぇ」
「その調子でボルカニカ様とも仲よくすればよろしいのに」
「死ねよあの糞『竜』」
今のは勝手に出た言葉だ。
断じて自分が意図的に出した言葉ではない。
今までの優等生ぶりとは思えない暴言に驚きつつも仲間たちはそうでもないようで、
「あ、はは。まぁ、シャオン様が本気で戦うなら我々もお供しますよ」
「やめてくれ、勝算が見えない」
「それこそケセラセラですよー」
むしろやる気を出している次第だ。
ボルカニカとは、確かルグニカを守護する『龍』だったはずだが、それに対して喧嘩を売ろうとしているのに平気なのだろうか。
勝算があるのか、それとも死んでもいいほどにこのシャオンに信頼を抱いているのか。
このシャオンという人物、改めて考えてみてもわからない。一体彼はどんな人物だったのだろうか、もしかすると『怪人』なんて大層な名前はついているが、実は聖人のような人物なのだろうか。
だとしたらこの試練の突破はなおさら難しいだろう。通常の人間と思考回路が違い過ぎて過去の振り返りなどできそうにない。
「シャオン様」
見た目には出さないが頭を掲げていると、旅団の一人が声をかけてきた。
「ああ、そうだね。刻限だ。食事はこれくらいにしようか、店主さん。お支払いを」
「あら、もう行くので? まだまだごちそう出しますのに」
そう言って立ち上がり代金を支払おうと懐に手を入れようとすると慌ててこの店の店主が止めに入ってきた。
「いやいや、病魔から多くの人々を救った貴方様からお金を取るなんて申し訳ない」
「あー、そういう訳にはいかない。誰にだって平等を信念としている身としては、自身が特別扱いされるのは嫌なんだ」
何度か問答をしていると、店主側がついに折れたのか申し訳なさそうに頭を下げる。
「そう言うことでしたら……ありがたく頂戴いたします。あ、そうだ――シャオン様」
最後にまた呼び止められる。
振り返ると店主とその奥さんだろうか若い女性が二人並び、丁寧に頭を下げてくる。
「この町を救ってくださってありがとうございました」
「うん、どういたしまして」
何の感情もない声色で、そう答えたのだ。
□
シアタの町から離れた場所。
そこで旅団は野宿をするようだ。
夜の寒い風に身を震わせていると、そんな中、べネトがつぶやく。
「なんだか寂しい感じですね。いい所だったからなおさら」
「お前は良い場所だったから採点を甘くするのか? 旅団失格だぞ?」
「……ううん、そんなことはないよ。甘かったら私の故郷も――」
一体彼らの過去に何があったのかはこのシャオンが有する知識から出は読み取れない。
何故ここまでついてきてくれるのかも、そもそもこの男が一体何を目指してこんな町を歩いているのかも何もわからない。
そんな中、ようやく事態が動いた。
「――そろそろ始めよう。選定は成った、この町の魂は循環させる」
その、自身から放たれた言葉は冷静で、冷徹で、平坦で、何より何も考えていないようなその言葉にシャオンは体中に鳥肌が立つ。
まるで鑢で皮膚を削られたような、嫌な痛み、そして生暖かい風が吹いているようなそんな不気味な周囲の雰囲気。
「――さぁ、祈ろう」
地獄が始まる。
次回、地獄